さしすせそ
「うふふ」
四日目 朝のHR
「おいおい、何をやってんだよあーくん。ふざけるなよ。渡部さん昨日、めちゃくちゃ怒ってたじゃん。逆にもっと怒らせてどうするんだよ」
三番の彼はニヤニヤとしながら、僕を見下す。いや、僕が自席に座ってて彼は立ってるから、当たり前なんだけど。だけれど何か、嫌な感じだ。
本当に、心の底から見下されてるような。
下に見られているような嫌な気分。
僕は本当に彼女を怒らせたみたいだ。一日置いても、怒りは無くらなかった。
少しだけ悪化したようにも思える。何でかは分からない。元から怒ってた。常に僕に見せる彼女の表情はしかめっ面で、目も少しだけ潤んでいる。泣いているのか?
ふうむ。
嫌な気分だ。
てか。
「おい、いくと。てめーは一体何をむー……渡部に頼むつもりだったんだよ。結構重要な、大事な用なのか?」
「うーん……とね」
えへへ。
彼は笑った。
彼の場合は常に笑顔なのだ。
口だけ。目は笑ってない。目は一切動かない。
「あーくん、話をそらさないでよ。えへへ、まあいいけどね。別に。俺には分かってるし。うんとね」
少しだけ考えるように、黙る。
口を押さえる。
考える。
多分、違うのだけれど、答えは決まっていて考えるフリをしているのだろうけど。
「――内緒だよ。君には関係の無いことさ。俺と渡部さんとの話だよ。えへへ」
いくとは、ニヤニヤと気持ち悪い笑顔を浮かべた。
「でもねあーくん。これなら教えてあげる。どうして渡部さんがあーくんを嫌っているのか、どうして毛嫌いしているのか………それはね」
「――――俺がきっと、あーくんの友達だからだよ」
………なんだそれ。
四日目 昼休み
「ねぇ、あーくん。あーくんは、さ、三番の人の事が嫌いなの?」
むーちゃんは突然話しかけてきた。
少しだけ緊張した様子で。
彼女はもう僕のことを完璧に<あーくん>と呼ぶみたいだ。いや、別に<あーくん>以外で呼ばれたことなんてないのだけれど。
一昨日の険悪さがまるで夢のようで、僕は彼女の正気さを疑わずにはいられなかった。
別に、一昨日までの彼女が正気だったと思うわけではないけど。でも、今日の彼女は異常だった。
あの4~5メートルも僕と離れていた彼女が、今、僕の机に何を顎を乗っけて椅子に座った僕を見上げた。近い。15センチメートル位しか離れてはいない。
おっと、また近づいた。
今は…どのくらいなのだろう、8センチメートル位だろうか。
彼女のまつげが瞬きをする度に当たりそうだ。
……近いよ。
「早く、答えて」
「………………。」
えっと、何て言えば…。
……。
「んん…ん。あーーもう」
これだから嫌なんだよあーくん。
彼女は頭をかきながら言った。
かきむしりながら言った。
黒いおかっぱが揺れる揺れる。ぼわっと膨らんだ。うわぉ、頭ってこんなにでかくなるんだね。
「嫌いだよ。早く答えて答えて答えて答えて答えて答えて答えて答えて答えて答えて答えて答えて答えて答えて答えて答えて答えて答えて答えて答えて答えて答えて答えて答えて答えて答えて答えて答えて答えて答えて答えて答えて答えて答えて答えて―――」
「――別に、嫌いでも好きでもねーよ」
ふぅ、とため息をつき僕は言う。
「うんん……」
今度は頭を抱える。両手で触ったところが凹んで、ひょうたんのようになった。おかっぱからひょうたん。変わりすぎだ。なんか凄い、と驚かずにはいられない。
「じゃあ質問を変えるね。代えさせてもらう」
あーくんは。
「この学校が私のことが――――好き?」
…………何て質問だよ。
四日目 自室
「えっと……。」
「多分…………………」
好きだぜ。学校。
そう言うしか無かった。彼女の、むーちゃんの潤んだ2つの目は僕をじっと見つめ、それ以外の選択肢を選ばせなかった。仮に、今まで通りに何とも思わないと言えばどうなっていたのだろう。泣くのだろうか、それとも、彼女が顎を乗っけている机にある僕の筆箱からシャーペンを取り出しているから、僕に突き立てるつもりだったのか。
僕にはわからない。分かりたくない。知らない。
僕が言ったとき、むーちゃんは笑顔になった。
笑い慣れしてないような、ガギギとした笑顔。いくととは真逆でぎこちない。でも、僕は季節外れの風鈴のような声よりも。
――綺麗だと思った。
ただの勘違いだと思うのだけれど……。
「嬉しいっ」
むーちゃんは顔を隠した。僕のシャーペンで隠したつもりかもしれないが、隙間から見えている。
意味が分からない。なんで、学校が好きだと言ったら彼女が喜ぶのか、なんであんな質問をしたのか。
でも、別に分からなくてもいいのかもしれない。そう思った僕は。
もう終わりなのかもしれない。何がは分からないが、とりあえず、僕が、僕自身が終わりなのだと思う。
どうして、いつからこうなったのだろうか。
気持ち悪い。自分の知らない自分が出てきてるみたいで。
「嬉しいっか、ら。わ、私のこと、<むーちゃん>って呼んでもいいよっ。ああ、嬉しい」
嬉しい、嬉しすぎるよ。
分からない分からない分からない分からない。
「私達、仲間……なんだねっ」
分からない。
僕は今、部屋にいる。
時間は、17時ぐらいだ。
鍵は外から掛かっている。
家に着いたら直ぐに閉じ込められた。
だから、出られない。
どうやら、明日から来週の月曜日まで外出禁止らしい。今日は金曜日。
やれやれ、二日か。メンドクサイな。
たかが、門限を二日破っただけでこれか。
これだから親は嫌いなんだ。頭の固いやつは嫌いなんだ。
―――あぁ。
今日が僕にとって良い日なのか、わからない。
悪い日なのか、わからない。
分からない分からない分からない分からない分からない。
なにもかもが分からない。
いつから僕はこんなにも、馬鹿になったのか。
知りたくない。
――怖い。
今日は僕を変わらない?
さしすせそ
「たちつてと」へ