歌が魔法になる世界6
歌姫達がご飯を食べるお話し。
不自由だからと言って、自由が無いとは言えない
きっと、どんな人間にも美しい心はあると、神様は信じていました。
しかし、同時に人間は、とても残酷な生き物だったのです。
権力を得た人間は純粋な少年少女達を集め、兵器として育て、それを使って大きな戦争を始めました。
何も知らない少年少女達は歌を歌いながら育ち、巧く育てば名誉だなんだと教え込み戦場に放り出し、失敗すれば実験に回され死ぬまで研究に“協力”させられました。
神様は嘆きましたが、それでも干渉する事が出来ない立場に、神様はいたのです。
そう、既に神様を信じ、感謝を捧げる人は少なくなっていたのです。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
ここは食堂、賑わう昼時。
今日は歌姫達が、宿舎からでて食堂でご飯を食べても良い日。
「おつかれちゃーん!」
元気な明るい声が食堂に響く。
彼女は黄色い髪が特徴の“歌うサンダーバード”ルクス。
元気印の発明家だ。
持っていたカツ丼を、ゴン!と力強く彼女らの正面に置く。
「おつかれーす!」
「お疲れさまです。」
答える彼女らは、“遠吠え銀色狼”のシルバニアと“猫足の風調べ”の龍子。
それぞれカレー定食と醤油ラーメンを食べながらルクスを迎える。
「いやー、やっぱカツ丼だよなー!」
「そうでしょうか?私はカレーも捨てがたいと思いますが…」
「ラーメン美味いわー、マジ美味いわー。」
三者三様だが、誰一人気を悪くしない辺り仲良し加減が伺える。
この時間は、週に一度の数少ない娯楽の一つ。
皆自分の好きな物をたのんでいる。
「あ、でも親子丼も捨てがたいぜ!」
「ハヤシライスも美味しいですよ?」
「ラーメン最高よねー!特にしょうゆ。」
龍子はぶれない。
と、そんな事はどうでも良いとして、そんな会話をしていると横から声がかかる。
「見事にかみ合ってませんねぇ。」
そこにいたのはつんつん頭の“風色のうさぎ”ことうたこ。
彼女のお盆には湯気をやんやんと上げる煮込みハンバーグがのっている。
「ハンバーグなんてお子様だなぁ、うたこ。」
「この煮込みハンバーグは名産の豚肉の挽き肉を贅沢に使ったハンバーグと、沢山の産地直送の新鮮野菜をシェフのこだわりホワイトソースでゆっくり煮込んだ物ですが何か。」
「う…なんかスゲェ美味そうだ…。」
「わ、いい匂いがしますね!」
「ラーメンうまー。」ずるずる
ルクスとシルバニアは身を乗り出して煮込みハンバーグをのぞき込む。
一人用の土鍋の中に、食べ応えのありそうなお肉がごろっと中心に居座り、その上にはとろけたチーズがちりばめてある。そしてその周りは色彩豊かな野菜が彩り、目にも楽しい。
何より出来立てなのだろう、白いソースは火にかかっていないのに未だぐつぐつと煮たち、その匂いは食欲をそそる。
いかにもおしゃれで、美味しそうだ。
「ハンバーグ、一口くれー!カツ一個やるからさー!」
「わ、私も食べてみたいです!」
その魅惑的な料理に、ルクスとシルバニアは食いついた。
うたこは得意げに小さな胸を張ってにやにやと笑う。
「ふふん、ハンバーグはお子様の食べ物じゃないんですかぁ?」
「馬鹿にして悪かったよ!…ほら、一番おっきいとこやるからさー」
「カレー食べます?」
「ん、それなら良いですよ、ほら、お盆回して下さい。」
「ラーメンはやんねぇぞ?」
「いらねぇよ。」
「いらねぇですよ。」
先日のスイカパーティですっかり仲良くなったらしいが、それはまた別のお話。
そうそう、と近くの椅子を片手で寄せながら、うたこは言う。
「もう一人ご一緒しても良いかしら?もうすぐ来ると思うのだけれど。」
