夢の断片
私は確かに夢の中で色々な人と出会い、様々な経験を重ねてきた。
しかし、目覚めるとその記憶は断片的にしか思い出すことができない。
その断片を集めた物語。
あの日の私もあの人も、確かにそこに存在していた。
神様
大きな地震が起こったかと思うと、私は見知らぬ異国風の街の中にいた。
薄汚れていて、埃っぽくて、貧民街という言葉がしっくりくるように思えた。
家族と一緒に避難するところだったというのに。
落書きが描かれた石のトンネルを走る。
とにかくここから出るか、人を探さないといけないような気がしていた。
「***!」
名前を呼ばれ振り返ると、褐色の肌に長い黒髪を一つに結わえ、汚れた白いワンピースを着た少女が立っていた。
その娘は私によく似た身なりをしているように思えた。
初めて見る娘だが、私はその娘をよく知っていた。
姉妹のように、同じ貧しい暮らしを共にしてきた。
その娘に誘われるようにして共に走る。
粉塵、錆びたフェンスにドラム缶、色褪せた映画のポスター。
どれも初めて見る景色だが、この世界ではここが私の日常であることを理解した。
息を弾ませながらしばらく走ったとき、砂煙の向こうに男の人影を見た。
声をかけようと近寄ったとき、彼が人間の腕を齧っていることに気付いた。
逃げなければ!
私たちは声を掛け合うこともなく、一目散に逃げ出した。
街中を走った。
赤い瓦の尖った屋根から屋根へと飛び回り、崖の上の高い塔へ飛び移った。
しかしそこから続く建物はない。
私たちは何の躊躇もなく塔から深い谷底へと墜ちていった。
気がつけば大樹の根が生い茂る場所にいた。
不意に、私はその大樹の根の奥へ、その森の奥へと行ってみたい気持ちになった。
太く大きな根をよじ登るようにしながら奥へと歩く。
旧知の娘も、私の後ろをついてきていた。
かなりの距離を進んだとき、なにかの気配を感じた。
恐る恐る樹々の隙間を覗き込むと、おそらく双子である二人の少女の姿を見た。
褐色の肌、化粧で黒く囲われた瞳、真っ赤な衣装。
結った黒髪の上には大きな金の冠、耳や胸元にも金の装飾品。
二人とも全く同じ姿をしていて、ただそこに立ち、無表情で私を見つめていた。
目が合った瞬間、身の毛がよだつのをのを感じた。
旧知の娘が私の手を引く。
私たちはまた逃げ出すのだった。
あのとき、あの双子を見た瞬間「神様だ」と直感すると同時に
私は「見てはいけないものを見た」とも感じたのだった。
そういえば、あの双子はネパールで生きた女神として信仰される「クマリ」と同じ衣装を身につけていたと記憶している。
シロクマ
動物園から、動物が脱走したらしい。
私が知る限りでは、シロクマ、ヒグマ、ライオン、トラ。
凶暴な動物たちの脱走に、街はパニックに陥った。
私もまた、街の人々と同じように、街を逃げ回っていた。
街角で動物たちに出くわすたび、動物たちはその身体が大きくなっていた。
はじめは一般的な大きさだった彼らは、私たちが逃げ回っている数十分のうちに大型トラックほどに巨大化していた。
サイレンの音を鳴り響かせながら、消防車やパトカーが走り回っている。
しかし、それらが彼らを捕らえることはできなかった。
私は一頭のシロクマに追いかけられていたが、なんとか逃れることができた。
気が付けば、この街のどの建物よりも高い壁の上で街を見下ろしていた。
喧騒の街は夕焼けに染まっていた。
既視感
うなぎの寝床とよく表現される、ただでさえ奥へ細長い町家が連なっている。
民家の入口からまっすぐ土間の廊下の突き当たりまで進むと、きまって安っぽい木のドアがある。
その先へ進むとまた新しい町家へ入り、まっすぐの廊下を進む。
通る家はさまざまで、コタツに入ってくつろいでいる初老の男性のいる家の脇を通ることもあれば、タイル張りの銭湯の脇を進むこともあった。
そのような、人々の生活の場や店の脇を「すみませーん」などと言いながら通るのだ。
どうやらこれは目的地まで行くための近道であるようだ。
十数件もの細長い町家を通り抜けた最後の部屋は洞穴のようなかたちをしていた。
テレビでよく見る中年男性の芸能人が待ち構えていたように私を呼び止め、ソファーに座らせる。
残りの二つのソファーには同じ歳ほどの青年と幼い少年が座っている。
突如、明るい音楽が鳴り、早押しクイズがはじまる。
少年がいち早く答え、彼が賞品をもらうと、その集まりは解散となった。
洞穴から梯子をのぼると、街へ出た。
通りには古着屋が並んでいて、外国人の団体とよくすれ違った。
曲がり角を曲がると花屋があり、その向かいに女性ものの洋服屋があった。
その店には真っ白な壁のギャラリーが併設されており、美大生がアクセサリーや洋服を販売しているようだった。
その一角に、たくさんの椅子が規則正しく並べられている。
私は最前列の壁際の席についた。
どうやらファッション関係の内容の講演会が催されるようだ。
私の目的はこれだったようだ。
古着屋があって、外国人観光客がたくさんいて、花屋のある景色は、私のよく知る街と同じ名前をしていたが
似ているのはパーツだけで、まったくの別物だった。
だけど、私は夢にでてきた別物の街そのものに来たことがあるように思えた。
しかし、いくら夢の記憶を辿ってみても、そんな場所は夢には出てきたこたがない。
夢の中の私は、夢の中でデジャヴを感じたのだろうか。
夢の断片