practice(140)






 細い肩に大きな手をのせた姿は暫く絵になる。長い髪に短い髪,ともにブラウンの自然な色を腰掛けている一脚の椅子と同系色の木製の机と対比させて,大きく枠どった窓の向こうから射し込む光に輝き,遠くの雲に遮られたのであろう陰りに,黒であったのかと見直すぐらいの深さを見せ,再び訪れる光の中でまた変わる。長さ以外の要素,こちらから見える片耳に付けられた小粒の赤い石のようなものはピアノ線でないかと思われるもので透明に吊るされており,だから時々消えて,証のように浮いている,と思うのに無理はなく,二人を残して対角線上に進んだ先の部屋の床に散らばった鉋屑が,これとは無関係に,片付けられていないことを気にした様子が何処にもない,映える白いシャツ,脱がされた紺のエプロン,そして白いワンピース。その肩口から伸びた腕は曲がった肘をもう少し伸ばし,そのために手は広げずとも乗せた机の半分以上を,それ以外に使えなくしている。軽く立った指によって,持ち上がり始めたところの姿勢は,弾く前のポジションを取る演奏家らしくも見える,あるいは,お礼を上手く述べる機会を待っているかのように,はにかんで,動いても構わないという許しを待っている主役に見える。椅子に座り,よく歩くということから引き締まった足を,そこに生まれてから一度も動いたことがない机の下に揃えて仕舞い込み,眠りを忘れたぐらいに力強く,開いた瞳は,まっすぐに見ている。そこに鏡があるとすれば,それは二人を捉えているのであり,机に椅子,特に椅子はおそらく背凭れのみで,後ろのキャビネットは本体の色と異なる脚の部分と,抽斗の取っ手部分がようやく写り込んでいる,そうなるはずである。クリーム色の本体に,茶色が好対照で目立つ脚と取っ手。キャビネットの上部には飾ったものや便利だからとそこに置いたものがないが,これは一方のこだわりであって,二人して納得したものでない。というのも,先の部屋にすぐに戻れば,そこは木材と工具と図面(それに書くための筆記用具)とで,背の低い棚からそこにある箱の数々までひしめき合いがお互いのスペースを主張しあっているのが一目で分かるからである。しかしそのことは今はいい。置けるだけの工具等を全て置いて,引き締まった腕に,大きな手で細い肩を支えるように動かない間は,同じように視線を送り,同じように(もし,そこに鏡があるなら),けれど,立ち位置からしてキャビネットの低い姿は,縦に並ぶ真ん中の小物入れが三つ,シャツの脇のあたりから確かに見えるのだろうし,立っているのだから,珍しく履いているカーキー色したズボンと,止めを通したベルトもきっと見える。留め金の重さで少し落ちているであろうと思えるのは,シルエットのすぼみ具合と,掛けられていたベルトの数の少なさ,それは二人をそこに取り残して,反対側の玄関近くのたったひと部屋にまで脚を運ばなければ分からないことではあるのだが,その少なさに見受けられる不要さと,単純に言うべきなのであろう。その部屋にある,組み木のパズルのように。黄色い,埃にまみれているが琥珀であろう別のものを,扉そばに押しやられたかのような作りかけの台の上に見かけても,すぐに出て,今度は反対側から,窓辺を正面に見据えて,射し込む光を浴びるように捉えれば,小さな赤い輝き,初めてその目にした,影が覆っているこちら側のものでなく,先程から見ていた,ピアノ線でないかと思われるもので透明に吊るされていた,片耳のさきの,あの小粒の赤い石。綺麗に輝いており,短い髪に似合っている。白いワンピース,準備のポジションを済ませた演奏家,あるいは動けるのを待つ,絵のような主役。真っ直ぐに前を見つめ,もしそこにあれば,鏡の縁となっている木の枠には蔦か何かの彫りが施され,ニスが鈍く照り返し,掛けられている壁の一面,反対側に置かれてあるキャビネットの見えなかった側の作りは,見えていた側の作りと変わりなく,クリーム色の本体に,茶色が好対照で目立つ脚と取っ手。大きな手をその細い肩に乗せ,そのシルエットをよりはっきりと浮かび上がらせて,鉋と屑。無関係の椅子。一脚を完成途中まで作り上げていて,もう一脚を,梱包して売りに出している。紙にそう書いてある。
 スペースを空けるために,そうした行為が近くにあるなら,工具の何か,他の何かが棚から零れ落ち,金属音か何かの音をさせ,細い肩に大きな手を乗せる姿,それは暫く絵になる,そういう姿を動かすこともあるかもしれない,まずは視線をこちらに向かせ,それから互いの存在に向かわせては,再び真っ直ぐを見つめさせる。そこに鏡があるならば,その姿,キャビネットの位置は変えずにその上に工具箱,ぴたっと蓋を閉めたものから,壊れて蓋がないものまで,それぞれ一つずつ置いていく。それから一人が一人に話し掛け,その一人は笑顔で応じたなら,後ろを向き,工具箱から未完成のアクセサリーを手に取り,まずは鏡越しにそれを見せる。そうして持って来る。そのあとの反応,振り向いてしまい,それを間近でみようとするのか,それとも,鏡越しのままに手に乗せられるのを待つとするのか。残響音が目を覚まし,時計の針がチクタクと驚きを見せ,逆光が部屋の中をひた走り,どちらかが,あるいは他の誰かが目をつむってしまったのならもう一度,ただ,暫くしてから目を開ける。白いシャツ,白いワンピース。ピアノ線でないかと思われるものはやはり揺れ,ただ違うのは,赤くない石。陽が傾いて終わる。
 長さ以外の要素,いや,短い髪。長い時間。

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  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-09-17

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