証明問題⑨

勉強ってどうやれば出来るの?神様だって全部は教えてくれないよ…qed

証明問題⑨

 「次、こんな点数取ったら学校やめろ。」

 敷波和湖は悩んでいた。勉強という壁にぶち当たって、もう何年が経つのだろう。勉強が出来た事なんて今まで一度もない。勉強が好きだったこともない。しかし、大学まで進んでしまった。なぜ勉強が嫌いなのに進学を選んだかといえば、キャンパスライフと言うのを楽しみたかったからだ。ドラマで見たキャンパスライフ。そして友達の誘いで理系の方が就職しやすいと聞き理系大学に進んでしまった。すると、現実はキャンパスライフには程遠い、落第寸前の成績。今回は数学の先生にテストの点が悪いことを指摘され、レポートの提出を求められた。

 「ねえ、どうだった?」

 友達が心配して聞いてくれるが、友達は難なくこのテストをこなしていた。

 「今回はレポート提出で許してくれるけど、次はないって。」

 友達はみんな問題なくテストをこなすのに私はいつも先生に怒られてばっかりだ。1年生から落第ギリギリなのは私だけだ。

 「和湖ちゃん、もっと勉強しなきゃね。」

 友達にはきつい一言を言われてしまった。それはかなり前から重々承知なのである。しかし、どこからわからなくて何を勉強して良いのかもわからないのだ。私たちは学食に行き、私は溜息をつきながらご飯を食べた。

 「あっ、キュウ先輩だ。」

 友達が私に言った。友達の目線の先には黒のパンツに白の長そでシャツを着た先輩が立っていた。靴はスェードの靴で正直お洒落だ。顔はメガネをかけていてとても真面目な印象だ。
 
 「キュウ先輩って誰?」

 「苗字が久曽神って言うんだよ。凄い頭良い人で成績が学年トップ。前に部活の先輩繋がりで少しだけレポート教えてもらったんだ。」

 「久曽神?珍しい苗字。」

 私は特に興味はなかったが友達の話しに付き合った。ご飯を食べているその先輩が1人なのが気になったくらいだ。そんなことを考えていると友達が意外な事を言いだした。

 「ねぇ、キュウ先輩にレポート教えてもらったら?あの課題さっき見たけど結構レベル高そうだったし。」

 何故、話したこともない先輩にレポートを教えてもらうんだろう。それは正直嫌だった。

 「えー嫌だよ。」

私は何言っていると嫌な顔をした。

 「和湖ちゃんこのままじゃ落第するかもよ。私、頼んであげる。」

 「いや、頼まなくていいよ!私自分でやる!」

 「ホントに出来る?」

 「それは…。」

 それは全くだった。こんなレポート課題一人で出来るわけはなく、今までのレポート課題は友達のレポートを写してばかりだった。しかし、今回ばかりは私だけの課題なのでどうしようも出来ない。

 「でしょ?じゃあ、頼みに行こう!」

そして友達と席を立つと先輩のところへ行った。近くに行くと先輩は学食のカレーを食べていた。横にはスマートフォンが置かれていて、画面には携帯ニュースが写っていた。私たちが近づいても先輩はカレーを食べて、携帯ニュースを確認するだけだった。

 「キュウ先輩、こんにちは。」

 友達が話しかけると先輩は顔を上げた。顔を上げると意外とイケメンな事に気が付いた。メガネだけど切れ目でイケメン。肌はとても白い。

 「こんにちは。」

 しゃべりだしから、この人きっと真面目なのだろうなと私は一言でわかった気がした。

 「あの、私、こないだレポート教えてもらったのですが覚えていますか?」

友達がそう確認した。

「名前は聞いていないですけど、顔は覚えていますよ。」

先輩は表情一つ変えず真っ直ぐな目で友達を見つめてそう答えた。

「あの、この子がレポート課題見てもらいたいと言っているんですけど、良いですか?」

友達がそう言うと先輩は私の方を見た。その目が凄く真っ直ぐで正直恐かった。

「課題を見せて。」

私は急いでカバンから課題のプリントを出した。先輩はそれを受け取るとすぐに話し出した。

「1年生の課題にしては難しい気がする。これ、図書室に本があるからそれで調べると同じ事書いてあると思うよ。」

そう言って先輩はプリントを返してきた。私は正直これだけと思った。図書館にヒントがある事くらい誰だってわかる。

「あの、もう少しヒントを頂けませんか?」

私は勇気を出して言うと、「わかりました。」と言って先輩は手帳とペンを取り出した。手帳にさらさらと何かを書いてその1ページを破って渡してきた。私はそれを受け取ると式が書かれていた。

「その式使うんです。」

先輩はひとこと言った。しかし、私にはその式をどう使うかわからなかった。

「えっ、これどうやって使うんですか?」

私がそう言うと、先輩は意外な事を言った。

「その式がわからないって事はだいぶ前からわかっていないんでしょうね。それ解けないってことはだいぶ教えないと解けないとだめですね。ここからは有料です。1時間1500円から教えます。」

