歌が魔法になる世界7
乱暴者ディーヴォの炎牙留さんと、やる気のない歌姫の久白さんのお話。
今の自分に満足してはいけないのは誰のため?
神様は人々から捧げられた感謝の代わりに恩恵を与えていました。
そう言ったシステムによって、神様は人々と関わりを持とうと思ったのです。
しかし、神様への感謝が少なくなった今、神様もまた、与えられる恩恵が少なくなってしまっていました。
神様が自分の決めたルールを自ら破れば、世界は理を無くして崩れてしまいます。
しかし、恩恵少ない世界は少しづつ荒廃を始めているのでした。
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どかどか、と歌姫とディーヴォの宿舎をつなぐ連絡通路を乱暴に歩く音が響く。
連絡通路は真っ白な歌姫宿舎と、真っ黒なディーヴォ宿舎を繋ぐものらしく、それは綺麗に磨き上げられた灰色の石造りの装飾の綺麗な橋で、それは歌姫宿舎とディーヴォ宿舎を分ける綺麗に整えられた池の上に作られている。
そんな綺麗な場所に、どかどかという乱雑な足音はお世辞にもその場にそぐうようなものではなかった。
やがて、その音の主は関所と呼ばれる場所に辿り着く。
彼は肩にかけてきた白い雪の結晶の飾りのついたショルダーバッグを漁り始めるが、目当てのモノはすぐには見つからなかったらしい。
まぁいいかと軽い様子でその男は受付に顔を出した。
「おい、受付。」
「あら、炎牙留さん。こんにちは、精が出ますね。」
にこやかに対応する受付に対し、炎牙留と呼ばれた厳ついディーヴォはそれはそれは重いため息を付いた。
「おう精が出るどころかため息がとまらんぜ」
「うまいこと言えてませんよ、炎牙留さん。さ、久白さんが待ってますよ。
許可書、もういいんで、行ってあげてください。」
お姉さんはそれを軽く流し、訪問台帳に手慣れた様子でさらさらと文字を書き込んでいく。
流された炎牙留は苦笑いをしつつ、流石はこの橋の関所として存在する者だ、とおもいつつ、軽く手を上げて礼をした。
「はは、ありがとうな。」
「いえ、いつものことですから。」
それから、炎牙留は再びどかどかと乱暴な足音を立てて歌姫の宿舎に向かって歩いていく。
その足音には橋の真ん中を超えても一寸の変化もない。
お姉さんはため息をついて彼を見送る。
「…あれらはくっついてんだかくっついてないんだか…変な二人。」
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そこは歌姫宿舎の歌姫の個室。
ランクとしてはBの二人部屋で、一見何ら他の部屋と変わらない。
…その部屋から冷気が漏れている事以外は。
炎牙留はそのドアのドアノブを握り…少しばかりため息を付いてからドアから下がった。
「のんきに寝てんじゃねぇぇぇぇぇええええ!!!」
そしてそのままドアを蹴破った。
蹴破られたドアはゴォン、と重々しい音を立てながら倒れ、代わりに氷点下の風が炎牙留に向かって吹いた。
それに肩を落としながら、相変わらず乱暴な足取りでばりばりと床に張った氷を割りながら進んでいく。
その先には氷漬けになったベッド。
一見幻想的で美しく映るそれを見て、炎牙留は非常に不愉快そうに顔を歪めた。
「おら、いつまで寝てんだよ。」
そう言って乱暴に凍りついた毛布の様な氷の中に手を突っ込むと、ずるりと目当てのものを引きずり出した。
それは見るからに痩せた青白い女性で、そのままぐいと目線を合わせるように持ち上げぶらりと片手でぶら下げた。
一方持ち上げらた女はと言うと、乱暴されているというのにやる気がなさそうに薄く目を開けて...
