君の手を 第6章

 ここはつまらない街だった。たいした娯楽は無い。ゲーセン、カラオケ、ボーリング、映画館。買い物はちょっと大きめのショッピングセンター。小学生までならそれで良かった。だけど、中学生になるとそれではダメだ。そういう空気ができるんだ。地元で満足しているような奴はダサいって。だから皆、電車で1時間弱かけてもっと大きな街まで出て行く。そこで流行のファッションに浸るんだ。正直、それはあまり好きじゃなかった。その行為自体が田舎者じみている気がして。片道1000円かけて、やっていることはこの街で遊ぶときと大差ない。バカバカしい。なんて口が裂けても言えないけど。

 僕の足元でまさにそういった感じの集団が駅の中へと吸い込まれていった。中学生か高校生の女子の集団。キャッキャと甲高い声がよく響く。

 ふらふらとさ迷ってみたものの、いい考えは浮かばず、あてもなく飛ぶのも飽きて、駅ビル(というほど立派なものじゃないが)の屋上に座って下界を見下ろしていた。

 この街の、一応繁華街と言える場所だからさすがに人が多い。昼飯時ってのもあるんだろうけど。

 はーあ。どうしよっかなぁ。

(ボールが、あればなぁ)

 マンガやゲームなんて言わない。サッカーボールさえあればそれで退屈はしない。ボールさえ蹴っていれば何も考えなくてすんだ。ほとんどのことは忘れられた。日が暮れるまで、壁相手に何度もボールをぶつけた。

 でも、無理だよなぁ。なんせ、すり抜けるから。こっちでそんなこと、できないよなぁ。でも一応、今度死神に聞いてみようかな。……鼻で笑い飛ばしそうだけど。

「あっ!」

 その時、目の前にあったあるものを見て閃いた。

 そうだ。これだ! 今なら、タダで映画見放題じゃないか!
閃いた瞬間飛び出して、でも、映画館の前まで来て、そのラインナップを見て顔をしかめた。あまり見たい映画が無い。派手なハリウッドのアクション映画、恋愛映画、アニメ、ドラマの映画化されたもの、後はよくわからない洋画。

 仕方なく僕は、その中では無難だと思われるハリウッド映画を選んだ。CMで見たし、話題作ではあったから。

 中に入ってみると、思ったよりも客入りがよかった。これはもしかしたら期待してもいいのか? と、少しドキドキしながら中央中段上空で待機する。映画を見るなんていつぶりだろう。小学四年のとき以来かな? 照明が落ち、スクリーンに映像が映し出されると、久しぶりに味わう映画館の雰囲気に嬉しくなって思わず口元が緩んだ。ワクワクしていた。

「始まる前のこの感じ。たまんねーよな」

 ……。

 始めは下にいる誰かが喋ったのかと思った。でも、妙に近く、下というよりは隣で聞こえた気がして、ゆっくりと右側に視線を向けた。

「うわっ!!」

 あまりの不意打ちに、大声をあげてしまった。視線の先の人物が僕を不快そうに見返している。

「映画館で騒ぐなよ。他の客に迷惑だろ」

 僕は思わず周囲を見たが、誰一人こちらを見ている人はいなかった。と、声なんか誰にも聞こえないことに気づき、隣を睨む。その先にはムカつくニヤニヤ笑いがあった。ホント、コイツはっ!

「何しに来たんですか」

 僕は非難がましく、それでも幾分ボリュームを落として話しかけた。死神は呆れたように僕を見た。

「映画館に来て映画見る以外に何するって言うんだよ」

「死神のくせに?」映画なんて見るんだ。

「死神が映画見ちゃ悪いのかよ」

 ……悪くは無い。悪くは無いが。

「他に、何か用、とか、仕事、とか……」

「つまんねーこと言うなよ」

 心底嫌そーな顔をしてそんなことを言う。

 ……やっぱり。ダメだこいつは。ダメな死神だ。落ちこぼれの死神だ。具体的に死神がどんなことをしているのか知らないけど、こいつはダメだってことだけはわかる。完全にサボりだろ、これ。

