【魔法世界の理】笑顔をもたらす者

ツイッターで募集した「リプしてくれたフォロワーさんを自分の世界観でキャラ化する」の小説もどき化。
過去に書いた小説の世界にフォロワーさんに住んでもらいました。

医師の卵

魔力に満ちたこの世界には魔法をつかうものがほとんどである。
この世界に存在する魔法の能力は全部で4種類。
人口の31%を占める攻撃型魔法を得意とするアタッカー、
29%を占める守備型魔法を得意とするディフェンダー、
20%を占める補助型魔法を得意とするエイダー、
約5%の治癒型魔法のキュアーである。
そのどれにも属さず魔法をもつことを拒否した拒否者が15%存在する。

よぞらはゴッド・キュアーと言われるキュアーのもとで仕事をしている。
「尊さん、転移魔法で急患入ります」
「了解」
その高い治癒能力から神にも近いと言われ、
尊のもとには他のキュアーでは手におえない重症患者が転移魔法でやってくる。
尊一人では手におえなくなり、役所からよぞらが尊のもとにおくられた。
もともとよぞらは隣町に住んでおり、尊の噂は聞いていた。
無愛想な男。キュアーの力を高めるために冷血になってしまった、と。
(そんなことないのにな…)
よぞらは尊と接するうちに噂が間違っていると理解した。
眼鏡と長い前髪、はっきりとした口調が誤解を招くのだとよぞらは感じていた。
両耳の前だけ長く伸びた黒髪もうっとうしさを増す。
尊が別室で急患の対応をしている間、よぞらは待合室に向かった。
待合室には2人の患者がいた。
1人は神経痛でやってきた御老人。もう1人は熱の下がらない青年。
2人への対応は尊から指示を受けていた。
熱の下がらない青年の手を引き、ベッドに寝かせた。
うなされる青年の手を握り、よぞらは治癒魔法をかけた。
(これぐらいなら私でも…)
よぞらの治癒魔法の能力はそれほど高くない。
けれど一般に医者をやる分には十分な治癒能力である。
みるみる内に顔色がよくなり、青年は穏やかな寝息を立て始めた。
「よし。お待たせ、おじいちゃん」
神経痛でやってきた御老人はいつもくる常連ともいえる存在である。
「おお。よぞらちゃん…」
「はい、いつものお薬です」
よぞらは御老人に貼り薬を笑顔を手渡した。
御老人は満足げによぞらをみて受け取った。
「しかし…、なぜ治癒魔法でなおしてくれんのだ…?尊の嫌がらせか…」
無愛想な尊はどうにも患者の評判がよくない。
よぞらは優しく首を横に振った。
「尊さんは言ってましたよ。治癒魔法に頼りすぎると、自分で治そうとする力が弱まるって」
数か月前、尊が学会で発表した内容である。
広く周知されていないが、治癒魔法を多用すると自己治癒力が低下することが発表された。
「おじいちゃんみたいな症状は長期治療になるから治癒魔法じゃないほうがいいんだって」
よぞらに諭されるように言われ、御老人は納得したように頷いた。
よぞらはニコッと笑い、御老人を入り口まで見送った。
「よぞらちゃんを見ていると元気になれそうだ。ありがとう」
「こちらこそ。お大事にね」
よぞらは治癒魔法に頼らない考えに賛成だった。
だからこそ忙しいと言われる尊のもとにも仕事にきた。
「よぞら。こっちは終わった」
尊が疲れた表情で別室から出てきた。
疲れた表情に安堵の表情が混じっている。どうやら急患は助かったようである。
「お疲れ様です。お昼にしますか」
「ああ、頼んだ」
よぞらは入り口の看板を『休憩中』の表示に切り替えた。
尊はよろめきながら椅子に腰かけ、机に突っ伏した。
よぞらが別室を覗くと、すでに急患は転送魔法で元の病院へ送り返されたようだ。
給湯室からお茶と昼食として用意された弁当を運ぶ。
「こんにちはー…」
裏口から声がしたので、よぞらは視線を向けると、裏口から尊の親友である咲弥が顔をのぞかせていた。
咲弥は天才アタッカーと名高い、
裏口の扉から顔だけを出して、こちらを見ている。
「こんにちは。どうぞ、今休憩中ですから」
しかし、咲弥は一向に入ろうとしない。
よぞらが首を傾げていると、先ほどまで机に突っ伏していた尊が恐ろしい表情で力強く歩いてきた。
「よぞら、別室の用意を頼む」
「え?」
尊が咲弥の腕を握り、部屋に引きずり込んだ。
「ひゃっ!」
咲弥の体はボロボロだった。腕もとれかかり、出血もひどい。
背中には大きな三本爪。主な出血はここからだ。
思わずよぞらは悲鳴をあげてしまったが、すぐさま治療の準備にとりかかった。
「いやあ、女の子がジャイアントタイガーに襲われそうになって」
「お前はいつになったら学習するんだ!!」
尊は咲弥を投げ捨てるように別室に放り込んだ。
尊が別室に入っていき、すぐさまよぞらは別室のカーテンを閉めた。
「私、自宅に戻ってごはん食べてきますね。その…ご、ごゆっくりー…」
「まって!まってよぞらちゃん!俺を尊と二人にしないで!」
尊が鬼のような表情で咲弥に馬乗りになったのを見届け、よぞらは静かに別室の扉を閉めた。
扉越しに咲弥の悲鳴が響き渡った。