すると、ルクスはあぁ、と納得した顔をした。
「あーそっかなんか違和感あると思ってたらえだまめかぁ。
そういやいないな。どうしたんだ?」
「あの子両親に友達と一緒に食べるから、って言ってこないと駄目なのよね。…っと、来た来た。」
おーいこっちー、と青い髪を揺らしながら手を振る彼女の目線の先に現れたのは“フェニックスの歌声”えだまめとその両親、“白い不死鳥の子守歌”祈祷と、“歌を忘れた”優美子だ。
「すみません、遅れてしまって…」
「良いのよー。こんにちは、おじさん、おばさん。」
「こんにちは!うたこ!今日もつんつんねっ!」
「………娘を、お願いします……。」
「はぁい!」
「もう、大丈夫ですわ!今日はお二人でお楽しみくださいませ!」
少しえだまめがいやそうな顔をしているのは仕様だろう。
年頃の娘とはそう言うものだ。
「しょうがないわねー次はぜーーったいお母さんと食べてよね!」
「楽しみに…してたのに…。」
「はいはい、わかりましたわ。次はご一緒しましてよ?」
両親を軽くあしらってしまうのは反抗期ならではだろう。
父親の祈祷は寂しそうに、母親の優美子は仕方ないわね、と言った表情でその場をさって行った。
「もう!わたくしは子供じゃありませんことよ!!」
「えだまめも大変ねー。」
「へぇー!アレが噂の伝説の夫婦か!!すっげぇ若々しいなぁ。」
「だねー。流石は身も心もダイヤモンドで出来た女と呼ばれるだけはあるなぁ。」
「旦那さん、以外と小さいんですね。」
「もう!皆様、わたくしの両親なんてどうでも良いのです!
それより、皆様の…ってあら?オレンジはいらっしゃられないのね。」
そう言うと、そこにいた娘たちは(シルバニア以外)同じ顔をした。
「「「リア充爆発しろ!!!」」」
「あぁ。なるほどですわ。」
うふふ、とえだまめも遠い眼をしながら、天ぷら定食をテーブルに置いた。
今夜のオレンジの運命や如何に。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
不自由があっても、不幸せとは限らない
「…最近、イノリが冷たい…。」
「仕方ないわ。私もちょうどあの年の頃は親父と殴り合いをしていたし。」
懐かしいわねーなんて言いながら頬に手をあてる女性の名は優美子。元、歌姫と言う異例の女騎士だ。
「……お義父様を…殴るのか?」
目に見えてどん引きしたのは怖い顔の祈祷。彼は癒しの歌を専門にする上級ディーヴォ。珍しい部類に入り、その性質上割と引っ張りだこだが、顔が怖いので、傷を癒された者は口を揃えて『寿命が縮んだ。』と言うおまけ付き。
この二人は歌を歌っていた者同士であり、その片割れが前代未聞の転職をした為、伝説となった夫婦だ。
祈祷と優美子と言えば知らない者はまず居ない。
そんな、片割れの優美子は、周りの席を見渡す。
「あら、なによ。ボックスほとんど埋まってるじゃない。」
ボックス、とは食堂の席の一つ、囲いのあるボックス席のことで、周りの人を気にせず食べられる事から人気の席だ。
よく、一人なのにボックスを占領する者が居るのだが、こればかりは早い者勝ちなのでみな恨みがましい眼でカウンターを数人で利用、なんて事もある。(席にはボックス席、四人テーブル、二人テーブル、カウンター席の四つが存在しており、一番はボックスだが、他の好みは人それぞれだ。)
しかし、それで納得しない優美子は口を尖らせてボックス席を睨みつける。
ボックス席の人々は、びくびくとその鋭い蛇のような目線に怯えた。
ゆっくりとボックス席の廊下を練り歩き、その中の一つ…密やかに一人で蕎麦をすすっていた兵士の横で声を張り上げた。
「ちょっとそこのボッチ!あんたカウンターでも行きなさいよー!蕎麦ならそこでも啜れるでしょ!?」