この言葉には私も友達も驚いた。

「えっ!お金、取るんですか?!」

友達が少し苛立ちながらそう言うと先輩は冷静に言った。

「その課題に僕でも1時間近くはかかる。そしてあなたに教えるとなると更に30分かかる。でも、あなたのスキルがどれ程かわからないけどこの式見てわかんないってことは更に30分くらいかかるんじゃないかな。そしたら2時間かかる。教えるには妥当な金額じゃないですか?家庭教師の相場的に考えても格安ですよ。」

私と友達は少し唖然とした。しかし、正論を述べられているんだろうと思ったのも事実である。無料で教えて貰おうと考えた私は馬鹿なのだろう。先輩の私に向けられる真っ直ぐな目線がとても痛かった。

「わかりました。図書館で調べてみます。ありがとうございました。」

私はそう言って軽い会釈をした。先輩は首を縦に振るとまたカレーを食べ始めた。私は荷物をまとめて、早々に友達を連れて学食を出た。

「なにあれ?あんなのないよね。」

友達は凄く怒っていた。確かにあんな人初めて会ったのは確かだ。少し年上の先輩とは思えない。1時間1500円…家庭教師とは意外だった。

「うーん。でも親しくない人に教えるって言うのは確かにお金とっても良い事なのかもね。」

「えっ?!何納得しているの?」

「いゃ、まぁ冷静に考えてみたらなんだけどね。何でも無料って時代は終わっているもんね。ネットで愚痴聞いてもらったってお金取られる時代だし。まずは図書館で頑張ってみるよ。」


それから私の図書館通いが始まった。課題は確かに難しかった。しかし、図書館で調べてみると意外に出来たので嬉しかった。初めて自分の力だけでこんな課題が出来たような気がして嬉しかった。結局5日間くらい暇を見つけては図書館に通いつめた。生まれて初めて勉強したと感じているのは確かだ。これが達成感なのかとも感じた。1週間後、私は課題を提出した。
しかし、先生にレポートを提出するとボロボロに直され再提出。とても落ち込んだが勉強したおかげで先生が言っていることが少しわかった。そして今週も図書館に来ている。大きい机に座り課題に取り掛かると、少し離れたところに寝ている人がいた。(寝ている人がいるな)くらいにしか思わなかった。課題を初めて30分ほど経った時その寝ている人が起き上がった。顔を見て驚いた。キュウ先輩だった。そして目が合ってしまい3秒…。この3秒の間にいろいろな事を考えた。

「先輩…おっ、おはようございます…。」

凄く考えた結果がこんな言葉だった。私は言ってから“やってしまった”と思った。

「んっ?誰?」

先輩から出た言葉は少し安心したと同時に覚えていてくれないのかとも思った。

「こないだ、レポートの事聞いたものです。」

そう言うと先輩は眠い顔をしながら私の顔を見てこう言った。

「あぁ、あの課題出来たの?」

私の顔は忘れているのに課題のことは覚えているんだなと思った。

「出来ましたよ。先生にはかなり直されて、再提出でしたけど。」

そう言うと先輩は意外なことを言った。

「レポート見せて。」

キュウ先輩がレポートを見せてと言ってくれている。私は一瞬戸惑ってしまったが、慌てながらもレポートを渡した。先輩はレポートを手に取り、読み始めた。そこから無言の時間が始まった。レポートをめくり先輩は難しい顔をする。確かにレポートの出来は悪い、しかし私が凄く頑張って作ったレポートだから馬鹿にされても嫌だ。そんなことを考えつつ私は無言の時間を耐えていた。

「うん、間違っている。途中の計算と式の使い方が違うから考えてみて」

そう言うと先輩は紙とペンをバッグから出し、何かを書き始めた。書き終わると私のレポートと一緒に書いた紙を渡した。その紙には私のレポートの間違い箇所と式の立て方などが簡単に書かれていた。

「あっ、ありがとうございます。」

私がそう言うと先輩は席を立った。

「次の講義があるから、そろそろ行きます。レポート頑張って。」

そう言った先輩はやっぱり少し冷たいと感じた。先輩は図書館を出て行った。先輩のサラサラと書いた紙を見直すと意外と字が綺麗なことに気付いた。前にも書いてもらった時より綺麗な気がした。その紙を見ながら私は再びレポートに挑戦し始めた。


キュウ先輩のおかげもありレポートは先生に認められた。

「普段からこのくらい頑張りなさい!」

最もだけど少しは褒めてくれてもいいのにと思いながら私は返事をした。しかし、今までにない達成感でいっぱいだったのも事実だ。私が頑張ったのもあるがキュウ先輩があの紙にはとても的確なアドバイスが書かれていた。本当に感謝したいと思い私は昼休みに食堂にいるであろう先輩に会いに行った。食堂に行く途中、友達に声を掛けられた。

