先生は右利き
台風が過ぎ去ったある日、先生の家を訪れる用事があった
先生のことについて語ろう。偏食家であり、引っ越し魔であり、風呂に入ったら二時間は出てこない。加えて先生は右利きであった。
一般的な利き腕の話ではない。先生に言わせると、この世の森羅万象は右が優位であるらしい。「優秀な部下のことを右腕という。逆に悪いところへとばされることを左遷と言うし、時計の針は右回り。常に未来は右へと開いている。だからわたしはどんな時でも右を選ぶことにしているのだ」という口上をわたしは幾度となく聞かされた。
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台風が過ぎ去ったある日、先生の家を訪れる用事があった。しかし先生はわたしの用事などどうでもいいという態度で、君は明日に来る予定だったではないかとまで言い放ち、昨日から止まってしまったという時計を前に困り果てていた。その懐中時計はいまどきネジ巻式というアンティーク品で、先生の気に入りであった。
ネジを回せばいいではないですか、というと、この時計は左ネジなのだと先生は忌々しげに言った。森羅万象、右側を愛している先生にとって左ネジを巻くことは唾棄すべき行為であるらしい。時計なのに時計回りでないなんて悪魔のような時計だ、とも言った。ではそのまま打ち棄ててしまうのかなと思ってみていたが、止まってしまった時計を見捨てることもできないらしい。時計は時間、人類の歴史が右へと進んでいることの証明として右回りをしているのだから、それが止まっていることは人類の進歩が止まってしまうことと同義であるという。進歩とは縁遠いはずの先生が、なぜそんな対岸の火事のことを心配しているのか疑問ではあったが、ひょっとしたら自分はまだ進歩できると思っていたらどうしよう。かわいそうだと思った。
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結局先生は時計を前にウンウン唸っているばかりだったので、業を煮やしたわたしは明日に用事を延ばし帰ることにした。
「外は嵐だから気をつけて帰りたまえ」と言われて、はじめて外が嵐であることを知った。台風一過の晴天は一転して荒れ狂っていた。先生はわたしが傘を持っていないことに驚いたようだったが、現にここへくるまでの道中、雲一つない晴れ空だったのだ。傘など持ち合わせているはずもなく、先生に傘を借りて表へ出ると、そこには嘘のような晴天が待ち受けていた。
目まぐるしく移り変わる天候である。嫌な予感がしたわたしは、先生に傘を返すついでに、先生のような偏屈な人間でも左巻きのネジを巻くことができる、ある方法を伝えた。先生は、なるほど試してみようと言って嬉しそうに笑った。その際、先生の部屋の窓から見た外の様子はやはり嵐だったような気がしたが、気のせいだと思っておこう。よもやあの部屋だけ昨日のまま時が止まっているなど、おとぎ話もいいところである。
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深夜、あまりに星空が綺麗だからという歯の浮くような理由の長電話に苛立ちつつも嵐が止んだらしいことに少しほっとしたが、やはり苛立ちのほうが強かったので、先生には男色の気が芽生えぬうちにわたし以外の知り合いを作っていただきたい旨を申し上げていい加減に電話を切った。
先生の時計は無事にネジを巻かれ、再び時を刻み始めただろうか。時計回りが右回りだというのだから、その言葉の通り。ネジは回さず、時計のほうを時計回りに回せば良いのである。
++超能力者++
先生
ESP:「右」を選ぶことで物事がうまくいくようになる
先生は右利き
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