「バカ×天才と彼女の約束~太郎の三日戦争~」

「僕は、天才だ!」

僕はそう宣言する。
――そこは教室の中、たくさんの机が並んでいて、そこには同じ服を着た生徒たちが座り、前には教卓、黒板の前には先生が立ち、その右後ろの方に座る、ある一人の男子高校生がいた。
机に肘をつき、アゴを手の上にのせてそんなことを宣言する。
(なんて…、もちろん頭の中だけで、声には出さないように…)

自分が天才なんていきなり言う奴は、普通、天才ではない。
それは多くの人が、認める周知の事実だろう。
天才は、時代を超え、人に認められて天才になる。
だけどまだ人には認めてもらえないとしたら…。

しかし、僕にはわかる。
僕は、自分が天才であることを。
なぜ、そんなことがわかるかって?
それは、他人に認められてないだけで、僕がどんな人間かを知れば、天才だとわかるはず。
僕は、自分で自分が天才であると気付いた時のように。
だとしても否定する人は圧倒的に多い…。
まあ、どんなことにも否定的(批判的)なことを考えたり口にしたりする人がいるのは世の常であろう。
実際に、僕の周囲の人も否定的だから…。
――その中には、『天才だなんて、それはお前の勘違いだ』と思った人もいるだろう。

でも、ちょっと結論を出すには早計なのだ。

もちろん信じたくない人は信じなくてもいいのだ。
信じたくない人は、僕の事を『自称天才高校生』とでも呼んでくれればいい。
呼びたくないって?まあいいや…。
好きに呼んでくれ。

確かに、今の世の中、なかなか信じてもらえないのは百も承知だ。
『そんなに自信があるなら、その根拠を出せ』と言われるかもしれない。
実際に、親に自分が『天才だ!』と主張することがこれまであった。
僕の親は、それに対して『証拠(根拠?)を出せ』というのだ…。
裁判じゃないのに…。

――では、天才の根拠とは何だろうか?
それは時代や環境によって常に異なる。
さまざまな状況・時代に天才は実在していたのだから…。
だから、ただ唯一の天才の基準なんてものはないし、それを示すのは無理なのだ。
そう…。
共通なのは、天才が普通ではないということだけ。
それは、僕がどんな人間なのか知らなければ、わからないのだ。
だから、これから知ってもらいたいと思う。

ただ…。
僕は、多くの人が想像するような天才ではない。
たぶん、天才の定義(と思われているもの)に、僕の天才は当てはまらない。
それはつまり、凡人でも天才でもない「天才」なのだ。
矛盾しているように思うかもしれないが、そんなことはない。
少し説明しよう。
凡人は、天才ではないその他一般(よく言う世間一般というやつだろうか?)
普通に生きて普通に死んでゆく。
社会に逆らって生きたりはしないのだ。
そこには、それぞれの人生の紆余曲折があったとしても。
ある…、似たような生き方をする。
天才は、それとは違う…。
状況によっては、それがカリスマと称されるが、確かにそれも天才の一つだ。
過去の天才といえば、アインシュタインやレオナルド・ダ・ビンチなど思いつくかもしれない。
自然科学系(一般に言う科学)なら、研究をしながら発明や発見をし(相対性理論)、数学なら定理や難問の証明・発見(最近では、フェルマーの最終定理やポアンカレ予想の証明)、
文科学系ならば、過去の哲学者(デカルトやカント)や文豪(偉大な作家)なども含まれるだろう。
他にも、音楽や絵画などの芸術家たちといった独特の感性によって称される天才、
スポーツなどのように、自らが生きる環境と努力が必要となるものもあるだろう。
スポーツは、それに出会わなければ、いけないことも、僕が天才ではないと思われる理由なのだ。
こんなにも、天才と呼ばれている者はたくさんいるし、分野も様々だ。
――挙げたらきりがないのだ。
そして、そのどれにも僕は当てはまらないと、断言しておこう。
いや、当てはまってはいけないのだ。
それが意味するのは、何かの天才ではない天才なのだ。
この表現では分かりにくいかもしれないが、そうとしか言えない。
例を出せば、ゴッホやベートーベンなどは、絵や音楽の才能があるが、僕には、『これ』というものがないのだ。
――今この世界にある、いかなる分野・領域によっても僕を計れないのだ。
『計ることができない』なら天才ではないじゃないかと思うかもしれない。
だから正確には、ないのではなくて、凡人とは少しずれているといったところだろうか?
それも手伝って、僕が天才であることが言葉ではなかなか伝わらない。
どうすれば『僕が天才と分かってもらえるか?』を考えてきたわけだが、
そろそろ限界(?)が来たようだ。
なので、もう一度宣言しよう。

「僕は、天才だ!」

―――そんな風に、頭の中で一人問答をしていると(この時点で変わっている奴だとお分かりだろう)、どうやら授業中だったらしい。
前からクラスメート声をかけてくる。
「あんた、ブツブツうるさい!」
そう言うと、また黒板に目を戻し、授業のノートか何かを取っている。
声をかけてきたのは、同じクラスの僕の前に座っている女子だ。
女子だというのは声でわかった。前に女子がいるというのも、いつもこれで気がつく。
男にはない――あの声変わりで変わってしまう前のまるで澄んだ声とまではいかなくても――言葉では分からない直感で女だとそう感じさせる声。
顔はこれまで見たことがないし、これからも見るつもりはなかった…はずなんだが。
僕は、顔を覚えるのが基本的に苦手だ。
(覚えられないわけじゃないが、見ても思い出せないのだ)
だが、そもそも顔を覚えることに興味などないのだから。
確か…、
前の席の女子の名前は…、
…忘れた。
総じて、クラスメートには興味がない。
もちろん、高校2年に進学し、新学期が始まって一カ月。
新しいクラスで、まだ始まったばかりなのだから、名前など知らなくても当然?と思われるかもしれない。
だが、そこは問題ではない。
高校一年のとき、一年間も一緒にいて、クラスメートの名前は、一人しか覚えていない。
それも、苗字と名前が全て正確にというわけではない。(音の響きを覚えてるといったところか――最初の文字が出てこないのだが…)
だから、なんとなく覚えている程度だ。決して忘れたわけではない。
ただ興味がないのだ。

ではせっかくなので、もう少し話(思考)にお付き合いいただきたい。そんな感じでまた思考を始める。――なんて前の女子に言われようと懲りない奴なんです。
『いかに僕が何者か?』ということを…。
『いかに僕が何者か?』なんてかっこよく言ってみたりするが、ただの自己紹介だったりする。
僕は、鈴木太郎。
なんと普通の名前だろうか。
読み方ももちろん、『すずき たろう』と普通だ。
これは天才につけるべき名前ではなかったと、名前の事を考えるたび、後で、親が後悔する顔が思い浮かんだりする。
高校2年生で、高星学園というところに通っている。
もちろん、とび級ではない。
そのため、歳は十六歳。
『日本には、飛び級の制度はない』
あえて言ったのは…以前、親に飛び級があっても、『あんたじゃ無理』と言われたからだ。
もちろん海外に行けばあるわけだが、一度もスカウト(?)が来ないのを僕は不思議に思っている。
自分から海外に行くには、アルバイトしたりしてお金も工面しなければならず、アルバイトの面接なんか受けた日には、受けた先から全部に落ちるというギネス記録に載るんじゃないか?という偉業を成し遂げる経験をしたため、もう諦めた。
天才を雇うだけ、企業や小売店などなどの雇い先は、あまり天才を欲していないとその時知った。
僕にとっては、なんと日本の労働は、狭くて息苦しいのだろうか…そんなことすら考えてしまうほどだ。(ただのアルバイトでも興味があれば僕は真剣にこの事態を考えるのだ。)
親には、海外の学校に行くなんて無理だと思われているので、費用をわざわざ出しくれるとは思えないし、実際に困難だろう。
何らかの援助や推薦がなければ…。
こんな感じで、天才も苦労するものなのだ。
いや違う。天才も同じなのだ。普通となんら変わらない悩みをもつ。
それどころか、優秀(勝ち組という奴だろうか?リア充というのだろうか?)な人よりもより近い悩みを…。自分を認めてもらえない、この何とも言えない感覚。
僕を評価してくれるような評価基準は日本どころか世界にも現存しない。
僕を天才と認めてくれる評価は、どこにもない…。
なんで僕の事を分かってくれないんだろうか…日本…いや、世界は…

では今通っている高校の事も少しお話したい。
高校には、行きたくなかったが、仕様がなく通っている。
母親が行け行けうるさいのだ。
それも…少し偏差値の高い高校だ。
(入るのに僕の学力は関係なかったせいだ…。)

では、僕の家族の話もしておこう。
僕の家は、僕自身が天才であるのと対照的に普通だろう。
父親と母親、妹が一人の4人家族。
核家族なんて言われる今では普通の家族モデルだ。
父はサラリーマン(たぶん…)で、母は専業主婦(いつも家にいるし…)。妹は、中学生だ。
まさに普通で平凡な家族だ。
普通でないのは、妹のあの一つの側面くらいだ…。
家は一軒家、もちろんローンでの購入だろう。
あと忘れてはいけないのが、犬を一匹飼っているということくらいかな…。
そして、育った環境も何か特別なことはないはずなので、普通だ。
ここまで普通で平凡な環境にいながら、なぜ天才が生まれたのか分からないが、多分、誰にもわからないことだろう。(そう言うしかない…。)

ところで…。
よく普通の人が気にするのに、『友達がいるかどうか?』というのがある。
中学・高校が青春の真っただ中だと考えている人(ほとんどそうだろう)は、気になることだろう。
それについては…、
自分でいるかどうかわからない。
自分に友達がいるかどうか(多分いない…)。
僕には興味がないのだ…。
友達がいるかいないか。
いるなら何人いるのか。
いないなら、どうすれば友達ができるのか。
でも友達って何なのか定義が分からないが…。
だが、どれもこれもどうでもいいことだ。
これは強がりでも、あきらめでもない。
――事実なのだ。

もう一つ、人が気になるのは、『彼女、もしくは好きな人がいるかどうか?』だろう。
もちろん彼女はいない。(実のところ、彼女とか恋人とかのはっきりとした定義をあまり知らないのだが、たぶんいない…ドラマでなんとなくはわかるのだが、恋愛に関する用語は、曖昧なものが多くて、うまくとらえられないのだ)
そして、好きな人は、現在はいない。
『現在は』というのは『過去に居た!』ということだ。
これは意外だと思われるだろうか?
当然だと思われるだろうか?
ただ…、
過去に『好きな人がいた』というのは、正確に言えば違う。
そう勘違いしていたということなのだが、好きの定義の問題だったのだ。
まあ、この話はまた今度に…。
だが、そんなことにすら今は興味がないのだ。
いい加減、『興味がない』というのは聞きあきただろうし、僕も「限界」が来たようなので、ここで『いかに僕が何者か?』は終わりにしたいと思う。
だが、何度もひつこいかもしれないが、僕についての基本的な説明は正直どうでもいいのだ。
もっと知りたいという人は、いないだろうけど、居たら我慢してもらいたい。
僕についての余分な説明より、重要なのは、

「僕は、天才だ!」

ということだけである。
頭の中で再び宣言する。

すると、前からまた同じ女子が、
「だから、うるさいって言ってるでしょ!」
と、すごく黒いオーラをさせつつも、授業中ということもあり小さな声で振り向く。
(別にオーラを見る天才ではないが、そう直感するのだ)
もう僕の説明は終わっていたからよかったが(考えることをやめることはできないのだが)、
これ以上うるさいと殺されかねないようなオーラが見える…。
まるで…鬼だ!
そう考えていると、
「ウ~ウ~」
こっちに向かって、彼女は変な唸り声をあげている。
それに合わせて、オーラは強くなる。
だが、放っておく(無視する)とその内こちらに向くのをやめ、前を向いて、彼女は再び授業に戻っていく。
僕は、あることに、少し違和感を感じていたものの、興味はなかったので、そのことについて、この時はまだ考えて、いなかったのだ。

――僕は常々、疑問に思っている。
なぜ、学校に来ている生徒たちは、興味もない勉強に、これ程の時間を使うのか。
(この高校の偏差値はけっこう高く、勉強に真剣な人が多い学校ということもあるが…。他の高校はどうなんだろうか?)
この、前の席の女子もそうである。
なぜそんなに授業を真剣に聞いているのか。
僕にはわからない。
僕の場合は、『行け』と言われたからしょうがなく言っているだけだというのに。
(授業に興味がないというのもあるが…。)
中学三年の時、僕は『天才だから高校にはいかない』と『進路希望調査』の紙に書いて、次の日、親ともども、僕は呼び出しをくらったことがある。
その呼び出された場(応接室かどこかだった気がする)では、
『東大、それがだめならハーバードでもいいけどね』
などと、親の前で、先生に、とんでもないことを提案した覚えがある。
先生には、当然、
「それは無理です」
と一蹴された。
「だったら行かない」
と突っぱねると、親は、どうやら先生の前で気品よく振る舞うつもりだったのだろう。
いつも家で取る態度とは明らかに振る舞いが大人しかった。
上品な笑い方で、
「この子ったらまったく。オホホ、ホホ…」
などと、なんて気持ち悪い。
だから僕は、
「母よ、その笑い方、気持ち悪いから止めてくれ!」
『母(ハハ)』とは、母親の呼び方だ。
そう言ったことにカチン。
母の背後から、どす黒いオーラが見える。
ついにしびれを切らしたのか、
「高校にいかないなら、家を追い出すわよ」
と背筋が寒くなるような低い声で言われ、
「はい、行きます…」
仕方なく了承したのだ。

あのときは命の危険すら感じて、本能的に了承したといった方が正しいだろう。
ではどうしてこの高星学園なのかは…そろそろ限界のようなので、また機会があれば話すとしよう。

それが、僕が高校に通う理由…。
ほんとにどうでもいいことだ…。
すると鐘が鳴った。
そして、すぐにホームルームが終わり下校となった。
クラスの人々は、皆教室を後にして、僕一人だけが残る。
とても静かだ。
誰もいない教室は。
みんな塾やら家庭学習やら習い事で忙しいのだろう。

――しばらく教室にいて、
「帰ろう」
僕も帰ることにした。
残ったことに意味などなかった。
ただいつもの習慣で残ってから帰るのだ。
何かを期待しているわけでも、何かを待つわけでもなく。
ただ、そうしたいから…。

家へは徒歩通学だ。
歩いていける距離だ。
家に帰ると、もう夕飯の時間で、家族全員でご飯を食べ、風呂に入り、寝た。
朝は、登校時間ぎりぎりに起き、チャイムとともに教室に入り、興味のわかない授業がまた始まり、そしてまた下校の時間が来る。

ここでしびれを切らした人がいるかもしれない。
『どこが天才なのか?』と。
『授業に興味がないとか、どう見ても今時のやる気のない奴じゃないか』と。
ここまで来て、僕が天才であることに疑問を持った人も、もともと疑っていた人も
「あれ?」
と思うかもしれない。
なら仕様がないので、先に高校一年の時の通知表を見せよう。
この学校は三段階評価で、「良・普・悪」の三つがつき、上から良い順番となる。
そして優秀な人は全部「良」がつく。
では僕は天才だから、優秀(勉強のできる人のことを総じて優秀とか秀才と呼んでいる)と同じ全て「良」と思った人もいるだろう。
でも違うのだ。
『いやそれはそうだろ。授業聞いてないんだから』と思った人もいるだろう。
僕の成績はじゃあ…何だろう。
クイズみたいなノリの人は、
じゃあ「普」?と聞こえてきそうだが、
――体育以外、全て「悪」だ。
これはゆるぎない事実。
家に帰れば、確認できる、厚紙の紙切れ一枚にそう書いてある。
『何それ?天才じゃなくてただのバカじゃないか』
と思った人は半分正解だ。
実際、天才は、学校の勉強とは関係ないとよくいわれる。
僕は正直勉強はあまりできない。
というか、テストで点を取ったり授業の内容を覚えることに興味がないのだ。
常に赤点。
だが、僕は天才なのだ。
何が、これまでの天才と違うかといえば、以前の説明を繰り返すと、今ある何か一つの天才(何か一つの分野を極めた天才)ではないということだ。
音楽も絵画もどれ一つ極めてない。

では、話の続きだが、ただのバカでは半分正解。
じゃあ、残りの半分はといえば、
「『天才ではなくバカ』なのではなく、『バカなのに天才』なのだ」
最初に言わなかったのが悪いのだが、僕は全くと言っていいほど「優秀」ではない。

昨日の話の続きとなるのだが、
この高校には、一芸入試で入れさせてもらった。
入ってから聞かされたことだが、自分を「天才」と言っている「バカ」がいるというのが受けたらしい。
一応の国立高校なのだ。
私立のAO入試を国立の入試へ導入するのと時期がぶつかって、それが理由だ。
試験では落ちていただろう。
親は奇跡が起きたと言っているほどだ。

ではなぜ、僕が天才だと気付いたのかといえば、普通のバカは、僕がやることをしていなかったということだ。
そもそも国立高校を受けたのは、ここら辺の地区で最も偏差値が高かったのが、家から近い星学園だったのだ。
僕は何かあるたび(ほとんど『バカ』と言われるたび)、『僕は天才だ』と言い返してきたことが発端だった。
親は、バカでも行ける高校を探していたらしいが、あまりに僕が自分のことを天才だと称するから、わざと受からない高校を受けさせることにしたらしい。
落ちて、あんたは天才なんかじゃないと言いたかったのだろう。
僕も正直受かるとは思っていない。
自分が「天才」ではあっても「優秀」ではないと知っていたからだ。
だが…受かってしまったのだ。
なぜ受かったか、本当の理由は知らない。
面接でギャグみたいに試験官に受けた程度で受かるようなレベルの高校ではないのだ。
もちろん僕が天才だということが認められれば良かったのだが、面接の前にあった2教科の試験、英語と数学はひどいものだった。
限りなく0点に近いはずだ。
なにせ、決められた問題に対しては真剣に解答してないからだ。
誤解のないように言えば、僕は真剣だったが、採点者からみれば真剣とは思われない解答になっていたのだ。
全ては覚えていないが、
英語の問題に英語による解答がなかったり(数字や日本語や謎の記号で全て解答した)、
数学もそうだが、
記述問題の例を挙げると、

以下の式のXとYの解を求めなさい。
とあって、~
問題となる方程式が~と書かれてあった。
それを解いて普通は解答するが、
解答用紙には、
それがなぜか、

X=158(味噌)
Y=92321(薄い)

と解答したほどだ。

この数字の羅列は僕のつくったオリジナルの暗号だ。
試験の答案用紙にした解答の数学は、全て同じように答え、
僕がさっきまで興味のあったことや新たな疑問について出た解答を数字の暗号で答えたのだ。
ちなみにさっきの問題は、『どうして朝食べたみそ汁の味は、昨日と違うのか?』という疑問をかなり真剣に、試験会場に来る間のわずかな間(家から車で数分)に考えていたことが原因だ。
そして、味噌が普段より薄いことが解答の意味であった。
母親に直接聞けないこともないが、まともに相手をしてはくれないのを経験則ですでに知っているのだ。
こんな一見ふざけた解答をしていた。

――にもかかわらず、合格したのだ。

こんな解答をしているため、補欠で受けていた簡単な高校には全て落ちていたことは言うまでもない。(そもそも高校一年から二年に進学できたのは僕の中で最大の謎となっている…天才と気付かれてないというのに…)
バカな学校には落ち、優秀な人だけの受かる学校に受かったのだ。
すなわち、この高星学園も落ちていたら、めでたく高校には通わないとなっていたわけだが…。
合格した…ではなく合格してしまったということなのだ。
親(特に謀っていた母)は驚愕の表情をしていた。
しかし、『奇跡が起きた』と言って、僕を天才だとはまったく認めはしなかったが…。
それにしても、もし高校全てに落ちていれば、さすがに、母親も高校にはもう行かせようとしなかったかもしれない。
いや違うか…浪人生という最悪な状況にもなっていたであろう。
中卒という道もなくはないだろうが…。
落ちていて、また来年高校に行けなんて言われても、そんなの御免だけどね…。


僕が、自分を天才だと気付いた時の話をしよう。
僕が天才だと気付いたのは、結構遅かったのだが、中学二年の冬だった。
もっと早く気付くべきだったのかもしれないが…。
おそらく、普通の人なら気付いていただろう。
――当時、今と同じように、授業がつまらないというか全く興味がなく、聞いていなかった。
その代わり、さまざまなことを考える癖があった。
小学三年生の時には、
「どうして授業をしているあの先生(女)は、黒縁めがねをかけているのか?」
という、心底どうでもいいようなことを真剣に考えていた。
ちなみに、これを考える前は、戦車やらピストルなどの武器、挙句の果てに透明人間(透明になる迷彩服のようなものを着た人間)についても考えていた。
テレビのSFドラマで昨日やっていたのを今頃思い出して考えていた。そのため授業の話も聞いてないし、ノートも取っていない。
気付いたかもしれないが、僕はテレビもよく見る天才なのだ。
それで、なぜ眼鏡をかけていたのかは、ある一人の生徒が質問して知った。
「目が悪いわけじゃないわ。ただこれをかけているとカッコいいでしょ」
その質問に先生は、生徒たちにそう答えた。
黒縁めがね、それがカッコいいからという勘違いはこうして生まれたのだ。

本題に戻すと、まだ中二の冬までは、誰かしらが自分と同じようなことを考えていると思っていた僕は、同じようにさまざまな思考をすることによって、いろいろな難問(普通の人はどうでもいいと思う疑問だ)に対し、解答を与えてきた。
そう。
普通なら、どうでもいいと考えすらしないことを…。
でも、もしかしたら、
『誰かが同じ解答(どうでもいい疑問を真剣に考える)をしてるんじゃないか?』
と思いながら…。
それが間違っていたことに気付いたのは、何度も言うように中二の冬であり、その前ぶれは、その年の秋にはもう始まっていた。

僕は中学の文化祭が終わった日、いつものように、下校時間を過ぎても、すぐには帰らない習慣を続けていた(これが今も続いている)。
普段なら誰も残らないが、その日は文化祭ということもあり、多くの、しかも女子が残っていた。
その日、僕は「好きな人」ができた。
というか、ある一人の女子(のあるもの?というかある行為?)に興味を持ったのである。
そう。
さっきの話のように、『なぜ眼鏡をかけているのか』というのと同じくらいの「興味」だった。
――なぜ「興味」なのかといえば、「好き」というのは後で同じクラスメートに気付かされて初めてわかったのであり、その当時は、まだその「好き」の意味に気づいてなかった。
ある生徒が言うには、僕の興味を持ったその女子はきれいで知的に見え、男子には結構注目されている一人なのだという。
その興味を持った女の子は、髪はロングで、日本人形みたいなつやのある黒髪。
顔は整っていて、鼻筋がすっと通っている。
その人のことは、分かりやすいように、あかりさん(仮)と命名しておこう。
正直に言えば、名前は忘れた。
そのあかりさんに興味を持ったきっかけは、またしても眼鏡だった。
断わっておくが、世に言われる眼鏡フェチではない。
別に眼鏡が好きとかそういうことでもない…。
話に戻ると、
赤いフレームをした眼鏡だった。
「なぜ眼鏡をかけているのか?」
というのは、まずいつものように、ふと興味を持ったからだ。
普段は(これまで、隣の席にいても)、疑問を持たなかったのに…。
そしてこの疑問はさらに、
「なぜフレームが赤いのか(赤ぶち眼鏡なのか)」について考えていた。
そのとき、僕は教室に残っていて、ちょうどあかりさんは隣の席だった。
もちろん最初、名前は知らなかった。(どっちみち、今となっては覚えていないが…)
隣の机で眼鏡をかけだしたあかりさんは、どうやら手紙か何かを書いていたみたいだった。
その手紙を書く少しの間、僕は眼鏡のフレームの事を考えていて、手紙が書き終わる頃にはある一つの解は出ていた。
普段なら、絶対に自分の疑問に対する解答は確かめなかった。
小学生の時もそうであった。
そもそも確かめられる解答ではないことも多かったのだ。
ところが、今回の疑問は、すぐに解答が出た。
普段なら口に出して解答を言うこともない。
しかし、その日は何か血迷ってしまったのだろう。
言ってしまった…。
解答を…。
僕は、隣の席に向かって。
まさに今、立ちあがろうとしている、あかりさんこと赤ぶち眼鏡の女の子に向かって。
声をかけた…
「あっ、あのっ」
普段、人に話しかけることがない僕は、緊張しているのだろうか、うまく言葉をかけることができなかったが、
あかりさんは、
「なに?」
と手紙を体の後ろへ隠しつつ、何か驚いた動きをし、どこかへ行くつもりだったのか、僕の呼びかけで目前で制止したまま、彼女はつくり笑顔で聞き返してきた。
「あっ、あのっ、あかりさんが赤ぶち眼鏡をかけているのは…」
言葉がつまる…。
ロクに、家の女の人以外に話したことなどこれまでないに等しい。
「はい…?」
こっちの声を聞きいるようにして、首をかしげるあかりさん。
ロクに話したことのない人に、話しかけられたのだから当然の反応だろう。
僕は、うまく動かない口でもなんとかしゃべろうとする。
「赤ぶち眼鏡をかけているのは…」
教室の自分の周囲の空気だけが張り詰めるような感じだ。
周りの人たちの会話は、そのせいで聞こえない。

もう一度繰り返して、

「赤ぶち眼鏡をかけているのは…、――『美人』だからですか?」

と少し大きな声になって聞いてしまった。
なぜこのような解答を出したかといえば、先ほど話した小学校の時の眼鏡の話があったからだ。
黒ぶちは、カッコよく、そして男の要素を持つ。
あの『カッコいい』から、眼鏡をかけるという理屈だ。
ならば、赤は『美人』で女の要素を含むためではないかという推測によって解は成り立っていた。
詳しくは忘れてしまったが。
「えっ?」
と驚いたような声をもらし、
「美人…」
少し照れたような表情になり、だんだん顔を赤くしていく。
「私が…」
あかりさんは、真意を聞きたいという顔をして、
「それってどういう…」
と問いかけたところで、

「ガタッ、バタ、タタタタタ…」
僕は一目散に走って教室を抜け出す。
必死にその場から逃げるようなバタバタした変な走り方で。
教室にいた人たちは、何事かと注目するのもお構いなしに…。
僕は、取り返しのつかないことをしててしまった。
それは、
――恥ずかしさのあまり、逃げてしまったことだ。
考えるより先に行動してしまったのだ。
なぜかはすぐにわからなかった。
そんなものだとしか言いようがないみたいに。
僕みたいな天才でもそんなことは起こるのだ。
しかし、僕の場合はそれに自覚がない。
うまくごまかしたり、ということはできない。
人間関係(特に女性)には、興味をあまり持たなかったからだ。
そして何よりの失敗の原因は、逃げてしまったことで、疑問への解答を本人から聞きそこなってしまったということだった。
せっかく解答を確かめられるチャンスでもあった。
でも、それより…何かを口にしようとしていたあかりさんを置いて出てきてしまったのだ。
そして初めてだった。

――同じ疑問に何カ月も興味を持ったのは…。

ここまで話して、疑問をもたれたかもしれないが、どうやって自分が天才と気付いたのかだ。
おそらくこの話の最後には分かってもらえると思うが、理由は簡単だった。
なぜ自分が天才か、つまり、他の人は考えず、自分だけがこれを考えているかがわかること。
それには、同じ疑問に何カ月も興味を持っていないと判明しない事柄だったのだ。
同じ疑問を長い時間、興味を持つことで、他の人が同じことを考えているのかを検証できるのだ。
では話に戻ろう。


