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みんな死んでる。
わたしだけ死ねなかったんだ。生き残ったんだ。
ザザザザザーッっと言う音がして目の前のスクリーンが明るくなったかと思うと、ついさっきまでわたしたちがいた階段が映し出された。
見覚えのない男がクラスの連中を一人一人階段から突き落としてゆく。
ドンッとかバンッとか鈍い音がして赤い水溜りができる。
また背中を押す。
血が流れる。
ドンッ。
ドンッ。
ドンッ。
わたしの番だ。
背後に男の気配を感じたその瞬間、背中を押されて階段の下に転がり落ちる。
痛かった。わたしは死んだんだと思った。
なのにいまシアタールームにいて、血みどろの死体の横に寝ている。
死ねなかった。死にたかった。
わたしの背中を押した男が入ってきてわたしに気づいた。

「死んでなかったのか。まあいいや、ほら見てな。もうちょっとでお前の番だよ。」

男はわたしの後ろに立って大笑いしながらその動画を見ている。
そして不意にわたしの耳元で囁いた。

「お前はこれからもずっと、」


夢だ。
趣味の悪い夢だ。
砂でも食べたみたいに口の中がからからで気持ち悪い。
鏡に映る自分はゾンビのような顔をしていて吐き気がした。
顔を洗って制服をきてもう一度鏡の前に立つ。いつも朝食は取らない。
背中の真ん中くらいまであるストレートの長い髪。白い肌。肌が白いのは母譲り。
自分でも自分はそれなりに可愛いし美人の類だと思う。美しいのは大切なこと。いつ何時でも自分が美しいことによって救われる。
美しさは盾であり矛であった。
でも、わたしはわたしの笑顔が嫌いだ。
笑った瞬間幼くなるのが好きじゃないし、笑顔は顔が崩れる。
できるだけ笑わないように泣かないように、崩れた表情を誰にも見せないようにわたしは生きてきた。
13歳のとき曾祖父が二人と保育園からの幼馴染が死んだ。
14歳のとき叔父と親戚のおじさんが死んだ。
15歳のとき両親が離婚していまは父と二人暮らし。
わたしは無意識にさみしいと思わないようにしていた。
当然のこと、仕方ないこと、わたしが泣いたり笑ったり怒ったりしたところでなにも変わらない。そしてなにも変わらないことに対して傷つくのは自分自身だということ。
母はわたしに言っていた。
「柑奈は可愛いからなんにでもなれる。なんでもできる。なんにもできなくても、あなたは凛としていなさい。ママにとってあなたは天使なの。だから、ママ以外にも柑奈のことを天使だと見抜いてくれるひとが現れたらもう大丈夫。なにも恐れずあなたはあなたのすきなように生きなさい。」と。
わたしは母が好きだった。
常に美しく、弱く悲しくしなやかな母が。
母に父よりも好きな男のひとができたことを知ったとき、不思議と悲しくはなかった。
母と離れることはすこしさみしかったけど、わたしと父が二人でもどうにかやっていけるであろうということは分かっていた。
ただ、戸籍上わたしは父の子ではあるが母の子ではなくなる。紙の上では他人という関係。
矛盾。
わたしの存在は矛盾なのか。
わたしはどこから生まれてきたのだろう。
この世界は矛盾と虚構に満ち満ちている。それを「人間らしさ」などと賞賛する価値など皆無だとわたしは思う。

その昔彼がわたしに話してくれた興味深い逸話がある。

「柑奈、タイムパラドクスって知ってる。」
「知らない。」

彼は時々、唐突に楽しい知識をわたしに教えてくれた。(彼はとてつもなく賢い男の子だったから理解し難いものも時にあったけれど。)

「タイムマシンで過去に行ったとするよね。」
「うん。行ったとする。」
「そして過去の自分の父親と母親の運命を変える細工をするんだ。例えば」
「例えば、お父さんかお母さんどっちかを怪我させるとか殺すとか、」
「そう。そんな感じで。そうするとね、」
「すると?」
「俺という存在は矛盾なんだよ。」
「矛盾」
「うん、矛盾。怪我をしたくらいのことなら子供は出来たかもね。でもそれは俺じゃない。わかるかな。」
「わかる。」
「俺の存在は矛盾、現在に戻ってきたら天涯孤独っていうわけ。」
「ひとりぼっちか。」
「ひとりぼっち、別にいいんだけどね。」


時々彼は、ここじゃないどこか遠く、すごく昔のことやすごく遠い未来のことや時にはわたしの心さえも見透かすような平らな目をする時があった。その時の彼は、やっぱりまた神様なのだった。


「ひとりとひとりでもふたりになれるわけじゃないと思う。きっとひとりはずっとひとりなんだと思う。」

わたしは言った。言ってから、すこし冷たい言葉だったかな、と思った。
でも彼は優しく微笑んでわたしの頭を撫でてくれた。
なのでわたしは何とも言い難い気持ちになった。
自分のことを理解してくれるひとがいるというのはしあわせなことだと思う。
いままで関わってきた人間は、わたしの話を聞くと何時も呆れた顔をしたり心配そうにしたりしていたし、それはそのひとたちがしあわせ者だからということも知っていた。
だから、わたしの話を最後まで聞いて頭を撫でてくれたり、そうだね、と微笑まれたりすると、彼が悲しみと苦しみの中で生きていることに何度も何度も気づかされる。やさしい気持ちになって、そのあと少し悲しくなる。
彼といる時だけはわたしはすこし素直になれたし、たどたどしかったけれどうまく話せるようにもなった。
それは彼が、わたしの心の壁を壊して中に入ってきてくれたことがわかったから。
さらに彼はその壊した壁の内側に入って壁を元通りに直してくれた。他者がずかずか土足で上がり込まないようにと、丁寧に。
そしてわたしの心の中は彼とわたしの場所になった。
わからないけど、そのことは何故かわたしにとってすごく満ち足りていて悲しいことで、わたしは何度もひとりで泣いた。
嬉し泣きなのか悲し泣きなのか、なぜ泣いているのかあの頃は気がつかなかったけれど、きっとわたしは彼の為に泣いていた。彼のいままでとこれからの為に。

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  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-09-19

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