卵の姫とさなぎの王子
ブリニック王国
深く美しい森に囲まれたブリニック王国。
その王国の土地は肥え、天災に苦しめられる事もなく、資源にも恵まれていた。
周辺の国々は、争うようにこの王国を欲した。
だが彼の国には、屈強な戦士を誇る大国や、新しい武器を多く抱える軍事国も、攻め入る事は叶わなかった。
何故なら、王国に辿り着くことができないから。
王国を守るように囲む深い森は、王国に害なす者を、誰一人通さなかった。
人々は、恐れと畏怖を込め、この森をこう呼んだ。
守りの森と・・・
守りの森に囲まれた平和なはずのブリニック王国に、建国以来初めての危機が訪れていた。
そして、王家の中でも第一王子シルヴァンは特に焦っていた。
ブリニック王国には、王家が王を引き継ぐのではなく、ある知られざる条件があった。
その条件とは一番強い精霊の守護を持つ事。
この国に生まれた者は何かしらの精霊の守護を得る。
それは、生まれつきであったり、成長過程であったりと、時期は様々だが必ず守護精霊を得る。
だがほとんどの守護精霊は日常に役に立つか、自身が癒されるなど、国を守る事とは無縁の守護がほとんどだ。
そして、その世代の一番強い守護力を持つ者が王となるのだ。
王が健在でも「我こそは!」と思う者が現れれば、身分を問わず公平に吟味される。
だが大抵王は、今の王家に連なる血筋から誕生した。
それが・・・1か月前、前王が急に崩御し、危機に陥ったのだ。
前王には、二人の妃と二人の王子、三人の姫がいる。
二人の妃の内の一人は強き精霊の守護を得、数多くの王や神官を輩出してきたヒルデン家出の正妃フラリス。
もう一人はそのヒルデン家に古くから仕えてきたサルム家のグロリアス。
フラリスには、第一王子シルヴァン、第一王女アメジール。
グロリアスには第二王子サフリン、第二王女メロル、第三王女コール。
だが、現時点で第一王子、第二王子ともに今だ精霊の守護を得ていなかったのだ。
これでは、王国全ての人々の精霊の守護を吟味しなければならない。
守護が無ければ、国の滅亡にもなりかねない。
それだけでなく・・・
シルヴァンは城の者から隠れるように、守りの森の奥深く、王国の人間でもほとんどの人が辿り着けない古く朽ちかけた神殿跡へと馬を進めた。
何故か、シルヴァンは小さな頃からここに辿り着けた。
そして、必ずそこには、まるでシルヴァンを待っていたかの様に一人の精霊がいた。
今日もまた、いつもと同じに・・・
「どうしたんだい、怖い顔をして?」
柔らかで人の心を和ませる穏やかな口調で、その精霊は話す。
飾り気はないが光輝く真っ白なローブに身を包み、地面に着きそうな白銀の髪を持つその精霊の顔は美しい。
涼しげな空色の瞳は微笑むと目じりが少し下がり、見る者すべてを魅了する。
「・・・・・」
普通の者なら誰もが見惚れるその笑顔を無視し、シルヴァンは無言で睨む。
「そんなしかめ面をしていては、私の気に入ってる美しい顔が台無しだよ。」
「・・・・・」
さらに無言で、渋面を作るシルヴァンを、精霊はしばらくの間見つめていたが降参とばかりに軽く両手を挙げた。
「守護というものは、精霊と与えられる人間の間にあるものが生まれないと発動しない。今の君には難しい・・・」
「それは何度も聞いた。そのあるものを教えてくれと言っているんだ!!」
「おお、やっと我が養い子が口をきいいた。」
「だからっっ!!!」
シルヴァンはイライラしながら、にこにこと微笑む精霊に怒鳴る。
「俺は精霊の守護を早く得なければいけないんだ!!」
「だが、それはいつ生まれるか誰にもわからないんだよ。」
シルヴァンの権幕をよそに、精霊はおっとりと答えた。
「・・・・・」
シルヴァンは焦っていた。
王が崩御した今、王子は二人。
幼い第二王子はともかく、17歳で王を担える年齢の自分に精霊の守護が無い。
しかも、このブリニック王国の住民ときたら、災害や戦争に関わった事が無いせいか、超がつく程ののんびり屋なのだ。
この、国の最大ともいえる危機に主要たる大臣達や国民も口を揃えて、
「大丈夫、いずれシルヴァン様かサフリン様に、精霊の守護がやってきますよ。」
と、微笑むばかりなのだ。
我こそは、と挙手する住民も出てこない。
こうなると、もう自分しか頼れない。
(隣接する諸国には、父上の訃報は届いているはず。いつ何時、この国に攻め込んでくるかわからない。一刻も早く、精霊の守護を得て、家族を国をまもらなくては・・・)
一人考え込むシルヴァンを黙って見ていた精霊が口を開いた。
「我が養い子よ、ひとつ試練を受けてみるか?」
「!!!」
ここ最近、シルヴァンが足繁くこの森に通って初めて得られた前向きな答えだ。
「もちろん!!いますぐにでも!!」