そんな出来事の次の日の朝。
いつも通りぎりぎりに教室につき、つまらない授業が始まる。
しかしその日は違った。
その授業という暇な時間は、さまざまな疑問に解答を与えるのが習慣だが、その日は、一つの疑問しか浮かばなかった。
「なぜあかりさんは、赤ぶち眼鏡をかけているのか?」
という解答がすでに出たはずの疑問だった。
普通ならば、『もうどうでもいいか』と考えることを…。
いつも解答が出るころには、自然に興味もなくなり、検証もなしとなる。
しかし今回は違うのだ。
いつもと何もかもが。
突然だが、人は興味があることに目が行く。
簡単な例をあげると、好きな人の場合がそれだ。
目で追ってしまうという現象。
そうじゃないという人もいるが、その場合、本当は見たいが見ないようにしているだけだ。
それと同じような行動…。

僕は、あかりさんの眼鏡をつい見てしまうようになっていた。

授業には当然興味がないので、毎日、毎時間、眼鏡を追ってしまう。
ここだけ話を聞けばやっぱりお前『眼鏡フェチだろ』と言われそうなくらいにだ。
僕は、人の好き嫌いや恋愛という事象について考えたことは、これまで、あまりなかったため、その行為が、普通は何を指していて、どういう意味を与えるのかを知らなかった。
この場合は当然、普通に見れば「好き」という行為に見えるわけだ。
眼鏡を見ていると、目の付近であるため、目がたまに合ってしまうことがある。
すると、僕は恥ずかしさを、あの時と同じように持っているため、目をそらす。
その行為は、まさに「好き」だから見ていて、目が合うとそらしてしまう『片思い中の人』みたいな行為をとっていたということになる。
このときあかりさんは、僕のことをどう思っていたのか分からないが、不思議には思っていただろうか。
性格の悪い人なら、『何、あの人気持ち悪い』と思われてしまうかもしれない…。
意味不明なことを突然聞かれ、その後、じろじろ見られるようになったのだから。

 そうして一ヶ月くらいたったころ、ある噂を聞いてしまった。
というか話自体を直接聞いてしまった。
(これは、一か月見続けていたことを示す。)
いつものように帰るまでの間、教室に残っていた僕は、廊下を歩いて話している女子二・三人の声が聞こえてきた。
聞くつもりはないが、聞こえてきた。
そしてどうやら、同じクラスの女子とあかりさんだ。
注意深く聞かなくても聞こえるような大きな声で。
少し高い声をした女子が、
「そいえば最近、太郎君ってあかりを見まくってるよね~」
それに対し、もう一人いるようで、少し低い声の女子が、
「あれ絶対、あかりに気があるよね~」
と噂話というか、よくある(?)会話が聞こえてくる
するとあかりさんの声がして、
「そんなことないって……」
軽く聞き流して、否定している口調だ。
どうやら廊下の正面にある掲示板に、先生が何か掲示物を張るように頼まれたようで、声は教室の長さの廊下の真ん中で止まったまま会話している。
「いや絶対そうだから」
「だって前にも美人って言われたんでしょ」
二人の女子は、あかりに聞いてくる。
以前『美人』だとつい言ったのはどうやら、知られてしまっていたらしい。
「違うんだって。あれは…」
何か特別なこがあるわけじゃないということを言いたいかのように。
この話は、あかりさんにとって、乗り気じゃないといった感じだ。
すると、女子二人(友達?)は、少し口調が変わった。
ホント突然だった。
女子は不思議だ…。
「でもあいつ、最近ちょっとひつこいよね」
「ていうか目がいやらしい」
「見ることしかできない、今はやりの草食男子ってやつ~」
何かすごいこと言い始めた、というか話の切り返しが早い。
穏やかな女子の会話から、何かブラックな会話が唐突に始まったのだ。
女子の裏側の性格を垣間見た瞬間のようだ。
「なんか見た目もぱっとしないし、地味で、ちょいキモって感じだよね」
「あんなんじゃ、あかりも迷惑でしょ?」
二人の女子は、交互に僕の悪口を垂れた挙句、あかりさんに同意を求め始める。
「そんなことはないけど…」
少し声を下げて言う。
さっきから、同じようなことしかあかりさんは言ってないな。
どうやら、あまり仲のいい友達というわけでもなくといったところなのだろうか?
と友達がたぶんいない僕は当てのない予測を立てる。
その後、再び足音が聞こえてきて、
――どうやら、掲示が終わって、戻っていくようだ。
「少しくらいは、そう思ってるんでしょ?」
会話がまだ続いていたようだった。
するとあかりさんは、
「キモいとかじゃないんだけど、『どうして?』とは思ってるかな…」
すこし、元気がなさそうに聞こえたその声は、疑心半分・謎半分といったところだ。
この会話から、あかりさんがどんな人なのかは、分かる人も多いだろうが、あまり自己を主張しない人らしい。言いたいことは、自分の胸の中にしまい込むというあれだろうか?感情的になるのは、今のところ、まだ見ていない。
それでも二人の女子たちは、
「わかってるくせに~」
などと茶化している。
それ以降の会話は歩いて行ってしまったようで聞こえなかったが、
「なんだったんだ?」
この会話は何だったんだろうか…。
この時の僕には、なぜあんなことになるのか予想もしていなかった。

そして十一月が終わり、二か月が経ったころ、どうやら僕の好きな人はあかりさんということが多くの人に知られていた。
それはしょうがないことであった。
噂になるのは時間の問題…。
僕の場合は悪気もなく、ところかまわずみているからだ。
二か月もの間…。
毎日じろじろ見て、『なぜ赤ぶち眼鏡をかけているのか』考え続けていたのだ。
解答は正しかったのか、何度も解きなおした。
そのころには新たにいくつもの解答が生まれていた。
「あれは、ホントは何かの兵器ではないのか?」とか、
「実はあの眼鏡は、天才子供探偵のようにレーダー機能が付いていて、追跡できるようになっているんじゃないか」とか、
「赤いレーザー光線がフレームから出るのではないか」といったように、
普通なら『お前バカだろ』と言われそうな解答まで出てきていた。
まあ、『バカ』なんだけどね。
あまりの解答の多さに頭が混乱しているのも確かだった。
これまでそんなことがなかったのだから…。

・あかりさん(の眼鏡)のことしか考えられず
・いつも目で追っていて
・冷静に考えることができない

こんな状況自体が難問にすら見えたが、普段なら疑問は派生して他の疑問(『どうすれば男のイケ面になれるか』とか)に変化するはずなのに、今回はずっと
「なぜ赤ぶち眼鏡をあかりさんはかけているのか?」
の一つだった。
そして、十二月のある日、いつも通り、下校時間に教室に残っていると、一人の男が話しかけてきた。
どうやら、教室にいた僕以外のクラスメートたちが出て行くのを見張っていたところをみるに、他のクラスの人だろう。
それがあのたかし君だった。
たかし君は、唐突に話を切り出し、
「あかりさんが好きって本当なのか?」
と質問してくる。
不安そうな顔で僕を見て、その質問に答えるのを待っている。
そしてなぜか、そうだと肯定するのを待っているようにすら見える。
しかし、いまいち質問の意味がわからなかったので、聞き返してみる。
「それはどういう意味?」
と。
「だから、あかりさんに『興味』があるのか?って意味だ」
「興味?」
僕は疑問に思った。
あかりさん(の眼鏡)に。
なぜそんなことを聞いてくるのか分からなかった。
もちろんあかりさん(の眼鏡)に興味はあるのだが、なぜ知っているのだろうか?
その時はまだ知らなかった。
「そんなの当然あるに決まってるじゃないか!」
とあわてて答える。
すると、たかし君は、『思った通り』という顔になって、
「やっぱり好きなんだな…」
「好き…?」
僕はそう聞き返した。
「そうそう、好きなんだよね…あかりさんが」
僕は考える。
しかし疑問は浮かばない。
この間、ずっと『なぜ眼鏡をなぜかけているのか?』という疑問以外、疑問は疑問じゃなくなっている。
正確には違うのか…。
疑問に自分で解答を与えられないから、あかりさん(の眼鏡への思考)に直接関係ない余計な疑問は、勝手に脳が排除するようだった。

そのせいで、すんなり納得した。

・興味=好き

ということに。
「まあそう表現するなら好きだけど」
納得したような口調で答える。
「やっぱりそうなんだね。――あっ、自己紹介を忘れていたね。僕は、…、…、…でね、…、…」
たかし君は、自分の名前、どのクラスなのか?など自分のことについていろいろ話してくるが、そのどれもこれも、総じて僕には興味がない。
今、興味があるのは、あかりさんの眼鏡だけなのだから。
そして、たかしくんは、あかりさんが男子に『人気がある』ことを話す。
これは最初のほうに言った通りだ。

そして、最後に――、
「僕も好きなんだ!」
と少し声を大きくして、宣言してきた。
僕は、これまで考えてきた、『自分と同じことを考えている人は、やっぱりいるんだ!』という命題が正しいと、この時、勘違いすることとなった。
同じことを考える人は自分以外にもいるのだと。
自分は天才ではなく普通の凡人なのだと。
「そうか…」
僕はそうつぶやいた。
眼鏡の疑問が生じる以前、最大の難問だった、自分は天才か凡人かという疑問。
それが解決したのだ(この疑問だけは、どんな疑問の中にも派生して出てくる、いわゆる「行きつけの店」ならぬ「行きつけの疑問」みたいなものだった)。
今は別の疑問で喜びが半減してしまってはいるものの…。
すると突然、
たかし君は、語りかけてくる。
すごく熱心そうに。
熱血な人なんだろうか…?と思うほどに。
「ライバルだけどお互い頑張ろう。他に狙ってるやつはたくさんいるんだ。こうやってあかりさんについて話せる人が一人欲しくて…(泣)、そしたら噂を聞いたんだ。それが太郎君なんだ…」
「狙ってる?」
僕は、多分この時、変な所に食いついてきたと思われたことだろう。
しかし、「恋愛的な要素を含む語彙」はないため、何を意味するのかまではわからないのだ。
「そうだ。多くの人が狙ってるんだ!」
たかし君は、真剣だった。
恋愛的な要素ではない「狙っている」は、何かを奪おうとすることを示す言葉だった。
「『狙ってる』って、あかりさん(の眼鏡)を?」
と慎重な面持ちで聞くと、
「そうだ。だから太郎君も頑張ろう。たぶん…、俺は無理だから…」
少し顔を伏せて何かをあきらめたような言い方をするたかし君だった。
それに対し、僕にとって重要なことを聞く。
「いったい誰が?」
「分からないけど…、まあ、好きなやつはみんな狙ってるんじゃないかな」
正確には、誰なのかわからないらしい…。
「好きなやつが狙っているのか…?」
僕には、とてもじゃないが、強烈な話に聞こえた。
それはどういう話かというと、あかりさんを好きな人たちは、「みんなあかりさんの赤ぶち眼鏡を狙って奪いに来る」という話のことだ。(もちろん僕の勘違いだったと後でわかるのだが…。)
そして、それは常に狙われ続けているということに。
僕は焦った。
「それは大変じゃないか!」
と僕は驚いた表情で問いかける。
「そうなんだ。大変なんだ…」
と、たかし君はうなずきながら答える。
「あっ、そろそろ塾の時間だから帰るけど、お互い頑張ろう」
と、まるで友達と帰りのあいさつを交わすように、スタスタと帰って行った。
何だったんだ一体…。
にしてもすごい話を聞かされたことに違いはない。
その日、たかし君が帰った後、すぐに僕も帰ったが、
――これがきっかけで物語は急展開することになる。


次の日、僕は、あかりさんを後ろからつけるようになった。
なぜそんなことを始めたかというと、『狙われている』と聞いたからだ。
もし眼鏡が奪われたら僕にとっては大きな問題だからだ。
何が問題か?
それは、眼鏡がなくなると、考える対象がなくなり、疑問がなくなり、興味が消えてしまう。
それに対する恐れだ。
そんなこと想像しただけで、僕は耐えられないから…。
実際、僕の場合、考えるのをやめるのはきついのだ。精神的にも肉体的にも。
そうトイレを我慢するまさにそのような状況におかれたように…。

そして、後ろからつけるのが十二月の中ごろまで続いた。
この間、見張りを怠ったことは一度もない。
どうやら冬休みが始まるまでは、眼鏡を奪いに来たやつはいないので安心したが、
当然、同学年のクラスの生徒(特に女子)からは白い目で見られるようになった。
僕自身は、そうは感じていないのだが。
人を何か気持ち悪いものを見るあの目は、今にして思えば、そうだったのだろう。
僕は不思議に思ったが、疑問として真剣に考えられなかった。
『なぜ僕の方を見るのか?』と。
眼鏡も描けていないというのに…(眼鏡をかけていれば、僕と同じような疑問で見てくると思っていた)。
授業の時も四六時中、学校の中では、トイレの中以外全ての場所をつけていた。
そしてついに…、

―――「ストーカー」と呼ばれるようになった。
僕は、それでも彼女の後をついていく。
すると、こそこそと話をする女子が、
「また、あいつだ。ちょっとあれやばいよね」
「私、先生かに言いつけようか?」
「ダメダメ。関わらない方がいいよ…」
などと話す声が聞こえてくる。
そのころ、その呼び名である「ストーカー」に疑問が持てない(眼鏡以外疑問がわかない)ため、調べなかった。
調べるまで、「ストーカー」とは大切なものを守る人みたいな意味に思っていた。
彼女を守るようになってから、「ストーカー」と呼ばれだしたことが、そういう意味だと勘違いした最大の理由だった。
全く違うのだが…。
――知ることになるのはもっと後だ。

冬休みの明けた三学期の始め、「席替え」で、「とうとう来た」というか「ついに来てしまった」のだ。
あかりさんの隣の席から離れることになった。
この学校の席替えは、年に3回というなんとも少ないものだった。
そして…、どうしてあかりさんは席替えにうれしそうな顔をしているのか僕には全く分からなかった。
この席替えは僕にとっては、ちょっとつらいことでもあった。
もちろん眼鏡を授業中見ていられないからだ。
そして、狙ってるやつから守りにくくなることだった。
席は、僕が左の前の方。あかりさんは右後ろの最後列。
周りに結構男子が多いぞ…。
最悪だ。
もっと近ければ、ちらちら見えたが、ここまで離れていて、しかも後ろとなると、振り向くだけで大変だ。
これで守りきれるのか?

そして三学期は、冬本番という寒さとなる。
あいかわらず、周りの人が言うところの「ストーカー」は続いていた。
そしてとうとう本人に話しかけられる時が来た。
最高の…。
そして、最後の瞬間が近づいてくる。
その日、掃除が終わり、帰りまでにはわずかな時間がある。
清掃場所などから、清掃道具を片づけたり、ゴミを捨てたり、教室へ戻ったりするための時間だ。
そのため、多くの人が学校の中を歩き回る。

あかりさんは、教室の掃除当番なので、掃除道具を片づけ教室のゴミを学校の北側にあるゴミ捨て場に捨てに行こうとしていた。
僕は、教室からすぐのトイレ掃除だ。
ゴミ捨てに行くのがわかると、あわてて掃除道具を放り込み、荒っぽく道具入れの扉を閉めた。
そして、――後ろからつける。
噂で言うところの「ストーカー」だ。
すると彼女は、教室を出て靴に履き替え(僕もそれに続く…)。
だが、ゴミ捨て場がある方とは違う方向へ歩き出していた。
少しおかしいとは思ったが、守ることに変わりはない。
そして、知ることとなる。
それがうまくおびき出されたということに…。
彼女は、だんだんと校舎の裏側へと歩いていく。
清掃は終わり、他の人は逆に教室に帰っていくというのに。
そこには誰もいなかった。
僕は、物陰から見張っていた。
そして突然、振り向いたあかりさんが呼びかける…。(僕はそれを緊張した面持ちで見ていた)
「そこにいるんでしょ?――太郎君?」
「えっ」
つい声が出てしまう。
そして気付く。
僕をおびきき出していたことに。
――――僕は出ていく。
校舎の角を出て正面から姿を現す。
そこは学校正面から裏側の少し土の盛り上がっていて、この校舎の裏側という場所は教室から死角だ。
人気もないようだ。
「はい…」
返事をして歩いて近づいていく。
なぜ声をかけてきたか分からない…。
僕は、少しまだ距離があるが止まる。
彼女の前方数メートルの場所で。
すると話し始める。
「あの、ちょっと話があって…」
何か丁寧口調でありながら、何かに脅えるような不安感を感じさせるような声で、話し始める。
僕はすごく驚いた。
これまであの時以来、一度も話しかけてもこなかったあかりさんが僕を呼んだのだ。
「なんですか…?」
僕は答えていた。
不思議と勝手に。
たぶん、もう一度話してみたいと思っていたのだと思う。
でも一度も話しかけるきっかけはなかったし、隣の席だったのに、あかりさんは、事務的な用事以外は、近づいてもこなかったのだ。
そして席替えで席が離れてから、話してみたいという思いは少し強くなっていた。
「話というのはですね、………今のあなたについてです」
「今の…僕?」
今の僕の何について話したいのか、
――皆目見当がつかない。
「はい。」
あかりさんは、ゆっくりうなずき、
「――なんというかですね、…その…あの…。
彼女は何か言いずらい様子だ。
そして、何かを決心したかのような態度へと変わる。
そして口を開く。
「わ…、私の後をついてくるのは、やめてください」
僕はとっさに答えた。
考える間もなく。
「どうして?」
これは当然の疑問だった。
僕は、あかりさん(の眼鏡)を守っているのだから。
でも誰もそうは思ってくれていないのだろう。
直接会話したのがこれでまだ二度目なんだから。
それよりも、なんでこんなことを彼女が言ってきたか、もっと考えるべきだったのだろう。
「それは…」
少し困った顔をする。
それに続けて僕は、
「どうしてか分からないんだけど…」
それを聞いた彼女は、頭の中の何かの線が切れたような音をさせて(気のせい?)、
「迷惑なんです!」
大きな声で言った。
初めてだ。
あかりさんが声を荒げるのは。
普段からは考えられないことだった。
少し虚を突かれたようになったが、それでも僕は後をつける理由を弁解する。
「だって…、君を守っているのに?それなのにどうして?」
さっき考えていたことを頭に浮かべながら聞き返すと、
「だいたい『守ってる』って何ですか?――誰から守るって言うんですか?」
具体的に誰かはわからなかった。
たかし君は、好きな男子はっ皆と言っていたが、実際狙ってきた奴はいなかった。
でも狙っている奴はいると思っていたので、
「狙ってる奴らから」
と端的に答える。
「狙ってる?バカなこと言わないでください。――そんなこと、あるわけ…」
あかりさんはばかばかしいという表情で、否定した後、言葉を詰まらせた。
「ううん。君を狙ってるんだ。君を好きな奴らが」
と僕はたかしくんに聞いていたことからも、それを真面目に答える。
何か場の空気が変わったようになる。
「ふざけないでください」
あかりさんが怒っている…。
「えっ、ふざけてないよ」
ととっさに答えるが、即座に否定される。
「ふざけてます。――そもそも好きとかそういうのは自分で決めますから…」
少し照れたような顔を一瞬したが、すぐ元に戻った。
もとの張り詰めた空気に。
「大体なんであなたとこんな話をしないといけないんですか?あなたに関係のない話です。
――だからやめてください」
そうやって、こんな話はもういいと言わんばかりに口数を増していく。
でも僕は、
「関係あります!」
「えっ?」
彼女は、驚きの声を上げる。
「どうしてあなたに関係があるんですか?」
そう彼女は聞き返してくる。
少し空気は緩んだが、張り詰めていることには変わりがない。
表情は、もう怒っているのかよくわからないような…。
怒っているようで、泣きそうでもありというどっちつかずの表情をしていた。
「僕はあかりさんが好きだから!」
僕はあかりさん(の眼鏡)が好き(=興味がある)だということに、ウソ偽りはない。
彼女は、驚いた顔をするものの、すぐに何か納得した表情になって、自らの両手をそれぞれ強く握っていた。
「やっぱり――そうだったんですか…」
好き(=興味がある)というのは事実なのだからしょうがないのだ。
ウソをつく必要もない。
何かをふっ切ったような顔をしたあかりさんは、
「―――でも…私」
そう言って少し間をおくと、また悲しそうな顔をして、
「好きな人がいるので、あなたの気持にはこたえられません!」
そう悲しそうな声ではっきり言ってくる。
「それってどういう…」
僕の気持ちってなんだ?
守るってこと?
それと『ついてくるなっ!』てのと何が関係あるんだろう…。
すると唐突に、
「この前、始めて話しかけられた時、手紙書いてたの覚えていますか?」
突然、あかりさんはそんなことを聞いてくる。
そういえば、最初に話しかけた時、何か書いてたような。
「覚えてるけど…」
あの後ろに隠していたやつだ。
「あれ、ラ……ラブ……ラブレター…なんです」
すこし恥ずかしそうにそう言った。
「ラブレター?」
聞いたことはあるが、それが何なのかいまいちわからなかった。
「そ…そうです」
あかりさんの表情が急に悲しみに染まる。
「でも…」
涙があふれてきている様子だった。
そして、泣きながら彼女は、
「断られました」
「断られた?」
またしても、『断る』というのがなにを意味しているのか分からない。
「そうです。失恋したんです…」
「失恋?」
キョトンとしてしまう。
また分からない語句だ。
つまり僕にはこの会話が何を意味しているのか分からなかった。
手紙がラブレターで、断られて、失恋ってなんだ?
少し泣きやんだと思うと、続けて
「でも忘れられないんです。……今でも好きなんです。なんで、私、あなたなんかに、こんなこと話しているんだろう…。ごめんなさい。今のは忘れてください」
つい口が滑ったという感じだった。
――さっきの話は、今まで話したこともろくにない異性に話す内容ではないのだ。
でも…好き…この意味はわかる。
眼鏡をなぜかけているのか疑問に思うことだったはず。
つまりそれは、ある男子がなぜその眼鏡をかけているかに興味があって仕方ないということらしい。そしてそれを聞いたが、教えてもらえなかった。つまり『断られた』のか。
失恋というのは、疑問に答えてもらえないことを意味していたということなのだろう。
そんな見当違いな思考を巡らせる。
そして聞く。
「じゃあ、あなたも『なぜ眼鏡をかけているのか?』ということが不思議でしょうがなかったんですね?」
と軽く聞き返すと、
「ハッ?何を…?」
と少し不意を突かれたような声で返してきた。
そして、何を言っているのか分からないといった表情をする。
なので僕は、
「だから眼鏡をどうしてかけているのかに興味があって、それが忘れられないんですよね?」
と、聞き逃したみたいだったので、もう一度簡潔に説明してあげる。
なんと親切なんだろう…僕は。
「何言ってるんですか?」
と予想外の返答が返ってくる。
何かおかしな雰囲気が漂う。
「もしかして違うんですか?」
僕は不思議そうに彼女の顔を見て、確認を取る。
もうそれは人間がするような表情では表現できないものとなっていた。
悲しいような、怒っているような、困っているような…。
そして、口が開かれる。
「そんなの当り前でしょっ!」
と何かを突っぱねるみたいに少し怒った口調で強く言う。
僕は言葉をなくしてしまう…。
――大変なことを知ってしまった。
皆同じことを考えていたのだと思っていたが、それどころか、そもそも「好き」の意味自体をかなり大きく間違えて捉えてしまっていたということに。
「大体なんですか?その眼鏡、眼鏡って?」
僕は、基本彼女には会話の中で眼鏡を連呼してしまっていた。
最初に一回。
そしてこの会話の最後の方にたくさん。
何回も。
そして、僕は、そもそも「好き」という意味が違ったことを説明しようとする。
「いやだから『好き』の意味を…」
と言いかけて、
「あなたバカなんですか?」
と罵倒された。
あかりさんの口から何度も感情的な発言を聞けるチャンスはこれを除いてないのかもしれないが、それどころではない。
そしてあかりさんは続ける。
「好きと眼鏡って…関係あるわけないでしょ。だいたい、彼は眼鏡なんてかけてないから。それに、あなた――私に話すことは眼鏡のことしかないんですが?眼鏡大好き人間なんですか?」
と一気にいろいろなことを言われるが、もう頭の中で処理が追いつかない。
「でも狙ってるって…あかりさんの眼鏡を…」
するとあかりさんが怒りの頂点に達したのか、
「私の眼鏡なんて、狙う奴いるわけないでしょ!
 もし、いたとしても、変態なあなたくらいだけです!」
ついに『変態』まで格下げされてしまう。
「そんな…」
「わかったなら、今後一切、私に関わらないでください」
そう言って、『プンプン』しながらゴミ捨て場のある方に戻って行った。
僕はそこで放心状態になっていたが、久しぶりに、別の疑問がよみがえってきた。
もちろん答えが間違っていた疑問、「僕は天才なのか?」である。
そしてこの出来事でわかった。
僕の考えていることは、他の人は考えていないのだと、この時、――そう理解した。
よりいっそう、人間個人への興味をなくしていく一瞬でもあった。
「僕は、天才だ!」

と。
普通はもっと思うところがあるのだろう。
確かにこれは、僕の心に刻みつけられた一瞬だった。
守っていたものからの拒否。
そして否定…。
それは、普通は耐えられないほどの苦しみを与えるものかもしれない。
でもそれに対してすら、すぐに興味がなくなるとともに忘れ去っていくことになるのだ。
こんな紆余曲折があって、そして今に至るのだ。
その時に残ったのは、その一瞬の感情と「僕は天才だ!」という自負だけだった。
そしてその感情は、何だったのか?いまでは分からない。

少し話が長くなってしまったが、聞いてくれた多くの人が、いかに僕が天才かを分かってくれたと思う。
というかそう思ってくれたと信じたい。
―――そして、また誰もいなくなった教室を後にして、僕は歩きだした。
過去を振り返ることには、もう興味がないのだ…。
そんな風に思ってはみるものの、完全には消えないものもあるのだろう。


