夏の日の雨宿り
夏の日の雨宿り
黒髪の女の子がいる。
髪の長さは肩に届かないセミロング。
瞳は大きく、おそらく年齢より少し幼さを感じさせる。
これは夏の雨の日。
雨宿りで入った田舎のバス停での物語。
雨の勢いは止むことなく続いている。
先客の彼女は、俺が入ってくると、ビクッと身体を震わせた。
どうやら見ず知らずの男が入ってきたことに驚いている様子だ。
おんぼろの東屋に入れるのは3人がせいぜいだろう。
彼女はベンチに腰掛け、目線を伏せている。
気まずいな。
目線を外に向けるが、まだ雨は止みそうにない。
見ず知らずの男がきて彼女も不安に思っているだろう。
・・・仕方がない。
俺は鞄をもう一度傘代わりに持ち上げようとすると。
「・・・あの」
気まずさに耐えかねたのか彼女が口を開いた。
振り返ると、ベンチに座っていた彼女が不安げな目でこちらに右手を差し出していた。
その右手には水色のハンドタオルが握られていた。
「よかったら、その使ってください」
少々意外であったので礼が遅れる。
「・・・ありがとう、助かるよ」
ハンドタオルを受け取ると、すぐさま彼女は右手を引っ込めた。
俺は少々遠慮しながらも雨で濡れていた服を拭いた。
「雨、すごいね」
彼女の方に声をかけると、少し間があったが言葉が返ってきた。
「・・・はい、まだ続きそうですね」
言葉が返ってきて安心した。
俺は改めて彼女を見つめる。
小柄な黒髪の少女、紺のワンピースを着ていた。
「しばらくは足止めか」
俺が独り言のようにつぶやくと、彼女が少し首を傾げた。
「お急ぎのご用でしたか?」
「まあね」
彼女はさらに小首を傾げた。
思わせぶりなことを言ってもしょうがないな。
「今日は母の命日でね」
「そうなんですか・・・」
申し訳なさそうに彼女がつぶやく。
「別に気にしなくいいよ。もう三年も前の話なんだから」
少し明るめに声をかける。
「もともとお袋とはあまり仲がよくなくてね。俺が物心つく前に親父は出て行って、お袋と二人暮らし。お袋は自由奔放な性格で、よく俺の誕生日を忘れるような人だったんだ」
彼女が居心地悪そうにしているのに気づき、俺は頭を掻いた。
「ごめんね、変な話をして」
「いえ・・・」
縮こまる彼女に、俺は慌ててる。
「いや、そんなお袋でもプレゼントしてくれたことはあるんだ」
「えっ」
俺は背中に背負っていた荷物を置いて、黒いケースからそのプレゼントを取り出した。
「ジャーン、俺の相棒さ」
そういって相棒、アコースティックギターを鳴らす。
「・・・・・・」
「お袋も売れないミュージシャンでね、俺も目下修行中の身であるけど、よかったら一曲プレゼントするよ」
「結構です」
思ったより早い反応が返ってきて、うなだれる。
「あはは、手厳しいね」
「ごめんなさい、その、ちょっと羨ましくて・・・」
彼女が恥ずかしそうにうつむいた。
「私、ここからあまり出たことなくて。まだやりたいことも見つからなくて」
彼女の目が少し陰る。
「でもあなたはやりたい事をやっていて本当に羨ましいな、と思ったら、つい・・・」
「あはは、気に入らなかった、か」
彼女は顔を伏せたまま、わずかだが頷いた。
「気に入らない、大いに結構!」
俺は声を出して笑う。
「そんなにおかしいですか」
少し唇をとがらせた彼女がつぶやく。
「ああ、人からのやっかみ、妬み、恨み、そんなのたくさん受けてきた」
俺は笑う。
「でも、そんなの関係ないね。俺は歌いたいから、歌う。それを止めることは誰もできないんだから」
俺は力強く弦を指で鳴らす。
「さて、ここで会ったのも何かの縁、聞きたくないと言っても歌わせてもらうよ」
「逃げる場所はないですね」
やっと彼女が少し微笑んだ。
俺は嬉しくて、思いっきり弦をかき鳴らした。
いつも忙しい日々で君と話せない日々♪
それも今日でおしまい、今すぐ君に伝えるよ♪
真夜中の0時になって、君と約束の時間♪
リンドン♪
君に会うことはできないけど、電話握りしめ精一杯の言葉♪
ハッピーバースデイトゥーユー♪
これまでの君と、これからの君へ♪
ハッピーバスデイトゥーユー♪
僕からの真心一杯の気持ち♪
来年も言うぞ♪
ハッピーバスデイトウーユー♪
歌い終わると、彼女は少し頬を上気させながら。
「私、誕生日じゃないです」
「それはご愛敬」
気がつくと、通り雨は上がっていた。
遠くの方からバスがやってきた。
バスの扉が開くと、彼女は立ち上がり、深々と頭を下げた。
「ありがとうございました」
「いいえ、気をつけて」
俺は軽く手を挙げると。
彼女は頭を上げると。
二人とも同時に笑った。
バスが行くのを見送った後、空を見上げると七色の虹がかかっていた。
神様か、亡き母か、よく分からないけど、いいプレゼントをありがとうよ。
俺はまたその虹に微笑み返し、また歩き始めた。
夏の日の雨宿り