「和湖ちゃん、レポートどうだった?」

「うん、通ったよ。頑張ったし、キュウ先輩も教えてくれたし。」

そう言うと友達は驚いた顔をした。

「えっ、まさかお金払ったの?!」

「払ってないよ。図書館で書いていたら、キュウ先輩に会って教えて貰った。」

「そうなんだ。やっぱり悪い人じゃないのかなー??」

「きっと、悪い人じゃないよ。ただ、数学的な性格なんだよ。」

私はそう言うと友達は笑った。

「何その数学的性格ってなに?和湖ちゃん面白いね!」

答えだけ分かっていても意味がない。その途中過程が必要なこと。キュウ先輩に聞いた時も私は答えだけ教えて貰いたかった。しかし、そんな私をキュウ先輩は見抜いていたのだ。そして私が途中まで頑張ったからキュウ先輩はヒントをくれたのだ。そんなことを私は思っていた。
食堂にキュウ先輩はいた。また一人でカレーを食べている。カレー皿の横にはスマホ。私は一つ深呼吸をした。やっぱり先輩を目の前にすると緊張してしまう。そして先輩に近づいた私は先ず挨拶をした。

「キュウ先輩、こんにちは。」

先輩は顔をあげて意外なことを言った。

「こんにちは。レポート通って良かったね。」

 私はまだレポートが完成したことを言っていないのに先輩はレポートの事を先に言った。
 
 「えっ、誰から聞いたんですか?」
 
 先輩はカレーを一口食べて飲み込むと、

 「なんとなく、ね。」

 と言った。なんでそんなことまでわかっているんだろう。

 「はい!キュウ先輩のおかげもあって、レポート終わりました!ありがとうございました!」

 私はレポートが終わった達成感とキュウ先輩の優しさに自然と大きな声で感謝の気持ちを言った。

 「それは良かった。こちらこそありがとう。」

 「えっ?」

 先輩は自分の鞄を開けると数枚の紙を出した。それは紛れもなく私が書いたレポートだった。

 「このレポートが学年最下位クラスの生徒でも頑張れるということがわかりました。」

 何故、先輩が私のレポートを持っているのか。只々、唖然とするしか出来なかった。そして次の言葉に驚いた。

 「実は、このレポート、考えたのは僕なんだ。」

 「えっ?なんで?」

 私は先輩の言動に動揺を隠せなかった。

 「この先生、僕の研究室の助教授なんだ。学会で忙しいからって君のレポートを考えてくれって頼まれたんだよ。」

 私は動揺しながら身体の力が抜けるのを感じた。

 「そうだったんですか。」

 私は凄く試されている気がしてとても残念に思った。

 「じゃあ、ここまでも全て計算済だったんですね。」

しかし、キュウ先輩はレポートをペラペラと捲りながら語りだした。

 「いいえ。敷浪さんがこの課題を見て頑張るのか諦めるのかはわかりませんでした。しかし、この課題で諦めたら君がこの先この大学で頑張っていけるとも思えなかった。まさか僕の考えた課題を僕に聞いてきたのは偶然でした。お金の話しをしたのは敷浪さんに頑張って貰いたかったからです。本当にお金を払うと言われたらどうしようかまで考えていませんでしたけどね。意外だったのは、そこで友達や知り合いを頼らず正直に図書館に通い本を読み頑張ったことです。よく頑張りました。」

 先輩はレポートを私の前に出した。レポートの所々に赤で線が引いてある。それは間違えたところを修正してくれていたのだ。そしてレポートの最後のページには合格の印が押されていた。

 「先輩の計算って凄いですね。」

私はとても安心した。先輩は私を実験台にして遊んでいたかと思えばここまで色々なことを考えてこの問題を考えたことがわかったのだ。

「先輩、こんな問題よく考えましたね。」

 そう言うと先輩はまた鞄から物を取り出した。それは、小・中・高の数学のテキストだった。そのテキストはボロボロで何度も使っていることがわかった。先輩はそのテキストの一冊を手に取り中身を私に見せた。テキストは問題文から回答欄に赤線やコメントがびっしり書いていることがわかった。

 「それは僕が昔使っていたテキストです。僕はずっと数学が苦手で全然出来ませんでした。しかし、分からないからこそ、誰にでもわかりやすいテキストを作れば良いのではと考えたときから数学の成績は一気に上がりました。」

 私はそれを聞いて、先輩はやっぱり数学的な性格じゃない。もっと人の事を考えている暖かい性格なんだ。

 「先輩、これからも宜しくお願いします!」

 私がそういうと先輩は私の方を向いた。

 「えぇ、それは何となく予想していました。」

 キュウ先輩は少しだけ笑顔で私にそう言った。

…qed.

証明問題⑨

証明問題⑨

  • 小説
  • 短編
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-09-16

Copyrighted
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