世界の隅っこ

 ある日の夕方。一人の少年が佇み、暇そうに空を眺めていた。

「やあ、君は今日も暇そうにしているね、後輩君?」
「ええ、まあ」
 かけられた言葉に自分はそう返した。それ以上の問答はお断りだとでも言うように。
 声をかけてきたのは、最近自分の目の前によく現れる同じ高校の一つ上の先輩だ。一つ言っておくとすると、別段、彼女とは同じ部活動なわけでも、同じ出身中学という訳でもない。ほんの少しの偶然が幾つか積み重なり生まれた、奇縁とでも言うべき何か。まあ、とにかくそういうものだ。
 そういえば、彼女、と言ったが、その先輩とやらは女性だ。ここで甘酸っぱい青春グラフティのような何かを感じた人には悪いが、自分と先輩は残念なことにそういった関係ではない。まあ、これから先のことなどは知らないが、とにかく今はそうなのだ。
 ここで訂正しておくが、それは別に彼女の外見が悪いと言っているわけではない。いや、むしろ良い部類に入るだろう。それも間違いなく上位の。
 すらりとした鼻梁、ぱっちりとした目鼻立ち、均整の取れた美貌。彼女の周りに涼やかな風が吹いてるかのようなそんな容姿。まあ、いわゆる美人、というやつだ。可愛い系と言うより綺麗系とも言える。
 普通ならば、そんな彼女に対し、男として邪な感情を抱いたりしそうなものだが、何故か不思議とそういう気は起きない。別にこれは自分が不能だとかそういう訳でなく、ただ、なんとなく彼女をそういう対象として見ることができないだけだ。というより、自分にとって彼女は苦手な人間の部類に入るのだ。できれば、あまり付き合いたいタイプの人間ではない。いくら、美しいと言っても、そういう生理的にムリとかそういう人物に対し、邪な気持ちを抱けと言っても無理なのではないだろうか。あくまで個人的主観だが。
 長くなったが最後に一つ。彼女は自分の事を『後輩君』と呼ぶ。
「そう先輩を邪険にするものじゃないよ。私は君とは仲良くしたいと思ってるんだ。この純情可憐な乙女心を君はそんな言葉一つで踏みにじるのかい?」
「いえ、別に、そういう訳ではないですけど。ただ、これから友達と遊びに行くんで、話は早く切り上げてもらえると助かります」
 自分は咄嗟にそう嘘を吐く。
「おやおや、それは申し訳ないことをしたね。君の言うお友達とは、どこにいるのかい?随分と長く話し込んでしまったからね。私の謝意を伝えたいのだけど?」
「いえ、結構ですよ。自分から言っておくんで。どうぞ先輩はお気になさらず」
「そうかい。それなら君に任せようかな。それでは」
「ええ、それじゃあ」
 スタスタと早足で自分はその場を離れようと歩き始めた。だが、
「………」
「………」
「…何でついてくるんですか?」
「おや。どうやら、君と私は偶々、偶然にも、向かう方向が同じのようだね。どうだい?途中までの道中、共におしゃべりの一つでもしないかい?」
「先を急ぐんで」
「なに、それなら私が君に合わせよう。心配には及ばんよ」
 どうやら、自分が嘘を吐いたのはバレバレだったらしい。まあ、それもそうだろう。バレるとわかっていて嘘を吐いたのだから。自分でもわかるくらいに白々しい嘘を。
「…そうですか。なら、構いませんけどね」
 だけど、嘘だと認めるのは少し癪だ。そこで、自分はその嘘を貫くことにした。
 夕暮れの日差しが周囲をオレンジ色に染め上げる中、自分と先輩は歩き続ける。自分から話は振らない。振るのはいつも先輩の方からだ。そして今も先輩は話を振ってくる。
「そういえば、君はパラレルワールドというものを信じるかね?」
「並行世界ってやつですか。別にあってもいいくらいにしか感じませんね」
「ほう。あってもいい、か。中々に君は捻くれた言い方をするね」
「捻くれたくもなるでしょうよ」
「ふむ。まあいい。でも、考えてもみたまえ。この世界以外にまた別の可能性を持った世界があるのだよ?中々、興味をそそられる話ではないかい?」
「だとしても、俺には関係ありませんね。行けるわけでもないし、あったところで、俺の今が変化するわけでもない」
「やれやれ、もう少し君はロマンというのを理解すべきだ」
「そのロマンとやらで飯が食えるならいくらでも求めますよ」
「やれやれ、話は平行線か。並行世界だけにね!」
「大して面白くもなければ、上手くもないですよ。あと、そのドヤ顔やめてください。殴りたくなります」
「婦女子に対して暴力をふるう気かい?物騒な時代になったものだ」
「今はそんなものです」
 実に不毛な会話を続ける内に、自分は目的、というか、先程ちょっとした反骨心から行こうと決めた場所に到着した。
 先輩はスピードを緩め、やがて立ち止まった自分に気付き、おや?とばかりに自分が目を向けている方へと同じように目を向けた。
「ははあ。なるほど、彼らが君の友達か。なるほど、これは一本取られたね」
 先輩は騙されたはずなのに、ニヤニヤとした笑みを浮かべ、その視線の先にあるものを楽しそうに眺めていた。
 そこには、
「「「にゃ~」」」
 複数の子猫と母猫たちが身を寄せ合い、じゃれ合いながら過ごしていた。端から見れば、実に微笑ましい光景だ。自分は彼らにそっと近付き、鞄の中から、入っていた猫缶を取り出し、彼らの目の前で開け、しゃがみ、そっと地面に置いた。
 彼らが恐る恐る近づき食べるのをじっと眺める先輩。自分はと言うと、食べ始めたのを確認すると、少しずれた肩掛けの鞄を再び背負い直し、その場所を後にする。
「おや、もう行くのかい?」
「ええ。彼らとは友達ですけど、あまり、長居したところで迷惑でしょうし」
「そうかい。それなら、私も行こう」
「別に居ても構いませんよ?」
「そしたら、君は私を置いていくじゃないか」
「………」
 そして、自分は先輩と共に歩き出す。
「しかし、まあ、猫とはね。確かに今じゃあそのくらいしか友達と言える者もいないか」
「そうですね」
 
 そして、自分と先輩はその光景に目を向ける。目の前には崩れた住宅地。倒壊したビル。倒れた電柱。


 それはさながら、世界の終り。

 
 人影の一つもなく、そこにあるのは瓦礫だけ。
 ただ、夕焼けだけは変わらずに、街を赤く染め上げる。

「先輩、さっきの話ですけど」
「ん?」
「パラレルワールドなんてものがあって、こことは違う可能性があったとしたら」
「うん」
「その世界では、幸せになれたんでしょうかね?」
「そう思っていた方が救いはあるね」
「そうですか」
「そうだよ」
「じゃあ、そう思っておくことにします」
「そいつは重畳」

 先輩のことは変わらず苦手だが、この日、初めて俺は先輩に自ら話しかけた。

世界の隅っこ

世界の隅っこ

とある先輩と後輩のお話

  • 小説
  • 掌編
  • SF
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-09-16

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