指折り
数年前に書いたものを発掘したので、少し手直しを加えて発表することにしました。季節的にはばっちりです。
夏とも秋とも知れない季節の変わり目。
少し肌寒さを感じさせる一陣の風。
葉擦れの小さな音。
色付き始めた木々は仄かに薫る。
気怠さに退屈を重ねた夕暮れ。坐った縁から望む山野を物寂しく思う。そんな時に幽かな裏木戸の軋みと共に誰かが近づいて来た。その気配だけでは、誰であるのかは分からない。しかし、誰が来たのか、予想は付いている。
こんな時間にやってくる人間など、まず一人しかいないのだから。恐らくあの男。特別に目立つ所が無い。それが特徴の男。実直だけが取り柄の男。曖昧模糊とした印象しか与えない男。
確固とした苛立ちを感じながらも、一片の雪のような喜びも感じていた。一片の雪は確固とした苛立ちを前にして、とく溶けるよりない。そして、その心の動きは、まるで菓子に入れる一摘みの塩が甘味を引き立てるように苛立ちを強調する。
気怠さと退屈はいつの間にか消え去り、今か今かと男を待ち構える。足音が大きくなるにつれ、昂りは鳴りをひそめていく反面、胸中は溶岩のように燃えていた。
一際大きく土を踏みしめる音と共に目の前に現れた。視線を上げずともここまで来れば分かる。
やはりあの男だ。
数拍の間を置いて男は話を始めた。今日の出来事を次々に語る男。それを悉く聞き流す。
いつもは、私の反応がないのに落胆して帰っていく男が、しつこく呼びかけて来る。あまりに煩い。だから、つい視線を上げてしまった。すると男は嬉しそうに微笑んだ。私は、不快さに唇を歪めた。
男は得意気に今日覚えてきたと言う遊びの解説を始める。一通り話し終えると私に掌を出すよう求めた。億劫に出した掌と向かい合わせに男も掌を突き出す。
なんでも、十本の指を交互に折りあい最後の一本を折った方が負けだとか。ただし、一度に三本までと言う決まり。男は頻りに、先攻ならば絶対に勝てると言っている。私は、面倒なので男の希望通り、先攻を譲ることにした。そもそも勝敗に興味はない。ただただ、面倒だった。
男は自信満々に私の指を一本折った。
「さあ、そっちの番だ」と私を促す。
三本、一本、三本、一本と指は減り、後は男の小指を残すだけだ。
「さあ、最後の指だよ」
男は誇らしそうだ。得意げに小指を揺らしている。
私はそっと小指の第二関節を親指と人差し指の付根で挟み、そこから先を人差し指と中指で確りと握り締める。そして、一気に指を外側へ向けて折った。
瞬間、尻尾を踏まれた犬のような高く短い悲鳴が響く。同時に私の手が乱暴に振り払われた。男は小指を押さえ、唸り蹲った。私は居住まいを正しながら、静かにその様子を見下ろす。
小刻みに震える男が、恐る恐る顔を上げる。その目に恐怖・怯え・混乱を認め、何故か私は満たされた。
私は初めて男に笑みを向けた。
指折り
季節が秋なだけですみません。
内容があるのか無いのか、自分でも分かりません。ただ、気怠い雰囲気と暗い悦びとか感じてもらえれば幸いです。
最後に何か概要サギっぽくてすみません。