la divina commedia
太陽の君と月光の僕
「う~ん」
目覚ましの音に急かされながらゆっくりとした動作で起き上るここできちんと起きれればこの後の怒号を聞かずに済むのに…。
「やかましい!目覚ましを5分以上放置するんじゃねぇ!!伊織(イオリ)!!!」
隣の部屋の真紘(マヒロ)は大声を張り上げて乗り込んで目覚ましを止め、布団を取り上げた。
「いい加減に起きろ遅刻するぞ!!」
まだ布団に未練を持つ伊織の頭をはたき、部屋を出た真紘…伊織もフラフラと1階のリビングに降りると今日は休みらしい父の真砂(マサゴ)は食後の緑茶を楽しんでた。
「お前、いつも騒音を撒き散らし過ぎなんだよ…日夜うるさいなんだがら朝くらいは静かにしろ」
「真紘…そういうこと言っていけないよ」
真砂は息子をたしなめる。温和な父と感情的な息子と言う正反対の性質のせいかふたりの仲はそれほど良くない。ふたりで一緒にいる所を見たのは稀だし、必要最低限のことしか話さない…真砂は一生懸命会話をしようとしてるかもしれないが真紘が相槌以外しか喋らないので会話が続かない。伊織も真紘とは話したことはない。
………………お互いが正反対なのだ。
「真紘は十分に優しいし、真砂は優し過ぎよ……伊織?貴方はふたりに甘え過ぎよ…真紘が起こしてくれなかったら遅刻するまで起きないでしょ?」
「うっ…」
ご飯と納豆と焼き魚を伊織の前に差し出しながら母の詩織(シオリ)はため息を吐いた。
伊織以外の家族…真紘、真砂、詩織の3人は朝も強くいつもきちんとしてる。真砂は結婚してから特別な理由がない限りは朝ごはんの準備してるし、詩織は毎朝手の込んだ朝食を作ってる。真紘も朝の静かな時間を読書に当ててる。
…まぁ…そんな時に目覚ましを放置してたら誰だって怒るか…。
ご飯を食べ終えシンクに置いて洗面所に行って顔を洗う。
成績もスポーツもてんで適わない伊織だがひとつだけ彼にないものを持ってる。
「よしっ…」
フルートをケースに入れて担ぐ。伊織のほぼ唯一の得意ともいうべきもの…それがフルートだった…幼い頃からこれの演奏者として生きていきたいと思ってた…小学5年の頃に現実を目にして1度は諦めかけた道だった。それでも踏ん切りが付かずいた伊織に真砂が音楽関係の高校に進学するように勧めた。おかげで今日めでたく入学することになった。
「…似合ってるね」
真砂は都内屈指の音楽科の高校…晴嵐学園の紺のブレザーを纏った伊織を見て頬を緩める。伊織はそれに笑顔で返す。
「行ってきます!!」
「ちょっと待てい!!」
新生活の一歩を踏み出そうとしたのを真紘に首根っこを掴まれた伊織。真紘は呆れとも諦めともどっちともつかない表情で伊織を見下ろす。
「お前は入学式に寝癖を直さずに行くつもりか?」
真紘は伊織の頭を指しながら怒鳴る。詩織はこめかみに人差し指を当てる。どうやら頭痛がしてるらしい。
真紘は詩織からブラシを受け取り伊織の寝癖を綺麗に直す。真紘は人にあれこれ言うだけあって制服を少し着崩してるくらしで全く隙がない…むしろ、少し着崩してるのすらオシャレに見えるから不思議だ。
「全く…寝癖を付けたままで似合ってるなんて…何でもかんでも褒めれば良いと言うもんじゃないだろ…」
「女性に対してはそうでもないかもしれないけど、この子に関しては同感ね…気を抜くとすぐドジをやらかすんだから…」
真紘と詩織が揃ってため息を吐く。これではまるで小学生ではないかと…思ってるのに違いない。
真紘と一緒に家を出た。真紘の通う学校は都内でもトップレベルの中高大一貫の白鳳学院…少子化と叫ばれる昨今でお受験の中学でしかも運よく入学しても成績が伴わなければ容赦なく切り落とすと評判だ。小心者の伊織では受験どころか門をくぐるのもおこがましいであろう
だから真紘の白いブレザーは目立つ。果てしなく目立つ。…しかも顔も半端なく良いので中学の頃はクラスの女子………だけではなく後輩先輩からも真紘を紹介してほしいとせがまれたものだ。
(ちなみに僕は告白すらされたことないのに…)
太陽の君と月光の僕…。
中学の時…真紘は常に成績はトップでいかなる時も2位に甘んじたことがない……だけではない…部活もサッカー部でしかも主将を務めていた…まさに文武両道が服着て歩いてるようだ(これではモテるなというほうが無理だろ…)
対して僕はフルート以外特技は全くない…虚弱体質で線も細いし、身長も165cmと小柄で丸顔かつ大きく丸い目で日焼けひとつない肌…お世辞でも男らしいとは言えない。まさしく太陽と月の差(僕が月で真紘が太陽)のようだ。いつも人の中心にいる真紘と壁際の伊織…劣等感を覚えない日は無い。詩織も彼を頼りにしてるのは一目瞭然だ。
複雑怪奇
結城 伊織こと旧姓…田倉 伊織…。
真紘と伊織は実の兄弟ではなく、両親の再婚相手の連れ子だった。ちょうど中学…の受験の合格発表が終わってからだった。もともと父の真砂と詩織との付き合いは知っていたし、結婚を考えていたのは知ってた…が時期が悪く中学の受験を考えてる時に付き合ってることを…受験勉強の真っ盛りに結婚を考えてることを知った。たまに家の面倒を見に来てくれた(真紘が受験を抱えてると知って)詩織に息子がいることは本人から聞いていた。だが顔合わせたのは中学の受験を終えてから…。
それにはいろいろと複雑怪奇な事情がある。まずひとつは父の真砂の立場…。もともと結城家は資産家で有名…結城家が投資した会社は大成し、逆に見限ったら倒産する資産家の間ではまるで都市伝説ように語り継がれており、父もその例に漏れなかった。真紘の母とは政略結婚の意味合いが強かったがふたりとも古い付き合いで縁談が持ち上がる前から交際が始まってお互いに愛し合っていたと周囲の人は語る。それは置いといて詩織との結婚にノーを示したの親戚といった親族だった。子持ちのシングルマザーと投資家との結婚とあって周囲は財産目的ではないかと疑っていた(一応こっちもバツイチだが)
もうひとつは真紘にある。白鳳の倍率は8倍とふざけた倍率だった。実の息子が人生を賭けた大事だというのに色恋沙汰にうつつを抜かしていて良いのかと言うのもあった。真紘としては邪魔な父をお払い箱にできる絶好の機会だったが大人は体面というものがあるから仕方ない。結局、真砂の面倒と受験を両立してなんとか白鳳に合格した。
そして高級レストランで対面することになった。いつもはスーツを着て、待ってるとレディスーツを着た詩織がやってきた。
初めて彼を見た時は息を呑んだ。黒く大きな目に丸顔で白い肌…華奢を通り越して可憐に見える。これが俗に言う美少年というのだろうか?とそれくらい衝撃を受けた。
「あっ…馬鹿っ…」
第一志望に受かったせいで浮かれてるのかいつもよりそそっかしい伊織に真紘は額に手を当てる。これでは先が思いやられる。
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