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メロンソーダの底のへんの糖分のゆらゆらが好き。
ずっと見てるとくらくらする。
大人に言っても無視されるか軽く流されるかだけど、彼はよく見てるねって褒めてくれる。
彼に初めて出会ったのは高校一年の6月。
彼は転校生で、教室の連中は必要以上に騒ぎ立てて勝手な想像で「イケメンかな?」「えー絶対前の学校でいじめとかあってたタイプだよこんな時期に転校なんて」とか色々言っていたけれど、どれもわたしには関係のないことだった。
その人がテレビに出られるようなイケメンだったとしても、そばに行くだけで気持ちの悪い人だったとしても、わたしが一人なのはこれからもずっとずっと変わらないことだった。
4月の入学式の時、わたしに声をかけてきた人は何人もいた。
どこ出身?とか好きな歌手は?とか好きなブランドは?とかスカートいくつ折ってる?とかスタイルいいね!とか髪の毛長いね!とか色々。
なんでそんなつまらないことしか聞けないんだろう。本当にわたしの好きな歌手や好きなブランドやそんなもの知って嬉しいのだろうか。わたしは知りたくない。教えてもらわなくても分かる。流行りの失恋ソングとか丸栄とかパルコのブランドとか、そういうのはもう、いらない。
最初のうちは二言三言で返していたけれど、思ったとおりクラスに椎名林檎が好きな人は一人もいなかったし、vivienne westwood が好きと言ったら偽物の財布を自慢してきたブスがいたのでもう話すのもやめにした。
そこからはもうひとりぼっち。
「ちょっと可愛いの鼻にかけてる」「上から目線でムカつく」「絶対うちらのこと馬鹿にしてるよね」「ねー!!!」
などというよくある悪口は日常茶飯事だったし、
「山本柑奈が駅でスーツの男と歩いてるのを見た」とか、
「山本柑奈の二の腕には刺青が入ってるからプールに入らない」とか、
ありもしない噂が流れては消えて行った。
人の体は理不尽な作りだと思う。
耳に入る言葉も自分できちんと選びたい。
食べ物の好き嫌いがあるように、わたしには言葉の好き嫌いもある。
下品で馬鹿で低俗で汚れた言葉ばかり聞いていたら、いつか自分の耳が腐ってどろどろになるんじゃないかって心配になる。
クラスで孤立して約二ヶ月。
わたしはもう誰も頼らないし誰かと群れることなんてしない。

「おはよう!待ちに待った転校生だぞー!席につけー!」
朝っぱらからやる気満々の体育会系教師。
誰からも好かれるいい先生で親からの信頼も厚いみたいだけど、
この前わたしの悪口を耳に挟んだようで、わたしを心配する振りをして会議室に呼んで体を触られたのでこいつもクラスの連中と同等の、それ以下の人間。

「今月からこのクラスに転入してきた鈴原朝日くんだ!みんな仲良くな!」
「え!ちょっとかっこよくない?」
「そうかなーわたしのタイプじゃなーい!」
「なんかガリ勉ぽいなあいつ。」
「俺も思った!地味そー。」

うるさい。今日は曇ってるから頭が痛いのに、やっぱり馬鹿は体が丈夫ってことなのかな。羨ましいにもほどがある。

「じゃあ鈴原!挨拶!」

という教師の言葉が終わらないうちに彼は既に教壇から下りて、窓際の1番後ろ、わたしの隣の席に腰掛けた。
周りの奴らは案の定、「感じわるー!」とかなんとか叫んでたけどそんなのなんの気にもならないみたいな涼しい顔で窓の外を見ていた。
そのガラス越しに一瞬目が合って、彼はふっと微笑んだ。
いままで見た表情の中で1番美しく、1番残酷な微笑みだった。

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  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-09-19

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