なにぬねの
「どっせいやぁぁぁっ!!」
6日目 自室
外から鳥が僕に朝を告げる。
チュンチュンチュンチュンとうるさい。早く鳴き止めばいいのに。
僕は壁に掛かっている時計を見上げる。
えっと、今は8時か。
うん、いつもより少し寝すぎたみたいだ。
僕は起き上がり勉強机の上にあるポテチを左手で取る。
……背中が痛い。
原因は分かってる、床で寝たからだ。
痛いのと寝起きで力が入らない。
あぁ、もうメンドクサイから朝飯は抜こう。こんなことの為に時間をくう方が無駄だ。
そんなことを考えながら、僕はドアへ近づきドアノブを引く。
相変わらず、ドアの鍵はかけられ閉まってる。
やれやれ。
少し面倒に思ってると下から騒がしい声が聞こえてきた。
どうやら、揉めてるみたいだ。
僕の母親と……。
ん?
この声……。
えっと。
<だーかーら、何度言えば分かんだよこのウスノロがッ。さっさとあーくんに会わせろやクソ>
<いや、だからね――>
<あぁッ?テメェ、舐めた態度とってんじゃねェぞ!?あたしを誰だと思ってるンだ?>
とても早口で、非常にイライラしているのが伝わる。
<――いい加減にしねェと、この家潰すぞコラ>
<え…え…ちょっと>
<分かったら早く退けよッ>
あぁ、うん。
彼女だ。
薫だ。
ははっ、相変わらずだな。
うん、彼女は変わらない。
だから――――良いな。
6日目 川原
「よお、あーくん。待ってやったのに来なかったなテメェ」
川原に向かう最中、薫はドスを効かせた声で言った。
彼女は自転車に乗りながら僕を見下す。
身長は僕よりずっと高いのに座高は低いから、あまり高くないのだけれど。
けれど、威圧感は凄い。凄いが歩くスピードは僕に合わせてくれてるみたいで、自転車からは、キーコキーコと軽い音が鳴る。
「家に閉じ込められてたんだ、仕方がないだろ」
「けっ、別に窓から飛び降りりゃいーだろうが」
危ないだろ、なんてことをさすつもりなんだ彼女は。
「ふん。相変わらずだな、相変わらず過ぎてつまらねェよ。あーくん」
「それは、薫もだろ」
彼女は僕の言葉に応えなかった。無視をした。
暫くして、いつもの場所につく。いつもの場所。それは川原にあるベンチ。僕らの特等席だ。というか逆に、僕ら以外が座ってるのを見たことがない。薫が追っ払っているのかもも。
薫は自転車をベンチの脇に停める。
真っ赤な自転車。見ると目がチカチカとするような色だ。いくとはこの色を血の色なんて言って、殴られてたっけ。んで、自分から血が出てきてたな。痛そうに見えた。いくとは、えへへと、口だけ笑ってた。恐ろしい光景だな、今思うと。
ドカンと薫はベンチに座り、脚を投げ出す。
「あー、悪ィけどあーくん。酒飲んでもいいか?」
言うのが早いか、彼女は直ぐに酒瓶を開けた。彼女の黒いジャケットのポッケから出したんだろう。そしてすぐに飲み始めた。僕には拒否権がないようだ。
ぷはっと半分程飲み、息をつく。
美味しそうには見えない。
「いやァ、喉乾いててね」
別に聞いてもいないことを言う。
ていうか。
「薫。お前、まだ未成年――」
「ぁあっ!?テメェ、あたしを<お前>呼ばわりしてんじゃねェよ」
おっと、忘れてた。
薫は僕を見る。睨む。
右手に酒瓶、左手に拳だ。
……恐ろしい。
「まァいいや。あたしは未成年じャあ、ねーぜ。一応、テメェよりも6歳以上も歳上の大人だ」
「でも、前。17歳だって――」
「ありゃ嘘さ、嘘も嘘、大嘘だよ」
…………。
こいつへの信頼が一気に地に着きそうだ。
うは、と彼女は笑う。
「誰しもが嘘をつく、歳ぐらい大したこたーねェだろ。うん?」
「…………」
「それにテメェだって、結構な嘘をついてるだろ。あーくん」
…………?