よぞらが自宅に帰ろうと、外に出ると1人の男が立っていた。
このあたりでは見かけない金色の髪。
右耳には緑色の不思議な小さい装飾。
(なんだろう…あの人…)
不思議に思いながらも警戒するには当たらず、よぞらは男の横を通り過ぎた。
「なあ、お嬢さん」
ふいに声をかけられ、よぞらは振り返った。
「ちょっと協力してくれない?」
目つきの悪い金色の髪の男は悪戯っぽく笑った。
この後よぞらが少し面倒なことに巻き込まれたのはまた別の話。

パンドラボックス

「ちょっと協力してくれない?」
目つきの悪い金色の髪の男は悪戯っぽく笑った。
警戒したよぞらは首を横に振って、失礼しますと男の横を通り過ぎた。
男が追ってくる様子もなく、よぞらは遅めの昼食を済ませに自宅へ向かった。

*****

自宅で遅めの昼食を済ませ休憩した後、よぞらは籠を持って湖にでかけた。
以前、尊と咲弥が強くなるキッカケを作った洞窟がそばにある湖だ。
その湖はかつて精霊が住んでいたとされ、その水は清らかで周囲には傷にきく特別な薬草が生える。
採集しすぎないように必要な分だけ薬草を摘む。
(尊さんのところで栽培できればいいんだけど)
拒否者が編み出した園芸と呼ばれる草花を育てる術がある。
魔法を使わず、自然の力を頼りに人の手で育てる。
拒否者が編み出す術は魔法使いであろうと拒否者であろうと、その術を学べば使える。
しかし、この特別な薬草は湖がなくては園芸ができない。条件が合致しないためよぞらは諦めることにした。
尊のもとに戻ろうと立ちあがったとき、茂みの方から音がした。
思わず視線を向けると、そこには人が1人立っていた。
ゆらゆら揺れたかと思うと、その人は前のめりに倒れた。
「大丈夫ですか!?」
よぞらは薬草の入った籠を置き、倒れた人に駆け寄った。
全身は埃まみれ、傷だらけ、酷く衰弱したようにみえた。
「今、治癒魔法をかけますね!」
よぞらが手をのばすと、その人の手がよぞらの手首を掴んだ。
冷たい手によぞらは背筋に寒気を覚えた。
「それには及ばないよ。僕は治癒魔法を使えるから…」
その青年はよぞらの手を掴んだまま立ち上がると、自身に治癒魔法をかけた。
体格差からよぞらの手が引っ張られ、足が宙に浮く。
「い、いたいです、はなして…!」
よぞらの言葉に青年はすぐに手をはなした。
バランスを崩したよぞらが尻餅をついた。
立ち上がろうとすると、足が動かない。
不思議に思い、足を見ると黒い足輪がはめられ、拘束魔法がかけられていた。
(これは…確かアタッカーとエイダーの合わせ技…。目の前の人はキュアーだから…他に誰が?)
よぞらは周りを見回したが他に誰もいなかった。
足輪の冷たい感触がよぞらの不安を掻き立てる。
青年を見上げると、口角をあげ、くるりくるりと回っていた。
漆黒のマントに身を包んだ青年がそこにはいた。
そのマントを見た瞬間、よぞらの不安が恐怖に変わった。
(この人は…!この人は…!)
足をひきずり、逃げようとしたが、すぐに肩を踏まれうつぶせに転んだ。
踏まれる痛みと内臓が圧迫される苦しさに視界が滲む。
「君はあのキュアーの匂いがするね。ほら、耳の前の黒髪だけ伸ばしてる眼鏡のキュアー」
よぞらはこの青年が以前尊から話に聞いていたディマリシャーだと確信した。
ディマリシャー…この世界に0.01%しかいないという完璧型。
その力の根源は『逸脱さ』だと言われ、同種族の行動とかけ離れるほど強くなるという。
青年はよぞらの肩から足をはなし、両足輪をつなぐ鎖を踏みつけた。
背中に指を這わせた後、よぞらの髪を手で掬うように撫でる。
「逃げ出すのにひどく苦労したよ。何年もかかってしまった。さすがだね」
