日傘
主人公のぼくの学校に外国人の女の子が転校してくる。彼女は病気もちで、直射日光を浴びれなかった。いつも長袖にロングスカート、日傘をさしていた。
僕の小学校には吸血鬼がいた。
彼女は太陽を嫌っていた。いつも黒い日傘をさして、どんなに暑くても長袖で腕を覆い隠していた。それで平然としていて汗もかかない。髪は夜みたいに黒いけれど、不気味なくらい肌が白い。これだけでも十分に彼女が吸血鬼だと言われるにふさわしい容姿を持っていることが分かる。けれど僕は彼女の目が、みんがそう言っているように、吸血鬼だと言われる由縁ではないだろうかと思った。彼女の青い目は見るものを操って、虜にしてしまう。魔性の目に見えたのだ。
彼女は他所から転校してきた。最初に彼女が教室に入ってきたとき、まるで世界から音が消えたように静かになった。この時も夏なのに長袖を着ていた。先生が話す声と、彼女が黒板に自分の名前を書くコツコツという音がよく響いた。彼女の名前は平仮名とカタカナがまじった、あまり日本人っぽくない名前だった。彼女は軽く自己紹介をした。同い年とは思えない大人びた口調。さらに自己紹介した後、まるでお姫様がするように、上品にお辞儀したのだ。
僕は彼女が何かするたびにますます彼女の異様さが増していくような気がした。
「じゃあ、あそこの席ね」
先生が指定したのは僕の斜め前の席だった。となりの男子がぽかんと口を開けたまま彼女を見ている。とんだまぬけ面だと思ったが、僕ももし彼女が隣に座ったとしたら同じ顔をしていたに違いない。
休み時間になるとクラスの女子が彼女に群がっていた。
どこからきたの? お父さんかお母さん外国人なの? 服、暑くないの?
僕が彼女だったら新しいクラス環境と矢継ぎ早に来る質問でパニックになっていただろう。
「うるさい」
だから彼女がこう言ったとき、ああ正直な子だなぁと思った。
女子たちは面白いくらいに顔を引きつらせていた。
*
「あいつ吸血鬼だよ」
そう初めにいったのは誰だっただろうか。瞬く間に噂は広がり、最初は彼女に関心を示していた生徒もだれも近づかなくなった。
クラスのみんなで彼女をいじめた。ぼくはなにもしていない。ただ見ていた。クラスのやつら、主に女子が彼女の持ち物を隠したり、机に落書きしたりしていた。彼女は学校に来て持ち物がなくなっていてもまゆ一つ動かず、机に落書きがあっても自分で消していた。彼女は泣くどころか感情をまったく見せなかった。それが面白くないのか、ますますいじめに拍車がかかった。
*
僕はよく置き傘をしていた。僕は雨にぬられるのが大嫌いで、突然雨がふった時に備えていた。その日は朝から晴れていたけれど僕は置き傘を回収しなければならなかった。間違えて姉の傘を置いていたのだ。気づかれる前に返しておかなければ、あとで酷い目にあう。放課後、ピンク色の傘を回収し、さあ帰ろうと下駄箱に向かうと、彼女がいた。玄関口に立ち、あの青い目で外を睨んでいる。なにより驚いたのは彼女が泣いていたからだ。あんなにいじめられて、まゆ一つ動かさない彼女が泣いていた。あたりに誰もいなかったのもあるかもしれない。僕はあまりに驚いたので彼女に話しかけた。
「どうしたの?」
彼女は自分が話しかけられたとは思わなかったらしい。最初、ぼくの方を向かなかったが、もう一度声をかけると目を見開いてこちらを見た。そして自分が泣いていることに気づき、服の裾で拭った。
「傘がなくなってる」
ずいぶんと恨みがましい声色だった。おそらくクラスの誰かが隠したのだろう。なるほど、彼女はいつも持っていた黒い日傘を持っていなかった。彼女はうつむき、悔しそうに顔をしかめていた。こんなに感情を表す彼女を見るのははじめてだった。よっぽど大切なモノなのだろうか。
「四時までには帰らなきゃいけないのに」
彼女は時計を気にしていた。壁にかかっている時計を見る。時刻は3時50分。彼女の家は随分遠くにあることらしいのは知っていた。
「帰ればいいじゃない」
ぼくは疑問に思った。晴れているのだから傘はいらないだろうと。
「傘をささないと、帰れないの」
最初嘘を言っているのかと思ったけれど、彼女は悔しそうに顔を歪めている。傘がいるのだ。ふと、自分のもっているピンクの傘をみた。姉にはぶん殴られるかもしれないが、彼女の泣いているのをみたら、胸が苦しくなって、泣いて欲しくないと思った。
少しの葛藤の末、僕は傘を差し出した。彼女はキョトンとしている。なんだがきまりが悪くなったので彼女に押し付けるように傘を渡すと、炎天下の中、子供らしく元気に走った。
家に帰り、傘をなくしたと姉に言うと、げんこつをくらった。
*
彼女はしばらく学校を休んだ。そして転校することを先生から知らされた。
なんでも病気の治療のため、外国に行かなければならなくなったらしい。
道徳の授業を潰してみんなで励ましのお手紙とやらをつくることになった。最初、適当な文句を書いておしまいにしようとしてけれど、周りを見るとみんな同じようなことしか書いていない。なんだか嫌だったので、いままで書いたものを消し、かわりにこう書いた。
「あの傘あげる。」
僕と彼女以外誰もわからない。誰にもマネできない文句をかけて、少しだけ満足した。みんな手紙を書き終わり、先生に提出した。
「早くよくなるように応援しましょうね」
そういう先生の言葉に元気よく答える生徒たち。僕はなんだかおかしくなった。
*
あれから月日が経った。僕は地元の高校に通うことになった。
あいかわらずこの地域の夏は陽射しが強く、暑い。
「ただいま!」
僕が扇風機の前で涼んでいると姉が帰ってきた。僕を蹴っ飛ばすと扇風機の前を占領した。文句を言うも、聞く耳を持たない。それより冷蔵庫からアイスをもってこいと命令される。小さい頃から姉には逆らえない。言われたとおりにした。
「そういえばさ」
アイスを食べながら姉が言った。
「駅前にすっごい美人がいたのよ。外国人かな? このあっついのに長袖にロングスカートで。美人だったけど、日傘のセンスは悪いわね。あのドギツイピンク」
ぼくはアイスを放り出して、駅に向かった。後ろから姉が何か言う声が聞こえるが、無視する。あとが怖い。自転車に乗り、思い切り漕ぐ。こぎながら思う。会ってどうする? 謝る? 何を? 夏の陽射しが僕を襲う。ぶわっと汗が吹き出しシャツが背に張り付く。駅前が見えてきた。姉のお気に入りだった、ピンク色の傘が遠目に見えた。
日傘
こんな子が転校してきたらいいなぁと妄想しながら書きました。少し短かったですかね(汗)。