ほんのもり
航海日誌 2
一学期の真ん中で席替えがあって、よう子は教卓の前の列、前から3番目になってしまった。
がっかりしてしまう。
どうせなら、一番前が良かった。そこは、案外先生の眼を盗んでぼんやりできる特等席だ。
めがねの よこてのぶおさんが そこの常連だけど、よこてさんはもともと、勉強が好きそうだから
よう子の様に、社会の時間に眠たくなって大あくびをしたりしない子なのだ。
よう子はそんなに不真面目なほうでもないと自分では思っているのに
この席になって、うっかり、空想に耽っていたり、
ノートの端っこにウサギの絵を描いている時にかぎり、担任のほりごえ先生と眼が合ってしまうのだ。
先生はきっと、よう子のことを 良く思っていないんじゃないだろうか。
しんそこ、がっかりだ。
そして、さらに残念なのは班分けである。
よこてさんがめがねのため、女の子列に座ってるから、よう子の3班は6人中女子2人。
その唯一の女の子が、よりによって、いむらさんなのだ。
いむら あすかさん。漢字で書くと「伊村明日香」
やたら横棒の多い名前だ。
いむらさんという子も、この字みたいに、横に突っ張らかった感じ。
無口で、やぶにらみで、色が黒くって、やせっぽち。
茶色の髪はばさばさしてて、おでこのところで、真っ黒いカッチン止めをしてる。
いむらさんは 休み時間になると、どこかへふらっと出て行く。
だれとも遊ばないのだ。
何故と言って、誰もいむらさんと、友だちじゃないから。
1年生の時よう子はいむらさんと別のクラスだったから、良く知らなかったけれど、
その頃から、友だちがいない子だったのだという。
「とても、いじわるなんだもん。あたし、すごく苦手」
すみれちゃんが、綺麗な鼻に皺をよせてそう言った。
すみれちゃんは
1年のときからいむらさんと同じクラス。
「あーあ、可愛そうなよう子!」
そう言って すみれちゃんは外国人みたいによう子を抱きしめる。
つられて、かず子ちゃんも りょう子ちゃんもよう子に抱きついてきた。
三人にのしかかられて、よう子は笑いながら よろよろとなった。
「大丈夫だよー。なんとか 話しかけてみるよ。」
「優しいよう子!つらいことがあったら、何でも私達に相談するんだよ~」
すみれちゃんがおどけて、ハンカチで涙を拭く真似をする。いちいち外国人風。
4人は、中休み、お気に入りのおにぎり山で背中を温めながらおしゃべりしているところ。
おにぎり山は 本当は「築山」というのだけれど、植えてあったさつきや、枝垂れ梅が
手入れが悪くて剥げ剥げになってって、下の方の花壇のコンクリートが海苔みたいに見えるから
「おにぎり山」ってよばれてる。
1年生はちびだから、ここには上がっちゃいけないルールがあったので、
2年生になると女の子たちはいっせいにここに上がって おしゃべりを楽しむのだ。
(3年生以上は もう、おにぎり山なんて、子どもっぽくていられない!と、言う)
かず子ちゃん、りょう子ちゃん、そしてよう子は同じ すぎな幼稚園から仲良しだった。
2年になってまた同じクラスになって、3人ぴょんぴょん跳ねて喜んだ。
そこに、最近すべりこんできたのが すみれちゃん。
すみれちゃんは、泉野第2幼稚園出身で登校地区もはなれてるけど、
すみれちゃんのお姉ちゃんと、りょう子ちゃんのお姉ちゃんが4年生で
仲良しだから、自然と仲良くなっていったのだ。
すみれちゃんは、とっても美人だ。
ほっぺたに えくぼがあって、鼻はつんとかっこ良くって、髪の毛が栗色で
いつも、少女マンガの主人公みたいにリボンで結んである。
みんなの名前から、ちゃん を取って呼び捨てにしたのも、すみれちゃんだった。
「ねえ、今日から4人、呼び捨てで声をかけあわない?
仲間だもん。みんな私の事 すみれって呼んでいいからね!」
すぎなッ子の3人は顔を見合わせる。
「ねえ、呼んでみてよ、りょう子!」
「え・・・、ええと。 すみれ!」
「ほら、かず子も!」
「うん・・・。」
「よーうー子ー!」
「なんだか、はずかしいよ。」
「だめだめ!仲間なんだから!」
背伸びして、大きい子のふりしてる様な照れくささがあったけど、
何回か、ちゃんが口から飛び出しかけて「かずちゃん子!」とかなって、
げらげら笑い転げて、そのうち、みんなで、呼び捨てにもなれていった。
なれていくような、気がした・・・。
よう子ははっと身を起こす。
「きょう、あたし日直だった!黒板消すの忘れてたよ。」
「ええー、しみずがやってるんじゃない?」
「しみずだもん、やってるわけないでしょ!」
「ああ、いえてるー。」
ハムスターみたいにくっつきあってる中から、もぞもぞと立ちあがって
先に帰るね!と駆けだした。
明るい外から、教室に駆け込むと 耳の中がしんとなる。
しんと成った誰もいない教室に、いむらさんが突っ立っていた。
いむらさんは、ゆっくりとりょう子の方へ顔を向ける。
よう子はいむらさんが、手にしている物をみたとたん、全身の毛穴が開くのがわかった。
次には血が、どっと、顔に集まる。
いむらさんの持っていたのは、よう子の「航海日誌」だったのだ。
一足飛びに、いむらさんの前にかけよったので、上履きが片方すぽーんと飛んで行く。
かまわず、いむらさんの手から「航海日誌」をむしり取った。
「下に、落ちていたから。」
小鳥がしゃべった。
気が動転しているのに、よう子は いむらさんの声を聞きそう、思った。
「あ、ありがと。あ、あたしのノートなの。」
声が裏返る。つま先で脱げた上履きを探っていると
小鳥の声で、いむらさんが
言った。
「作り話?」
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