――なんと長い前置きだろうと思ったかもしれないが、この前提は、これからの僕が置かれる状況そして最後の瞬間を理解するのに重要だったりする。

――そして、ここから新たな展開を迎えることになるのだ。

――――まだこの時、太郎には知る由もなかったことが…。


その日、まだ高校二年になってから一カ月ちょっとしかたっていなかった頃。
僕は、高校二年になってから最大の難問に突き当たる。
いつもちょっとしたきっかけから難問が生まれては、頭に蓄積されるのだ。
解けない状態で。
そのきっかけは、昨日偶然、見たテレビのニュース番組だった。
それは、小学校一年の入学式の映像で、来賓の人がそれぞれお祝いの言葉を言っていた。
そして、最大の難問へとつながるセリフを聞いてしまう。
「…歌の歌詞にもあるように、友達100人作れたらいいですね。みなさんがんばりましょう」
「…」
「――友達100人?」
僕は、どうすれば友達が友達100人作れるのかという疑問に解答を与えては、新たな疑問が生み出されていく。
そしてたどり着いたのが先ほど、ついさっき出てきた疑問だ。
「どうすれば、友達100人と一緒に世界征服できるのか?」
という最大の難問である。
僕の興味は、例外を除いて数分しか持たないため、新たな疑問に変わる。
それはつまり解答を出せなかったということだ。
そしてこのような疑問に変わる。
「どうすれば、友達100人と一緒に世界征服できるのかを三分以内に答えることができるのか?」
という疑問だ。
僕は、考える。
しかしアイディアは出てきても、明確な解答にはできない。
「もしや…これが解けない難問なのか…」
と数学者が聞いたら怒りだしそうな疑問を口にする。
まあ、いつも同じように難問に対して、普段からこんなことを言ってるんだが…。
そんな風にして顔をゆがめながら授業中考えていた。
もちろん自覚はないが。
前の席の女子によって授業中であることを気づかされる。
「あんた、いつもいつもブツブツうるさいけどいったい何なの?」
ちょうど授業が終わって、礼をした後、そんな風に話しかけてくるのは、例の前の席の恐い女子だった。
「ねえ、聞いてる?」
「…」
僕は、真剣に考えているため、相手にはしなかった。
興味などない。
今はただ目の前の疑問に興味があるだけだ。
しかし、だんだん表情が恐くなってきて、ついに『プチん!』という音が聞こえてきそうなくらいに頭に血が上っていた。
「コラー!」
と耳元で大きな声を出してきた。
僕はびっくりして、その女の子の方を見る。
周りの生徒たちもこちらを見て、『びっくりした~』『なにどうしたの?』みたいになっている。
前の席の女の子の顔を見たのはその時が初めてだった。
「やっとこっち向いた。それで何を授業も聞かずにブツブツ言ってんの?」
「ぶつぶつ?」
そういえば興味がないから考えなかったけど、どうしてこの女の子は、会話みたいに思考しているのがわかったんだろう?
そうなのだ。
僕は別に、口に出して考え事をしていたわけではないのだ。
「そう、何か考えてたんでしょう?授業と関係ないことだったみたいだから、うるさくてたまんないの!」
「声には出してないはずだけど…」
当然の疑問だった。
「聞こえるんだからしょうがないじゃない」
あれ、聞こえるって頭の中のことが?何だそれ?
難問が新たな難問を生んだ瞬間だった。
しかもとんでもない飛躍をして。
まったく元の疑問と関係のない疑問を。
どうしてこの人は、聞こえるんだ。
頭…心が読めるのか…?いやそれなら、わざわざ口にしなくても心を読み取って答えればいいはず。なのに、思考は聞こえて、感情や思いつきが聞こえていない…。
考えに、考える。
そして、この思考は、ある解へと至る。
まさか!
「そうよ!私は思考を聞くことができるの!」
何かすごいことを言い始めたぞ、この人…。
宣言通りに、僕の思考を読み取って、それを口に出す前に話しかけてきたことからも、この人の力は本当なんだろう。
「そんなことより、あなた以外に頭いいのね。授業は聞いてないし、成績悪そうなのに…」
図星だ。
まあ、直接、人に『成績悪そう』なんていうのは、少しストレートだけど…。
何にしてもバカであることをまず見ぬかれた。
そして、
「そう、僕は、バカだけど天才だ!」
と宣言する。
すると、おなかを抱えて笑いだした。
「そんなこと、人に言ってる奴なんて初めて見たよ」
「ハハッ、ハハハ、ハハハハハ…」
なんか笑いが止まらないみたいだ。
「信じてないだろ」
それを当り前のように、
「うん」
とうなずいてきた。
どうやら、宣言それ自体は『思考』じゃないから、それ自体は今まで聞こえてなかったのかな?ちょっと疑問は残るけど。
「で、君は一体何?その力…」
僕は嫌な予感がしていた。
―――そう。
疑問を口にしてしまっていた。
あの時と同じように。
そうあの時だ…。
中二の冬…。
そして、あの時(あかりさんの眼鏡事件!)と同じように、逃げだしていた。
なぜか知らないが、疑問を他人に言うと、僕は恥ずかしくなる(らしいが本当のところはなぜか知らない)。
でも何かが違った。
今までと…。
会話はできていたし、疑問だっていくつも口にはしていた。
一度だけでは分からなかったが、今やっと理解した。
それは一つの難問であったということを…。

つまりこういうことだ。
――細かい疑問はいくら聞いても恥ずかしくはないが、そこから到達した難問と呼ばれる最終的な疑問には、それを人に話すことでかなりの恥ずかしさを感じてしまうのだった。
普通の人で言う、告白したりするのと同じレベルで。
これが、この状況における最善の解であると。

僕は、教室から飛び出し、そのまま学校を出て校門まで走った。
バカということもあり、体育は得意だが、動揺していたこともあって、息はきれ、喉はガラガラだった。
校門は閉まっていて、出られないようになっていた。
――この学校は、授業が終わるまで、病気やけが以外は帰れないようになっていて、門の高さは三メートルはあり、先生がカギで開錠することによって、出入りできるのだ。もちろん登下校の時間は決まっていて、その時は大きな門のほうが解放される。。

仕方なく、来た道を戻り教室に帰る。
どうやらもう授業は始まっているようだった。
扉の前で考えていた。
あれは一体何なんだと。
得体のしれない力…。
普段なら、この状況で、いかに気付かれずに教室の席まで戻るかを考えるが、今日は違った。
あの力が気になってしょうがない。
僕は、こっそりどころかガラガラと大きな音を立て、フラフラッと席に着いた。
先生は、なにも言わず授業を続けていた。
今日最後の時間の授業は、数学で、あまり口うるさくない人だ。
少し中年のおじさんだ。
声は小さいし、あまり授業中注意もしない、ある意味マイペースナ先生だ。
席に戻ると、前には当たり前だが、あの人が座っている。
振り向きすらしないが、おそらく気付いている。
でもやっぱり授業は真剣に受けているみたいだった。
僕は思考するのを止めた。
思考は、全て聞かれてしまう。
もし前の席の女子のことを考えたら、全て筒抜けとなる。
我慢しよう…。
先ほども説明したがが、考えること(思考)と疑問を持つことをやめるのは、すごくつらいのだ。
そのせいで、まるで事業中トイレを我慢する小学生みたいになっていた。
左の席の生徒が、先生に言う。
女子だ。
「鈴木君、調子悪いみたいです」
と先生に進言する。
これにはさすがの先生も、
「太郎君?大丈夫ですか?気分が悪いのなら保健室へ…」
僕はとっさに
「大…丈夫…です」
と今にも死にそうな口調で答える。
全く大丈夫ではないのだ。
(この時、さっきの前の席の女子は少しこちらに振り返ったようにも見えたが、一瞬だったので、苦しさもあってか、よくはわからなかった。)
そして何とか授業は終わり、普段なら必ず残る教室を後にしてあわてて帰ることになった。
はあ、やっと解放された。
これから学校が地獄になる。
それは確定事項だった。
死ぬよりもつらい、生き地獄を想像してしまうのだ…。
授業中、なにも考えられないのではなく、考えることができないなんて…。(忘れた人がいるかもしれないのでもう一度説明するが、僕は、考える=思考をやめるとすごく大変で苦しいのだ)


次の日の朝、僕は学校に行きたくなかったので、おなかが痛いと言って、母親に訴え出たが、聞き入れられず、泣く泣く登校することになった。
よし、さぼろう。
今日は学校を休むことにした。
よくある登校拒否(?)だ。
登校拒否にはいろいろ理由がある。
いじめや人間関係。
勉強や先生との相性など。
――でも僕は違う。
考えることができないから行かないのだ。

僕は、地元の商店街とそれに続く学校のある道を避け、都市的な建物が並ぶ隣町へ行った。
そこにはさまざまな店が並び、比較的年の言った年代の人たちを中心に結構な交通量があった。
平日なのに人が多い…。
スーツ姿のお兄さんなどもいたりする。
僕の性質上、人が多いのはあまり得意ではない。
そのため、普段こんな場所に来たことがない。
人が多いとゆっくり思考しにくいからだ。
それでもここに来たのは、新たな疑問を生みだせないかという淡い期待だった。
疑問もやっぱり浮かばない。
あの力は一体…。
もしあれが超能力なら、テレパシーみたいなものだろうか。
最近見た、アニメ番組を思い出す。
それとも化学兵器で脳波を調べることでわかる技術がもう開発されたとか…。
そんな風に思考を巡らせていると、一瞬、風が吹いたかと思いあたりを見渡すと、変わった様子はない。
でもそれは間違いだった。
『キー』という短い音が聞こえてきて、
僕の目の前には…
「イルカ?」
なぜかイルカの着ぐるみを着た何者かが僕の前に立っていた。
どこからともなく突然現れた。
「あなたが知りたいことを教えましょうか?」
変声機を使ったような声が着ぐるみの中からしてくる。
この状況の異常さよりも(普通ならおかしいと思うだろうが)、これは千載一遇のチャンスだと僕の場合は思った。
確かに怪しいやつだし、中の姿が分からないのは警戒するけど、この際、そんなことに興味はないのだ。
「教えてくれるのか?」
まあ、「誰だ、お前」となるが、流れとしては出だしだろうが、僕は相手がだれかということにも興味はない。
興味があるのは、「あの力」についてだけだ。
昨日からそのことしか疑問がわかないし、興味もわかず、それ以外のことが考えられない。
「はい。もちろん。でもタダではありません。少し協力して欲しいことがあります。それに協力してくださるなら」
「いいよ」
僕はあっさり同意した。
「内容を聞かないで承諾してよろしいんですか?」
「あの力以外、僕は興味がないんだ!」
力強く言い返す。
「やはり面白い方だ――わかりました。ではお教えしましょう。ここではなんですので…」
そう言うと、車が道にとまった。とても高そうで、車体は縦に長い、黒く光った車だ。
まるで金持ちの人が乗る車のようだ。
そう思ったのは、最近見た財閥の人が出てくるドラマの影響だった。
「さあ、乗ってください」
車で少し走ると、どこかの屋敷みたいな所に連れてこられた。
日本にこんな場所があったのか…。
中に入ると、まるでお金持ちの家みたいな内装をしていた。
ちなみにこれもドラマのイメージからだ。
「ではここにお入りください」
案内されたのは、客間のようだ。
そこのソファーに腰かけると、謎のイルカ(の着ぐるみ)も反対側に座る。
「いきなり本題ですが、彼女は純粋な人間ではありません!」
第一声からすごいこと言い出したぞ。
どうやら純粋な人間というのが、今僕の持っている疑問の核心のように思えた。
「それはどういうことですか?」
即座に聞き返す。
「そのままの意味です。彼女は、イルカの脳の一部を移植した、初めての、動物と人間の混合体なのです」
話がもう、ぶっ飛んでるとしか言いようがない。
生物の事は知らないが、そんなことニュースで聞いたこともないし、人間が動物となんて可能なのだろうか?
話し始めてすぐに、理解不能な会話内容になっていく。
「それがあの力と関係あるということですか?」
とりあえず、そう尋ねた。
「そうです」
「それで、今さらなんですが、その着ぐるみは、そのヒントか何かのつもりだったんですか?」
僕は、気になってはいたので、限りなくどうでもいいことだったが聞いてみた。
この格好で外を歩くのは、所以血のマスコットくらいだからな。
「大正解~」
と布地で音のならない拍手を『ポンポン』として、口で『パチパチ』言っている。
着ぐるみなのは、そんな理由があったのか…。
普通の人なら呆れて帰ってしまうだろう。
話も意味不明だし…。
そのイルカは続きを話す。
「しかし分からないことがあるんです」
少し神妙そう(?)な口調だ。
「なんですか?」
教えてくれると言ったから来たのに、いきなり分からないとかどういうことだろう?
「なぜ人の思考が読めるのか、分からないんです!」
何か話がずれてきた気がするぞ。大体一番重要なところが分からないと言っているのだ。
それが、分かったことではなく、分からないことについて教えてくるつもりなのだと分かる。
僕は、そこからある解を得ていたので聞いてみた。
「あの~、もともとその力のために『手術?』というか『実験?』か何か、をしたんじゃないんですか?」
「違います」
あっさり否定された。
「彼女は、脳が委縮する特殊な病気を生まれながらに持っていたのですが、それを治療する手段として極秘に行われたのです。なので、太郎君にも『他言無用』ということを念押しして、話を続けます。その力は、ある日、突然、現れ、それは、多分持っていた能力に気付いたという方が正しいのかもしれませんが、そのある日以来、思考を読めることを自覚しました。」
「でもそれは研究者の問題であって、なぜ僕にそんなことを?」
僕にとってはいい話だったが、この人がわざわざ親切心で教えてきたとは思えないのだ。
だいたい、何で僕が知りたいということを知っていたんだ?このことは家族にすら話してない。
話したのはあの時教室で一度だけだ。

「理由は…」
といって着ぐるみを着た人は、少し間をおいて話しを再開する。
「――研究者の多くがあきらめてしまったと言った方がいいでしょうか。あまりにオカルトチックな話なので、科学者の多くはこの問題を解くことをあきらめてしまったのです。実際のところ、研究の成果は目立ったものにならなかった。科学的に生み出したにもかかわらずその理由が自分でわからない事態に陥ってしまう」
テーブルに用意してあったコーヒーを一口飲んだ。
ていうか、いつの間にか飲み物があった。
誰か用意した様子もなかったのに。
最初からあったわけでも決してない。

そして、再び話し始める
「そこでオカルトの専門ということで、僕に話が回ってきたのです」
「オカルトの専門ですか?」
疑問はたくさんあるが今は、話を聞いておきたいのでそんなん風に言い返すだけだった。
「そうです。でもオカルトの専門なんて言っても分からないですよね。――逆に分かると困ってしまう事ですので詳細は伏せますが、『超自然的な事象』の研究と言ってもらって構いません」
「そうなんですか…」
僕はファンタジー世界の話を今されているのかとも思ったが、それについても普段、考えていたはずだった。
でも興味は、今そこに向けられない。
さまざまな疑問が、ある一つの大きな難問にたどり着いたからだ。
そのイルカは、少し頭を前に下げる。
たぶん、がっかりしたことの表現だろう。
「だが、それでもわからなかった…」
「それは…」
「はい。オカルトでも解けない問題ということです。そして、科学・オカルト両者にはじかれた問題は、秘密裏に隠匿され隠されることとなった。それが…」
「それが何ですか」
少し間が開く。
「――――『抹殺』です!」
すごいことを聞いてしまったという感じだった。
今までの話も結構すごかったが、これはとくにすごい。
体から冷や汗が出る。
でも何だろうかこの違和感…。僕はどうして今の話から、抹殺という飛躍した解が出てくるのか分からない…はっきりしたことはわからないけど…。
さらに言葉を重ねる。
「表現をやわらかくして言えば、狙われています」
(なぜ言い直したのか?――それはすぐに分かった)
「狙われている?」
「はい。このことを隠そうとしている機関や国家の暗部から…。」
「えっ!」
機関についてはよくわからないが、国家が動いているということは、よほどの大きな権力が働いていることになる。
「私は、あの力の謎が解けないとはいえ、興味を持ちました。しかし私が直接守りに出てしまうと戦争になりかねません。そこで…」
「そこで…僕ってことですか…?」
「そうです。あなたの経歴・身辺調査・噂など全て調べさせてもらいましたが、失礼を承知でいえば,相当なバカみたいですね」
と笑って言う。
「違います!」
僕ははっきりと否定する。
「バカだけど…天才なんです!」
そうやって言い返す。
これは結構真剣だった。
「知っています」
すると、意外な言葉が返ってきた。
一回で、天才だと認められたことはこれまでなかった。
せいぜい今の高校の面接官のように面白がる人はいても、真に受ける人はいなかった。
「どうしてそう思うんですか?」
「見てればわかります」
はじめてだ…。
こんなこと…。
「でも、狙われているって、『好き』って言うこととは違うんですか?」
あのときのように自分の勘違いかどうかを確かめるように聞く。
「違います。君は、中学の時にそうやって『狙われている』という言葉の意味を勘違いしながらも当時の女の子を守っていた。それがあなたに決めたもう一つの理由。一番の理由は、あなたが普通の天才ではない、バカな『思考』の天才だということです。――そして、それこそが守るためには必要なのです」
ここまで自分を肯定されたのは初めてだ。(これって肯定??)
曖昧な言葉による説明からは、こいつが何かを隠しているように感じるのは、気のせいだろうか?
浮かれているわけではないが、人をのせて、交渉するプロであるのは間違いないだろう。
そこで一つ聞いておくべきことがあった。
「でも、銃とか兵器で狙われたら僕が守れるとは思いません。一応守ろうとはしますけど…。それでもそこは重要だともうんです」
「確かにそうですね。でもそれは後でもどうにかなります。」
どうにかなるのか?と疑問に思っていると、それに構わず話を続けた。
「いま必要なのは狙われている彼女を守るつもりがあるのかどうか。以前のトラウマのような出来事を乗り越えることが出きるのかどうかです」
「守ります!」
即答する。
もちろん自分のためにだ。
「やっぱりあなたはいい。やはり天才だ」
何かに納得したように、うなずくのだった。
「守ることはわかってもらえたはずです。それで、――さっきの話の続き、なんですが守りたいことは守りたいのですが、相手は国家レベルで戦争ができるだけの集団。どうやって守るんですか?」
少し会話が途切れる。
「――それを考えるのは天才の仕事ですよ」
それは、意地悪な感じを受ける返答だった。
「でも僕は今、彼女の力のことしか思考できませんし…」
「おかしいですね~。じゃあなんで、これまでの私の話についてきて、考えることができるんですか?」
「あっ!」
確かに、いろんな疑問や話を考えていた。
これは、あの時と違うと、すぐに分かった。
いろんなことに疑問を持ち、思考し、会話していた。
「どうして?」
これも小さな疑問。
「それは簡単です。あなたが『守る』意思をこれに示したからです」
「それは?」
何か小さな『お守り』みたいなものがテーブルの上におかれた。
形は御守りで、サイズも普通だが、色が青色と緑色という変わった色彩だ。両はしが青色で真中が緑色だ。
これも、コーヒーと同じように、置かれたことに、全く気付かなかったが…。
「これがあれば疑問や思考は自由になります」
「そんな便利なものが、あるんですか?」
そんなことができる代物は初めて聞いた。
「はい。あと疑問を他人に口にしても恥ずかしくないでしょう?」
「そういえば…。どういう理屈なんですか?」
大体なんで僕のそんな「恥ずかしくなる」という性質まで知っているのだろう?とは思ったがもう聞かない。
すると、またしても会話が途切れる。
静寂が続くと、それは突然破られる。
「―――――それは知らない方がいい。知ってしまえば、あなたは元には戻れない。
ですので、思考を思考でなくしてくれる『不思議グッズ』とでも言っときましょうか」
僕は、少し顔がこわばるのを感じた。
それに構わず、話を続けてくる。
「それと、守る対象が消えれば、この効果もなくなります。当然、『守る意思がなくなっても』です」
まあこんなこと言われて普通の人は…どうするだろうか。
迷うかもしれないし、非日常に投げ出されたと思うだろうか。
いや変わらないのだ。
僕の場合は、もし守りたくなくても、その一言でこの状況は逃げだせないものとなる。
守れなくなったり、守る意思がなくなれば、生き地獄を味わうことになると宣告されたようなものだ。
でも、僕には、今、これに興味がある。
だから、『無理やり』やらされるわけじゃない。
「さっきは意地悪して答えませんでしたが、表面上は国に守られていることになっています。国というのはもちろん日本です。そのために国立高校に入学させました。そして貴方も。こうなる日が来ると思いましてね」
僕の謎がまた一つ消えた。こいつが同じ高校に入学するよう、手をまわしていたらしい。
「それもあって、日本に直接戦争を仕掛けるわけにいかなくなった機関や暗部は、暗殺によって殺すことを決めました。それが『世界の決定』だと言って。」
『世界の決定』?言葉の意味はわからないが…。

あとはどうやって守るか考えることだ。
まず学校に戻って、あの人に話さないと…。
と思っていると、まるで見透かされたかのように、
「ひとつ言い忘れました」
「なんですか?」
「この事、本人には内緒にしてくださいね」
「えっ?」
当然のように疑問府が浮かぶ。
狙われていることを本人に知らせずに守ることはとても大変なのだ。
それは中二の時に実感したからわかる。
「親御さんにも知らせたところ、知らせないでほしいということです。おそらく普通の生活を少しでも長く味わってもらいたいという親心なのでしょう」
まあそういうことなら仕方ないのだろう。
「――分かりました。難しいけどやります」
そうして話が終わると、学校まで車で送ってくれた。
帰り際に、イルカは気になることを言った。
―――「今のあなたに言っておくのですが、もし彼女をどうしても守れないと思ったら、その時は、お守りに、祈ってみるのもいいかもしれません」
と言い残した。
さすがオカルトの専門だ。最終的には御祈りときたぞ。
でも僕は途中で守ることを投げ出したりしない。
それは、考えることをやめるのと同義だ。
やめてしまえば、生き地獄となるこの世界で、そんなことはできない。できるわけがない。
僕は新たに、自分の世界が動き出すのを感じていた。
そして、それはすぐ訪れることとなったのだ。

それにしても、
「イルカさん(仮)は顔も名前も教えてくれなかったけど、いい人だったな~」
などとつぶやきながら、門を通る。
門は先生に開けてもらわなくてもなぜか開いていた。
でもそれには興味がないので、気にも留めない。
普通ならおかしいと思うのだろうか?
僕はその時、おかしいと気付くべきだったのかもしれない
そうすれば何か変わっていたのかもしれない。
これから起こる出来事が…。

校舎の中に入ると、やけに静かで誰もいない。
今日は創立記念かなんかで休みなのか?
学校のイベントは興味がないので知らなかったが。
教室についても誰もいない。
とりあえず、守る方法を考えながら帰るかと思ったその時、ド~ン・ガラガラという爆発音と何かが崩れる音がした。
それは部室棟のほうだった。
部室棟のそばには体育館もある。
一年は林間学校でいないし三年は修学旅行中、二年はいるかもしれないが休みみたいだし…。
「工事でもしているのか?」
ん?どうやら違うらしい。
黒い煙が部室棟の屋根から出ているのが玄関前から見えた。
一体何が…。
走って部室棟のほうに行ってみる。
まさか、誰かが部室棟の中で焼き肉をしてその火が建物にでも引火したのではないかという解が疑問から導かれるが、それは何か違う気がする。
理由はないし、根拠もないが、なぜかそんな気がする。
いわゆるこれが嫌な予感という奴なのだろうか?
部室棟に着くと、部室棟の正面の扉がなく、近くには黒い塊があり(おそらくそれが扉)、火災が発生していた。
「これは爆弾か…」
なぜ爆弾だと分かったかといえば、以前考えていた疑問の解答にいくつかそれらしいのがあるからだ。
その時の疑問とはこうだ。
・自分の家が爆弾で吹き飛ばされたら、一体家はどうなるのか?
というものだ。
なぜそんな疑問を持ったかといえば、何かのドラマで爆弾を使った犯人たちがビルに爆弾を仕掛けて、国を脅してお金を要求しているのを見た時だった。
もちろんドラマでは最終的に犯人は捕まることになるが、それが「もし自分の家にしかけられたらどうするのか?」から思考が始まり、その途中に出てきたのがこの疑問だった。
その時の解答は、「強度の弱い部品を中心に吹き飛び、強度は強いが燃えやすい部位に火災が発生する」というものだ。
実際に、正しいかどうかなんて調べたわけじゃないし、誰かに爆弾の性質などを勉強したわけじゃないから知らないが、思考実験(頭の中だけで再現)では、そうなった。
そしてこの状況がまさにそれだった。
もちろん、この思考は最終的に、「家が爆弾で吹き飛ばされなくなったら、自分の家でテレビを再び見るのに何日かかるか」という難問(?)にぶち当たり、そこで止まった。
この状況が示すのは、爆弾がなぜか学校に仕掛けられたということだ。
そして、なぜ爆弾が仕掛けられたのかという疑問は、一つの解答を与える。
それは、「テロリストがいる」というものだった。
これも以前考えた思考の産物なのだが、『学校に爆弾を仕掛けるならだれか?』という疑問が派生せずにそのまま難問となった。
この時、解答はさまざまな思考を経て「テロリスト」と導いた。
決して短絡的な思考ではないことを断わっておこう。
そして違和感があった。
なぜか体育館が全ての扉を閉じている。
普段は、体育館上部の窓を開放して網戸みたいな網で動物が入れないようにして換気してあるのに、そこの窓まで閉まっている。
実はこれも、なぜ窓があいているのかと疑問に思ったかとがあるからだ。
そしてその解答は…。
そう考えた瞬間。
「バァ~~ン」
銃声のような音が聞こえてきた。
体育館のほうに走る。
僕の過去の思考が正しければ、あの中にいるのは…。
銃声のような音は一度だけだったが、何か人が話す声が体育館の中から聞こえてくる。
僕は、体育館の裏に回って裏扉からこっそり中に入る。(この侵入方法も過去の思考の産物だ)
なんだかんだで、勉強に役には立たないが、、実際に役に立つものだったりするのが自分でも驚きだ。
それくらい普通ではないことが今現在、起きているということなのだろうか…。
体育館の中に入る。
そこにあった光景は…。
銃を持ったテロリストのような風貌(黒い外装の服)をした数名が、体育館の中にいる先生と生徒(どうやら2年生)を床に座らせ、何かを携帯電話で話しているようだった。
聞こえる内容からすると、警察と交渉しているようだ。
なぜ、この学校を襲ってきたか、いくつか検討はつく。(もちろん過去の思考の産物であり、この学校が襲われる理由を考えたことがあるからだ)
調べたわけではないが、多分、一番可能性が高いのが、警察か国の幹部の子供がこの学校に通っているといったところだろう。
つまり、この事件は、彼女を直接狙った者ではないはずだ。
そう考えていて、
――見つけた!
あの前の席の女子もその人質の中にいるのを。
さっそく守るという約束がご破算しそうな状況になっていた。
彼女を狙っていないとはいえ、いつ銃を向けられるか分からないのだ。
それを確認した僕は、すぐに体育館から出た。
もちろん逃げたわけではない。
あの前の席の女子を助けるために、家庭科室に向かったのだ。
他の奴は、…まあついでだ。
他のやつに興味はないが…。
そう、武器を取りに。
よくある話だが、漫画やアニメなどでピンチになると何らかの力を発揮するというのがあるが、先に断っとくが、そんなものは僕にはない(はず?)。
銃に対抗するには、武器が必要なのだ。
なぜそんなことがもう分かっているかのように走り出したかといえば、家庭科室に定番中の定番、「包丁」を取りに行くためだ。
以前こんなことを疑問に思った。
中学生の時、
・自分のクラスメートが「死ねー」と言って、銃を持って乱心(?)したとき、僕はどうすればよいか?
というものだ。
もちろんその生徒の持っているものの最初は、ナイフ、その次、刀そして銃などいろんな場合を考えている。
その時の解答は、二つあった。
一つは、職員室に先生を呼びに行くというものだ(そこで同時に警察に連絡も可能)。
しかし、この状況で、呼べない。
先生たちもつかまっているからだ。
テロリストのリーダーらしきやつが電話をしていたとなれば、警察はすでに知っているだろう。
そこで二つ目の、家庭科室へ包丁というものだ。
だがこの解答には欠陥があった。
なぜなら、包丁と銃では対等ではないからだ。
包丁では勝てない。
武器にとって射程距離が重要な意味を持ってくるからだ。
しかし、この難問は解答できずに興味がなくなった。
だから、これからどうすればいいかは考えていなかった。
ただ、包丁を取りに行くことは何よりも最善な解であると知っていたから、走るのだ。
家庭科室に着くと、包丁は見当たらない。
「どこにあるんだ?」
そして、思い出す。包丁は準備室にあるのだと。
思い出したのだ。
同じことを前にも考えていた。(少し不思議いだったのは、なぜすぐ思い出せるのか。そして…思考が澄んでいるように鮮明な事だった)
どうでもいいことだったので思い出せなかっただけだったからだろうとその時は見当をつける。
「準備室だ!」
鍵がかかっていて開かないので、蹴って壊した。
体育は得意だったりするのはもう分かってもらえたと思うがあえて言っておこう。
サッカーは割と好きだ。それに…。
まあ僕の事はどうでもいいんだが…。
そして走る。
包丁(その他もろもろ)を持って、外の中庭を走る。
この場面だけ見れば、頭の狂った少年が包丁を持って暴れているといったところだろう。
体育館に着くと、また裏扉から入り様子をうかがう。

