雨上がり

突然、目の前の手に恋をした僕の物語。

雨はいつの間にか上がっていて、アスファルトはネオンの色できらきら輝いていた。僕は買ったばかりの車を走らせながら前を走るジープを眺めていた。突然、助手席の窓から女の腕が外に放り出され、風と戯れはじめた。白い腕は風を受けて眩しかった。彼女の手のひらは天を仰ぎ、雨が止んでいることを確認した。そして一通りの儀式を終えると、その手は運転席の男の首に絡まった。

男は黒人だった。加えて言うなら兵士だった。車のナンバーで容易に想像できた。彼女の手は黒人の肩にもたれ、兵士は彼女の頬にキスをした。兵士の手が彼女の髪に伸び、一瞬車が左右にぶれた。さらに男の手は彼女の脚に伸びて彷徨い歩き、ジープはセンターラインと歩道の間を彷徨った。

女の手が再び外に躍り出たのは、僕がラジオをつけてしばらくたってからだ。ジョンレノンは恋人のために作った曲を歌い続けた。彼女は腕を屋根まで出して風の抵抗を楽しんでいた。それは彼女とは別の人格を持った別の生き物に見えた。彼女の顔は兵士を見ていた。兵士も彼女に白い歯を見せて何かを喋っていた。兵士の手が再び彼女の髪をかき分け唇をなぞると、彼女は無抵抗のまま兵士の指を口に含んだ。その間も彼女の所有する腕だけは風になびき、白さを際立たせ存在を主張していた。細い手首はとても柔らかくしなやかで、彼女とは別の世界にいた。

信号が赤になってジープが止まった。僕は彼女の手がよく見える位置に停車した。彼女の、兵士とは対照的な色をした手は踊るのを止めて、止まり木のようなジープの屋根に掴まった。彼女の手は明らかに僕に助けを求めていた。握りこぶしをつくり僕に訴えていた。車内では兵士が女のシャツの中に手を入れていた。シャツの下で白い胸が鷲づかみにされた。
僕は車から降りてジープのドアを蹴破り、兵士に怒鳴ってやりたかった。「おまえは、何もわかってない。全然わかってない。どこに目をつけてるんだ。下半身にしか興味がないのか。乳首がそんなに吸いたいのか。おまえは何もわかってない。女も、おまえもわかってない。自分がどれほど魅力的な手を持っているのか。白く透き通る肌。細くしなやかな手首。精巧に造り込まれた手。削り出されたような指。誰も敵わない。敵の大軍をもってしても。おまえたちはどうしてそれに気がつかないんだ。どうして、セックスのことばかり考えるんだ。」

信号が青に変わった。ジープはウインカーを右に上げた。
別れ。それは突然にやってきた。兵士は彼女の胸に夢中でウインカーをあらかじめ上げておくのを忘れていたんだ。ジープは国道を外れ暗い道に入っていった。僕はゆっくり交差点に入ってジープの後ろ姿を目で追った。彼女と別の人格を持った手はもう見えなかった。きっと車内に戻り彼女と再び一体化したんだろう。兵士は彼女の魅力に気がついてくれるだろうか。もとより、彼女は自分の手の魅力に気がつくだろうか。彼らに奇跡が起こるとは到底思えなかった。
ジープは完全に見えなくなった。後ろからクラクションが鳴った。みんな、何もわかってはいなかった。みんな何も。

僕が突然、彼女の手に恋したことなど。

雨上がり

雨上がり

  • 小説
  • 掌編
  • 青春
  • 青年向け
更新日
登録日
2012-01-15

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