たちつてと
「はじめまして、あたしの名前は――」
5日目 川原
夕陽が眩しい。
キラキラと輝いていて、なんだか小説が書けそうなくらい綺麗かもしれない。小説は好きなんだ。漫画は知らない。読んだことがないから分からない。けれど、いくとが言うにはかなり面白いらしい。多分そうなのだろう。
「漫画ってのは面白いもんだよ、あーくん。そしてなにより楽だ。小説ってのはまず、文字が情景が心が読めなきゃならない。だけれど漫画はそれがない。考える必要がない。だから漫画は面白いし、ガキ共に好かれるのさ」
いくとは笑顔で言った。ガキ共、それは誰を示すのだろう。少しだけ大人びた言い方で少しだけ嫌悪感の入った言い方だった。
いくとは言う。
「だから、あーくんは漫画の方が好きなんだと思ってた。意外と俺も外れるもんだね」
あ?
「僕がガキだって言いたいのかよ。いくと」
「えへへ、そうだよ。中学生ってのはガキじゃないかぁ。青臭くて、血生臭い、ただのガキだよ」
「なら、てめーもガキだろ」
「まあね」
こいつは何が言いたい。
僕にはこいつが、こいつも分からない。
くそっ。
むかつく。
「…………因みにてめーは2個、間違ってる。まず1個目、僕は中学生だがガキじゃない。最後に1個、僕は漫画を読んだことがない。読んでよかったことなんてない」
いくとは笑わなかった。
彼の真顔ははじめてかもしれない。
彼は口を手で隠した。
「うわぉ、これは想像異常だよ」
意味が分からない。
<もう休憩は終わりよ。さぁ、早く部屋へ戻りなさい。そして勉強をはじめなさい>
僕は渋々立ち上がる。そして声の主の足下を見た。目をあわせたくない、そう思ったからだ。彼女の目はむーちゃんと違って汚い。なんだか洗ってない水槽に溜まってる苔みたいな色をしている。
あぁ。
こんなところへ飛んでいったのか。
彼女の足下に潰れた缶一つ。
まるで。
――――僕みたいだと思った。
5日目 夕飯
リビング。
嫌な時間だ。あわしたくないのに顔をあわせなくてはならない。お互いにお互いのことを嫌っているのに。だからお互いを不幸にしている。なぜそんなことにさえ気がつかないんだろう。
「■■■■■■■■」
彼女はごはんを口に運びながら言った。そんなことを聞いて何になるんだろう。
別に気になってないくせに。
「うん、そうだよ」
「■■■■■■■■■■■■■」
嘘くせ。
絶対思ってないだろそんなこと。
彼女の笑顔も張り付いてる。けれど、その笑顔は僕に向けてじゃなくて多分隣にいる彼へのモノだろう。彼は喋らない。良くて寡黙、悪くて無口。むーちゃんとでも呼んでやろうか。
「■■■■■■■■■?」
「………」
うるさいな。味なんて分かるわけないだろ。こんな腐った空気じゃ、何を食べても腐ってる。そんなことも分からないのか。まったく………嫌になるぜ。
早く自室に戻りたい。
あの鍵の掛かった部屋に。
ここよりは、ずっとずっとマシだ。
そうして僕は食事を終わらせた。
5日目 自室
息がつまる。
特に食事のときは。空気が腐ってるから、まともに息ができない。だからとても苦しい。
それに比べるとまだこの部屋はマシだ。他人の匂いがしないから落ち着く。少しだけ。
――――ガチャンと。
ドアから音がした。ベッドから降りてドアノブを引く。鍵が掛かってる。当たり前か、そしていつものことだ。僕の母親が鍵を閉めたのだろう。何も言わず、知らせずさも当たり前かのように。
僕はため息をつき、床へうつ伏せになる。
さあ、眠たくはないが寝よう。
あと一日、たった一日の我慢だ。
………あぁ、なんだかまるで学校が大好きな奴みたいじゃないか。ありえない。
なんだか、変わったな。
気持ち悪い。自分から他人の匂いがするみたいだ。
すごく嫌な気分。
<はじめまして、あーくん>
あぁ、彼女に会いたい。
彼女と、話がしたい。
僕はケータイを取り出しメールをうつ。
あまり慣れてないから時間がかかる。だから余計にメールをしたくなくなる。負の連鎖ってやつだ。
送信。
たった8文字なのに10分もかかった、もう暫くはやりたくない。
メンドクサイ。
―――ブー、ブーとバイブ音。
彼女はすぐに返信してくれたようだ。
待つのは嫌いだから、とても助かる。
いつものことだが、彼女はやること成すことが早い。
<ok、じゃあ明日。いつものところで>
僕はケータイを投げ捨て床の上で眠る。
早く、早く明日になれ。なってくれ。
そして―――
そして僕を――――助けてほしい。
僕は今日も………。
たちつてと
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