飛びつかんばかりの勢いで答えるシルヴァンに、精霊は長い袖の中から何かを差し出した。
近寄いて精霊の手のひらにのっているいる物をよく見ると、それは七色に光輝く小さな卵だった。
「この卵を孵し、ちゃんと育てる事ができたなら、そなたの求める全てに答えよう。」
「・・・無理難題を押し付けて、煙に巻こうとしてるんじゃないだろうな?」
「・・・我が養い子は疑い深くて困る。心配しなくとも上手くいけば2、3日で孵化する。」
「本当だな!」
「本当だ。そなたも知っているだろう?精霊は人間と違い嘘は言わない。」
その言葉を聞き、手のひらの卵にてを伸ばした時、
「だが、ちゃんと育つかどうかはそなた次第。育てられなければ、あきらめなさい。」
いつもは微笑みを絶やした事のない精霊が真面目な面持ちでささやくように言った。
それはシルヴァンの小さな頃から知る精霊のどの表情とも違っていて、今までどうして普通に接してこれたのかと思うほど威厳に満ちた顔だった。
「・・・わかった。」
一瞬ひるんだ事を悟られまいと、いつもとおなじ口調で答える。
それに気が付いたのか、精霊はすぐにいつもの優しげな微笑みをうかべた。
「我が養い子なら、きっと大丈夫。」
「・・・で、何の卵なんだ?」
「それは・・・秘密。」
「秘密って、おいっ!」
微笑む精霊の姿は、もうすでに半分以上消えかかっていた。
気まぐれに現れ、消える。
人間の思惑の外で、彼等の理の中で存在する精霊。
だけど、いまシルヴァンの手の中には優しい気まぐれな精霊がくれた希望がある。
その希望をそっと胸に抱え、シルヴァンは固く誓った。
(この国を、この森を必ず守れる王になる!)
城に戻ったシルヴァンは精霊からもらった不思議な卵を手に途方に暮れていた。
「・・・温めればいいのか?」
「いや、精霊界に属する生き物だぞ。人間の常識が通用するのか?」
「・・・・・」
卵はシルヴァンの困惑をよそに手のひらで七色に輝いている。
「どうしたものかな・・・」
と、その時卵がかすかに揺れた。
「!!!」
よく見てみると、卵の上の方に、ひびが入っている。
「も、もう孵るのか?けど、あいつは2,3日で孵るって・・・!!!」
卵がまた、揺れた。さらに、ひびは大きくなって一番上の殻が少しはがれている。
シルヴァンは慎重にその穴を覗いた。
(一体、何が孵るんだ?)
その穴はかなり小さくて、かろうじて見えたのは羽らしきものだけ。しかも、鳥の羽とは違い透き通った薄い膜のような羽だった。
とりあえず、今まで見たことの無い羽だ。卵の色と同じく、その羽は虹色に輝くのだ。
シルヴァンは本来の目的も忘れ、その不思議な光景に夢中で見入った。
フルフルと微かに揺れては殻を破りを幾度か繰り返し、それは生まれた。
そう、孵るでは無く、生まれたのだ。
美しく七色に輝く殻を振り払うように全身を震わせ現れたのは、シルヴァンのてのひらと同じくらいの小さな精霊だったのだ。
見る者の庇護慾をからずにはいられない愛らしい顔立ちに、絹のようなさらさらの金とも銀とも見える髪、透き通るのではと思ってしまうほどの白い肌。
そして、淡く柔らかに七色に輝く2枚の羽を持っていた。
「???」
あまりの驚きに穴が開くほど見つめるシルヴァンにその精霊は小首をかしげた。
その仕草でシルヴァンは我に返った、耳まで真っ赤になりながら・・・。
(な、何なんだ!!!この生き物は!!!)
「あなたはだあれ?」
動揺していたシルヴァンは、突然の問いかけに精霊を手から落としそうになる。
「きゃっっ!」
慌てて両手で包み込むと、精霊はシルヴァンの指に摑まり微笑んだ。
「驚かせてしまったのね、ごめんなさい。助けてくれてありがとう。」
落ち着いた柔らかな声にシルヴァンも平常心を取り戻した。
「い、いやこちらこそ申し訳ない。大丈夫か?」
「ふふっ、優しいのね。」
この精霊が話す度、シルヴァンの胸がせわしなく鼓動する。
(この精霊の魔法か?どうにも落ち着かん。)
そして、この状況にシルヴァンは再び困惑する。
(孵った、じゃなくて生まれたはいいが、この後育てるってどうすればいいんだ?)
精霊は何をするでもなく、微笑みながらじっとシルヴァンを見つめている。
シルヴァンはその視線に耐えきれず、口を開いた。
「名は?」
「・・・名前・・・ない・・・」
微笑みが彼女の顔から消えると見る見るうちに、大きな空色の瞳を曇らせ、目尻に涙を浮かべる。
「名前・・・私の名前・・・っっ!」
言葉の最後まで我慢しきれなかったのか、瞳から大粒の涙が溢れだした。
「!!待てっっ!泣くな!名が無いのなら、俺が付けてやる!」
「本当?」
ぴくりと体を震わせ、彼女はこちらを見遣る。
卵の姫とさなぎの王子