走っている最中に考えていた作戦はこうだ。

まず、包丁を相手の首にかざし、脅す。
特にリーダーらしい奴を。
電話で話していたのがおそらくそうだ。
そして、他のテロリストっぽい奴らを武装解除させ、拘束。
人質を皆解放
というものだ。

そして僕は、この作戦を可能にするためのあらゆる思考を巻き戻していた(過去の思考を思い返していた)。
そしてあった。
気付かれずに犯人に包丁をかざす方法が。
こっそりと体育館の中へ侵入する。(さっき説明しなかったが、この裏扉は、鍵を閉めても中の鍵自体が壊れていて、あけることが可能なのだ。過去になぜここの扉だけ開くのかという疑問からの産物であったことを付け加えよう)
距離はここから一〇メートルほど。
僕は、体育館の舞台裏のカーテンの後ろに隠れていた。
そして犯人のリーダーらしき人は、舞台に背を向けている。
他の奴らは、四角く囲むように残りの三人(全部で四人いた)は、リーダーらしき奴の反対の正面にいて、あと右左に一人ずついた。
東西南北を四人で四角く位置どり、死角をないようにしている。
このまま突っ込めば、すぐに見つかって、ハチの巣にされかねない。
それに囲われるように、真中で人質の人たちが座らされている。
常に監視でき、変な動きをすれば銃を撃てることをアピールするように。

では気付かれずに犯人に包丁をかざす方法を説明しよう。
まず一〇メートルを気配なく、後ろから接近することになる。

まず、どうしてこんなことを以前考えていたかといえば、小学生の時はやったスカートめくりの時の思考だった。
その時の疑問はこうだ。
・どうすれば女子に気づかれずに五〇人連続でスカートをめくることができるのか?
普通に考えれば何とも「あほ」な疑問だろう。
(別に僕はしたいわけじゃなかったが、見ていて疑問が湧き、それに解答したといった感じだ。)
しかしその時僕は、大真面目に考えていた。
そしてそれを可能にする最大の難問。
女子のスカートをめくりに行くのに、どうすれば姿を見られず、そしてばれないでスカートまでたどり着くかだった。
まず存在そのものの気配を消す必要がある。
しかし、忍者でも達人でもない僕は、普通にやってはそんなことできない。
ではどうするか。
まあそれはあの犯人にどうやって近づくか見てればわかるだろう。
『良し作戦実行だ』
まず、足音がしないように、ゆっくり床を前に移動する。
まだカーテンのぎりぎり姿の見えないところに行く。
そして振りかぶる。
包丁を。
そして、放物線を描くように、左の体育館の壁に向かって、高く高く投げた。
何度も言うが、体育は得意だ。
どっちボールは強かったりする。
そのため投げることには、自信がある。
包丁は重いので、滞空し、すぐに壁に当たる。
高くに投げたので、それに気付いたリーダー以外の犯人たちは、一斉に銃を構えて包丁が壁に落ちるのを目で追っている。
まずこれが第一の作戦。
姿を見られてはまずいから、おとり作戦だ。
ここで『ん?』と思った人もいるので説明するが、包丁を投げてしまって、包丁を持っていないと意味がない。
しかし、包丁は複数本もってきたのだ。
おとり作戦のことはすでに考えていたので、家庭科室から持ってきていた。

この相手の気をそらせる方法は、スカートめくり理論の応用だ。
消しゴムを上空に投げ、それに気を取られた女子の背後から接近するというもの。
ここだけ聞けばなんて卑劣なこと考えてるんだ、『この変態』と思われるかもしれない。
実際には確かめてないが、これが最善だと考えていたのだ。
上を見ている間がチャンス。
犯人たちが包丁を見ているうちに、一〇メートルしかない距離を走る。
しかし…。
「パッ」
リーダーに後ろを向かれてしまった。どうやら自分の背後から包丁が飛んできたことに気付いたのだ。
通常ありえない。
まだ落ちてもいないため、音はない。
それでも、リーダーらしき奴は、死角から飛んできたものを認識し、その場所までも見つける。
わずかな一瞬で、この判断は、かなりのキレ者で能力も高い訓練されたもののはずだ。
僕は小さな声で、
「やばい…」
もう飛び出してしまっていたので、当然、銃をこっちに向けて撃とうとしている。
予想していた最悪の状況になった。
しかし予想はしていた。
バレたときのことを。
だが、リスクが高いので、ホントはさっきのだけで決めたかったのだが仕方ない。
僕は叫ぶ。
「これは爆弾だ!」
と。
黒い塊をもった左腕を上にあげて、アピールする。
これが通用するのは、話を聞ける判断の早い相手だけだ。
リスクというのは、他の上を向いている仲間にも、僕の声をしられ、銃を構えられることだった。
しかし、予想では、僕の位置がばれるのは、とっさに判断する能力が高い奴だけと予測していたため、その点においては抜け目がない。
だから、リーダーみたいな奴は、必ずそれに反応して、銃で撃つことよりも、爆弾から回避しようとするはずなのだ。
そして、自分からリーダーらしき男の向こう側に向かって思いっきりその黒い自称『爆弾』を投げた。
ありえないはずではある行為――それは、本当に爆弾の場合に、人質にも爆弾を投げたことになるという矛盾。
でもそんなことは、一瞬でも足止めできればいいのだ――撃たれることを。
するとリーダーらしき男は、一瞬そっちに目を奪われたようになった。
同時に、銃を構えるのも遅くなる。
これが予備の作戦だった。
そして、リーダーらしき男の背後にまわりこみ、首に包丁をあてる。
なんとか成功した。
銃に対抗するには、間合いを詰めて、こちらが有利になるポジションを取ることだった。
それをあらゆる方法で可能としたのだ。
「動くな!」
そう叫ぶと。
間髪いれずに。
「全員武器を捨てろ」
そういって『武装解除』させる。
作戦通り――少しベストな作戦とは違ったが何とかなりそうだ。
正面と左側の犯人は銃を捨てる。
これで作戦成功のはずだった…。
だが…。
しかし右側の奴が、銃を捨てない。
「おい、何をやっている!捨てろ」
「――ふざけるなっ!」
そう怒りの表情で叫んで、こっちに銃を向けてくる。
もっとも予想はしていた。
リーダーは、他にいるのではないかということは。そして、武装解除しない奴が現れることは…。どうやら右の奴がリーダーだったようだ。
それを見た、僕が脅している、元リーダーっぽかった奴は、
「な・に・して・る…」
首に包丁を充てたられ、まるで自分が切り捨てられることに恐怖しているような声を上げる。
この場合どうするか考えてはいたが、実はそれをもう使ってしまった。
それは、自称『爆弾』とは、本当はタワシだったのだ。(黒いビニールテープを巻いて偽装してあった)
そう。
さっき、爆弾と叫んだ黒いものだ。
この時のために、持ってきたのだが、すでに使わされてしまった。
最悪な状況が二つも重なってしまったのは予想外だった。
なんとかしないと。
この場合のことを考えていなかった僕は…。
――両手をあげ、降参の意を表明した。
どうしてもこの状況は、ひっくりかえらない。
あっけない終わりだった。
奇跡でも起きない限り。
仲間を切り捨てることができるとなると、あの本当のリーダーだった奴には、僕の作戦は通用しないのだ。
運がなかったとしか言えない。
もしこいつがリーダーだったら、成功していたかもしれないのだ。
そして床に座らされ、人質の一員に仲間入りした…。
実は、考えた中でこれが一番の難問だった。
人質になった場合は、そこから彼女だけを助けて逃げるという方法を見つけることが出来なかったのだ。
犯人たちは元に戻り、監視を始めた。
首に包丁をあてられていた犯人は、リーダーと言い争いを少しした後、話し合いをあきらめたように元に戻って、銃を構えて監視に戻った。
僕は、偶然、前の席の女子の近くに座らされた。
そうなのだ。
気付いた人もいるかもしれないが、『守る』とか宣言して、いまだ『名前』すら知らないのだ。
そして、守れるような状況にはなかった。
監視の目があるため、話しかけることはおろか、そっちを向くこともできない。
もちろん近づくことも…。
僕は、この時気付いた。
なんて無茶苦茶な事件に巻き込まれているのか。
あのイルカの着ぐるみの奴とあっていきなりというのは…、何か関係があるのか?
もう出したはずの解答に疑問を持ち始めてしまった。
この状況はあまりに、非日常的だった。
もちろんそんなことには興味がないから考えもしなかったが。
しかしこれは、生死にかかわる。
そこで、また高速で過去の思考をたどる。
例え逃げる方法の解が分からなくても、それをあきらめはしない。
以前、何か考えなかったか。
この状況をひっくり返す方法を。
例え、あったとしても、さっきみたいに、現実にはうまくいかないかもしれない。
それでも探す。
最善の解を。
この問題を解く最高の解答を。
しかし、やっぱりなかった…。
直接的にはなくても、さっきみたいな他のスカートめくり理論の応用とか類似のものでの解答がないのか探した。
何か…。
何か……。
僕は思いだそうとする。
ここで新たに考えればいいという人がいるかもしれないが、僕も天才ではあるが一応人間だ。
こんな緊急事態に、思考するだけの余裕はない。
つかまらなければ、そうでもなかったが銃に囲まれたこの状況では、うまく思考することができない。
なんというか疑問は浮かぶが、思考がつたないものとなっている。
空回りしている感じだ。
何度も念押しするが、ピンチだからといって何かの力が出るわけではない(はず?)。
くそっ。
そういう力を持った奴がうらやましいぞ。
てっ、あれ?
うらやましい能力というか、謎の能力を持った奴なら、僕のすぐ側にいた。
前の席の女子で僕の『思考』をなぜか読める力だ。
しかし、この状況ではあまり役に立ちそうにない。
どうすれば…。
今はお守りがあるから、あの女子に思考は読まれていないだろうけど…。
どうやら正面の犯人が、また携帯で電話をしていた。
多分相手は警察だ。
僕の予想では、もう体育館の周りを特殊部隊みたいなのが包囲しているはずだ。
ここは下手に手を出さずに、助けを待ったほうがよさそうだ。
そう思うと同時に、逃げるという問題は、とたんに興味がなくなってしまった。
彼女を守れるなら、それは逃げる必要がないからだ。
「くそっ」
といきなり携帯電話を床に投げつけたのは、さっきまで話していた犯人だった。
「どうしたコードA?」
リーダーがそいつのコードネームで呼ぶ。
「急に応答がなくなった」
「何?それはどういうことだ?」
と疑問を浮かべた二人が会話していると、体育館のドアが勢いよく開いた。
僕は、とうとう警察が来たと思った。

――しかしその予想は、外れた…。
扉が開いたのまではいいが、誰も中に入ってこないし、何かをする気配もない。
ただドアが開いただけだった。
僕は、扉の方を見ていた。
犯人のテロリストたちも釘づけになって、銃を向けている。
そこに小さな風が吹いた。
「ヒュ~~~」
と、まるで何かが向かってくるように。
すると、犯人たちが
「バタッ」
「バタッ」
「バタッ」
「バタッ、ガシャッ」
犯人たちは倒れ、銃も手から離れていた。
完全に力が脱力しているようだった。
呼吸は小さく「ス~」と音が聞こえるので死んではいないようだが、なんだろう。
いつもの思考力がよみがえる。
そして神経をマヒさせられたのだと理解した。
僕は、叫ぶ。
「皆、逃げろっ」
そして、その声を聞いてあわてて、何かに気づいたように、
「ダダダダダダッ」
と体育館に足音が響き、皆あわてて体育館から扉に向かって走る。
先生も一目散に逃げている。
この学校の教師はダメだな!などと思う。
僕は、体育館に残った。
いつも帰りに教室へ残るように。
だがそれとは状況が少し違う。
まだ誰か残っているのだ。
そこには、前の席の女子がポツンと後ろに残っていた。
そして一言。
「勇気あるんだね。少し見直したかも」
と少し微笑んだように言った。
どうやらほめられているみたいだ。
ちょっと照れるかも…。
あまり人に褒められることはないからだ。
今日二度目だ。
あのイルカの人と彼女。
すぐつかまって、僕自身は何もできなかったんだけど…。
まあ彼女が無事で何よりだ。
そう思って、僕はとっさに、
「名前…」
「えっ?」
頭に疑問符を浮かべた感じになっている。
「名前なんて言うの?」
彼女とか前の席の女子とか、いつも言っていたが、いまだんに名前を知らないことに疑問を持ったのだ。
「私?」
すこし顔をそむけて、
「…うん」
「知らなかったの?」
少し笑って答える。
「うん」
「変なの…。ずっと前の席にいたクラスメートの名前知らないなんて」
と冗談ぽい解答をしてくる。
「教えてほしいんだ…」
なんとかして知りたかった僕は、お願いする。
守るなら、名前ぐらいは知りたいと思うものだろうか?
「――分かったわ。私、渡辺美優。ミユって呼んで」
「そうなんだ。僕は…」
と言いかけると、
「知ってる。太郎君でしょ?」
まあ向こうは知っていると思ってはいたので、当然の解答だった。
この時どうしてそう思ったのかは分からないけど…。
少し改めた表情をして。
「ミユさん!」
と呼びかける。
「何?」
「その…」
僕は、少し真剣な顔をする(してるつもり)。
「うん」
それに対してみゆさんは、軽く聞いてくる。
「僕が守ります」
「はっ?守る?」
分からないという顔をするみゆさん。
僕は続ける。
「狙ってるやつから」
具体的なこは言わないように注意されていたので、頭の中で『しまった!』と思った。
そこでとっさに言い訳をする。
「ミユさんのことを…、好きで狙ってるやつがいっぱいいるから、そいつらから…守ります」
「はっ?えっ?何言ってんの?」
少し顔を赤くしながらも。突然何言ってんだという顔をした。
まあ当然の反応といえるかもしれない。
やっぱりこの言い訳は苦しかったようだ。
そう思ったが…、
こっちの表情か雰囲気か知らないけど、僕から何かを読み取ったみゆさんは、
「いいよ。――じゃあ、これから私のこと守ってね!」
と再び笑いながら、まるでさっき言ったのが冗談だったかのように受け流された(?)。
みゆさんは、体育館から先に出て行った。
何とも言えない発言を残して…。
多分あれを真剣に受けとめると、中学二年の時のような反応が返ってくるから、その時、僕は、それらを冗談として言い合ったのだと思いつつ、体育館を出て行くのだった。
僕が冗談を言っていると、みゆさんは僕の表情や雰囲気から察したのだろうか…。
だが、守ることに承諾をもらったのは初めてだ。
最近初めてのことが増えた気がするのは、僕の勘違いだろうか?
と思いつつも足を教室に運ぶのだった。

僕は、犯人たちに興味がもうなかったため、考えていなかったが、
――そこには明らかにおかしな状況が含まれていた。
警察は来ていなくて、犯人たちもいつの間にかいなくなっていた。
そのせいで、学校も一時騒然としていた。
そして、警察が体育館の現場検証をするらしいので早い帰りとなった。
まだ時間は昼時。
昼食前の授業時間だった。
いつもより早い帰りだ。
教室では、ホームルームが終わり、皆、疲れた表情をしつつ、今日の出来事を話しながら帰っていく。
ただ、僕に、体育館でのことはあまり言っている人はいなかった。
まるで僕があそこで助けに入ったことなどなかったように。
もともと僕はあまり知られている人間ではない。
多分ただの成績の悪い同級生程度だ。
まあちょっと体育のできる!をつけてもいいだろう。

今回の事件、それについて言ってくるのは、前の席の女子ことみゆさんだけだった。
いつもは帰りに残るが、今日から残るわけにはいかなくなった。
何せ…。
みゆさんを守るためだ。
もうストーカーとは本人に認識されないはずだ。(たぶんそのはず)
本人に了承をもらったからね。
なんだかんだで、本当のことは隠しているけど。


 僕は今、みゆさんの後ろ数メートルを尾行するようにつけている。
もちろん、狙われているからそれを見張っているのである。
電信柱や自動販売機に隠れながら後ろをついていく。
たまにみゆさんが振り向いてくるが、その時は息をひそめ、バレないように見張る。
多分バレてるけどね…。
僕は周囲を歩く人を常に警戒しながら、いつでも守れるようについていく。
周りの道を歩いている人は、僕に奇異の目を向ける。
多分痛い奴だと思っている。
でもそんなことは重要ではない。
すると道を歩いていた小学生くらいの女の子に声をかけられた。
こんなことは初めてだ。
中二の時は、こんなことなかったからだ。
「ねえねえ。お兄ちゃんは、何してるの?」
不思議そうに、聞いてくる。
何をしているのか興味があるようだった。
「ねえ、ねえってば!」
僕の服を引っ張ってくる。
振り向くと、歳は小学校高学年な感じで、髪は黄色のような茶色のような、なんといえばいいのかとにかくきれいな髪をしている。長髪で、腰くらいまでの長さのあるつやのある髪。顔は、動物に例えるならリスのような動物っぽさを含んだかわいらしい?顔をしている。
服装は、水色のワンピースで、胸にはバッチがあってアルファベットで4文字、JOCKと書かれている。それになぜか黒い手袋と茶色のそこがかなり厚い革靴を履いていた。
あまりにもちゃらんぽらんな格好だった。
こんな道の真ん中で、あんまり騒がれると、彼女を狙っている奴に、ばれてしまう恐れもある。
偶然通りがかった人にもロリコンとか、勘違いされて警察呼ばれても困る。
僕は、少し口ごもりつつも、
「えっと~。それは、あの人を守ってるんだよ」
と簡潔にこの子の質問に答える。
まるで、分かったなら『ハイじゃあね』というように、その時、顔はひきつっていただろう。
すると以外な答え帰ってくる。
「じゃあチーも守る」
「は?」
僕はもう何を言ってるのか分からないので、この子の事は放っておいて、先に歩いていく、みゆさんを追いかける。
すると女の子が僕の後ろ数メートルを全く僕がと同じように、つけてくるのが分かった。
なんで僕のを後ろをついてきているのか。
まあそのうちあきるだろうと思ったが、ずっとついてくる。
少し考えればおかしいと分かる。
平日の昼間、小学生が道を歩いているわけないのだ。
僕はついてくる女の子に聞く。後ろに下がって、ゆっくりと。
「君は誰なの?ていうか、さっきから何してるわけ?」
「私?私はチー。お兄ちゃんを守ってるんだよ」
何かとてつもなく嫌な予感がする。
さすがにみゆさんを狙ってるわけではなさそうだが、僕を守るって意味がわからないだろう。
見覚えもないし、名前も変だ(チ~ってあだ名か何かなのか?)、やってることも俺のまねって、おいっ、なんだそっれ?
「本当の名前は、何?チーってのはあだ名かなにか?」
僕は余計な事を聞いてしまった気がした。
彼女の顔の表情が暗くなるのが分かった。
「言えない…言っちゃだめって…言われてて…」
「そうなの?ごめんね、変な事聞いて」
「だからチーって呼んで」
そんなやり取りをしていたが、これ以上、相手にしてはいけない気がしたので、
「僕は大丈夫だから、チーちゃんは帰っていいよ。僕はいいの、ね?」
「え~~」
と最初は嫌がっていたが、納得してくれたのか、
「じゃあ、お兄ちゃんが『ピンチ』になったらまた来ていいよね?」
「うん…じゃあその時はね…(ないだろうけど…)」
と言って帰ってもらう。
小学生に助けてもらうって、ありえないからね…。
最後まで手を振って帰って行った。
そんなことがありつつも、また尾行を始める。
僕は少し考えていた。
『お兄ちゃん』なんて初めて呼ばれた気がする。
新鮮で少しうれしい気分になったのはなぜだろうか?
たぶん、妹にはいつもバカ・バカ言われて、呼び方は『バカ兄~』だ。
なんと失敬な妹だ。
まだあの子の方がましだ。
そんなことを考えていたが、こんなことは、今はどうでもいいはずだ。
ここで一番まずいのが、現代兵器やオカルト(?)兵器の使用である。
すなわち、狙撃銃や呪殺である。(銃殺なんてほんとにできるのかは知らないが、テレビでたびたび出てくるのだ)
他にも、さっきみたいな爆弾で、辺り一面を爆破されてもダメだ。
そしてその心配も安心に変わった。
どうやら、家に着いた。
ここがみゆさんの家みたいだ。
結構早く着いた。
だが、問題はまだある。
家の中で、狙撃はなくても、毒殺や放火はあり得るからだ。
しかし、みゆさんは、今日、名前を知ったばかりのただの他人と思われている。
というか、全くの他人である。
――守ることだけ承諾された他人…。
平凡な人なら、この時点で自分の状況やしていることに疑問を抱いて葛藤しそうなところだが、そんなものはない。
僕は、ただこのバカな疑問とそれを真剣に考える思考それ自体が、今の行為を支えているにすぎない。
そしてこのバカげた状況は新たな疑問を生じさせ、難問を発生させる。
さっきもある難問にぶつかった。
・家に入らずに、みゆさんを守るにはどうすればよいか
という、ほぼ他人である人の命を、真剣に考えるということだ。
何か特別なことが二人の間にあるとかそういうわけでもなく。
ではなぜこの問題が難問なのかといえば、ミユサンの命をどうやって狙ってくるかということだ。
つまり殺害方法…。
もっといえば暗殺方法…。
つまり、方法が分からない以上、全ての方法を潰すしかない。
先に説明するが、自分の命が狙われたらというのは、小学校の時にすでに考えていて、実際に中二の時に試したことはすでにご存じだろう。
まず暗殺方法は、近距離と長距離に分かれる。
両方もあるが…。
近距離は、直接狙う場合で、長距離は何か間接的に狙ってくる場合だ。
放火は、見張ればまず防げる。
呪殺は、お札か何かを渡そう。(効くのかな?)
狙撃は、家の中ならまず大丈夫だ。
軍隊が包囲して直接というのもないだろう。
そしてそれなら爆破もない。
あまり大々的にできないということを考えれば、組織的にというのは、当分はいいだろう。
人数は来ても二~三人程度で、それ以上はないだろう。
一番防ぎにくいのは、毒殺だ。
一緒に住んでいれば、毒味もできるが、そうはいかない。

そんなことができる関係でもない。
相互協力の約束をしたわけじゃないのだ。
一方的に守ることを焼くそ即しただけだからね。

毒殺は直接食べるものを防げればいいのだが…。
あっ、わざとこの家に宅配を注文して、それを毒がないか確認してから、宅配員のふりをして
食べてもらうか?
でもそんなことを続けるようなお金はない…。
ここで気づく。
金銭的な障害があることを。

あの時の状況とは違って、学校の中だけを見張ればいいというのではない。
家の中まで守らないと。
ここから導かれるのは、毒殺をいかに防ぐかが最大の難問ということになる。
さらにこの問題を難しくしているのが、僕ひとりで守らないといけないことだった。
一人の人間には、いくら天才だとしてもできることには限界がある。
そんなことを考えながらみゆさんの家の前を行ったり来たりしながら、
「う~」
と唸っていると、
「トントン」
と突然肩を叩かれ、
「何してるの?」
声をかけられた。
「うっ、いやっ」
と変なことを口に出してしまいつつ、振り向くと、そこにはみゆさんがいた。
「私の家の前でなにしてるの?帰りもずっとつけてきたみたいだけど…」
どうやら予想通り、後ろをつけていたのはバレていたらしい。
「何ってさっきもいったろ。狙ってるやつから守ってるんだよ!」
ホントのことを正直に、そして本当の事がばれない程度に言う。
下手にうろたえたらばれるかもしれないから。
「ヘ~。それは御苦労ですね。でも、わざわざ私の家に来るようなモノ好きはいないと思うよ!」
そんなことを軽く言ってくるみゆさんに対して、僕は、
「僕は真剣なんです。いつでも守れるようにしたいんです」
と真面目な顔で答える。
すると少し照れた表情をして、少しうつむく。
こちらに少しだけ目を向けて、聞いてくる。
「でもなんでそんなに真剣なの?私なんかのために一日中家の前にいる気?」
「うん。夜中もずっとのつもりです!」
「えっ!なんで夜中まで?夜中に来る人なんていないよ?」
と驚いて、不思議そうにこっちを見てくる。
でも暗殺しに来る人がどのタイミングで来るかなんてわからないのだ。
「いつ狙われるかわかりませんから…」
どうやら、ごまかしたさっきの内容である『好きな人が狙っている』と思ってくれていたらしい。
というか、冗談だと思ってくれていたと思ったんだけど、少し信じていたのかな?
――そんなわけないっか。
などと適当に思考を元に戻す。
心配して、下手に外に出てきても困るし…。
狙われていることを考えると何か言って納得させなければ…。
「やっぱり夜中は帰ることにします…」
もちろんウソだ。
納得させるためだから仕方ない。
騙しているみたいであれだが、守るためには覚悟も必要だ。
「そうだよね。夜中に来るなんてありえないもんね」
と安心したような表情を見せて、
「じゃあ夜までは、これからずっと外で見張ってるつもりの?」
「うん。――必ずお守りします!」
僕は胸を張って力強く答える。
「そう…」
何か言いたげな表情をした後、すぐ振り返って表情を見せないようにし、僕を残して家に入って行った。
玄関を開けると同時に、振り向いて、
「頑張って」
と笑顔で一言、言ってくれた。
授業中は怖かったけど、迷惑そうに追い返さないところを見るにやさしいらしい。
まあ、本人が承諾してしまったというのもあるんだろうが…。
でも承諾だけじゃなくて、応援までされたのは初めてだ。
また初めてが増えたみたいだ…。


