名前の無い夜

せいの

名前の無い夜

もう直ぐ夜明けがそこまで迫ってる。

名前の無い、夜のお話。

名前の無い夜

この感覚を、何度味わったろうか。


存外人間と言うのは、重要でない記憶を消去してしまうものである。それは私とて例外ではなく、唯広がる藍色を眺めていた。


誰もいない。

そう、今日に限って、この街は静寂を装っている。白色を纏ったまま、静かに時を積み重ねている。イヤホンから流れる随分昔に流行ったポップスの軽快な低音と震えるようなシンセの音を、遠くに聞いていた。

何もない。

耳を塞いでしまっては勿体無い。静寂とは随分無縁な生活の中で、足取りも覚束無くなるほど呑んで、呑まれた今の私にとって、この静寂は一日中砂漠を歩いた後に見つけたオアシスの様だ。夜が身体に染み込んでいく。

こんな夜が好きだ。

街灯から降り注ぐ極小の光は蛍の光。月明かりもないこの夜に限っては、私は此処にいないことになるのだろう。履き潰した白い筈のスニーカーは色を失い底は擦れ、靴紐は綻んでいる。不完全だ。私は不完全であるが為に不完全が愛しい。自分を擁護する意味でも。

もう消えてしまおうか。

何もかもを脱ぎ捨てた今の姿を見て、人はなんというのだろう。鬱陶しい?煩わしい?いや、五月蝿い、か。対外的に私の姿を見た時、気持ち悪いと唾を吐く人間も多かろう。踏み潰された仲間外れの彼は、のそのそと唯来る朝を待っていた。彼の目に朝焼けはきっと映らないのだろうけれど。


君の想像の向こう側、晴れわたる空を見上げて、遠く、遠く、高く飛んでいく明日を夢見る。残された時間は少なくとも、明日を夢見る事に、罪などない。


這いつくばって生きていく。

手渡された未来は暗黒一色。望んだ空も今日は輝度を含まない。君を探す。君を探す。この先を進めば、君に会えるのだろうか。君にこの手は届くのだろうか。この声は、届くのだろうか。身体に携えた剣は君を守る為だけにあるというのに。


聞こえただろうか、この声が。


朗らかな表情の彼女を見て、今日が夢でないようにと祈る。随分と静かだ。僕らのこの距離感でだけ、小さな世界が出来たのかもしれない。

さすがに眠いね。

振り返り笑って君は言う。当たり前だ、もうじきに空が白み始めると言うのに。大きく口を開け、情けない声をあげた。そんな君さえもが愛しい。僕は狂ってしまったのかもしれない。染み込んでいく君の色は、夜に紛れまだ見えない。


太陽が夜を食べ始めた。


近くの公園で立ち呆ける男の子も、ベンチに腰かけた白いシャツの若い女性も、きっとこの静寂を楽しんでいるのだろう、目を閉じていた。二人並んで帰路を進む。始まった侵食は恐ろしい程早く藍色を貪っていく。ふと、街灯が消えた。電柱の下、薄汚れたスニーカーが寂しげに此方を見つめている。近くの木々で目覚めた蝉の鳴き声が響き始める。きっと、万物に等しく時という概念はあるのだ。触れられもせず、取り戻せもせずに。足下に蝉の死骸が転がっている。秋の声が聞こえる。結局歩き続ける事しか、僕らには出来ない。漸く辿り着いた二人の住み処。2階建てアパートの一室を目指す。玄関脇のコンクリートで舗装されていないところに、小さな生き物を見つけた。何処から逃げ出してきたのか。泥だらけの姿でも変わらずに愛らしい。彼らは夜目がきくから、きっともうじき太陽の光が眩しくて日陰へと姿を眩ませ眠りにつくのだろう。彼の存在を君に話せば、きっと飼いたいとか言い出すので伝えない。同居人は一人で十分だ。


意味を見出だせない毎日でも、
当たり前の様に過ごす今日を、
いつか思い出すのだろう。
いつか戻りたくなるのだろう。


そんな、名前の無い夜の話。

名前の無い夜

どーも、いつもありがとうございます。せいのです。

ここまでお付き合い頂きありがとうございます。
あなたのお暇が潰れたのなら幸いでございます。

さて、季節も変わり、漸く秋の声が聞こえ始めました。
今年の夏こそ!と張り切っていたあの頃の自分よ。
現実は、とかく厳しいぞ(笑)

それではまた、機会があれば。

名前の無い夜

名前の無い夜のお話。掌編です。5分程度で読めるかと。

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