青年は尊と咲弥に負けた後、危険人物として役所に送られた。
希少なディマリシャーとして実験台にされることを察した尊は少しだけ同情していた。
けれど牢獄はしっかりと青年専用に作ったはずだった。
青年はひとしきり話終わると、腹の虫を鳴かせた。
「いやあ、役所ででるご飯って美味しくなくてね。やっぱり…」
青年はよぞらの手を掴むと頬に擦り寄せた。
「女の子の肉じゃないとね」
その言葉を聞いてよぞらは悲鳴をあげた。
相手は尊や咲弥を手こずらせたディマリシャー。
人気のない湖。悲鳴も町までは届かない。
ただのキュアーであり、か弱いよぞらではこの場を逃げ出すことはできない。
「いただきまーす」
元気のよい青年の言葉を聞き、よぞらは恐怖で気を失いそうになった。
しかし、一向に噛まれる痛みがくることはなかった。
足に何かふわふわした感触。
よぞらは恐る恐る足元を振り返ると、そこには一匹の黒いウサギと先ほどの金色の髪の男がいた。
先程まで誰もいなかったはずだった。
よぞらは体を横に転がし、仰向けになると視線を上に向けた。
しかし、今よぞらの目の前には見知らぬ金色の髪の男が立っている。
黒マントの青年はおらず、黒いうさぎが男の周りを駆けている。
「立てるか?」
差し伸ばされた手。
ゆっくりと聞き取りやすい声と心配そうな表情。
よぞらは胸を撫で下ろした。
改めて自分の足元をみると、足輪も鎖もなかった。
ひざをたて、立ち上がろうとするが、力が入らない。
男はよぞらの腰が抜けているのを把握すると、よぞらの隣に座った。
「安心しろ、あの黒マント野郎はうさぎにした。しばらく休むか」
そう言うと金色の髪の男は欠伸をして、横になった。
よぞらは男と黒いウサギに何度も視線を右往左往させ、目を丸くした。
(黒マントの人を…うさぎにした…?)
そんな魔法は聞いたことがなかった。
よぞらは知識を振り絞り、考えられるだけの魔法を頭に巡らせた。
しかし、どの魔法をどう組み合わせても、人を別の生物にする方法は思いつかなかった。
(…幻覚を見せるディフェンダーの魔法があるとは聞いたことある…)
目の前でうさぎは草を食べている。
よほどお腹がすいているのか夢中になっている。
とても幻覚には見えず、生きたうさぎがいるようにみえる。
よぞらは膝立ちし、恐る恐るうさぎに近付き、その頭を撫でた。
触れる。暖かい。柔らかい。
感触や行動から判断し、目の前のうさぎは本物のうさぎであると結論をだした。
よぞらは横になって目を閉じている金色の髪の男に目を向けた。
(この人…何者…?)
黒マントの青年に襲われているよぞらを助けた男。
この周辺では見かけない金色の髪。
年齢は尊たちよりも年上であるが、まだ若い。30代頃であろう。
目つきの悪い鋭さを持ちながら、その声色は柔らかくよぞらに安堵を与えた。
右耳には光に反射して光る石がついていた。小さな緑の石。
見たことのない魔法、見たことのない装飾、不思議な男。
「もう立てるのか」
男の目があく。瞳は濃い茶色。
男に見入っていたよぞらは我に返り、頷いた。
「助けてくれてありがとうございます」
立ち上がった男につられてよぞらも立ち上がる。
男は黒いウサギを小脇に抱え、歩き出した。
よぞらも薬草が入っていた籠を持ち、そのあとを追う。
「あの、私、よぞらっていいます。あなたは…」
「んー…立場上本名はいえねぇんだよなー…」
男は黒いウサギの耳を触りながら歩いていく。
よぞらがついてきているのを知り、その歩幅は小さくなった。
頭をかいたあと、よぞらの隣に並び、悪戯っぽく笑う。
「ちょっと協力してくれない?」
最初に逢った時と同じ問い。
よぞらは小さく頷いた。
「私にできることなら…」