 何時間か過ぎ、日が落ちてきた。
僕はというと、家の門の近くにある電柱から隠れて家を見張り続けている。
さまざまな場合を考え問題に解答を与えながら、どんな状況でも対処でいるように。
テロリストの時のように、失敗しないように、過去の思考のことも思い出しておく。
何度も言うように、身体的な力が少し高いというだけで、高校生の常識を超えるような超常めいた力は出せないし、剣を巧みに操り体から火もでたりしないし、体から電撃を出せるわけでもない。
さっきの事件でもわかるように、ピンチに助けてくれる人もピンチに目覚める力も多分ない。いやまずないと断定できる。これまでそうだったから。
事件後の状況から、僕に声をかける人も彼女以外いなかった。
実際のところは、何かいきなりやっても、学園のヒーローみたいにはなれないのだ。
だが天才は天才のやり方でそれを成し遂げるだけだ。
それには、さっきの事件の失敗のように、ぶっつけ本番では通用しないこともあることが分かった。
そこで、これまでの思考を検証していかなくてはいけないことに改めて気づいていた。
つまり、実際にできるかどうか、正しいかどうか現実に確かめておく必要があるということだ。
内容によっては、警察に捕まりそうな解答もあるため、代案を用意しなくちゃいけないが、ぎりぎりのやつなら、なんとかばれないように実行しよう。
誰かを守るための思考に興味がなくなるという限界がないのは、すでに分かっていた。
そしてお守りもあるので、複数の思考が可能だ。
まずみゆさんを守りながら、検証作業を同時にする。
そして、実際に起きた時に投げたり蹴ったり叩いたりといった正確さのいることはあらかじめ練習しておかないといけない。
たとえ格闘家が襲ってきても守れるように、習ってきた護身術を応用しなくちゃいけない。
この護身術というのは、たまたま小学校から続けているものだ。
しかし、真正面から空手家やボクサーに対抗できるものではないため、そこもなんとかしなくちゃ。
あと、銃撃など現代兵器の基礎や実践への対処もして…。
他にも、未知の化学兵器や超常現象からも守らなければ…。
などと考えていると、
――やばい…。
時間が足りないのだ。
というかホントにこんなことできるのか?
せめて狙っている奴らの順番や特徴が分かれば対処しやすいんだけど、いくつもの可能性に対処するには無理がある。
ゲームじゃないんだ。
攻略本はない。
次がどのボスでなんて丁寧に教えてはくれない。
自体は突然やってくるのだ。
とりあえず一つの可能性に三日以上はかけられないから、三日以内に自分の能力の底上げか何とかしよう。
なんか少年漫画的な展開になってきたな…(笑)。
この三日というのは、疑問に対する解答の有効期限みたいなのがあって、解答への興味はこのくらいでなくなるのだ。
今は、興味がなくなったりすることはないけど(守るという動機は、なぜかみゆさんを守ることにかかわれば、興味がなくなるのを抑えるらしい)、一応三日と考えよう。
悠長に構えていられる問題でもなさそうだし。
まずは、投げる訓練からだ。
投げるというのは、今回の事件でも重要であることに気付いたのだ。
なんだかんだで、作戦や抱負を実行するのに欠かせない基本的な動作らしい。
そう思い、そばに落ちている石を拾った。
ポケットに詰める。
よし三日以内に、手前から三番目の電信柱のシールみたいなのが付いているところに正確に当てられるようにする。
期間は三日。
とりあえず、自分の周りにある小さな石を集めて、投げる。
実際にやってみると、思ったようにはいかないものだ。
当てることも難しいようで、電柱にかすりもしない。
距離は、二五~三〇メートルはある。
届くには届くが、狙ったところには当たらない。
運動が苦手な人は、まず届きすらしない距離だ。
「カンッ」
やっと電柱に当たったが、シールには当たっていない。
――そこで、ある作戦を考えた。
それは、ある以前の思考によって考えた解を応用するものだった。
ではどんな疑問に対する解かといえば、
・ティシュのゴミをゴミ箱に一度で投げ入れるには、どうすればよいか?
という疑問と、
・一度も外さずに入れるにはどうすればいいか
という疑問の二つである。
もちろんどうすればよいか、その時は真剣に考えた。
このどうでもいいようなことをだ。
そして出たのが、この解だ。
・ゴミ箱に一度で入れずに、周りの遮蔽物にあてて入れる
という解と、
・ゴミ箱になるべく投げる物体を近付けて投げること
だった。
――つまり、ゴミ箱に近付ければよいのだ。
そのことから考えたのが、少しずつ距離を遠ざけていって、シールを直接狙うのではなく、壁を利用して当てるということだ。
まずは電柱の中で一番近い一本に正確に当てられるようにする。
そして、だんだん目標に近付けていくのだ。
もうひとつは、壁にあえて当てることによって、遠くまで投げられなくても、遠くに当てられるようにするのだ。
バスケットボールで言うと、ゴールの後ろにあるボードに当ててゴールするといったところだ。
本番では、直接狙うのは使えなさそうだし、このほうが実践向きだと思うのだ。
あと、一つのターゲットにただ当てるだけなら、複数個を同時に投げるといいことにも気付いた。
そんな風にして、石を投げ初めて数時間が経ち、すっかり日が落ちてしまった。
もう電柱のマークも見えなくなってきた。
この訓練は、明かりがある時しかできないみたいだ。
たぶん、この訓練の現場を見た近所の人は、変質者か何かと思っているのだろう。
見て見ぬふりをして通り過ぎて行った人が多数だ。
みゆさんに本当の事がバレるといけないから、関係者だとバレないようにしよう。
――この日、僕は、石を投げる変質者になった。(近所の評判)

練習の後、見張りをする中、
夜が近づき…、
どうやら電灯は壊れているのか知らないが、付近にある電灯には明かりがつかない。
道は暗く辺り数メートルの視界がはっきりしているだけになる。
みゆさんの家の周囲だけ暗い…。
周囲の家からの明かりはまだつかない…。
なんで?
そう思っていると、『ス~』と風が吹いてきた。
さっきまでまるで風なんてなかったのに。
「ドサッ」
すぐ風はやみ、僕は背中に冷たい感触を感じていた。
視界からあたりを確認する。
家は横向きで、正面に半月が見える。
そして地面に倒れていることに気付いた。
いつの間にか、横になっていた。
どうなっているんだ?
すると自分の頭の向こう側、暗闇に続く道の方から声が聞こえてくる。
「やぁ。こんばんは」
姿は見えない。
「誰だ?」
僕は気付いた。
そいつが狙っているのが、みゆさんだということに!
僕は、『来るならこのタイミングだ』とあらかじめ予想していたのだ。
訓練を終え、僕が疲れて、視界の悪くなる夜になったこのタイミング。
暗殺から守るのは、ここからが本番という時間帯だった。
「お前が、みゆさんを狙っている奴なのか?」
と立ち上がりながら地面の細かな石を手で払いつつ聞くと、笑って答えてきた。
「そうです。すぐにでも暗殺しようと思ったんですがね。ハハ…。あまりにあなたがバカだったんでやめたんです。正面から、堂々と殺そうと思って」
なんか理屈に合わないことを話し始めたが、この疑問は後だ。
だいたい『バカ』って言ったぞこいつ。
「バカ?僕は天才だ!」
僕は怒って言い返す。
「ハハハ…。――まったく面白い」
と笑って、
「あなたの様子はずっと見ていましたが、まさかこんなバカが護衛しているとは思いませんでした…。『護衛が一人だけついた』と聞かされたときは、一人で守る実力があるということ。よほど、すごい玄人(護衛のプロ)がついたのだと思いましたが…まさか石を電柱に投げる玄人などいるはずはありませんし…。なんてバカな護衛なんでしょう」
「だからただのバカじゃない。バカだけど天才なんだ!」
認めさせようと必死に叫ぶ。
「天才?そんな天才聞いたことありませんよ。あなたはそう思い込んでるだけの、ただのバカにしか見えませんでしたよ。ずっと…」
あいかわらず正面から声は聞こえるものの姿は見せない。
だが声は男であると分かる。
男の中でも質の高い声だ…。
聞いててあまり嫌な感じがしない。
「見てたって、ずっと僕を?」
見られていたなんて思わなかった…。
「はいもちろん。今日の事件も然り、先ほどまでの、石を投げていたバカな行為も全てです」
どうやら事件が起きた頃から観察していたらしい。
「だからバカって言うな!」
「はいはい。わかりましたよ。大バカさん」
といってなぜか余裕綽々と言った感じで挑発してくる。
どうやら僕を怒らせようとしているみたいだが、そうはいかない。
――彼女を守るために。
しかし、こいつが僕のことを「バカ」だと思ったことで、暗殺を免れたようだ。
ただそれだけの理由じゃないとは思うけど…。
どうしてわざわざ正面から?
いろろな疑問はあるが、この際いいだろう。
「君を見ていたら、わざわざ暗殺するまでもなく、殺せる気がしてしまいましてね。
後で上に怒られてしまいますかね~」
「上?」
上ということは、何らかの組織の人間か何かのようだ。
上司がいるといったところだろう。
どんな組織か分かれば、調べようもある。
どんな奴らが彼女を狙っているのか…。
「お前はどこの組織の人間だ?」
すると、「ふっ」というため息が聞こえ、
「なぜ、そんなことあなたに教えないといけないんですか?そんなこと聞くまでもなく、言うわけがないでしょう?まあ言ってしまえば、私は消されるので、それが作戦ならいい問いかけかもしれないですね」
消される?ということは、監視か何かされているということなのだろうか?
でもすぐ暗殺しないこの状況も見られていないとおかしいし…。
そしたらもう消されてるはずだし…。
「あなたの心配はごもっともですが、別に誰かが直接監視しているわけではありませんよ。まあ、いくら上の連中もおいそれとすぐには消せないでしょうしね。なんせ僕は…」
僕は驚いていた。
なぜか考えていたことがばれた。
「ふふん。どうして分かったという顔をしてますが、別にターゲットのように思考を読めるわけではありません。表情を見てればそのくらいわかります」
そんな高度な事をこの一瞬でしたのか…。
僕も以前考えたことはあるが表情を読むのは難問の一つだった。
そういえば、こいつさっき『ターゲット』といったな。
みゆさん…。
みゆさんがターゲットで殺しに来たことがこれで確定的だ。
――僕の解は正しかった。
あとは、あの姿が見えないことだが…、そういう状況は過去にも一度考えていた。
何かといえば、透明人間と戦うにはどうすればよいかということを小学生の時にすでに考えていたからだ。(ちょうどあの時だ!)
その方法が有効かどうかは知らないが。
試すしかない。
でもあいつは姿がないけど、透明人間なのか?
幽霊とか妖怪ではないのか?
「なにか私を倒す作戦でも考えているようですね。なら、バカで残念な君にハンデをあげましょう」
ん?なんでわざわざハンデなんて言い出したのか疑問だが、作戦を考えるのが優先でそれどころではない。
「――どういうことだ…?」
なるべく考える時間を引き延ばすために、相手の話にうまく合わせて考える。
「あなたのやっていたあの石投げ。あのように、石で私を一度でも当てることができたら、今日は引いてあげましょう。このゲームは、大サービスですよ。戦闘じゃ勝負になりませんし。あなたが戦って、私に勝てるとも思えません。あなたにその実力があるとは思えない。まあ、当然今日だけですが。次の日の朝、ターゲットを殺されていても文句は言わないでくださいね。これが最大の譲歩なんですから」
なぜわざわざサービスしてそんな風に譲歩してきたのか真意のつかめない会話をするが、真意がなにであれ、彼女を守るのには、こちらに都合がよい状況にしてくれた。
「それでいい。そのかわり今日のうちは絶対手を出すなよ」
約束を守るとも言い切れないが、確認を取る。
「大丈夫。約束は守ります。ただし今日だけですが。私みたいな下っ端に、それくらいできないのでは、たぶん無理ですので、誰かに護衛を代わってもらった方がいいかと思いますよ」
「大丈夫だ。(練習したから…)」
実際のところ、練習は三日のつもりで、あまり上達したとは思わないし、相手は透明、さっきまで練習していたせいで体中が痛い。
筋肉の疲労だ…。
特に腕と肩が限界だ。
大丈夫なんて根拠はない。
でも石を当てるだけで今日のところは引いてくれるんなら、よかったかもしれない。
「今日の事件も見ていましたが、あなたが、あまりにあっけなく、やられてしまったから、つい手を出してしまいましたよ」
「何?それじゃあ…」
「ターゲットを他の人にやられるのも私のプライドが許さなかったもので。言っときますけど決して助けたわけではありませんよ」
「あれはお前の仕業だったのか!犯人たちはどこへ消したんだ?」
そうなのだ。
あのとき突然犯人たちが消えたのだ。
「あのゴミどもなら、邪魔されたので、少し痛い目にあってもらって、そこらへんに捨てておきましたよ。まあターゲット以外は殺しませんので安心してください。でも二度とおなじことはできないようにさせていただきました」
「それは御苦労なことで」
と嫌味ったらしく叫ぶと同時に、すかさず声のする方へ石を投げた。
不意打ちだ。
細かいルールがないうちに先手必勝だ。
「よしっ。」
とつい声が出たが、次の瞬間目と耳を疑った。
(やったか…?)
直後に、
『ス~』と、風がまたしても自分の体の横を通るのが分かった。
「こっちですよ」
石は暗闇に消えて、声はその反対、つまり真後ろから聞こえたのだ。
不意打ち作戦は失敗した。
「急にゲームを始めるなんてせっかちですね。では、勝負の決まったゲームにあまり時間をかけても仕方ないので、もう始めましょうか。一つ条件を忘れていましたが、あなたが気絶したらあなたの負けですので、今日この後、殺させてもらいますよ。ちなみに、さっき横に倒れたのは、気絶まではさせずに、足の神経を弛緩させてもらったんです。本気でやれば、気絶していたでしょうね。」
なんてことだ…。
あの犯人たちにやったように攻撃してくるのか?
あの見えない攻撃もこいつの仕業で、僕は全く気付かずに、攻撃をくらったということらしい。
とにかく時間稼ぎで考えた作戦。透明人間作戦始動だ!
――まず考えた作戦は、透明人間は決してすりぬけないということだ。
そこで、方法としては、まず透明人間の居場所を「ある方法」で判明させるのだ。
すりぬけないということは、本体は実在して、攻撃をくらえばダメージや何らかの変化があるということだ。
そしてこの勝負、一発でも当てれば勝ちなのだ。
僕はまず、下に落ちている手近な石をいくつか拾ってポケットに入れ、また拾ってその石は右手につかんでいる。
もちろん警戒しながらだ。(どこにいるかは分からないが…今は声で判断するしかない)
なぜかすぐには攻撃が来ないみたいで助かるが…。
おそらく、あの会話内容からして、瞬殺するつもりはないはずだ。
もしするならもう、殺されていたはずだ。
このゲームもすぐには勝負を決めには来ない。
そう考えながらも作戦を遂行する。
そしてみゆさんの家の門の前まで後退する。
これには理由がある。
道路が家の明かりで照らされていることと(暗くなったことでもう家の電気がついたみたいだ)、門の中の庭には砂があるのだ。
その門の中に手を伸ばし、砂を左手でつかむ。
声は正面から聞こえた。
「どうしたんですか?はやく攻撃しないとこちらからいきますよ」
声は正面から近づくように聞こえてくる。
多分前方数メートル以内にいる。
僕のことをかなり下に見ているのか、無能と思われているのか、かなり油断している。
なぜか攻撃もしてこない…何かの罠なのかとも思ったが、透明である以上どうしようもない。
チャンスは今しかない。
声の感じからして、前方二~三メートルになったところで、行動開始だ。
僕は、まず左手で、声のする方向全面に砂を投げる。
「パサッ」
砂は空中をまって、砂埃となり、家からの光に照らされて『ピカピカ』輝いている。
「砂が当たっても意味はないですよ。このゲームは石を当てなければいけないのですから」
そう答えてくる。
それはもちろん予想通りだ。
そして、右手に持った石を声のした方に投げる。
当然、さっきみたいによけるはずだった。
そして…、その瞬間が来た。
僕の狙っていた瞬間。
「見えたっ!」
僕は、砂埃がおかしな動きをしているところを見つけたのだ。
何かが通ったみたいに。
もちろん作戦とはこのことだ。
砂をまき、その光に照らされた粉じんの動きで相手のいる場所を確認する。
しかしピンポイントでは分からない。
そこで、大まかな攻撃ができるよう、いくつかの石をポケットに入れたのだ。
複数入れたのは、長期戦のためではなく、広範囲に攻撃するため。
ポケットの中の石を丸々手でつかみ、おかしく揺れるところ一体に石を投げる。
「勝った!」
僕はそう叫んでいた。
やったのだ。
石があたったようだった。
「コツッ」
と当たる音がして、石が一つだけ投げるのとは逆の方向に跳ね返って落ちて行ったのだ。
当たったということは、実態のある何かということだった。
まあ人間に違いはないと思うけど。
そして勝ち誇っている僕の顔を見て、
あっさり負けてしまったのが納得いかなかったように、
すこし低い声で透明な暗殺者は、
こちらに何か話しかけてくる。
「――少々あなどりすぎていたようです。今日のところは引きますが、また明日、同じ時間にお会いしましょう。――フフフ…」
また、
「ス~」
と風が吹き抜けて行った。
気配みたいなのもなくなったようだった。
始めての戦いは勝利(?)した。
といっても、別に勝ったわけではなかった。
この方法は、使ってバレてしまっただろうし、なんか去り際に恐ろしいことも言っていた。
『また明日、同じ時間』とか言っていた。
来る時間が分からないのは困るからよかったのだが、あいかわらず、こちらが有利になるようなことをする変な暗殺者だな。
おそらく、この疑問を考えるに、いつ来るか教えるのは、明らかにまだ余裕があるということだともいえる。
相手には石をあてただけで、ダメージ一つなし。
このまま明日になれば負ける。
今のままだと。
でもヒーローみたいに変身して強くなるわけでもなければ、強力な助っ人が来たりするわけでもない。
戦いの中で何か才能が目覚めるとか…あったらいいな。
明らかに、僕の心を折るためにわざわざあんなことを暗殺者は言ったんだろう」
しかし、守るという気持ちが変わることはない。
理由は簡単。
興味があるから。
みゆさんに。


 僕は、ひとまず家に帰った。
僕の解では、組織で殺しにきているということは、バッティングしないよう他の奴はもう来ない。
もちろん今日戦って、初めて出る解だ。
これは確率でそうなのではなく、確信的にわかる。
ほぼ絶対…。
解はこうだ。
――透明ならば、帰らずに奴は見張っている。会話からそうわかる。
そして自分以外のターゲットに殺されるのは嫌なはず。
だから明日の同じ時間まではあいつが護衛をしているようなものとなる。まあ他人に任せるつもりなんてないから、ちゃんと守りに行くけどね。他の組織が来てもいやだし(奴が他の組織よりよ分かったら大変だしね…今日だけだ…)

そして、物置から寝袋と食料をバックに入れ、お金を持ち自分の部屋で寝ることにした。
そして考えていた。
どうすればいいか。
まさか、初めての戦いが透明人間とは思いもしなかった。
だが解答の用意はあった。
実際に戦いながら、考え出すなんてことは、普段やってもいない人ができることではない。
たぶん驚いた人が多いと思うが、僕は驚かない。
この程度の非日常。
多分僕が考えているのは、日常とは、自分の思考が及ぶ範囲なのではないかと考えている。
それが及ばない世界は、誰しも怖い。
そして、そんな世界について考えるのは普通な人から言えばありえないことなのだ。
今日の透明人間だって、予想外なだけで、それ以上驚くことはない。
ただ問題は、明日また来るその透明人間をどうするかだ。
だいたい、今回は石を当てたら引いてくれたが、殺すまで今度は引かないかもしれない。
明日の明確な勝利条件が分からないのだ。
また向こうから出してくれるか、こっちが出したのを納得させるか。
明日いかに交渉するかが大事となる。
まだ、話が通じるからいいが、他の暗殺者で話が通じない奴はかなりやばい。
もし話が通じない奴なら、今日は家に帰ったりしてなかっただろう。
まあ、その点は良かった。
だが、見えないというのは、かなり不利であることに違いない。
しかもあの謎の攻撃。
何らかの拳法を使っているはずだ。
あの犯人がやられていた状態を見るに、中国武術か何かだ。
護身術で直接対抗できるかどうかのレベルだ。
殺しのプロということは、それを殺せるレベルに使いこなしてくるはずだ。
しかし、とっさの石をよけることができないとなると、ある程度までは予測がつくレベルだ。
あの石がよけられないのは、透明であることがアドバンテージとなっていることを意味する。
拳法を多少使えて、気配がほとんどなく姿を達人以上に消せる(透明)となれば、殺しでは通用する。
思考は、眠ることで途切れ、鳥の鳴き声が聞こえてくる。
朝が来たみたいだ。
戦いの日。


念のため、みゆさんの登校についていき、また見張りを継続することにする。
もしかしたら、他の組織が来るかもしれないしね。
僕は、みゆさんの家の近くの電柱から、姿を現すのを待った。
そして出てきた。
「いってきま~す」
登校中もしっかり見張っておく。
朝は人気がないから、警戒しやすい。
そして何事もなく学校に着いた。
席に座ると遅れて僕も席に着いた。
すると振り返ったみゆさんが、
「おはよ」
と声をかけてきた。
もちろん返さないのはおかしいから返しておく。
「う、うん。おはよう」
あいさつなんて小学校低学年以来だ。
授業が始まり、休み時間には、みゆさんについていき(トイレの中以外)、ご飯の時も、午後の全校草むしりもしっかり見張る。
どうやら、みゆさんは友達数人とおしゃべりしながら楽しく草むしりのようだ。
どうやら、ある程度の草を取ったら、ガールズトークを始めた。
ここからではあまり聞こえないが、少し顔を赤くして何かを話しているのが表情から分かった。
一体何を話しているのか?
僕はそんなことを考えつつも、実は別のことも考えてた。
運動場の草全てを一度に抜くにはどうしたらよいか?
という疑問だ。
もちろんそんな方法があるならみんなやってるだろう。
でもこのあほらしい疑問を、真剣に考え方法はないか解答するのだ。
結局、難問がまた一つ増えることになった。
また僕の中で難問が一つ生まれた。
そんな場合じゃない。
今日の戦いのために必要なものを準備しなければいけない。
学校の購買で手に入るものは、あかりさんが購買に行った時に買った。
それは、透明人間との戦いに絶対必要なものだった。
後、一つ必要なものがあるが、あかりさんはまだその場所に行っていない。
今日、それのある場所に行くかも疑問だ。
どうするかは一応考えているが…実行するのは初めての事ばかりで、気が進まない。
下手に彼女と会話して気付かれてもいやだし。
その場所…それは体育準備倉庫だ。
なぜそんな場所かは内緒だ。
奴が見ているかもしれないし、表情からバレてはまずいからな…。
今は気配ないけど…。
それで、その場所、体育準備倉庫に行く方法なんだが…。
それは彼女に頼むのだ。
その場所へ行くように。
でも、なんて頼めばよいのだろうか?
………。
よしあれでいこう。

僕は、みゆさんとその友達が離れる瞬間を待つ。
そして一人になったところで話しかける。
そして、しばらく待っていると、他の友達たちから離れて、あかりさんだけ動きだした。
土を払って立ち上がり、どこかへ向かっているようだ。
この瞬間を待っていた。
すかさず、
「あ、あ、あの…」
「ん?」
と彼女は振り向いた。
「あっ、太郎君。どうしたの?」
彼女は軽く聞き返してきた。
「そのですね…あの…」
「うん、うん」
「ぼ、ぼ…、僕と…」
「僕と?」
「体育準備倉庫に行ってもらえませんか?」
「えっ、何か用事でもあるの?」
僕は、緊張していたため、誤って自分も行くことを告げてしまっていた。
『僕と』というのは間違いで、『僕の…代わりに』が正解だった。
間違えた。
これではまるで、僕が誘って一緒に行くみたいな話になってしまっている。
もう、ごまかすしかない。
「うん、そうなんだ…。ちょっと草を刈るのに必要な道具を取りに…」
「いいけど、でもなんであたし?力とかないよ…?」
確かにそうだ…。
なんでそんなこと彼女にわざわざ頼むのか…。
もちろんそんなすぐには考えられない。
適当に言うしかない…
「先生が、みゆさんと行けって…」
やばい。ばればれなウソついてしまった。
後で確認されれば嘘だってすぐわかる…。
「そうなんだ。じゃあ一緒にいこ。でもちょっとそこで待っててくれる?」
「わ、わかった…」
当然待っているわけがない。
守るため後をつける。
すると校舎の中に入っていく。
ここは…トイレ…。
そうか、トイレ行きたくて、友達の輪からぬけてどこかに行こうとしていたのはこれか。
などと納得。
さすがにトイレの中には、行けないが…。
その後戻ってきたあかりさんに、後ろをついていきつつ、先回りして、あたかも待っていたようにもとの場所に戻っていた。
「ごめんね。遅くなって。じゃあ行こっか」
「うん…」
計画では、体育準備倉庫に行くのを後ろからついてくつもりが、なぜか一緒に行くことになった。
それでも僕は、辺りを警戒して歩く。
後ろ前、ななめ、右、左、人のいるところを中心に。
せわしなく、首を動かして辺りを見て歩く。
それを不思議に思ったのか、あかりさんが声をかけてくる。
「どうかしたの?」
「えっ、あっ、なんでもないよ。一応狙ってる奴がいないか確認してただけだから…」
本当の事がばれないように、普段なら「狙っている奴から守ってる」と言うところを、少し控え目に答える。
「ああ…、やっぱりそう。でもそんなに気を張らなくても大丈夫じゃない?」
また軽く言ってくるが、今回は本当の事がばれてはまずい。なぜ倉庫に向かっているのかを知られるのは…。
「そうだね…」
「なんかいつもと違うけど、大丈夫?」
それには答えない。
すると、
「ねえ…。一つ聞いていい?」
突然、真剣な口調になる。
「何…?」
まさかばれたのか…?
「前言ったこと、あれって今でも変わらない?」
なんだその質問?意味がわからない…。
僕は、それに対して恥ずかしげもなく聞き返す。
「あれって…何?」
「……」
少し黙ったかと思うと、
「あれは、あれだよ…」
何だろうかあれとは?
あれ…?昨日一日でいろんなことがありすぎて、何のことかさっぱりだ…。
あれ、あれ…そして変わらないこと…。
それと…表情から何となくわかった。
『守る』ってことだ。
少し考えた湯にしていた僕に、さらに彼女は、
「そうだよね…。そんなのおかしいもんね…。」
なにかを悲しそうに、また意味不明な事を言っている。
だが、『あれ』の意味はわかった。
正直に答える。
そして僕の答えはいつまでも変わらない。
「変わらないよ…ずっと」
そう、僕はずっとあれ(=守る)ことをし続けるのだ。
彼女は意外そうな顔をして、
「ホ、ホントに?」
「もちろん…」
少し安心したような顔をして、
「なんか今の太郎君見てたら変わっちゃったのかなってつい思っちゃって…」
気のせいかホッとしたような、うれしいようなそんな顔を一瞬見せた気がした。
そんなわけないよな…。
僕は僕の興味でただ守っているだけだから…。
その後無言のまま歩いていると、倉庫に着いた。
とりあえず、彼女には倉庫にある草を入れるための袋を中に取ってきてもらう。
その間僕は、そのわきにある小さな倉庫を開ける。
そこには、運動場にラインを引くためのカートと石灰が中にはある。
その中にこっそりはいって、こっそりあるものを持ち出し、すぐ出てきた。
そして、彼女と合流し、もとの草取りの担当場所へと戻っていく。
彼女は帰る途中不思議そうに聞いてくる。
「これって、一人でもよかったのにね?なんでわざわざ二人で取りに行かせたんだろう?」
当然の疑問だった。
僕は手ぶらでみゆさんがゴミ袋片手に歩く。
二人も必要なかった。
「なんでだろうね…ハハハ…」
つくり笑いでごまかす。
この場合、そうすると以前解答していたのだ。
そこで先生とばったり会う。僕や彼女の草刈り担当である、この地区担当の先生と。
最大のピンチだ。
そして、彼女は聞く。
「先生。頼まれたゴミ袋持ってきました」
バレた…。
「え?そんなこと頼んでませんけど。袋はもう十分足りてますんで」
それに対し、
「そうですか…」
みゆさんは何かを考え込むように答える。
先生が再び歩き出し、別の場所を見にったみたいだ。
僕は嫌な感じがしていた…。
「ねえ、太郎君?」
ドキンッ…。緊張が走る。
「ホントに頼まれたの?」
僕はすぐに、
「ご、ごめんなさい。ホントは頼まれてません」
潔く謝る。そうすることにした。
なぜか考えたことが裏目裏目にでてしまっているため、そうするしかない。
「じゃあなんで…?」
当然の疑問だ…。
ホントのことは言えない…。
なんとか隠しつつ、ウソではない事実だけを言おう…、
「その、なんていうか…倉庫に行って欲しくて…」
「倉庫に太郎君と?」
「ハイ…」
と言いかけて、(というか言って)、
「あっ、イイエ、違います。みゆさん一人で。って独りではないんだけど僕も一緒に一人で…」
もはや言ってることが、理解不能になるほど、おかしなことになっている。
「ふふっ…、ハハ、ハハハ…」
突然笑いだした。
「なんでそんなにテンパッてるの?太郎君が頼まれて、ひとりで行けないから私に頼んだんでしょ?――その…『あれ』があるから…」
最後のほうは、少し照れた感じになって声が小さくなる。
…僕は考える。あれ…つまり守るため、倉庫に行ったのは間違いない。守る準備をしたから。
そして守るため一緒に行った…。確かにそうだ。
「そうなんです…なんかすいません。ウソついたみたいで」
「いいって。太郎君と歩くのも別に悪くないし、話もできたし、それに………大事なこと聞けたから」
僕はとても不思議な感じだった。
僕の気持が、ただ、みゆさんを守るためだけに、側にいるんじゃないような…。そんな気持ちにさせる。もちろん、お守りのおかげで、思考は読まれないから側にいられるんだが。この気持ちは、彼女の能力と関係あるんだろうか?
そんなことを考えつつ、僕と彼女は再び元の場所へと戻っていく。
彼女は、友達に『遅~い、どこ行ってたの?』なんて聞かれていた。
彼女の表情からそれが楽しそうにみえた…。そしてこの気持ちの正体は不明なままだった…。