 でもたぶん、そんなことをこいつに言っても無駄なんだろう。だから僕はそれ以上何も言わなかった。

 口を閉じてみると、沈黙が妙に重かった。落ちつかない。死神が何か言ってくるかと思っていたのに。チラッとそちらを見ると、やけに真剣な顔でスクリーンを見ていた。だから、つい口が滑ったんだ。

「好きなんですか、映画」

 いつもの軽口は返ってこず、薄暗がりに照らされたその横顔からは感情がうまく読み取れない。

「――さあな」

 その瞬間の顔に、何かがあるような気がした。でも、それを追求する前に、

「お前はどうなんだ?」

 そう言われて、言葉が出てこなくなった。踏み込めなかったんだ。だから、

「――別に」

 そう答えた。そう答えることしかできなかった。そしてそのまま黙った。気まずさの代わりに、釈然としないモヤモヤが残った。はぐらかされたと思った。

「どーせやること無くて暇つぶしで来たんだろ?」

 ニヤニヤと決め付けられて、何か反論してやろうとして、何も思いつかなくて、そうこうしているうちに映画が始まった。オープニングの最中も何か言い返してやろうと考えていたら、

「ま、俺もそうなんだけどな」

 そう言われて、笑った顔がやけに素直で、その言葉は本当だと思えて、うっかり親近感みたいなものが湧きそうになってしまったから、言ってやったんだ。……小さな声で。

「仕事しろ」

 死神は笑った。ニヤニヤ笑いじゃなく、普通に笑った。



 夕闇迫る街並みを僕らは駅の上から眺めていた。下を見れば働きアリの群れ――そう馬鹿にされるのはなんかムカつくけど、この光景を見ると納得で来てしまう。スーツ姿の人々が駅からわらわらと出てきていた。

「家に帰るんだな」

 死神はたぶん、何気なく言っただけなんだろうけど、その言葉は僕の心の思いもよらない場所を攻撃した。それを紛らわせたくて、

「でも、ビールでも一杯、って人も中にはいるんじゃ」

「それこそ家で、だろう。明日も仕事だろうし、どこかで飲んでいくって人は少数派だろ」

 冷静に返されて、僕は喉が熱くなるような感覚を味わった。どうにか反論したかったが、これ以上何か言って死神に勘ぐられるのも嫌だったので話題を変えた。

「あまり面白くなかったですね、映画」

 内容は、特殊任務につく主人公が家族との板挟みに悩みながらも事件を解決し、最終的にはすべて丸く収まってしまう、演出だけがやたら派手な、ありがちなハリウッド映画だった。
死神は馬鹿にしたように鼻を鳴らした。

「まあ、お前みたいなひねくれたやつにはダメだろうな」

 そう言われてムッとしたけど、これはわざとだっていう気がしてきていた。そうして僕をからかって反応を楽しんでいるんだって。同じようなことを、やられたことがある。

 ……姉ちゃんに。

「そうなんですかね」

 冷静に、返してみる。ほら。おやっ、て顔した。

「やけに素直だな」

 ほぼ確信。もうそっちの思惑には乗ってやらない。

「事実ですから。怒ってもしょうがないでしょ」

 ふうん、と含みのある相づちが聞こえた。無視無視。相手にしない。代わりに、
「じゃあ、あなたにはどのあたりが面白かったんですか?」

 ちょっと眉をしかめた後、死神は視線を外し、遠くを見た。つられて僕もそちらを見た。地平線がかなり赤くなっていた。

「単純に、なにが、とか、どこが、とか、言えるもんじゃねーんだよ」

「それって、なんだか誤魔化してるようにしか思えないんですけど」

「長く生きてりゃ、わかるようになることがあるんだよ」

 何だそれ。長く生きてりゃって。あんた死神じゃん。全然答えになってない。

「やっぱりホントは、つまんなかったんじゃないんですか?」

 そう言うと、死神は軽く僕のほうを見てから視線を戻し、「っるさいなー」とつぶやいた。やっぱり、そうなのか?