*****

よぞらは町に着くと、尊たちのもとへ戻った。
休憩中にした看板ははずされ、中ではすでに尊が診療を始めていた。
よぞらの代わりに咲弥が尊の手伝いをしている。
しかし、勝手のわからない咲弥には尊の手伝いは大変そうに見えた。
「尊さん、ただいま戻りました」
丁度前の患者で診察の波が去ったのだろう。待ちの患者はいない。
尊は振り返るとすぐに眉間にしわを寄せた。
「…何があった」
尊はよぞらの返事を待たずに腕を掴むと、背もたれのない丸い回転椅子に座らせた。
よく見れば小さな擦り傷が腕や足にある。尊の目は見逃さなかった。
「特にこれは魔法の痕だ」
尊はよぞらの靴と靴下を脱がせ、足首に触れた。
そこにはうっすらと足輪の跡がついている。
尊が足首に手を当てると、淡い光がよぞらの足を包み、痕を消し去った。
「それから、軽い打撲」
尊はよぞらの座る椅子を回転させると、服をめくりあげようとシャツの裾をめくろうとした。
数センチだけあげたが、その手を止める。
「おっと…咲弥相手じゃなかったな…」
一度軽く咳払いすると、シャツの上から手を当てた。
尊は眉間に皺を寄せると、咲弥に流季を呼ぶように頼んだ。
女性の背中に湿布薬をはるのは女性の方が良いと判断したようだ。
診察室に尊とよぞらの二人になった。次の患者はまだ来ていない。
「その打撲、どこで作った? 人の足の形が視えた。踏まれたのか」
尊は触ることで怪我の原因を視ることができる。
よぞらは視線を落とした。小さく肩を震わせる。
「…俺がみれないようなところで酷いことはされてないか?」
尊が何を心配したのかすぐに察しはついた。
よぞらは首を横に振った。
「ないです…。その、魔法使いに襲われて…でも、別の魔法使いが助けてくれて無事でした」
よぞらは黒マントの青年に襲われたことを告げなかった。
黒マントの青年が脱獄したことを知れば尊たちがショックを受けることを想定しただけはない。
助かった理由を詳細に教えなくてはならなくなるからだ。
これから起こす行動についても…。
尊は何か言いたげであったが、それ以上は何も聞かなかった。
「今日は帰って休め」
「はい…ありがとうございます…」
尊の顔をみると、優しい笑みを浮かべていた。つられてよぞらも笑う。
「ああ、その方がいい」
そういうと尊はよぞらに背を向けた。
すると、咲弥が流季をつれて戻ってきた。
流季がよぞらの背に湿布をはると、よぞらは建物から外にでた。