薫は酒を飲み干した。
「まっいいや。そういや。話したいって何をだよ、雑談か?それとも――」
「あーくんの家についてか?」
…………。
別に僕に悩み事なんて無い。
多分。
一昨日のは気の迷いで昨日はその影響が少しだけ出ただけだ。別に、おかしくなってなんか、ない。
「話したい事ってのは別にねーぜ、ただ、薫と雑談をしたくなったからさ」
「ふうん」
薫は興味なさそうに、空を見上げた。灰色の厚い雲で塞がっている空。僕にとっては、居心地がいい。
僕は薫の足下を見て喋る。
汚れてない靴、少しだけ羨ましいと思った。
「あのさ、薫。覚えてるか?いくとの事」
「あん?誰だソイツ」
予想通りだが、だけれど、いざ言われてみると焦る。
えっと。
外見的な特徴は無いから伝えずらいんだけれど。
確か……。
「いつでも笑ってるやつさ。えっと、黒髪にタレ目?で腕時計をいつでも利き手につけてる奴」
なんでわざわざ利き手につけてるのか分からない。
邪魔だろう、絶対に。そういや理由も聞いた気がする。でもそれは、案外つまらなくて――
「ぁあ!」
薫は言った。
声がでかいから僕の肩がビクンと揺れる。
うるさいな。
「思い出した。あんのいけ好かねェ奴だろ。あのいつでも<えへへ>と笑うキモい奴」
酷い言い様だ。
可哀想に。
「なんだ、あいつ。まだあーくんと一緒にいるのかよ。あいつも相変わらずだな。相変わらず、恐ろしい」
恐ろしい?
何が?
僕が思ったことに気がついたように、彼女は言う。
「あいつは恐ろしいぜ、あーくん。気がついてないなら特別に教えてやるが、あいつは何を考えててるか分からねェ。だから怖い」
特別に、ではなく毎回教えてほしい。
僕が困る。
「怖い?薫が?」
「まだ、分からないかもしンないけど。歳を取れば取るほど分かってくることもあるんだぜ?あーくん」
薫は続ける。
右手にはもう、酒瓶はない。
どこにあるのだろう。
どうでもいいけど。
「世の中には知らないことだらけだ。それを今のうちに知っとけ、無能」
むかつく。
うへへ。
彼女は笑った。
悪意のない笑顔で。
「うんうん、面白いね。顔が」
……一回殴りたい、絶対に負けるだろうけど。
深呼吸をして落ち着かせる。
いや絶対に落ち着かせてやる。
「んで、いくととむー……渡部くちはって奴が何だか交渉してるみたいなんだ」
「交渉?」
「えっと、そんなかんじ」
「ふうん。で?」
「どう思う?」
「はァ!?」
なんだそりゃ、と彼女は呆れた。呆れたというより、落胆したという感じだ。
だから、彼女の次の言葉は――
「知るかよ」
予想通りだ。ていうか誰でも言う。
僕だってこんなに中身の無い話しは初めてで、若干戸惑ってるのが現状だ。
「因みにさ、あーくん」
うん?
「渡部くちはっつー奴は女か?」
「そうだけど………」
「――――むっはー、うん」
薫は満足そうに、うんうんと何度も頷いた。
?
「変わったな。あーくん」
薫は突然、そう言った。
彼女の足下に酒瓶は無かった、多分彼女は蹴飛ばしたのだろう。
いや、転がしたという感じなのかもしれない。つまり、伝えたいのは彼女が後始末をしない性格、だった。
6日目 帰路
家に帰る独り帰り道。
朝飯は抜いて、今は2時。太陽は厚い雲に隠れて見えない。
つまり朝も昼も抜いた事になる。こんなことならポテチぐらい開ければよかったと後悔した。けれど後悔は嫌いだ、やったことを全て否定しているみたいで。自分を、否定しているみたいで。
あの言葉のあと、僕と薫は少し気まずくなったから別れて、僕は今独りでいるわけではない。
ちゃんと最後まで、雑談をしてジャスコのゲーセンに行き、友達らしく遊んでから帰ったのだ。もっとも、彼女はバイトがあるとかどうとかで突然帰ってったが。
ちなみに、彼女は昼飯を食べなかった。
僕は食べたかったが財布は置いてきてしまったし、薫は。
<あたしは別に食べたくない。草でも食ってろ>と言って、奢ってはくれなかった。大人のくせに。バイトしてるくせに。
まあ、でも。
お腹はふくれなかったが、少しだけ、ほんの少しだけ、楽になった。
彼女は人を安心させる能力を持ってるのかもしれない。
「あーあ」
僕は声に出す。
「今日はいい日だ」
彼女を見てると安心する。
ほっとする。
――――――――自分より下の人間がいると再確認できて安心する。
…………冗談だよ。
6日目 家
明日は学校がある。だから早めに寝よう。母親に小言を言われたのを気にせずに。
さあ、お休みなさい。
僕はベッドに乗り、電気を消す。
今日は、僕は変わらない。
なにぬねの
「はひふへほ」へ