 もっと突っ込もうかと思ったけど、その横顔がふてくされた子供みたいだったっていうか、なんか、ちょっと――調子狂うな。

「何か、あったんですか?」

「――なんで?」

「いや、なんか、ちょっといつもと違う感じがして」

「ふんっ。俺のいつもってどんなよ」

「もっとこう、ふざけてて、人を小バカしたような感じ」

「どんだけヤなやつだよ、俺」

 自覚無いんですね、としみじみ答えた。心の中で。口に出しては「冗談ですよ」と言っておく。社交辞令。

「何もねえよ」

 だから。そういう態度で、何も無いわけないでしょう。

「何か、やらかしたんですか?」

「……は?」

「だって、あんまり仕事できなさそうだし」

「おっ――っ!!」

 大きく開いた死神の目と口が、ゆっくりと元に戻っていく。そしてため息を吐いた。

「お前さ、他の幽霊にあったことあるか?」

 ……質問の意図が、よくわからない。僕は警戒しながら「……いえ」と短く答えた。それを聞くと死神は満足そうにうなずいた。

「そうだろう。それはな、俺が優秀だからだ」

 僕はことさら眉間にシワを寄せ、あごに手を当ててみせる。

「……死神にしかわからない別の意味が隠されてますか?」

「そのまんまの意味だよっ。まったく、ホント可愛げないな、お前」

「よかった。あなたに可愛いなんて言われたら世を儚んで――」

 言葉が途切れた。なんでもない顔で言ってしまえばよかったのに。ちっ。

 絶対に何か言われると思ったのだが、意外にもそのことに関しては何も言わなかった。代わりに、

「意外と、元気そうだな」

「はっ?」

「もっと、落ち込んでるかと思った」

 ぐっ、と言葉に詰まった。しゃべりすぎた。はしゃぎすぎた、といってもよかった。

「そのほうがいいよ、お前」

 僕は何も言えなかった。後悔が激しく体中を締め付ける。

「クールぶってるより、ずっと生き生きしてる」

「……もう、死んでますけどね」

 ようやくそんな言葉を搾り出した。死神が声を上げずに笑う。そのとき僕は気づいた。

「もしかして、ホントは僕の様子を見に来たんですか?」

 ちょいちょい、と二度死神は鼻を掻くように触った。

「さあな」

 誤魔化すようにつぶやいたが、否定はしなかった。
結局、死神の手のひらの上で踊らされていただけなんだろうか。そう思うと、やっぱりムカつく。

「ホントに……、なんで来たんですか」

「だから、映画見に来ただけだって」

 嘘だ、と思う。思いたいだけかもしれない。

「それ。それは嘘ですよね」

「嘘じゃねーよ。この街で他に幽霊を見ないのはな、俺が全員あの世に導いてるからなんだよ。わかるか?」

「単純に、死神の手を借りなきゃいけないような人が少ないってだけなんじゃないですか?」

「ばっ、……そんなわけ、ねーだろ」

 なんか、動揺してませんか?