授業は終わり帰りの時間が来る。
刻一刻と、あいつが来る時間が迫ってくる。
正確な時間まではわからない(時計を持っていなかったため)が、何となく外が暗くなってすぐだったのでこのくらいかなというのはわかる。
昨日と同じように、みゆさんの後をつけて、警戒を怠らないようにする。
どうやら、友達とは変える方向が違うから、いつも一人で帰っているみたいだ。
徒歩で一五分。
学校から比較的近いし、僕の家からもそんなに遠くはない。
家に着いたみゆさんは、僕のほうに手を振った。(たまに家の中からこっちを見ている気がすることがあったりする)
それをバイバイをしてくれたと勝手に思う僕は、また、今日のことを考えていた。
今日の授業中、ある程度勝利条件の交渉内容は考えておいた。
どれくらい通じるかは分からないけど。
あの気絶させる技の主体もある程度見当は付いている。
対策もしてきた。
だがまだ不十分だ。
もし先頭不能状態にしなくてはいけないという勝利条件になった場合に、こっちの攻撃力があまりになさすぎることだ。
拳法を使う奴だから、ある程度は打たれ強いはずだし、並みの攻撃では難しい。
護身術は、守りはできても、力勝負には向かない。
向こうも同じスタイルの戦術のようだし、力を逆手に取ることもできない。
ただ、それでもやるしかないのだ。
守るには。

ここで一つの疑問が生じる。
あいつは一体どうやって、みゆさんを殺すつもりだったのかということに…。
馬力のない攻撃でも人は殺せるけど、確実な方法が必要となる。
何らかの拳法の技を使うのか、それとも現代的な重火器や凶器を使うのか。
だが奴の考えと動きをみていて後者はない。
透明であることが有利に働き、何か人を殺せる技があって、ということだろう。
最低限備わっているといったところか…。
などと納得しながら、最善の解を探していく。
その技を使わせずに、馬力もつかわずに、力で押す方法…。
………。
………。
そうか!
僕はある解を見つけた。
これなら相手を戦闘不能にできる。
ただ…、もし殺しあいになったら勝ち目はまずない。
それは何とか阻止するしかない。
交渉で…。
相手のテリトリー――得意分野では、戦わない。


 日が暮れ、だんだんと空が赤く染まり、夜が近づいてくる。
戦いの時が近づいてくる。
僕は、砂糖のたくさんかかったパンを食べてエネルギーを充てんしつつ、今日の戦いのシュミレーションを何度も試していた。
失敗は許されないのだ。
この前の事件のように…。
少しの間たたずんでいると、
「ヒューーー」
「カンッ」
また不気味な風が吹いて、首のすぐ後ろから変な音がしたと思ったら、正面から声がしてくる。
「準備万全といったところでしょうか?やる気がこちらまで伝わってきます」
「そうか。さっそく何だが、すこし勝負の方法について話したいんだがいいか?」
「いいでしょう。そのかわり聞くだけです。話を聞いてからどうするかを決めましょう」
「よし。さっそく何だが、どうしたら、この仕事から手を引いてもらえるのかまず聞きたい」
核心からまず聞く。
「そうですね~。やはりそれは、僕を消したらということですかね~」
「消すっていうのは殺すってことか?」
「そういうことです。殺すという表現が正しいかどうかはわかりませんがね」
「じゃあ、ある程度の期間狙わないようにする条件はどうすればいい?」
「それは…、私に勝てたらですかね!」
「勝てたらというのは、戦闘不能にする以外に何かあるのか?」
「もちろん殺すことができれば一番でしょうし、戦闘不能でもあなたの価値でしょう。負ければ、こちらも作戦を考えなければならなくなりますし、時間が必要になります。戦闘不能以外ということでいえば、昨日はただ石を当てただけでしたが、少しでもダメージのくらう傷を負ったりするような攻撃を受ければ、そちらの勝ちで結構ですよ」
「なんでそんなに条件を譲歩できるんだ?これだけは、話が通じるというだけでは理屈が通らないと思うんだが…」
「気まぐれと思ってくれればよかったのですが、まあお話しましょう。今回の仕事はあまり乗り気ではありませんでした。今回のようにすぐ殺さなかったのは初めてです。もともと、ターゲットはただ監視・保護するだけの任務だったのですが、上の人たちが一八〇度意見を変え、殺すことに決めたようです」
「なんで?」
「それは、わかりません。私は下の下で、仕事を受けるだけの人間ですので」
「つまりお前は、みゆさんを最初守っていたということか?」
「まあ保護対象だったのでそうなりますね」
どうやら、この前、イルカの着ぐるみの人が行っていたのはかなり事実のようだ。
「仕事だから殺すのか?」
「最初にも言いましたが、私の専門はどちらかというと殺しです。守る方がおかしかったのです」
「わかった、もういい。条件は、少しでも傷をつけれればこちらの勝ち。それでそっちの勝利条件は何だ?」
「欲張らずに、気絶したらというのは少し面倒そうなので、こちらは一五分以内にあなたが勝てなければこちらの勝ちとするのはどうでしょう?」
「わかった…」
厳しい条件?ではあるが、妥協点はここしかなさそうだ。
さっき、こいつが現れた時、変な金属音がしたのは、また先制攻撃をされたのだ。
しかも首に。
だが僕はそれをよんでいた。
そして対策を打った。
金属性のかなり太い、首長族がつけているようなものを首に巻いてきた。
あの攻撃は、一瞬で気絶させたことを考えると、首に手とうか何かによる攻撃を受けたと考えたのだ。
そして、その攻撃をはじいたのが最初の奇妙な音の正体だ。
「では、始めましょうか。いつでもいいですよ」
まず作戦の一つ目、相手の位置を確認できるようにするだ。
それは難しい問題だったが、いくつか策があった。
それこそ、漁師の使う底引き網だった。
広範囲に縄を張ることができ、動きを止めることができるはずだ。
「トウッ」
掛け声とともに、結構重量のある網を投げる。
何かがかかった。
なにもないところに、盛り上がりができていたのだ。
「へ~。面白いことを思いついたものです。だが…」
あれだけ頑丈な縄が、切られた。
多分縄を切って、抜け出した。
それは予想外だった。
あれを見るだけで、かなりの殺しのスキルがあることが分かる。
金属で首をガードしたのは正解だったということだ。
一応、縄から出ることは予想していた。
その方法が予想外だっただけだ。
僕はポケットから小さな風船を取りだした少しだけ膨らんでいて、それを思いっきり声のした方の地面に投げつける。
「パンッ」
すると、地面から跳ね返って、なかから白い煙のようなものがあたり一面に飛び散った。
「これは、今日、学校の石灰を少し拝借させてもらったものだ」
そうやって話しかけ、応答を待つ。
そう、わざわざ体育準備倉庫に行ったのは、この石灰を取りに行くためだった。
声のする方を中心に探すためだ。
「ゲホッ、ゲホッ」
少し咳こんだようになって。
「思い切ったことをしますね。よく考えてきたようだ。確かに始めて戦うのと手の内を知られた後に戦うのでは、アドバンテージがなくなるみたいですね」
声のした方を見る。
そこには…いた。
「これで、もうお前は透明じゃない」
白い粉が付着している人間の形をしたシルエットが道の中に現れた。
この粉は、一度付くと、まず完全には落とせない。
もうこれで、透明のアドバンテージはない。
あとは攻撃をダメージのあるように与えるだけ。
白いシルエットに向かって走る。
僕は、事前に有効打を与えるある解答を出しておいた。
それは…これだ!
僕は走る。
すると、白い方も動いた。
結構早い。
すっとまるで一瞬で、横に移動したかのように。
これは予想外だった。
以前、石を当てることができたから、動きはあまり速くないと思ったがそうではないみたいだ。
昨日とは別人みたいだ。
「あと一〇分です」
そう時刻を知らせてくる。
もう五分たったらしい。
勢いよくその白い部分をつかもうとする。
「パシッ」
だが…はじかれた。
つかもうとした僕の腕が。
何の前触れもなく。
いや…、目に見えないだけで、確かに、腕についていたはずの石灰の粉が奴の周囲から舞っている。
これは、目に見えない速さで、腕を使って払ったということだろ。
「あなた何か勘違いされているようですが、私は『下っ端』ですが実力は、世界でも片手の指で数える中に入ると考えています。上の人は、権力があるだけで、リーダー以外はたいしたことありません。組織の中では一・二を争う実力です。多分2番でしょうけど。一番はリーダーだと思いますがね。僕を殺せるならあの人くらいでしょう。」
すこし間が開いたと思ったらまた話し始める。。
「当然、手加減はしているつもりですが、素人が勝てる相手ではないと思いますよ。――昨日は力を透明になることだけに絞っていてただけ。昨日、あなたが戦った相手と今日の相手は別人と考えた方がいい。しかし安心してください。今日は手技だけで五%程の力と決めております。手技以外は使いませんよ」
「なんだそれ…五%って…」
そんなわずかな力で底引き網の繊維を切ったっていうのか…。
そもそも話しの通りで、昨日とは少し動きが違う。
こいつはうそを言っているようには見えないし、そんな必要もないはずだ。
「さあどうしました?あと八分ですよ」
話が長いのは、時間稼ぎか?
手技だけの相手…
五%の力…
確かに相手の本当の実力は最強レベルらしいのだが、今戦っているのはそうじゃない。
手加減するのを自分に課している。
なんとか作戦通りに…倒す。
逆に考えよう。
透明は使えなくした。
というか見えるようにした。
そして手しか使えないということは…。
足…。
奴は基本的に、攻撃を足で逃げるよりも、手による防御が多い。しかも手刀らしき技で。
そこを狙うしかない。
今できる唯一の手だ。
僕の作戦は、投げ技を決めることだった。
柔術――。
護身術でも唯一相手に外的ダメージを与える。
だが直接投げ技をかけるのは難しい。
「あと五分ですよ」
時間が過ぎてゆく。
ただし、用意はあった。
勝つ見込みが、何らかの理由でなくなるかもしれないということを。
その可能性を。
その場合にどうするかを…。
だがこれは最終手段だ。
ダメなら負けが確定する。
なんとか使わずに勝ちたかったがしかたない。
もうやるしかない。
僕は、右ポケットからあるものを取りだした。
それは、もう一つの小さな水風船だった。
それを手にして、投げる構えをした。
「また石灰ですか。もう意味ないと思いますがね」
僕は構えたまま、白いシルエットのほうに走りだした。
「無駄ですよ。あなたのその格闘技術のレベルでは、たとえ五%の力でもすべて防げます」
それを無視して、走る。
すぐ前まで迫る。
まず左手に持ったもう一つの風船を、奴の真上に放物線を描くように投げる。
昨日、使った作戦だ。
だが奴はそれをすでに見ている。だから、その裏をかいたのだ。
勝負は一瞬だから…。
上を飛んでいる風船は、見ていない(飛んでくる風船を無視している)みたいに見える。(もちろん目がどこにあるかは見えないが、位置はなんとなくわかる)
そして僕は、振りかぶった右手の風船を奴の顔面のほうに向かって投げつける。
距離はあと二メートル。
とにかく前に出る。
相手はすぐ目の前だ。
奴は、自分の体に着いた白い粉を飛ばしつつ(早すぎて腕に着いた粉のシルエット自体は見えないため一瞬手のシルエットが消えたように感じる…一瞬で)、飛んでくる風船を手刀で一刀する(おそらくそうだ…)。
あまりの速さにきれいに風船は真っ二つになる。
「パッ」
 それが狙いだった。
もともと風船中に入っていた「気体」が出てきて、あたり一面に散布される。
そう。狙った奴の顔の付近に。
手で風船を割ったせいで、その気体を顔面にまともに食らったようだった。
さらに、奴の無視していた、上の風船もそのまま顔面に落ちてくる。
正確にいえば、頭の上で風船が割れ、気体が散布する。
その白いシルエットは、すぐに手のシルエットを顔に抑えていた。
そう中の気体があまりに臭いせいで、とっさに鼻を手で押さえだ。
それをダブルでくらった。
そして、急に動きがなくなる。
そう。風船の中に入っていた気体…。
それは…アンモニア。
この気体は、ある一定量を超えると危険なため劇物に指定される。
これは、化学の授業の後、ばれないようこっそりと理科実験室から拝借しておいた。
そして人間は、強烈なにおいによって、一瞬、動きを失う。
そして人によっては気絶しかねないほどの強烈な刺激臭だ。
その瞬間、僕は、顔を抑えた状態になった腕らしき部分を片方取り、つかんで投げた。
「ドゴッ」
顔は前にあるため受け身も取れない状況で、こちらも投げっぱなしで手を離していた。
背中から、地面のコンクリートにそのまま。
こうなるとダメージはかなり大きくなる。
地面にたたきつけられた、その白いシルエットは、白い粉をまき散らしながら倒れて動かなくなった…。
タイムリミットはおそらくギリギリだったはずだ。
「よし」
ついうれしくなって、感情を外に出すことがなかった僕だが、とっさに声を出していた。
再び、倒れたシルエットを見る。
今回はものすごくラッキーだった。
相手はほとんど攻撃してこなかったし(策を講じたおかげもあるが)、奴が自分で実力を抑えていたというのは少し引っかかることではあるのだが…。
だが、もしこの人に全力で来られていたら、間違いなく僕は死んでただろう。
それも確定事項なのだ。
奴にとっては、このきつい条件で、僕はギリギリだ。
その時、ふと違和感を感じもう一度倒れたシルエットをみると、人型の粉の跡があるだけで、シルエットは消えていた。
虚空から声が聞こえてくる。
「さっきはああ言ったけど、君がこのゲームに勝てるとは思わなかったよ。僕が遣わされたのは、どうやら君がそれくらいの実力か見極めるためだったらしい。リーダーはどうやら、君が魅力的なら、今後組織に入れるつもりだったのかもしれないね…。そのポケットに入っているお守りは、そう言うことなのだろう。だから約束通り、今後こちらの組織からは手出しはないだろう。でも、彼女を狙っているのは私の機関だけではない。もし、まだ守る気があるなら、強くなることだ。今のままじゃ、すぐ殺されかねないよ。私は今回こうなるのを望んでいたし、乗り気じゃなかった。上の考えることはよくわからないよ。特にリーダーは…
何かをこっちに向かって話している。
話し方の雰囲気からわかるのは、リーダーの策略にまんまと引っ掛かったという感じだった。
そう言えば、リーダーって何回も出てきたけど、組織のボスということらしいが、いまいち何なのかわからない。
お守りの事も言ってたけど、どうして胸ポケットに御守りがあることを知ってるんだ?
あの早業で、見たということなのだろうか?
あのイルカの奴と関係があるのだろうか?
奴の姿は最初のように姿はなぜか見えない。
もう粉が付いていなかった。
そもそもあの投げ技くらったダメージで、なんで、もうしゃべれるのか…?
というよりも、なぜ空から声が聞こえるのか?
疑問はたくさんある。
奴は続けて話す。
「だが、今回のようには思わないことだ。他のプロは感情と無関係に容赦なく殺しに来るはずだからね」
「他の機関はお前より強いのか?」
僕は、一番の心配ごとを聞いた。
当然の疑問だった。あの条件線で、手いっぱいといった感じだった。
あんなのより強いのが次々襲ってきたのでは、守りきれないかもしれない。
「今日の私よりは強い。だが日本で私の全力より強いのは、私の機関のリーダーだけだ。だから私の全力より他の機関は劣る。まあそれも一人か二人が相手の場合という条件付きだがね。だが、今の君では話にならないだろう。いまより強くなることだ」
「でもどうやって?」
すると笑い声がして、
「君は天才なんだろ?なら自分で考えるんだ」
すると声のする方から、一人の紳士的な黒スーツを着た男が上空に現れた。
年は二〇~三〇代。
髪は黒い短髪。
顔は日本人ぽく見えない。ハーフなのだろう。
そうなのだ。斜め上に浮かんでいるそいつは、さっきまで何らか方法で透明になっていた奴だと分かる。
「浮いてる…」
「驚くのも無理はない。だが君の話し相手をしている余裕もないみたいだ…」
僕は「?」となった。
その男は、余裕の表情は消え、あせったように家の周囲を何か警戒するように見る。
そして僕に向かってその空に浮かんでいた奴は叫んだ。
「逃げろ!」
そう言った瞬間、意識が飛びかける。
どうやら僕は、突然コンクリートの上に横に倒れた状態になっている。しかもあのときとは違って、何らかの攻撃で数十メートルほど吹っ飛ばされたのだ。
だがすぐに意識を戻す。
一応、戦いに備えて、攻撃された時のために、動きが鈍くならない程度の防弾ジョッキとダメージを吸収する繊維の入ったインナーをつけていた。
護身術で、とっさに、力のかかる中心点をずらしたのもよかったのだろう。
それでもといった方がいいのか、数十メートルほど吹っ飛ばされた。
これは人間の普通の力ではまず無理だ。
しかしこの感じは、おそらく蹴りかラリアットの類だ。
腹部の中心をやられたようだった。
すぐ周囲の状況を確認するように辺りを見まわす。
十人程の人(?)の姿が見える…暗くって見にいくい…。
透明男(名前を知らないので命名)のいる半径五十メートルより外(なぜか中には入ってこない)に、屋根の上や電柱の上、電灯の上などそれぞれの人がこちらを見て立っている。
そして、あの透明男はそのうちの誰かと話している。
「お前らどういうつもりなんだ?JOCKは、世界の決めたことに逆らうつもりなのか?」
どうやら、東南東の方角にいる、人間――というには余りにも物騒なものをつけた奴――が言う。その物騒なものとは、何かの動物の長い爪のようなものが三本着いた腕だ。
指がない代わりに一メートルほどあるその鋭い爪(銀色でおそらく刃物だろう武器だ)を握ったり開いたりして動かす。
見た目も、まるで鬼が着ているような、古い時代を思わせる衣服だ。
顔はよく見えないが、きっと恐ろしい顔をしているのだろう。
そんな奴に対して、
「おかしいですね~。なぜあなたたちみたいなのが、こんな所に、ぞろぞろと来ているんでしょうか?ちょうど四八人といったところですかね?MYASSOの半分もの人員をひきつれている。――あと、忠告しますが、あなたたちが先に私たちの機関の名前を漏らしたからには、敵対者とみなしますよ。これ以上、こちらの機密情報はしゃべらない方がいいですよ。さもないと…」
とやさしく前置きして、
「全員、ぶっ殺すぞ!」
と急に口調が変わる。
かなり怒ってるみたいだ。あの一喝で、すごい気が伝わってきた。
でも、『JOCK』とか『MYASSO』なんて聞いたことないぞ。
そして、僕はあることにすごく驚いていた。
姿は十人程度のはずだったのに、見えない敵があと四十人近くいる。
多分隠れているということだろうか?
それを一瞬で見抜くって、あの透明男すごいとしか言いようがないな。
辺りは静まり返っていた。
透明男の一言で。
そんなに強いのか?この数の相手がビビるほど!
すると、また同じ奴が口を開いて言う。
「ほんとにお前、この数を相手にできると思っているのか?それに…」
そう言った次の瞬間、暗闇の中に、
「ドサッ、バタッ…バタッ、バタッ…」
いくつもの人が倒れる音がした。
そして、まるで何事もなかったかのように浮いている透明男は、
「これが答えです」
僕はわかった。
あの体育館の事件の時と一緒だ。あの透明男がやったんだろう。
でもこの距離でほんの一瞬ですごい数を倒したぞ!
僕は驚いていると、さらに驚くことを聞かされる。
それも透明男の口から、
「おかしいですね~。まだ十五人も残ってるなんて。組織を捨てて夜逃げでもするつもりだったんですか?――驚きましたよ。実力のある人員を全て引き連れてきたということでしょうか?私の予想では、立っていられるのは、三人程のはずだったのなのですが…。それでそんな大口を…やっとわかりました」
するとまたしても奴が返す。今にでも爪を立てて飛びかかってきそうな様子で、
「こっちも驚きだ。ホントにお前、噂通りの奴だな。一瞬で、俺たち全員に攻撃してくるなんてよお!」
すごいことだった。
あの一瞬で、倒れた奴だけじゃなく、全員に攻撃をしていて、しかもあの攻撃を何の準備もなく防いだということに。
姿が見えるのは、4人だけだった。それぞれ東西南北に一人ずつだ。
あとの十一人は隠れているということだろう。
南西の方角には、女の子が見える。辺りの光と月の光に照らされて、白い着物のような衣装をきている。
それもその左の手には、女の子が決して持っていないもの――(呪い?の)藁人形を。
藁人形がなぜのろいかといえば、胸のところに、これまた巨大な釘が刺さっているのだ。
右手には、巨大な金槌がある。
…使い方が、なぜか想像できる組み合わせだと思うのだった。
あと、西北西の方角には、
――もはや理解不能だった。
なぜか、背中に戦車を背負っているのだ…。
戦車といっても、本物より小さい。
背中に抱えると、砲台が頭から出ているくらいか。
なぜか四つん這いのポーズだ。
まるで…カブトムシみたいだった。(少し笑いそうになったが抑える)
服は全身迷彩服を着用している。顔にはガスマスクもある。
たぶん、あの服の中には、武器が満載だろう。
軍事マニアの人でもそこまでしないのに…。
残りの一人は、北西の方角にいた。
こいつは、もはや人間ではない感じがする。
全身に銀色の西洋の甲冑をつけている。
背中には、大きな剣を携えている。

そんなことを思っていると、物騒な爪をつけた奴が、
「それにしても、あそこにいる弱っちい奴は一体何なんだ?」
僕の方に爪を指して言う。
「知らないんですか?この人が例の彼女を一人で護衛しています。先ほど私が負けて、すぐ引くつもりだったのですが、なんと運の悪いことか。あなたたちみたいなイカレた人たちが来るなんて」
僕は小さな声で『いや勝ってないですから…』とつぶやくが、聞こえたらまずそうだ。
そう言えば、誰が僕に攻撃したんだろうか?全く分からなかった。
爪野郎(名前を知らないので、さっき命名)はそれに言い返す。
「いかれているのはリーダーだけだ。そもそも、そんな弱い奴がお前に勝てるなんて信じられねえ!」
しかし、透明男は話を切り返す。
「そんなことより、これだけ立っているのが残ったということは、『キャット』に『クルー』もいるということですね。それなら先ほど反撃されかけたのに納得がいきます」
――――暗殺者はそれぞれコードネームを知っていても、互いの顔は知らないのがセオリーである。
どうやら、さっきの全員への攻撃に反撃を仕掛ける奴がいたらしい。そして、ドイツ化はわからないが、『キャット』と『クルー』は名前(本当の名前じゃない)か何からしい。
そんな恐ろしいことができる奴がこの中にいるってのか?
しかもこの数で!
「俺もいる」
すこし、低い声で誰かが声をかける。
そいつは、他の奴が透明男の周り五十メートルには近づかないのに、そいつだけは、透明男の数メートル前に立っている。
顔は、中国人か韓国人のようだ。歳は分からないが、黒いコートを着ている。
身長は、百七十~百八十の間といったところだ。
周りにいる奴とは違って、白い手袋をつけている以外は、武器になりそうなものは何も持っていないみたいだ。
そいつは、急に現れた。――やっぱり、あの距離は何か戦闘に意味があるのだろうか?それとも急に現れたこいつ以外、入ってこれないのだろうか?
でも僕には直接攻撃されたし…。
そんな男の登場に透明男は少しだけ驚く。
「お前は…ミャア。なぜこんな所まで…」
知り合いらしい…。
「俺はさっき着いたところだ。
――世界の決定に裏切ろうとしていた、『PACCO』と『SUUE』の二つの組織をさっき潰してきたところだ。ところでJOCKもそうなのか?聞いてたのと話が違うが?」
今までとは表情が変わる透明男。
続けてミャアは告げる。
「残念だが裏切り者は始末させてもらうってことだ。わざわざ、精鋭を呼んだのは、護衛が実力トップレベルの奴が一人でターゲットを守ってるって聞いたからなんだが、
――お前と相手することになるとはなあ。ちょうどよかったぜ。俺一人じゃ、いくらあんたより俺の方が『ランク』は上でも手間がかかる。俺が四位でお前が五位。でもこっちには、六位の『キャット』・七位の『クルー』、あと幹部候補で九位の『チェラス』もつれてきている。それに、一度も暗殺に失敗したことがない――外部から雇った、『イスクル』もいる。
――わかるか?おまえが死ぬのは決定ってことだ。」
すると、透明男は少し考えるようにして、
「困りましたね~。『MYASSO』がイカレているのは知っていましたが、意外と準備周到な組織だったんですね~。じゃあ、しょうがない」
そう透明男は、ミャアとの話を断ち切ると、

「―――チーーー。チーいますか?」

何か聞いたことのある響きの名前を、透明男は口にする。
それもすごい大きな音だ。
人間からこんなに大きな音が出るなんて!
「ハ~~~~~~~~イ」
どこからか声がした。
これまた大きな声だ。
そして、ある一定の間隔で地震みたいに地面が揺れる。二秒に一回ってところだ。
「なんだこれは?」「おい何かの攻撃のつもりか?」「何?何?」
ミャアって奴や、爪野郎、その仲間も驚いていた。
何が起きているのか分からないようだ。
「ガシャン」
みゆさんの家の方からガラスが割れる音が聞こえた。
そして、それと同時に、道の目の前のコンクリートに、小さなクレーターが発生し、その直後すぐ誰かにお腹をつかまれて、僕は足が中に浮いていて、まるでバック走しているように、後ろに進んでいた。
すぐ肩に抱えられたようになった。――その方が運びやすいといわんばかりに。
僕は見た。
もちろんこの隣の――女の子に。
数秒で、さっきの場所が見えなくなる。
「お兄ちゃん。助けに来たよ」
この子は、昨日の昼間にいた…。
「チーちゃん?」
「うん!」
元気よく言ったのだろう。それでも風圧で声が聞き取りにくい。
ホントに、ピンチの時に現れたのに驚いていた。
反対側には、
「みゆさん?」
なんと、みゆさんが肩に担がれていた。
「私が家に入って、連れてきたの。そう言われてたから…」
窓ガラスが割れたのはそれでか…。
どうやら、この子はいざって時のために逃走用に用意されていたのだろう。
さらに僕は、足元を見ていて、さっきの地震の正体がわかった。
この子の足は、地面に一度付くたび、地面のコンクリートが、まるでクレーターが衝突したような跡を残す。つまり、地面をけって、ダッシュする要領で。
一歩で数十メートルの距離を進んでいる。
その力が、地震を起こすほどの力なのだ。
そのため、速さも尋常ではない。
たった数十秒で学校に着いた。
僕たちの通う高星学園。