*****

よぞらが外にでると、金色の髪の男が待っていた。
男は『神様』だという。正確には『世界の管理者』だというが、よぞらにはピンッとこなかった。
神様は童話の中に存在する架空のものとして扱われている。
神様が笑うと見える八重歯と鋭い目、意地悪そうな笑顔は童話で見た悪魔の方が似ているとよぞらは思った。
けれど怖さはなく、どこか心が和らぐような雰囲気がした。
「よし、いくぞ」
足元に魔法陣が出現し、足元が浮いた。
周りの景色がぶれていき、やがて闇が訪れる。
神様とよぞらの身体をぼんやりとかたどるように光る。転移魔法に近いと感じた。
しばらくして堅い床の感触。
小さな部屋。暮らすとすれば、一人が暮らしていくのに最低限の広さだ。
その割に天井はとても高く、終わりが見えない。
部屋の中には台とその上に載った箱だけ。
灯りはないが、ソレが淡く光を放っているため、あたりの様子はわかった。
「あれがパンドラボックスだ」
パンドラボックス。
よぞらも名前を聞いたことはなかった。
けれど、拒否者となったよぞらの友人が手続きの際に箱を持ったと言った。
拒否者になるための手続きの箱、その名をパンドラボックス。
各地の役所から特殊な転送魔法で導かれ、手続きのために存在する箱。
キュアーと選択したよぞらには関係のないものだった。
よぞらは喉を鳴らし、自身の手を強く握りしめるとパンドラボックスに近づいた。
部屋が狭いせいもあり、近づくと言っても数歩寄るだけ。
「今回の目的は修復だ。よぞらが触れて何も起きなければすぐに俺が直す。何か起きた場合は踏ん張ってくれ」
「はいっ」
神様の協力してほしいことはこのパンドラボックスの修復だった。
そのためには箱に触れる魔法使いが必要だった。
よぞらは箱を凝視した。
箱は木でできているようだ。蓋はしまっている。装飾は特にない。
立方体に近く、少しだけ横が長い。
よぞらは息を吐くと、パンドラボックスに触れた。
固く冷たい感触。
「私の、魔法の力を奪ってください…っ!」
よぞらが叫ぶように言うと、パンドラボックスの蓋が開いた。
否、口をあけた。
箱の中から粘着質な黒いひも状のものが複数飛び出してきた。
よぞらを引きずり込もうと絡みついてきた。
「ひっ!」
肌に触れた感覚は生ぬるくベタベタしており、不快感が広がる。
けれど力強く確実によぞらを取り込もうとしていた。
よぞらも足に力を入れ、引きずり込まれないように踏ん張る。
「神様っ!」
神様はよぞらの声に合わせ、パンドラボックスの後ろに立ち、箱ごと引っ張った。
よぞらと神様が向かい合い、パンドラボックスを引っ張り合った。
次第に中身と箱は少しずつ剥がれ、最後には音を立てて剥がれた。
よぞらと神様をつなぐものがなくなったため、反動でよぞらは尻もちをついた。
身体に黒い粘着質な物体が絡みつく。
(なんなんだろう、これ…)
動かないよぞらに神様がパンドラボックスの蓋を閉めつつ叫んだ。
「よぞら!はやくそれを振り払え!それはこのパンドラボックスが抱えてきた奪った魔法の塊だ!」
意思を持つかのように動く黒い物体。
魔法使いが拒否者になるためにパンドラボックスが奪った魔法の素質たち。
よぞらは動けなかった。
まるでそれがよぞらを求めるようにすり寄ってきたように見えたからだ。
「そのままだとディマリシャーになるぞ!」
よぞらはその言葉にハッとした。
しかし、それと同時に大きく翼を広げるように広がった黒い物体はよぞらを呑み込んだ。

*****

何かが体に浸透していく。
頭から指の先、皮膚、内臓、脳の奥まで…。
音もない、光もない。
「ああ、疲れたな…」
声になったかわからない言葉。
ふいに背中の痛み。
湖で黒マントの青年に踏まれた痛み。
(あの人も…こうしてディマリシャーになったんだろうか…)
元はキュアーだったのか、別の魔法使いだったのか。
どちらにしても魔法を捨て、拒否者になろうとした人。
拒否者としての未来を夢見た人。
けれどパンドラボックスの不具合に巻き込まれた。
かつて拒否者を望んだ人から奪った魔法の素質が別の拒否者を望む人を食らう。
そして生まれるのがディマリシャー。
夢みた拒否者とは対極の存在。
アタッカー、ディフェンダー、エイダ―、キュアーのすべてを兼ね備えた魔法使い。
その強さは『逸脱さ』で決まるという仮説がある。
よぞらはぼんやりとした頭で知識を巡らせた。
「……ああ、そっか…」
よぞらは納得したように息を吐く。
吐いた息が泡になって、どこかに消えていくように見えた。
「絶望して…壊れちゃうんだ…」
奪ってほしかった魔法。でも身体に宿る大きく知らない力。
描いていた未来も壊されて、他人が退けた因果を植えつけられる。
頭から指の先、皮膚、内臓、脳の奥まで広がっていく黒い感情。
捨てないでと叫ぶようにすがる魔法の素質。
「あの人はウサギになれて…よかったね…」
よぞらは笑みを浮かべて、ゆっくりと目を閉じた。