「じゃあ、僕も早く連れて行ってくださいよ」

 冗談っぽく、そう返した。それを聞くと、死神はいつものニヤニヤ笑いを浮かべた。

「できないって、言っただろ。それに――いいのか?」

 不穏なものを感じた。

「な、なにが?」

「早瀬結衣ちゃん」

「なっ――」

 驚き、絶句。挙句「何で知っ――」と口走り すぐにしまった、と思った。でももう遅い。ほら見ろ、勝ち誇ったような顔してる。

「か、彼女のことは別にいいんですよ。どうせ暇潰しにやってることですから」

「暇つぶしで女の子の家までストーカーして?」

「ちがっ! あれは――。ていうか、見てたんですかっ!?」

「入ればよかったのに。家まで」

「そんなことっ! ――できるわけないでしょう」

 あの時聞こえた気がした声は、本当に聞こえていたのかっ? ……っていうか、マズイ。いつもの感じになってる。これ以上、のせられてたまるか。

「素直じゃないねえ」

 しみじみとそう言い、頭の後ろで手を組んだ。何か言うとより深く墓穴を掘りそうだったので僕は黙っていた。

「ま、好きにすりゃあいい」

「誰もお前の行動を制限しないし、何をしても咎めはしない。どうせできることなんて限られてるしな」

 好きにすりゃあいい。咎めはしない。そう言われたことで、普通なら咎められる行為だった、という事実を突きつけられた

ような気がして、しなくてもいいのに内心動揺してしまった。

 そしてたぶん、死神はそろそろ帰る気だ。そんな雰囲気を発している。そう悟った瞬間に出てきた感情を素直に認められなかった。かといってうまく処理もできず、気を抜くと表に出てこようとするそれを押しとどめるので精一杯だった。だから僕は黙っていた。すぐには言葉を出せなかった。

「……帰るんですか」

 これが僕の中のさまざまが混ざり合って妥協して、どうにか出てきた言葉だった。

「そうだな。もう、夜になっちまったし。こんなに話し込む予定じゃなかったからな。忙しいんだ。ほら、俺って優秀だし」

 おどけた調子でそう言われたので、僕も「ケッ」とふざけて返せた。でも、それで精一杯。

「……来るんですか? また」

「んー?」

 間延びした返事の後、何も返ってこなくなって、もしかしたら質問の意味がわからなかったんじゃないかと思ったけど、もう一度は聞けなかった。

「まあ、後一回は来るな、絶対」

「……何でですか?」

「そりゃあ――」

 なぜそこで言葉を切ったのか。答えはすぐにわかった。

「お前を連れて行かなきゃならないからな」

 ………。

 ……そっか。

「ま、それまでにもたぶん、何度か来るさ」

 明るく言い、そしてニヤリと笑った。

「お前がかわいい女の子を覗きに行くときには、絶対っ」

 ……まったく。この人は。

「じゃあもう、後一回しか会いませんね」

「さあ、どうだろうなぁ」

 お互い、不敵に見せる笑みを浮かべた。強く意識しなくてもそういう表情ができた。

「じゃあ、行くわ」

「はい」

 そして後ろを向き、軽く手を上げた後死神は姿を消した。

……最後の「はい」は、少し硬かったかな。


 死神が消えた後、しばらくぼんやりと駅前の風景を眺めていた。人もまばららロータリー。建物の明かりも徐々に消えていく。喧騒が去り、物悲しさに似たものが漂い始める。そういう空気が、僕の中にも入り込んできた。家に帰って、誰も居なかった時のような感じ。

 ……家かー。

 家に帰る気にはなれなかった。帰ってもたぶん、昨日のような思いをするだけだから。でも、だからといっていつまでもここにいるわけにもいかない。……どうしよう。

 思いつくのは学校くらいだった。でも、夜の学校に行く気はしない。……いや、だってさ。出るかもしれないじゃん? 怖いってわけじゃないんだけど、どんな対応したらいいかわからないし。世間話でもしろっていうの?


 結局、僕は家の近くの公園に来ていた。治安維持のためにここはずっと街灯が消えない。

 朝のベンチに猫はいなかった。何もいない。どこにも誰も何もいなかった。少しほっとして、少し寂しかった。

 公園のベンチで寝る、ということに抵抗はあった。あったけど、他にどうしようもなくて、そこに体を横たえた。

 目を閉じると、今日の出来事が頭の中をグルグル回った。それまで少なからず眠気を感じていたのに、目を閉じると妙にいろんなことが気になって寝むれなくなる現象。それでもやがて睡魔はやってくる。必ずやってきてくれる。それはとても安心できることだった。

君の手を 第6章

≪第6章 完≫

君の手を 第6章

  • 小説
  • 短編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-09-13

Copyrighted
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