「死ね。」
それはもう露骨に嫌な顔をした。
しかし、そんな事は些細であるとでも言いたげに炎牙留はそのままその女性を持ち直して肩に担ぐとそのままドアから出ていく。
「降ろせ。私は寝る。」
「仕事だ。行くぞ。」
「まだ3日も先の話でしょう?まだ随分寝られる。」
今まで寝ていたくせにと女性に悪態をつきながら、炎牙留は呆れたような顔で彼女を持ち直した。
ばさり、となんの手入れもされていない伸びっぱなしの薄水色の髪が炎牙留の背中に掛かった。
「抵抗の一つも出来ない位弱ってる癖に何言ってんだ。こんなんで戦争に出たら一曲歌い終わる前にくたばるぞ。」
「…骨は、中央池に沈めてくれれば満足よ。一回あの池の底で寝てみたかったの。」
「馬鹿野郎!俺達はデュエットだぞ?てめぇが死んだら俺も高確率で死ぬだろーが。」
「冗談よ。死んだら寝られないじゃない。あんたバカ?」
「あ、今スゲームカついた。おまえ一回死ねばいい。」
立派で、しっかりとした低い声と、か細く、今にも消えそうな高い声が口汚く罵り合う。
しかし、やがてふと、炎牙留は頭を掻き、それまで睨んでいたというのにふらふらと視線をさ迷わせていった。
「まぁなんだ、とにかく飯食うぞ、飯。
それから風呂入って、髪切って貰えよ。多分視界悪いぞその前髪。
あー、後、少し身体動かすぞ。ちったぁ走れなきゃついてけねー。」
そう言いながら、ズカズカと無遠慮に炎牙留は歌姫宿舎を闊歩する。
そんな彼を遠巻きに歌姫達が観察しているが、どうして男性がこの宿舎に、と言うよりは、あぁまたかと言う様なむしろ炎牙留への同情の目線の方が多かった。
それだけ、この光景は日常的に繰り返されて居るのだ。
「あのさぁ、毎度のことながら歌で部屋凍らせんのやめろよ。クッソもドアノブまわりゃぁしねぇ。」
「じゃあ回さなければ良いんじゃない?」
「いやいやいや、だから俺達デュエットなんだってば。わかる?連帯責任ってもんがあるんだよ。あぁ面倒くせぇ…。」
ブラブラとされるがままな彼女は深いため息を付いた。
「そう、じゃ、本望でしょう?あんた、面倒くさいの大好きじゃない。」
「ばっかじゃねーの?俺はよぉ、もっと肉付きの良い美人な女の為に面倒なことをしたいのよ。おまえじゃ不服だっつーの。」
「あら、奇遇ね。私もどうせ世話を焼かれるならもっと良い男だったらもっと素直になるわよ?」
そうバカにしたように言い切ったその女の声に、眉根を寄せた炎牙留だったが、やがて再び口を開いた。
「…しっかし、」
炎牙留は問う。
まるで今日の天気でも聞くかのように、酷く自然な問だった。
「久白よぉ、おまえ、別に死にたいわけじゃなかったんだな。俺ァてっきり自殺願望でもあんのかと思ってたぜ。」
「そうみたいね。巫女の娘曰く、基本的に死にたいと思っている生き物は居ないそうよ。」
「へぇ…。」
肩の上の女性…久白の答えはまるで他人事で、伝え聞いた雲の様子を答えるかの様だった。
対する炎牙留も、全く気のない返事で、特に気の引く内容ではなかったことが伺えた。
「じゃァなんでそんな寝たがるんだよ。寝てばっかじゃ死んでんのとあんま変わんねーだろ。」
そう問い詰めた彼に、彼女はさも当然に言い返す。
「寝るのが一番簡単で、幸せだからに決まってるじゃない。」
「はー、さすがは面倒くさい星人だな。理解し難いぜ。」
そう悪態を付きながら炎牙留は彼女を担ぎ直す。
彼が改めて顔を上げると、いつの間にか食堂が近づいてきていた。
いくら宿舎の食堂が合同の食堂よりも品数は劣るにしろ、それでも空きっ腹には心地よい香りが漂ってきている。
「…まぁいいさ、ほら、面倒くさい星人。食堂行くぞ、食堂。
粥でいいか?あつーいの。」
「嫌よ。ビシソワーズが良いわ。それに、冷製パスタにして頂戴。
あんたの炎みたいに熱いのはゴメンだわ。」
「ケッ、面倒くさい星人の癖にシャレこきやがって。
おまえなんか冷や茶漬けにしてやるぜ。」
そう言う彼に、相も変わらずに担がれた彼女はだらりとしたまま、それでも少しだけ、柔らかく言った。
「ちょっと、私米よりパスタが良いわ。これだからあんたは嫌なのよ。」
「おう、俺だっておまえなんか嫌に決まってるだろ。」
そう言った二人の言葉は反発していたが、声音には刺は無かった。
食堂に入れば、良い香りが久白の空きっ腹を刺激する。
このまま、いつものとおりであれば、結局久白は冷えた粥を食べることになるのだ。
どうせ、久白にとっては、4日ぶりの食事なのだから。
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今が幸せであるのに、それを崩してまでありもするかも分からない大きな幸せを求める程、私は裕福ではない。
歌が魔法になる世界7
ちなみに、炎牙留はえんがる、久白はくしろ、と読みます。
北海道は、でっかいどう。