踊り子は流眄と美しい手で語る
「おばあちゃん、おばあちゃん、お話をして。」
「おはなし?そうだねぇ、ようし、じゃあすこし、奇妙な話をしてあげようかしらね。 何十年前だろう、私が若い頃のお話。見世物小屋というものが、夜の繁華街にはあったのよ。蛇を体に巻きつかせる女性や、手足のない人、頭が二つある子供。見世物小屋はね、珍しいものを人に観せてお金を稼いでいたの。」
赤や緑や青、様々な色が混ざりすぎて、奇妙な雰囲気を作り出す看板には、見世物小屋と大きく書かれていました。その看板から目を落とし、店の中を見やりますと、薄暗く、中は見えません。それが更に不安感を煽っていって、入るのを躊躇している自分に、口上が響くのです。
「さぁさぁみなさんおまちかね、世にも奇妙な人間たちのサーカスが始まるよ。お代は見てからで結構だ、見なきゃ損損、さぁはいってはいって」
大勢の人間が波のようにどうと店の中に入っていきます。その流れに自分の体も押されるように、いえ、自分の意思でございましょう、店の中へと足を進めるのです。
私には、会いたい、踊り子がいるのでした。恋人に買ってもらった首飾りを握り締め、目を凝らします。
薄暗い闇の中には、西洋のものらしい、鳥籠のような檻があります。冷たい銀の細い線の間から、見世物である人間たちが見えるのです。美しい顔をした、体中に刺青のある女性が、男性たちを誘惑するように舌を出していました。その妖艶な動きを直視できず、足早に進みます。私の会いたい踊り子は、一番奥、一番大きな檻のなかに閉じ込められていました。
はやく、はやく、あの人の、目を、手を。
その檻に近づいていくと、壊れたガラスのようなメロディが流れてくるのです。香具師が、その檻の前で、卑しい声を張り上げます。
「よくぞおいでくださった皆様方、この店一番の目玉商品をご覧頂きましょう。」
「世にも珍しい、白髪赤目の美少年、片足の筋は切られております。」
「奇妙な踊りをご覧あれ。」
黒い天鵞絨のような布を纏い、同じ布で目隠しをされていた彼が、片足を引きずりながら檻の真ん中へと出てくるその姿は、一本足の白い烏のようでした。陶磁器のような、なめらかで真白すぎる肌が、彼の体を包んでおりました。観客側に助けを求めるように伸ばされた手が、目隠しの布を、音楽に乗って、取っていきます。その動きは、先ほどの美しい刺青の女性の舌の動きよりも、それそれは蠱惑的で、私の心臓が、痛いくらいに脈打つのでした。そしてそれは、彼を見る観客全員に起こっていることなのです。
目隠しを外す彼の白い手と、同じくらい白い髪が、黒い闇に浮かびます。肩程までに伸ばされたその髪のせいか、少女のようにもみえました。閉じられていた瞼の先には、白く輝く睫毛が。その睫毛が震えた、と思った次の瞬間に、恐ろしい程に美しい、朱い瞳が姿を現すのでした。伏し目がちに、左を見ながら、薄く形の良い唇をわずかに震わせます。目隠しの布を噛みながら、その目が、ゆっくりと、ゆっくりと右に移されるのです。その目の動きだけで、人間の全てを奪うように。
朱い瞳が、流れていく。
まるでこちらが、“見世物”だというように。
観客の男性たちが、唾を飲み込む音が聞こえます。彼は徐々に檻に近づいて、鉄の格子を掴みます。観客の頬に手を伸ばし、不敵に笑って、踵を返し、足を引きずりながら、踊り狂うのです。
流眄と、手の美しさ。
それだけで、彼はすべてを語りました。
美、不自由、快楽、欲情、白の純潔。
『あぁ、これが、自分のものになるのならば。』
そう願いながら、身につける布を自ら落としていく踊り子から目を離せずにいた観客が、何人いたことでしょう。逃げないように不能にされたであろうその片足さえも、まるで美しい杖か何かのように操る彼を、欲しいと思った人間がどれほどいたことでしょう。観客はどんどん増えていき、出口へと足が縺れます。人と人の間でゆらゆらと動く白の彼を、最後まで見たいと思いながら、私は外へと押し出されるのでした。
薄暗い檻の中でなく、同じように白い世界で、彼が踊ったのなら。それ以上の美しさなど、この世にあるだろうか。あの黒の天鵞絨が、彼の肌を優しく包み落ちることがなくなったなら、彼は、どんな顔をして笑うのだろう。
私が、この暗闇から助け出してあげたなら。
彼の瞳は、どんな朱さを謳うだろう。
彼の手は、どんなふうに動くだろう。
欲しい。欲しい、あの踊り子が、とても欲しい。
「毎夜毎夜、踊り子を観に行ったけれど、ある日、その踊り子はいなくなってしまってね。後からね、死体で見つかってしまった。
美しい瞳と、両手がなくなっていてね。誰がそんな酷いことをやったのかが解らない。」
「お庭にある、両手の形の置物は、おばあちゃんがつくったの?」
「えぇ、そうよ。あの踊り子がね、太陽に手を伸ばせるように。どうか彼が、暖かい光に当たれるように。」
「その、瞳のようなネックレス」
「彼の流眄のような首飾り。おじいちゃんに頼んでね、私がとった宝石を使って、作ってもらったの」
「だいすき、だったんだね、おばあちゃん。」
「えぇ、ほんとうに、ほんとうに。手に入れたいくらい、好きだったのよ。お前もきっと、いつかこの気持ちがわかるわ。きっと、わかるわよ。」
白く細い躯を、髪を。朱い目が流れる様も、伸ばされた手も。
庭へ行き、彼の手に触れました。同時に、瞳にも。触れる私の指には、無数の皺が刻まれています。
「だいじょうぶよ、あなたは、美しいまま。」
「どんなものよりも、美しいまま、ここにいるわ」
踊り子は流眄と美しい手で語る