僕は、あの透明人間を心配していることに気付く。
さっきまで敵だった男に対して。
圧倒的な力をそれでいて持つ男…。
そんな立場ではないことは重々承知しているのだが。
それでも聞かずにいられない。
「あの人は大丈夫なの?」
「あの人って?……ああCKのこと?大丈夫かどうかわかんない。でも、きっと大丈夫だと思うよ」
意外な答えが返ってきた。
心配でたまらないかと思ったからだ。
それほど強いのか…?
でもランクが一つ上って、言ってたような気がするが…。そもそも言ってることの半分も理解できない。『世界の決定』はイルカの人から聞いたけど、それだってよくわからない。
心配なことを、聞くべき相手とは思えないが、聞けるのはこの子しかいないので聞く。
「でも、あのミャオって人だけでもやばいんじゃないの?」
すると、またしても意外な答えが返ってくる。
「ランクなら大丈夫だよ。だって、CKに勝てるのはリーダーだけだから!」
「そうなの?」
「うん」
声には、少しの不安もないように聞こえる。
「ちょっと話がついていけないから聞きたいんだけど、どうしてランクが上なのに大丈夫なのかな?」
なんでこんなことを小学生に聞いているのか、やっぱり不思議になる…。
「ランクっていうのは、あんまり難しいことはよく知らないんだけど、仕事を頑張った人が高くなるんだって。でもCKは、さぼってばっかりだから、ランクが下になるんだって。ちゃんと仕事してれば、『たぶん二位』って、この前言ってた」
そうなのか、それで殺せるのがリーダーだけなんてあの透明男は言っていたのか。
校門の前で、話していると、
「学校の中でCKが返ってくるのを、『待つ』つもりだから、行こっか?」
「行くってどうやって?門には鍵があるし、中に入れないんだよ?」
門は高いからよじ登るのも難しいのだ。
当然、夜に鍵なんて開いていない。
「こうやって」
そうチーちゃんは言うと、僕とみゆさんを再び担いで、地面をける。
「ドンッ」
地面にクレーターができる。
一気に運動場の真ん中まで飛んだ。
「すごすぎ…だよ」
僕は驚くしかない。
こんな小学生みたいな見た目の子が、速く走るだけでなく、上にも飛んだのだから。
僕は例の裏扉から体育館の中に入る。
ここでしばらく待機するらしい。
透明男が返ってくるまでのようだが…。
僕があの場に行ってもどうしようもないしね。
そんなことを考えていると、チーちゃんが言う。
「チー、おしっこ」
股に手を当てて、僕に言うと、トイレの方に走って行った。
そういうところは小学生?というか幼稚園児みたいだった。
普通に走ると、クレーターはできないのか…。
そんなことを思っていると、
傍で寝ていたみゆさんが、目を覚ました。
少し寝ぼけつつ、立ち上がろうとする。
「あれ?…なんで私…?」
そして驚く。
「て、あれっ?太郎君?なんで?」
全く状況が飲み込めない様子だ。
正直僕もこの状況は飲み込めていない。
「ねえ、なんで私たち学校の体育館にいるの?ねえ?どうして?」
やばいぞ。混乱している。
寝てる間に、どこかに連れてこられたら、普通はそうなのだろうか?
「僕もよくわからないんだ。でも、みゆさんが無事でよかったよ」
「なっ、何いってんの?」
彼女は少し顔を赤くする。
「たくさんの化け物がいて、それで小学生で、チーちゃんが運んで、…みたいな?」
説明しきれないくらい、いろんなことが起きたので、断片的になってしまう。
もちろん、本当の事がばれえないように説明したせいでもある。
「化け物?小学生?全然分かんないよ」
『理解できない』という、そんな顔をみゆさんがする。
「……」
僕は、なかなかうまく説明することができなかった。
口に出して説明をするなんて、学校の、しかも異性の、同級生になんてないのだから。
そこにちょうど、チーちゃんがトイレから帰ってくる。
「いっぱい出たよ」
「タタタタ…」
こっちに急いで戻ってきて、元気よく恥ずかしいことを言う。
「ちょっと、そんなの言わなくていいよ…」
つい僕は、注意する。見た目の年齢よりも、精神年齢が幼い。
すると不意に、あかりさんは声を暗くして、
「この子だれ?」
まあ当然の反応だろう。
でも、後ろの黒いオーラはなんだろう?
チーちゃんは、僕もまだ始めて見てから二回目だからな…。
「この子がさっき言ってた小学生で、名前はチーちゃん。僕たちをここまで一人で担いで運んでくれたんだ!ねっ?」
同意をチーちゃんに求める。
「うん。そうだよ。お姉ちゃん、よろしくね」
「あ…、あっ、うん。よろしく…」
何か納得がいかない様子だった。
「よし、じゃあ、あのCKって人が来るまで待ちますか…」
というのに対して、こんなのおかしい、といった顔で、みゆさんは、
「えっ、なに?なんで?そんなの納得できるわけないでしょ?どうしてこの小学生の子が二人の高校生を担いで私の家から運んでくるの?そんなこと、できるわけ…」
そう言いかけた時、体育館の外から大きな爆発音が聞こえてきた。
「ドドドドドドド……」
そのせいで、みゆさんの声も消し飛んだ。
体育館が、その音に合わせて、揺れていた。
音と振動がやんだ方思ったその時、
――いつの間にか、目の前に、CKと呼ばれる人(待ち人)が、
突然、
―――血まみれで倒れていた。
CKは手を地面に這わせながらこっちへと手を伸ばし、最後の力を振り絞るように、
「早…く…、逃…げろ…」
そう言い残すと、もう動かなくなっていた。
チーちゃんは、そこに駆け寄る。
「ねえ、どうしたちゃったの?CK?」
泣きそうな顔でチーちゃんが話しかける。
僕とみゆさんは、ポカンとしていた。
あまりの事態に動揺して動けない。
すると、僕のすぐ前にいた、みゆさんが……ふらついた。
――終わりは突然来た。
「クラッ」
みゆさんが上下左右に不規則に揺れた。
それと同時に、
「ボコッ」
体育館の床に穴が一つ空いた。
そう…それは……
――一発の銃弾だった。
遅れて銃声が聞こえてくる。
「パーーーン」
僕はそれですぐに気付いた。
みゆさんが…、
――撃たれた…。
近くには誰もいない。どういうわけか、この辺り一面壁に囲まれた体育館の中で、狙撃されたのだ。狙撃なんて、この状況じゃ、できないはずなのに…。僕はあり得ないというしかなかった。誰が撃ったかなんてわからない。
でも、今は、それどころじゃなかった。
「みゆさんっ」
僕は慌てて叫んだ。
そして…、
「バタッ」
みゆさんは、そのまま前のめりに倒れこむ。
体育館の床に何か液体みたいなのが、あふれている。
――血だ。
そのまま、みゆさんは動かなくなった。
「みゆさんが、死んだ…」


僕は必死になって駆け寄る。
倒れた彼女のもとへ。
それが僕にとっては大切でもあり、終わりでもあった。
そんな一瞬は、起きるはずのないこと。

起きると分かっていたのに、どうしようもなかった。
どうにもできなかった。
だから心の中で願っていた。
起こらない事を。
ただひたすらと。
この瞬間、僕は終わったのだ。
あの日、約束したはずなのに…。

あの日の言葉が、頭の中によみがえる。
『――じゃあ、これから私のこと守ってね!』
僕は叫ぶ。
「―――みゆさ~~~~~ん!」
その声は、体育館の中に響く――。

僕には守れなかったのだ。
僕は、彼女に駆け寄ろうとして、すぐに足をとめた。
――誰かいる。
そう、体育館の中に誰かがいるのを感じていた。
辺りを見回すと…、
いつの間にか、体育館の中をさっきの敵の何人かが囲んでいるのが分かる。
舞台の上に2人、表の入口辺りには2人、リーダーとその周りに3人は、すぐ前、前方数メートルの場所にたたずんでいる。
いったん止めた足を、そんな状況の中でも、再びみゆさんに向かって動かす。
中座りの姿勢になって、倒れたみゆさんを見る。
服は、血で染まり、呼吸もないようだ。
僕は、それでも、口に出していた。
「みゆさん?みゆさん?みゆさん?」
だんだん声を大きくして、みゆさんの肩を揺らし、そう呼びかけていた。
そんな中、あの敵のリーダーだというミャオという奴が何かを言っている。
「なんだよ、その様は?CKよ。お前弱くなったなんじゃないか?こんなあっさり殺れるとは思ってなかったぞ。まったく残念だ。安心しな。墓石には花でも供えてやるからよ」
みゆさんだけでなく、CKも息絶えたようだ。
――そうCKも死んだのだ。
「ターゲットは死んだ。CKもいない。あとはJOCKの残りを潰すだけだ。この感じだとそっちのリーダーも楽勝だな」とか言って、ミャオは僕たちに背を向ける。
「残りの雑魚はそうだな…。『ペムウェル』お前に任せた。ターゲットを殺った褒美だ。一人でできるな?」
そう誰もいない虚空にしゃべりかけると、
「……」
答えは返ってこない。にもかかわらず、
「よし。じゃあ俺たちは一度アジトに帰る。――まさかとは思うが、失敗するんじゃねえぞ」
そう言い残して消えた。体育館にいた連中全員が」
ペムウェルと言っていた。そいつは姿も見えないし、さっきのやり取りで、声もしなかった。
どこかに潜んでいるかもしれない。
でも、そんなことは二の次だ。
みゆさんを守らなきゃいけなかったのにできなかった。
もちろんこの状況で、誰も僕を責めたりする者は、いないだろう。でも守りたかったのだ。
僕はそんな中であることを思い出していた。
どうしても守れないとき、どうすればよかったのか。
そうあのときイルカに言われたことを思い出す。
―――「今のあなたに言っておくのですが、もし彼女をどうしても守れないと思ったら、その時は、お守りに、祈ってみるのもいいかもしれません」
確かにそう言っていた。
僕は、胸ポケットに入っているお守りに、祈った。
『みゆさんを守りたい。――そして、みゆさんを助けたい』
そう、みゆさんの命を守りたい。そのため今死にそうになっている(もしかしたらもう死んだかも知れない)みゆさんのために祈った。
不思議だった。僕自身のために始めた護衛を、今はみゆさんのために祈っているのだ。
もっと早く気付けばよかったのにと思う。
あの感情は、自分のためだけには生まれてくるものではないのだ。
あれは誰かに向けての感情だったのだと気付いたその時、
急に、胸ポケットが光りだした。
僕は慌てて、ポケットの中に入っているお守りを確認した。
「眩しいっ」
そう、思わず言ってしまう。
まるで目の前で、閃光弾を浴びたように。
光がだんだん小さくなり、光は収まる。
しばらくして、目の前が見えるようになる。
そこには、握っていたはずのお守りがなくなっていた。
「あれっ?」
ポケットをもう一度探すが、見当たらない。
僕にとっては、すごく貴重なものだった、でも今はそれだけじゃなく、お守りに祈って何とかしてほしいという(都合のいい)ことを考えていたのだ」
するとすぐ耳元から声が聞こえた。
「おい、おいって」
「ん?僕は声のする方、右を見る」
振り向くと誰もいない。
「あれ?確かに声が…」
「こっちじゃ、ボケ」
という声がして、右耳を引っ張られた。
「イタタタタタ…」
そして、声の主体を見つけた。
そう僕のすぐ隣、というか顔の隣、肩の上だった。
肩の上に、横になって(半身で寝ている)、肘を下について、手は顔へ、まるで寝ながらテレビを見ているような格好で、偉そうに僕の肩から話しかけてくるのだ。
「やっと気づいたか。耳も目も腐っとるんじゃないか?」
そう言っているのは、その口ぶりとは正反対に、背中には白い羽、頭の上には光る輪っかがあり、白い純白のドレスみたいな服を着ている。肌は真っ白で、目は青く澄んでいる。
ただ、小さいのだ、すごく…。例えるなら、うまい棒の半分の背丈、その上、顔がやけにおおきく見え、二頭身の体だ。アニメのマスコットか何かのような容貌だった。
「天使?」
僕には、姿を見るだけならそう見えた。性格はそうでもなさそうだが…。
「お前、何言ってんだ?俺は妖精だぞ」
まるで男のしゃべり方だ。口癖は自分の事を「俺」、しかも全体的な口ぶりがヤンキーみたいだ。
だいたい妖精と天使って、どこが違うのだろうか?
「それで、なぜ僕の肩にその妖精さんが?」
聞いてみた。なんか急に現れたなんて言うのも信じられないが、大体そんな場合じゃないのだ。
みゆさんが死ぬかもしれないんだ。だからこんな質問だってしたくはない状況だ。
「あんたが呼んだんだろうが。全く…『なる』のが遅いと思っっとったら、こんな奴が俺の持ち主なんてな…まったく最悪だわ」
そんな風に悪態を垂れたと思ったら、どこからか携帯を取り出し、電話し始めた。
おいおい、妖精が携帯でおしゃべりなんてそんなの聞いたことがない。
「おお、ジョーか?俺だよ俺」
なんか目の前で、おれおれ詐欺が始まったぞ。(女の声じゃ意味ないだろうけど)
「…うん。…うん。そうか、じゃあまたな」
どうやら電話が終わったみたいだ。
僕はどうでもいいこととは思いつつ聞く。(それが僕の神髄だからね)
「どこに電話を?」
「あぁ?そんなこともわからんか?バカタレ。リーダーだよリーダー。俺らのリーダであり、そして元あるじの『ジョー』だ。お前にもう、『すべてを話してもいい』、ということだそうだぞ」
「話し?全て?」
さっぱりわからないぞ。
「一度しか言わんからよく聞けよ」
そう言うと、だるそうに体をあげ、羽をパタパタしたと思ったら、急に飛んだ。
僕の目の前で、その――天使ではなく――自称『妖精』さんは、目の前で浮かんだまま、話を始める。
「お前がリーダーからもらったのは、お守りではない。そして、お前の意志が本当に誰かのためのものになった時、俺は力を得ることができる。そしてお前は、やっと『なった』んだ」
僕は困惑する。なにせ話していることのほんの一ミリも理解できないのだから。
「あの…全然わかりません。まず、『お守り』がどうとかいうのからもうさっぱり…」
妖精の少し顔がイラついている。
「まったく何が天才だ。ただのバカじゃないか!あのな、普通の『お守り』はただの祈祷品だ。でも、お前がもらったのはそうじゃないと言っているんだ。特別な力を秘めていた、こちら(オカルト)の世界でも有名な物品だ。そして、それを守護していたのが俺。力はh弾封印されていて、本当の持ち主が生まれてくるのを何千年と待っていた。それがお前だ。」
やばい。正直言って、『天才だ』と言い返したいが、話についていくので精いっぱいだった。
俺がこの『お守り』の持ち主だということは理解できた。
「なんで僕なの?」
「ホントは俺も不本意なんだが仕方ない。お前がこれを使う才覚を持って生まれた、世界でたった一人の人間だからだ」
なんか話がどんどんおっきくなってきたみたいだ。
「僕が世界で一人の人間?」
すると妖精は首を縦に振る。
「そうだ。そして、その資格をやっと手に入れた」
「資格っていうのは、才覚とは違うの?」
僕はそう疑問に思った。なんか同じような言葉だから混乱してしまう…。
「才覚は、もともと資格を手にできる素質をもったもの。そしてそれはお前が世界でただ一人。それに対し、資格は、ある条件を満たすことで手に入れることができる」
「その条件って?」
「守るという、思考するためのゆるぎ無い目的があること――おまえでいうところのみゆという人間を守るという揺るぎのないもの」
それは、納得がいくものじゃない。なぜなら、最初から守るつもりでお守りを手にしていたからだ。
「でもなんでお守りをもらったときに、資格を得ることができなかったんだ?」
「それは、お前の意志である目的が絶対ではない勝ったからだ。そう、守れなかった時、お前はその意志を破棄する可能性がまだ最初は残っていた。それは彼女が死んだとき。でももうそれをクリアした。さっきあの瞬間な」
そう言うことだったのか。どうもあの光は、そのせいで現れたのか…。
でもお守りがない。そのかわりに妖精が現れた?でもあの妖精は、お守りを守護していた?
そうなるとお守りはどこへ行ったのか?聞いてみると、
「ほれ、俺の胸にかかってるだろ」
といって、見せてきた。
胸のファスナーを開いて見せてくる。なんかこの状況で思うのもなんだが、要旨はちっちゃいのに胸がでかいぞ。お守りをちらつかせると、谷間がどうしても気になってしまった。
ここで気づく。
僕はいつの間に、こんなエッチことも考えるようになったのかと。
興味はなかった…。でも興味があるみたいだ。これが自覚されたということか?などと思っていると、妖精はお守りをしまって、
「今から力の使い方を教えたいところだが。どうやらゆっくりしていられないみたいだな。誰か狙っておるようだぞ」
「あっ、そいえば、みゆさんを撃ったのは多分狙撃の奴だ。姿はわからないけど…」
「そうか、ならおい…」
そう、CKの死体のそばで泣き続けていた、チーちゃんに声をかける。
振り向くと、目の周りが腫れていた。泣いて目をかなりこすったからのようだ。
「チー、お前が奴の攻撃を何とかしろ」
そう命令口調で言うと、
「リリ…様…。クスッ…」
まだ泣いていた。
「お前ならなんとかできるだろ」
少し泣きやんだが、
「でも…でも…CKが…、うぇ~ん」
また泣き始めた。
「大丈夫だ。こいつが治すから安心しろ」
「ホン…ト?」
「俺がうそつくか?」
「いいえ…」
「よしわかったら準備しておけ」
「ハイッ」
最後は、泣きやみ、笑顔に戻っていた。
「じゃあ、おにいちゃん、かならず…CKを…助けて…ね」
少し不安そうな声で聞いてくる。
「オウ、任してよ」
なんて調子よく答える。
……。
いやいやいや…、何かおかしいぞ。なんで俺が治すことになってんだ?みゆさんすらまだ助けられてないのに、二人を治すって…。
場の雰囲気に流されたが、できないウソをついてしまった。
だいたいあの妖精、何とんでもないこと言っちゃってるんだ?
チーちゃんはその間、何かを待ち構えるかのように、足で地面に蹴って、イノシシの走り出す前のようになっていた。
「よし、これで時間稼ぎは大丈夫だろう。じゃあ、話の続きを…」
僕は、妖精がそう言いかけて、横やりを入れる。
「ちょっと、なんであんな嘘つくんですか?」
そう小さい声で、チーちゃんに聞こえないように言う。
「そりゃ、チーをその気にさせるためだ。あと…嘘ではない」
「嘘じゃ…ない?」
「天才ならもっと考えろ。だいたい、もし、みゆという人間が、助かる見込みがないなら、俺はもうお守りと一緒に消えていた。それが意味するのは、お前がそれを覆すだけの力を使える可能性があるということだ」
僕は、改めて考えてみた。するとこの妖精の言うことは間違いではないことに気付く。
「わかった。力の使い方を教えてくれ」
そう頼むと、
「よく聞くんだぞ。あの日、お前には伝えなかったことがある。リーダー(イルカの人)に話を聞いた時の事だ。実は、あの時話したのは、表の話で、本当は、その話には裏があったんだ。お前も疑問に思わなかったか?理由が解明できないだけで抹殺なんて…」
僕は、話を聞きつつ、あの日の事を思い出していた。すると、確かに、あの程度の理由で、抹殺はおかしかった。研究なんてわからないことのほうが多いし、それを途中で投げ出した理由もはっきり聞かされなかった。
「確かに…」
そう静かに答える。
すると右前方にいた、チーちゃんが動きを見せた。
「ダッ」
床にクレーターができ、目に負えないスピードで移動する。
何をしているのか?確認できない。でも今は話の方が重要だ。
「実はこの戦いでは普段の戦闘力は意味を持たない。それはお前も、すでに見た通りだ。本来、人間が出せる力は限られている。それを…」
といいかけて、銃声が聞こえる。
「パ~~~ン」
二回三回、何度も聞こえる。
僕は振り向くと、チーちゃんはその速い動きで銃弾をはじき、僕たちを守るように、空をジャンプしていた。
「話を続けるぞ。それで、暗殺業界の中ではこの力を『イクトス』と呼んでいる。」
「『イクトス』?」
「そうだ、IQTOSというスペルである単語の頭文字になっている。細かいことは今は抜きだ。簡単に説明する。Iは興味、Qは疑問、TOは道具(TOOL )、Sは解だ。つまり人間の思考の始まりから終わりまでを指している。そしてこの順番に人は考えている。そして、人の思考を力に変換するのが『イクトス』だ。

I      興味、
 ↓      ↓
Q      疑問、
↓      ↓
TO     道具  ……重要!
↓      ↓
S      解
↓      ↓
BOOST  力の発動

 となる。そして、この中でも重要なのが、TOOL(道具)だ。チーの足を見て見ろ」
僕は、なんとか話についていこうと、チーちゃんの足を見る。あの時思ったが小学生の履く靴ではなかった。
「あれは、『脚力』爆発的に挙げているのが分かる。あれは、」

I      興味、走ることへの興味
 ↓      ↓
Q      疑問、どうすれば早く走れるのか?という疑問
↓      ↓
TO     道具 底の厚いくつ  
↓      ↓
S      解 脚力をあげる
↓      ↓
BOOST  力の発動

 となる。これが、チーの力の正体だ。細かいことは省いたから疑問は残ると思うが、本題はここからだ。暗殺業界では、『イクトス』を多くのものが使っている。だが、世界でただ一人、それ以外の方法で、力を使うことができる。それがお前だ」
妖精は、僕に指を指して言う。そして続けて、
「それは『イクトス』ではなく『イクティス』というものだ。『イクトス』と異なるのは、ツールが必要ないところだ。俺がいれば、お前は力が使えることになる。

I      興味、
 ↓      ↓
Q      疑問、
↓      ↓
THI    思考  ……重要!
↓      ↓
S      解
↓      ↓
BOOST  力の発動