「よぞらっ!」


*****

よぞらが名前を呼ばれて目を開けた。
低い天井。白い壁。柔らかなベッドに自分が寝ていることをよぞらは認識した。
心配そうに覗き込む尊、咲弥、流季がいた。
「よぞらちゃん、気が付いたのね。よかったあ…」
流季が大きな瞳から涙を流す。
よぞらはハッとして、ベッドから起き上がった。
思わず自分の体を凝視する。
見た目はどこも変わった様子はない。
手を前に突出し、エネルギー弾を思い浮かべたが、特に攻撃魔法が放たれる気配もない。
ディフェンダーの防御璧、エイダ―の補助魔法、思いつくできるだけ簡単な魔法をつかおうとしたができる様子はない。
逆にキュアーの力は残っているようだった。
よぞらの動きは何もしらない尊たちには奇妙に映ったのだろう。
咲弥は首を傾げ、流季は苦笑いし、尊は眉間に皺を寄せた。
しかし、よぞらは真剣に首を傾げた。
「あれ…?」
「なにをやっているんだ、まったく…。そうだ、彼女にお礼を」
よぞらは尊に促され視線を向けると、扉の近くに見知らぬ人が立っていた。
濃い茶色い髪。短髪で背が高い。
鼻筋の通った顔は一見男性にも見えたが、スカートをはいていたため女性と判断した。
「道で倒れていたらしいよぞらを運んできてくれたんだ」
「あー。尊くんたち、悪いけれどこの子と二人にしてもらっていいかな?」
力なく笑う女性に言われ、尊たちは部屋から出て行った。
部屋にはよぞらと女性だけ。
よぞらは体を起こし、女性を見上げた。
「…神様?」
「違うよ。でもいい線はついてる」
女性は大きく身体を伸ばした。大きく欠伸をする。
「私は神に言われてきた雑用係。今、あいつはパンドラボックスという物の修正…いや、再作成中」
よぞらはハッとして表情を曇らせた。
「私、あの後どうなったのか…」
女性は近くにあった背もたれのない小さな丸椅子をよぞらのベッドの近くに置き、腰をかけた。
ぐっとよぞらと女性の視線がちかくなった。
「さあ?私は伝える係だから何も知らないよ。でもあなたは助かったし、あなたのおかげでこれからこの『世界』の人たちも助かるはず、ということは聞いてる」
女性はよぞらの頭に手を置き、優しく撫でた。
柔らかく微笑む表情は男性にも一瞬見えた。
「ありがとう。あいつに協力してくれて…これはお礼だそうだ」
女性はよぞらの手に小さな箱。木を編んでできたバスケットのようだ。
「家に帰ったら開けてよ。じゃあ、私はこれで。尊くんたちにはうまくいっておいて」
女性は立ち上がると、窓から出て行った。
窓の外を見ると神様と合流し、どこかへ消えていくのが見えた。

*****

後日、お礼の箱の中には謎の蒼い光を放つ機械、小瓶に入った謎の液体、金属の部品が入っていた。
書かれた紙には「レジンアクセサリーの作り方」とあった。
手先の器用なよぞらはアクセサリーを綺麗につくることができた。
しかし…
「神様のことやパンドラボックスのことなんて話しづらいし、誰にも渡せないよお!」
と、綺麗にできたアクセサリーを見ながら悩むこととなった。


END

【魔法世界の理】笑顔をもたらす者

こんな感じの設定でした。
=======
笑顔をもたらし傷を癒やす者。
魔法世界で約5%しかいない治療型魔法使いの1人。
無愛想な天才上司と違い、明るい笑顔が印象的。
その可愛く明るい姿を見ていると患者も元気になる。
治癒魔法以上に元気を与える。
魔法世界で唯一『世界の管理者』と接触する。

【魔法世界の理】笑顔をもたらす者

  • 小説
  • 短編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-09-15

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted
  1. 医師の卵
  2. パンドラボックス