嘘の質量
「嘘ってさ、なんだと思う?」
唐突に、彼女は問いだした。
「哲学的な話?」
「んー……どちらかと言うと、倫理的な話?」
人差し指を口に当て、ムーッと眉をしかめる。彼女自身、自分の言葉に納得がいかないらしかった。
「よくさ、言って良い嘘と悪い嘘がある、て言うじゃん? その良い悪いって、誰が決めるんだろう?」
「さあ……」
「さあ、って。こーゆーのは何でもいいから意見を出すべきなんじゃない?」
それこそ、誰が決めたことだ。と言いたくなるが、寸前で言葉を飲み込む。
じゃあ、と前置きをしてから、僕なりの意見を出した。
「良し悪しを決めるのは、やっぱり受け取り側だよ。言った本人がどういう意図で言ったとしても、伝える方法が無いなら受け取り側の感性に任せるしか無い」
「受け方次第で、良くも悪くもなるってこと?」
「うん」
僕の答に、彼女はまたムーッと唸った。
「面倒くさいね」
「うん、面倒くさい」
答は出ただろうに、尚も彼女は口を尖らせた。
「でもさ、言った本人はちゃんと受け取って欲しいじゃん? 良い嘘を言ったはずが、相手を傷つけるとかおかしいし」
「……まあ、そうだね」
彼女の言わんとしていることは、なんとなく分かる。
何気なく吐いた嘘が、過度に相手を傷つける。なんら不思議なことではなく、よく聞く話だ。
「僕が思うに、それは地球と月だね」
「なにそれ」
「うーん……。ちょっと小難しい話になるけど、いい?」
「暇だし聞いてあげる」
聞いてあげる、と言いながらも耳をしっかり傾けている彼女に苦笑いする。なんだかんだで、彼女は頭は悪くない。
「月と地球って、重力が違うでしょ? 月で体重計に乗ると、地球の時の1/3になるね。嘘も同じ。言った時の質量は同じなのに、受け手の重力が違うから、軽くも重くもなる」
「受け手の重力ってなにさ」
「んー……簡単に言うと、感性とか思考回路、かな。ポジティブな人ほど軽く受け止めるし、ネガティブな人ほど重く受け止める、みたいな」
自分でもよく分からない説明だが、彼女はなるほど、といった顔で頷いていた。
やはり彼女の頭は悪くないのだ。
「話を最初に戻すと、嘘っていうのは重さなんだよ。重力に従って、いくらでも重くなる。いくらでも軽くなる」
「でも、質量は一定だ」
「うん、そうだね」
「じゃあ、嘘の質量ってどれくらいなんだろ」
今度はそうきたか。
変わらず思案顔な彼女は、まだ答を待っているのだろうか。
「どれくらいかって言われても、マチマチだとしか言えないよ。ただ敢えて基準を付けるなら、他人を巻き込むかどうか、かな」
「他人を? 誰々が死んだー、とか?」
「そう。誰々が死んだって言ったら、その誰々本人か、近い人に聞きに行くことも考えられる。宝くじが当たったー、とかなら、自分以外が巻き込まれることはない」
「巻き込むと、嘘の質量は重くなる?」
「まあ、そう言えるかな」
「てーことは、だ。嘘の質量は、人の数だけ増えていくってことだね」
いや、どうしてそうなる。
……けど、まあ、話の流れを見れば、そう考えられるか。
「そういうことだね」
「あースッキリした。ずーっと考えてて、モヤモヤしてたんだよね」
「ずっと? どうして?」
「えー? だってさ」
携帯電話のディスプレイを見せながら、悪戯っ子のような笑顔で彼女は言った。
「明日のエイプリルフール、クラス全員を騙してやろうって思ってたから」
嘘の質量
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