というように、力の発動まで、の流れは同じだが、このわずかな違いには大きな意味がある。道具が必要ないというのはそもそも、チーを見ればわかるように、あの靴の道具を使用して、力を使っている限り、他の力は使えない。だから、チーは脚力に特化した力だけを使う。そしてこの力はその人にあって(適して)いるものでなければならない。そして、その道具が置かれた状況で最善(ベスト)でないと力は使えない。ここまではいいか?」
「う~、なんとか…」
正直分からないことのほうが多いけど、なんとかついていくしかない。
とりあえず、暗殺の人は『イクトス』っていう人外の力を使えて、その仕組みが道具。でも僕はそれと違って道具ではなく思考(『イクティス』)ということは、なんとなくわかった。
「それで『道具』じゃなくて『思考』だとなにか利点があるってことですか?」
「おお、天才というだけはあるな。だんだん話が分かってきたな。その通りだ。道具なしで力が使えるということだ。その場の状況に合わせて思考し、力を使える。そして、欠点もある」
「欠点?」
そう聞き返す。聞く限り、欠点なんてなさそうなのに…。
「欠点とはもちろん、思考をその場その場で行う必要があるということだ。だからあらかじめ考えていたことでも、状況が変われば、思考も変わる。その柔軟さが必要になる。それに最善の解にするため、最善の思考しなければ力は発動しない。つまり、ある状況に対して最善でない思考に到達すれば、意味がないということだ。それに比べて、道具を使う『イクトス』は、あらかじめ道具を用意しておけば、何度でも同じ力が使えて、思考する時間を短縮できる。すなわち、チーの場合は、足に意識を集中させるだけで、すぐに力が発動するというわけだ。もし話をすべて理解してなくても、今日は俺が横から指示出してやるから、とりあえずやってみればいいさ」
後半は、ちょっと難しかったな。でも指示してくれるんならなんとかなりそうだ。
「じゃあさっき言ってた、2人治すのはどうやればいいんだ?(まだ生きてるかな?)」
「まずはIだ。この状況に興味を持つ。だがもうこれはいい。その次Q、治すにはどうすればいかという疑問をもつ、そしてその最善の方法を思考する。それができたら、頭の中にその解を浮かべる。そうだ、治った二人という解を。そして、声に出せ。BOOSTと」
「最善の方法…」
僕はまだ思考していた。銃で撃たれた場合、どうすればよかったかを、以前考えていた時みたいに。
まずは、弾がもし体に残っていれば、取り出さず、まずは止血、できれば輸血。そして手術による臓器・血管の修復。こんな感じでいいのかな?なんか大雑把だけど…。
そして、治るまでがこの疑問に対する最善の解。
僕は、声に出してあのキーワードを叫ぶ。
「ブースト!」
そう言った瞬間、妖精の体が光る。
同時に、倒れているみゆさんの体も光った。
どうやら見た感じ傷もなく、治ったのだろうか…。
「み…みゆさん?」
返事はないが、呼吸もしているし、大丈夫そうだ。ただ寝ているだけのようだ。
「よかった…」
一安心していると、慌てた声で、妖精が話しかけてくる。
「おい、お前、CKのほうを見てみろ」
僕は、CKのほうを見る。
すると、血まみれのまま倒れている。驚いた僕は、CKのところに駆け寄る。
それと一緒に妖精もついてくる。
「どうして?」
みゆさんは治った。でも、CKは治っていなかった。
「おそらく、CKは銃殺ではない。そのせいで力が発動しなかったんだ。思い出してみろ?」
「あっ、確かに、疑問を考えた時、銃で撃たれた傷を治すように思考していた」
僕は、もう一度考え直す。
思考→解、そして、
「ブースト!」
またしても妖精の体は光る。すると―――CKの体も光り、傷口からはまるで見えない誰かが種ずつをしているかのように傷がどんどんと治っていく。
「うまく…いった…」
僕がそう胸をなでおろすと、この力の不思議さが実感できた。
「なんでこんなにすごい力が、たったあれだけの思考で使えるんですか?」
「それは、力を使う対象が今回は簡単だったからだ。治すというのは、一番考えやすい。しかし『イクトス』ではこれができない。どこでも誰でも治せる薬や医療器具(道具)はないからな。そしてこれが、『イクティス』の強み。さっきは言わなかったが、『イクティス』は人ではなく、神とその周囲の者だけが使える力だった。それを人間が使えるというだけでもすごいことなんだ。だからこそ、うちの組織はお前が欲しいと思ったんだろうさ」
なんか神とか言ってるけど、すごい話しの連続だ…。
そうだ、忘れちゃいけないんだ。まだ敵がいる。そして、チーちゃんが守ってくれている。
二人はまだ寝てるみたいだから、とりあえず、ふちのほうに避難させて、加勢しなくちゃ。
人を守るための力が手に入ったのだから。
「チーちゃん、治ったよ」
そうやって、姿の見えないチーちゃんに向かって言う。
あまりの速さに、チーちゃんは見えない。返事はない。そんな余裕はないのだろう。その間も、銃弾から僕たちを守り続けている。
僕が驚いていると…。
「当然だ。チーはCKの一番弟子だからな」
「そうなの?」
「ああ、俺が見ても、あいつの実力は、組織の中でもトップクラスだ」
あんな小さな子が、そんなにすごい戦闘力を持っているなんて知らなかった。
すると声が聞こえてくる。
「大体、場所が分かってきました」
僕は聞き返し、
「チーちゃん?」
妖精は聞き返す。
「おおそうか?どこだ?」
チーちゃんが、敵の場所を見つけたらしい。
それに、声を聞いてチーちゃんであることに気付く。
妖精は、すぐにでもその場所へ向かうつもりらしい。
狙撃種は一体どこに?
「北北西に八百メートル、の地点です」
「え?」
僕は、驚いて聞き返した。
なんと、さっきからこの銃弾は、体育館の中のどこかに身を隠している奴からの攻撃というわけではなく、壁の向こうの、確かそのあたりは、公園があったはず、そこにいるらしい。不思議だ。なんで壁があるのに銃弾が届いているのか。しかも、さまざまな角度から銃弾は飛んできていたから、場所を特定したチーちゃんもすごい。
僕たちは二人を寝かせたまま、三人でその場所へ向かった。
その途中、僕はあることを疑問に思っていたので聞いた。
「なんか今さらなんだけど、妖精さんの名前って何?」
妖精さんは少しムっとして答える。
「聞くのが遅いわ。俺は、リリイだ。お前は?」
「そう…。でも、あれ?僕の名前知らないの?本名は鈴木太郎だけど」
そう言うと、俺の肩に乗っていたリリイは、寝ながら顔をけってきた。
「本名はしっとるわ。コードネームじゃ。聞き方を変えてやる。コードネームはあるか?」
「いやないけど、別に要らないよ」
「タワケが。名前を知られると厄介な『力』もあるんだぞ。たぶんCKもそれで、やられたんだぞ」
「えっ?CKがどうして殺られたか分かるの?」
僕とチーは驚いた。
「あれはおそらく、『イスクル』の仕業だ。でっかい藁人形を持った奴が、敵の中にいなかったか?」
当たってる。確かにそんな奴がいたのを襲撃時に見ていた。
「うん、いたけど…。」
あの奇妙なやつが、
「あいつは本来、『MYASSO』のメンバーではない。唯一、この業界で単独で活動し、雇われてお金で動く奴だ。そのため、ランクはあまり高く評価されていないものの、その力は呪殺。本名を知られれば、終わりだ。たとえどんな奴が相手でも、名前を知られれば、世界1位でも歯が立たないほどだ」
「そうなの?」
僕は驚愕の真実を知った。心の中で『危なかった』とつぶやく。もし名乗っていたら、僕は瞬殺だったのか?そう言えば、敵が僕に話しかけるのを、CKが拒んでたな。あれは助けてくれていたのか。
「じゃあ、コードネームは俺がつけてやろう。ヘタレでどうだ?」
「イ・ヤ・ダ!」
僕は拒否する。ヘタレなんてなんて間抜けな名前だろう…。
「お兄ちゃん?『アンカー』はどう?」
「いいかも。じゃあそれでいいよ」
僕とチイちゃんは、走りながら笑う。
「コラ。俺がせっかくつけてやったとゆうのに…」
僕はリリイの声を無視していると、また横から今度は小さなせんべいを投げつけてくる。
「リリイ?」
「なんだ?」
僕は、息を吸ってハ~とため息をする。
「何僕の肩に住みつこうとしてるの?」
「なにをいってるんだ?ここが俺の家だから、住んで当り前だろう」
何だそれ…。どうやら肩が自分の家だと思っている。
ちなみに、チーちゃんの力で敵の場所に行かないのは、さっき力を使いすぎたから、道具を休ませるらしい。これは、『イクトス』を使う人には重要らしい。そして、僕の場合は、頭を休ませることがこれと同義(同じことを意味する)だとか…。思考を休ませるか…?
「そう言えば、チイちゃんみたいな小さな子がどうして暗殺組織に?」
「……」
少し、うつむいて黙る。
「あっ、ごめん。なんか、まずいこと聞いちゃった?」
僕は申し訳なさそうに聞く。
「ううん。違うの。私は、両親を殺されて、一人で彷徨っていたところをCKに助けられたの。だから、私もCKを助けられる人になれたらって思って…」
「そうなんだ…。でもすごいよ。僕はさっきみたいなチイちゃんの戦いのまねはできないし、あれを経験で判断できるほど、すごい努力したんだよね?」
「……うん。だからいつか、CKと一緒に誰かを助けられたらって思ったの。そして初めて今日、CKが戦いの前線に呼んでくれた。これで少しはCKの役に立てたと思ったの。そして、困ってるお兄ちゃんを助ける。だから、私は負けない」
そんなチイちゃんを見て僕は感心していた。そして、チーちゃんに初めてあった日、どうしてあんなことを言ったのかも分かった気がした。
「僕もそのつもり。あいつを何としても倒すんだ」

公園に着くと、そこには姿がなかった。逃げたのかとも思ったがどうやら違う。リリイが言うには、気配を隠しているが、妖精には人間の存在が分かるのだという。そして、それは公園の中にある、林の中にいることをリリイが見つけた。
突然、チーちゃんが、高速で飛ぶ。
その後すぐ、
「カンッ」
銃弾を防いだらしい。目に見えないから、どうやってるのか分からないけど。銃弾を止めれるなんて一体どうすれば人間にできるのだろうか?
リリイは、僕に注意を促す。
「来るぞ」
「なんかカッコよく言ってるけど、肩にいられる(肩の上で横になってる)と動きにくいんだけど?」
「まっ、気にするな」
なんて返される始末。
この妖精を肩に乗せて戦わないといけないらしい。そして改めて思う。さっきは、人を治す力を使ったけど、どうすれば攻撃できるのだろうか?
僕は指示してくれると言っていたリリイに聞く。
「攻撃の時はどうするの?」
「……」
聞いても返事がない…。
すぐ方を見て見ると、どうやらテレビを見ているようだ。音が聞こえないから築かなかった。
透明な防音の壁でもあるみたいだ。笑っているようだが、笑い声が聞こえない。
僕はリリイをつかんで、目の前まで引っ張ってきて聞く。
「どうすればいいんですか?」
と少し口を尖らせて言う。
「なんだよ、まったく。せっかく面白いところだったのに。ヘタレならもっと自分で考えて見ろ」
もうツッコむ気にもならない…。呼び方はヘタレに戻ってるし、どうやらお笑い番組を見ているようだ。って、大体テレビどっから持ってきたんだよ…。
とりあえずリリイがこんな感じなので、自分で考えてみる。
どうすれば『イクティス』で攻撃できるのか。
まず、興味はこの戦場、疑問は相手をどうやって倒すかだ。そして、思考は、相手を倒すことのできる最善の一手、そして倒したという解。
方法…………………。
でてこない…。
普通の狙撃相手ならば、もう駄目だ。この射程距離の違いで終わり。でも、チーちゃんはどういうわけか攻撃の場所が分かっているらしい。でも今は、銃弾をチーちゃんが防いでくれているから話は聞けない…。
どうすれば…。
「大変だろ…」
そう声をかけてきたのは、リリイだ。テレビは終わったらしい。
「そうだけど…。そう思うんなら指示してくれないか?」
「俺に頼っているといつまでも成長せんぞ。でも、まあ、今日が初めてだし、指示してやるといったからまあ助けてやらんこともないが…」
「どうか、お願いします」
腰を低くして頼む。
「よかろう。まずどうしてチーには狙撃種の場所が分かるかを考えて見ろ」
「どうしてわかるのか…」
チーちゃんは大雑把にでも、距離と方角を言い当てた。それも銃弾を防ぎながら…。いや違う。銃弾を防いだからこそわかるんだ。
弾の速度、角度、威力、全てがヒント。
「そう言うこと?」
僕は、考えたことをリリイに聞いてみる。
「まあ概ねあたりだ。だがもう一つある。それは力の性質だ」
「力の性質?」
「そう。普通の狙撃では絶対できない、死角への攻撃、遮蔽物の貫通などだ。そして、『イクトス』は、一つしか使えない。つまり、道具は狙撃銃ということだ。そうならば、逆に考えるんだ。敵がどんな力を使って、常識を超えた狙撃をしているのか。それができるようになれば、まずお前に勝てる奴はいない。ある人間を除いては…」
「そうか、その思考が分かれば、それを邪魔する攻撃をこっちからできて、それが思考だけで可能ってことか!」
「だんだん力の使い方が分かってきたな。では、どのような力を使っているかわかるか?」
「僕がすぐ導きだせた解は、『どうすれば確実に銃弾を当てられるか』で、その思考は、道具(狙撃銃=その弾も範囲内=スコープも)に、モノを透過して、人には当てるという意味を持たせている。それで、体育館の中で撃たれたのは説明できるんだけど…」
「だけどなんだ?」
僕は少し困った顔をする。
「全方向から銃弾が飛んでくる理由が分からないんだ!」
「確かにそうだな。何か考えつかないのか?多分その考え方でおおむねいいはずだ。もっと細部の思考が必要なはずだ」
リリイは思考を促す。
全方角からの攻撃を可能にし、物体を透過させることと両立可能なのは…。
「……。そうか、あれだ」
「なんだ?」
リリイにはこっそり教えて、相手にばれたことを気付かせないようにする。
「それはね。ゴニョゴニョ…。」
そして作戦を考えた。僕の新たな力も使った作戦を。そうこれまでとは違うのだ。
この力は、一見すると便利に見えるが、意外とそうでもない。
その状況の中で最善の抱負でなければ、力は不発となる。
最善が分からない状況では使えないという両義的な力になるのは、人間が使うからだ。
神の『全知』全能があればこそ最強の力なのだ。でも僕にはそんな予知したり全てを見通す力はないのだから。
僕とリリイの周りをチーちゃんは守り続けてくれている。銃弾を防ぐ音が、全方角から聞こえてくるのだ。
僕は考えついた。そう。相手の力と同じことをする。

「ブースト」
その瞬間、リリイの発光はなかった。いや光がないからいなかったわけではなく、居たには居たのだが、光を隠すため黒い布の中で待機してもらった。
これが作戦の一つ目だった。力を使って相手の場所を探し当てること。目の周りに、血流が集まるのが分かる。
「あそこだ!」
僕は見つけた。敵が狙撃銃を構えている。僕は見つけた後、思考を切り替える。そして地面をける。すると、地面にはクレーターができる。一瞬で狙撃手の後ろへ回り込む。すぐ思考を変更する。手刀で首に一撃、
「ガゴッ」
狙撃手は気絶した。そもそも狙撃手は接近戦ができないと決まっているのだ(例外はいるけど今回はスタンダードなやつだったこともよかったんだろう)。
そこまでの時間、わずか0.8秒。
僕は気付いていた。『ブースト』なんてほんとは言わなくても(声に出さなくても、その前に力が出ていることを)妖精リリイが先に光っていたのは見ていて気付いていた。
「この人どうしますか?」
僕は、力を使って今簡単に人を持ち上げることができている。
「組織に持ち帰って尋問する」
「すごいよ、お兄ちゃん」
そう言ったのは、チーちゃんだった。
目をキラキラさせている。
「全部チーちゃんが頑張ったおかげだよ。僕はただ最後の一手を出しただけ」
「うううん。そんなことないよ。お兄ちゃんのおかげでCKも治ったし、ホントにすごいよ」
僕はここまでほめられてすごく恥ずかしくなった。人に褒められるのってこんなに心地のいいものなのかと思う。
それに水をさすように、リリイは、
「デレデレしとらんで、さっさと体育館に帰るぞ。二人が目を覚ます前に」
すこし、不機嫌そうだ。せっかく、敵を倒したって言うのに…、
「そうだった。じゃあ戻ろうか?」
「私が運ぼうか?」
チーちゃんが申し出てくるが、
「僕も、もうこの力が使えるし大丈夫だよ」
「そう?じゃあお願いね」
それに対し、リリイは、
「まだ全然分かってないな、もう力使いこなした気になっとるなんて、先が思いやられるわ。ヘタレは困ったものだ」
「だから、ヘタレじゃない。アンカーだ」


 体育館へ戻る途中、チーちゃんは教えていなかったから、どうやって狙撃手を見つけたのか聞いてきた。
「なんで敵の場所が分かったの?」
「あー、あれ?あれはね、相手の力と同じことをしたんだ」
「同じこと?」
「うん。あの敵は、なぜか体育館の中にまで銃弾が届いていた。それは、壁を透過するように力を使っているからだと思っていたんだけど、そうじゃなかった。それだけだと、全方向から攻撃はできない。そこで、透過させる対象に注目したんだ」
「透過させる対象って?」
「例えば、壁とか床とか。だけどどれをとっても全方向は無理だ。なら、体育館丸々透過できたらって考えたんだ」
「体育館全部?そしたら、弾が外へ出てっちゃうよ?」
「確かに、でもそうじゃないんだ。全方向から弾を撃てたのは、跳弾を使っていたからだ」
「あの弾をモノに反射させて、的を狙うあの高等技術の?」
さすがチーちゃんだ。暗殺の中でもトップクラスの実力を持っているだけはある。普通だったら、小学生に分かる話じゃない。
「そう、それで、体育館だけを透過させ、周りにある遮蔽物を利用して、標的を狙う。これなら方角を予測するのは難しくなる。そして公園でも同じこと。林の中にいたのは、遮蔽物を透過する利点をつくるため。そしてその時の透過対象は木全てだったはず。そこで、同じように僕も木を透過させただけ。もちろんチーちゃんがいなかったら、場所が分からなかったほどに…」
―――この作戦は、あの石を投げて的に当てる練習があってこそだった。跳弾という発想も元       をただせば、ゴミ箱にゴミを投げ入れるというバカな思考があってこそなのだから。
それにしてもチーちゃんの戦闘するところは、今日はじめてみたけどすごかった。
「全然そんなことないよ。チーは経験で、なんとなく、あっちだってわかっただけだから」
「そっか~。力の使い方を体で覚えている利点ってことか。やっぱすごいよ」
なんかできるメンバーみたいな口調で、『北北西』とか『8百メートル』とか言ってたしな。
などとやり取りしていると体育館に着いた。


 体育館に入ると少し異様な雰囲気を僕たちは感じ取っていた。
そう―――あの時と同じ感じだった。
敵に囲まれたあの時と…。
そこで裏扉から中に入っていく。
見ると、
そこにいたのは…。
「やあ、お帰り」
そう言ってきたのは、敵のリーダーでミャアと呼ばれていた奴だった。
隠れていたが、気配を察知されたようだ。
そこで目にしたのは、
人質にとられた二人だった…。
みゆさん?CK?
まだ、意識がないのか眠っているようだった。
どうやら戦っている間に、敵に占拠されたらしい。
「『ペムウェル』の奴、あっさりやられやがって。お前ら全員死刑確定だ」
そう僕たちに宣告してきた。
「行くぞっ」
リーダーがそう声をかけると、全員が身構えた。
全員でかかってくる気らしい。
僕は身構える。チーちゃんも足に力を込める。リリイは相変わらず、肩の上でのんびりしていた。僕は小さい声で、
「おい、リリイ。何こんな時に寝てるんだ?」
起きたリリイは、
「も~、あと5分」
などと寝ぼけている。
やばいぞこれは…。
リリイの言っていた、藁人形を持った奴もいる。あいつには名前を知られたらまずいらしい。
他にも、前に見た戦車の奴や、西洋の騎士の格好をした奴もいて、CKと話していた、爪野郎もいる。やるといっても人質がいるしな…。
大体勝てるとも思わない…。
あの下っ端?の人ですら手間取ったんだ…。
最初に動いたのは、爪野郎だった。正面から走ってくる。すると、チーちゃんがそいつに蹴りをくらわせる。全く見えなかったが、力で視力をあげた時、蹴るインパクトの瞬間だけなんとか見えた。爪野郎はチーちゃんが相手している。相手のリーダーはただボーとしているだけだった。次に動いたのは、これぞまさに忍者という恰好をした奴だった。僕にクナイを投げてきた。当然、足に力を使ってよける。さっきの狙撃手と同じ要領で手刀を入れ気絶させる。
それを見た、相手のリーダーは、なぜか感心していた。
「ハ~ハ~ハ~、なるほど」
ひとりでうなずいている。
僕はこの時わかった気がした。あのCKがどうやって敵に攻撃していたのかを。
そして、なぜ五十メートルの中に、敵が入ってこなかったのか。
「俺が行こう」
敵のリーダーミャオは、手で部下たちを制して、自分ひとりでやるという合図をする。
爪野郎も攻撃をやめ、チーちゃんが僕の後ろに戻ってくる。
服が少しキレているみたいだけど、けがはなさそうだ。
「お前…『イクティス』だな?」
なんと一瞬でばれた。僕が世界で一人らしいその力を使う人間に。
「なぜわかる?」
「お前が、あの死に損ないのCkと同じ技を使ってるからさぁ。あの技は、CKだけができるんだ。もし『イクトス』ならだが…。それができるということは、お前が『イクティス』だということにきまってくるだろう?」
どうやら、いまやっている技は、なぜか『イクトス』では、他に誰もできないらしい。
このわざは、『イクティス』を使って、高速で、思考を切り替えることによって、まるで複数の力を使っているようにしている。ってことは、ミャアは気付いてないけど、僕はそう見せかけてるだけ。そして、CKは本当に複数使ってるんではないだろうか?という解に至った。
それにしても、すごい洞察力だ。大体、あのスピードで動く人間を視界でとらえることができる時点で、相当強いと分かる。確か…世界四位とか言ってたな…。背中に冷や汗が流れるのが分かる。
「リリイ?起きてくれ?やばいんだ!」
するとリリイが起きた。
「あ?なんだ?」
「敵に囲まれたんだよ。たしか『MYASSO』とかいう組織」
そう言うと慌てて、
「何?はよ言わんかバカタレ」
となぜか怒られた。
そして何するかと思えば、またどこかに携帯電話で通話し始めた。
「俺だ。急いでくれ。MYASSOの連中に囲まれた」
そして電話を切る。
リリイは辺りを見て、少し驚いた、というか誰かを見つけた見たいだった。
「お前は……ミャア?」
「お久しぶりな事でリリイさん。今の今まで肩にいるなんて分かりませんでしたよ…」
「なぜリーダーが幹部そろって、こんなところまで来てるんだよ!」
「そんなこと言わずに、死闘を始めましょう。あなたがいたところで死刑なのは変わりません。特に、そこの『イクティス』は絶対逃がさん」
僕が狙われているのか?どうやら僕の力を見て何か考えが変わったようだ。
その男は、その瞬間、僕の後ろにいた。
「え?」
僕から見れば、一瞬で視界からいなくなった。
僕は後ろから何らかの攻撃を受けた。
「カンッ」
そして、ミャアは元の場所に戻ってくる。
目の前わずか10数メートルしかないこの距離とはいえ、一瞬で背後に来て、何か攻撃をした。
さすがに僕のあの技ほどではないにしても早い。チーちゃんが対応できなかったことからもそれが分かる。僕は確かに攻撃を受けたが、ダメージはなかった。
「これは反則な力だ!」
どうやら僕の力に驚いているらしい。そして、恐れていたことが起きた。
みゆさんを人質に取ってきたのだ。
「お前動くな。この女を護衛しているのは知ってる。もしお前がうちの組織に入るなら、命を助けてやってもいい」
最悪の場合だ。どうすれば…。ミャオは、壁を背に向けて脅す。そして壁に背を向けることで、僕の技を同時に防いでいる。壁が後ろにあると、攻撃を仕掛けられない。壁にぶつかって自爆となる寸法だ。
「さあ、手を挙げてこっちにきなさい。リリイさんを渡してもらいましょう」
弱点もばれていた。リリイがいなければ、力は使えない。
僕は、仕方なくリリイを敵の部下に引き渡す。どうやら体育館の中で勝負すると僕はいつも負けるらしい。何かあるのだろうかとすら、自分の学校の体育館にまで嫌われているようなそんな気になる。
リリイは僕の心配はよそに、結構気楽だ。
「お前たち、はよ逃げんと死ぬぞ?」
リリイは、そんなことを言う。
どう考えても立場が逆だ。あの連中相手に、人質まで取られ、CKを倒せるだけの奴がいる。
どうすんだ?
リリイがいないと力は使えない。将棋で言うところの詰みだ。もう最善手はない…。
そう思った。
でも僕の予想は外れた。
そう、今の僕には、ピンチになった時、助けてくれる人がいる。
ピンチの時、突然力を使えるようになったみたいに。
そんな偶然な事象が必然であるかのような状況が迎えてくれる。
体育館の表正面の扉が開く。目の前には人質を取った敵。
「すみません。遅くなってしまって…ちょっとさっき、宇宙人に道を聞かれたもので、金星までの帰り道をって…あれ?」
何か遅刻の言い訳をしていたが、何か状況が違うということに気がついたようだ。
そしてそいつは、なぜかサメの着ぐるみを着ていた。
あれはもしかして?
僕が、言う前にチーちゃんが口にした。
「リーダー?」
僕も続けて、
「イルカの人?いや、今はサメの人?」
「遅いぞ、ジョー」
リリイは、待ってたと言わんばかりに言う。
少し、あっけにとられていた敵さんが元に戻る。
「これまた、わざわざJOCKのリーダーがお出ましとは…。ちょうどいい。CKとお前を殺せば、俺は世界一位に格上げされるはずだ。死ね」
そいって、さっきと同じスピードで背後に回るため駈け出した、一歩で地面をけって。
しかし、次の瞬間、
「止まれ!」
僕は、イルカの人がリーダーだというのは話から何となくわかっていたが、声は初めて聞いた。
変声機なしの地下の声を。
それはとても重たい声だった。
僕は、体が固まるように動けなくなる気が…違う、本当に動けないのだ。
敵のリーダーも、イルカの人の数メートル手前で止まって動けなくなっていた。
そして次に、
「『MYASSO』!お前たちは今すぐ帰れ!」
すると、その声に合わせて、体が誰かに操られるようにとぼとぼと歩いて帰って行った。
まるでゾンビだ…。
なんだか知らないが、助かった。
そして僕は再び動けるようになると、僕の前に、イルカの人が来て、口を開く。
「うちに来ないか?」
その声はもう変声機の声に戻っていた。って戻るって逆だろ普通は?
僕はどうするのか考えていた…。
いい人は結構いるけど、チーちゃんとかCKとか…。でも暗殺の組織に入るというのは抵抗があった。
「あの…それは…」
「さっきの状況…」
「はい?」
「君一人でみゆさんを助けることができたかい?」
「いやそれは…そうですけど」
もちろん事実なのだから…。
「君一人でじゃない。全員で守るんだ」
「えっ?でも戦争がどうとか…。それってまずいんじゃ…?」
「いや…もういいんだ。戦争はもう回避できないし、君とは関係なく起こる予感はしていた。」
「そうなんですか……」
入るか入らないか?
どうすればいいのかなんてわからないんだ。
だけど、一人では限界があることには、ずっと気付いていた。
友達も仲間もいらないと今まで思ってきたから。
中二の時、あんなことがあって、あれ以来より人とかかわるのを避けてきた自分にとっては何か変わるのではないかという希望が僕の中で生まれつつあった。
そう。
最強の力、そんなものだけが、人を守りはしない。
人に助けてもらって、できることもたくさんあるのだ。
それは今日の戦闘の中で経験し、そして得たもの。
ここなら、自分が変わるかもしれない。
暗殺だと言って毛嫌いしたのは、僕が他の奴らと根は同じなのかもしれない。
でも変われれば、もっと何かを得られる、そしてそれに一番最善な方法…。
僕の思考は、最善の解を出す…。
「は…入り…」
と口が痙攣する。
なぜだろう。本当はうれしかったんだろう。
人から必要とされることが。
「入りたいです!」
そう…言えた。
「うん」「よし」
イルカの人(リーダーのジョー)とリリイはうなずく。
チーちゃんが飛びかかってくる。
うれしくて抱擁してきたのだ。ぎゅっと強く抱きしめる。
「おにいちゃん、よかった~」 
僕は少し照れつつも、
「これから、よろしくお願いします」
そう力を込めてみんなに向かってお願いする。

――全員(三人)そろって、
「『JOCK』へようこそ!」
そう言われた僕は、なぜか前が霞んで、涙で見えなくなっていた。
僕の周りには、新しい仲間ができた。

「あれ、私何しているの?」
「あれ、一体どうなったんだ?」
みゆさんとCKが目を覚ました。
僕は、二人に手を差し伸べて、
「これからもよろしく」
笑顔で二人に向かい合う。
「何でしょうかこの状況?」
CKは戸惑っていたが、リーダーを見つけると驚いていた。
みゆさんは、この人たち誰?といった表情でただただ驚いていた。
「皆僕たちの仲間さ」
そうやって、不安を取り除いてあげるように。
不思議そうな顔で僕の方を見つめる。
「仲間?」
「うん、僕は守る。みゆさんをいつまでも。そして、助けてくれる仲間を…」
といいかけて、本当の事は伏せなければいけない。
でも今度はうそはつかないで事実だけ伝えよう。
「僕は…」
息をのむ。緊張で手に汗がにじむ。
「みゆさん、あなたの事が好きだ。さっき気付いた。でも本当は気付かないふりをしていただけだったんだ。だから、僕が守っていく。だから………ずっと一緒だ」
顔を赤くするみゆさんは、誰だかしらな何人かの前で告白されたためなのか、顔を赤くしん小さく、
「うん」
とうなずき、
「これからも、私を守ってね。改めて約束だよ」
そう言うと、みゆさんは僕の体に手を回してきたと思ったら、強く抱擁してくる。
それに合わせて僕も手を軽く腰にまわす。
周りのみんなは、照れくさそうに静かにこっちを見守ってくれている。
世界を滅ぼすとか、最強の力とかそんなことのために戦うんじゃない。
世界のためなんて言って、「世界の決定」なんて言っても、一人を犠牲にすることは僕にはできない。それはみゆさんだからこそでもある。
そんな、たった一人の人間を守るための戦い。
そして、みゆさんを守る戦いは始まったばかりだけど、僕はここで強くなるんだ…。
いろんな意味で強く、強く…残酷な現実に立ち向かっていくために。


                           ―(完)―

「バカ×天才と彼女の約束~太郎の三日戦争~」

「バカ×天才と彼女の約束~太郎の三日戦争~」

バカな事をいつも考えている、自称『天才高校生』こと、鈴木太郎は、過去の失敗から、人と関わらないように生きてきた。そんなある日、ある少女と、わずか30センチしか離れていない距離で運命の出会いをすることになる。それが前の席の渡辺美優だった。だが、この少女は、なんと『人の思考を読める』力を持っていた。それを知った翌日、イルカの着ぐるみを着た謎の人物に出会う。そこで衝撃の事実を知った太郎は、秘密を知ることと引き換えに、狙われる彼女を「守る」ことを約束する。そのかわり条件が一つあって、彼女に本当のことを知られないこと。その後、太郎は、彼女と約束を交わすことになる。しかし、太郎と美優はそれぞれ違う意味で約束を交わしていた。そして、その日から、お互いの勘違いした日々が始まった。太郎の三日における聖戦の始まり。

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2012-01-13

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