「は…はぃいいぃぃ!!!」
ガタイの良い兵士が一瞬にして立ち上がる。
ピシッと姿勢良く起立した兵士を、周りのボックス席利用者は哀れみを込めた目線を送った。
「良い返事ね、さ、さっさとその蕎麦持ってきなさい。」
「はい…。」
どう見ても優美子よりも大きな体なのに、今は蕎麦を持ったその背中が小さく見える…これぞ名物、常識の通用しない優美子だ。
これでもあのガタイの良い兵士よりも優美子の方が強いから不思議だ。
「…優美子、良かったのか?あの人、寂しそうだったぞ…?」
「大丈夫よ!その分今度褒美でもあげるからさ!」
先程とは打って変わって優美子は楽しげに、まるで少女のように笑う。
そんな少女の笑みに、祈祷は少し考えて、
「…優美子が言うなら、そうなんだろうな。」
と、恐ろしい顔でにやぁ…と“微笑んだ”。
その笑顔はどう見ても歪な笑顔なのだが、本人は優しく微笑んでいるつもりなのが恐ろしい。
傷を癒された後はこの笑顔を至近距離で拝む羽目になるので、兵士の間では訓練で如何に怪我をしないかが、よく一般兵の間で話題にあがったりする。
因みにベテラン兵士の間では、この笑顔がかわいく見えると負けらしい。
そんななんのこっちゃわからない話はさておき、どう見てもあの兵士は被害者なのだが、祈祷はそこいらの歌姫より断然純粋で優しく、何でも信じる為に優美子の言葉も鵜呑みにしてしまったようで、気にせず卵粥(スープ付き)を置き、ちょこんと席に座る。
「そうそう!ま、今度あの子が怪我でもしたら治してあげてよ!」
「…そうする。」
そう言って祈祷は更に“微笑んだ”。
哀れ、兵士。
優美子がステーキ定食をテーブルに置き、座った後で、ふと立派な低い声がかかる。
「…優美子団長、相変わらず無茶しますね。流石は歌姫時代に騎士たちを千切っては投げたという伝説の人だ。」
「あら!クリスちゃん!今日は非番じゃなかったの?」
優美子がそちらを見やると、次期副団長になるのではないか、と噂をされている騎士の青年が堂々と立っている。
青年は、しっかりとしたその腕でお盆を持ちながら、何となく二人の方へ歩み寄る。
「ちゃん付けはやめて頂けますか。…えぇ、非番ですが、たまにはと思いまして。」
「そう!クリスちゃんもかわいい性格になったものね。」
「訳が分かりません。そしてちゃん付けはやめて頂けますか?」
周りの者ははらはらとその勇者を見る。祈祷はお粥をフーフーする。
頼むから怒らせないでくれよ、とそんな目線を無視しつつ、青年は口を開く。
「ところで団長、」「あち」
「彼女なら一番端のボックスよ。」「ふーー…」
「違います。先日の書類のことです。」「はふ、」
「若いって良いわね!走れ、クリス!」「ん、優美子、ステーキ」
「違います。書類の期日、明日までなんでしっかりしてください。」「冷めるぞ。」
「良いじゃない、期日の一つや二つ。」「…ふーーー…」
「よくありません。あれは大臣らにも目を通して頂かないとならない書類ですから言ってるんです。」「あち」
ふぅ、と一息付いて、優美子は続ける。
「わかったわ、今日中に仕上げるわよ。でも、」
如何にもわくわくを隠せないように、優美子は言った。
「早くしないとサーモン粥が冷めちゃうわ。」
それを聞いた青年は眉をしかめ、歩を進めた。
「…約束ですからね。」
彼のお盆に乗っている鍋焼きうどんから湯気を上げつつ、彼は奥のボックス席へ早足で向かっていく。
それを見て優美子はくすくすと笑った。
「素直じゃない所があの子の可愛い所ねぇ。」
「そうかな、僕は素直な君みたいな子の方が好きだけれど。」
「まぁ!私も、そんな祈祷が大好きよ!」
二人は幸せそうにほほえみ合う。
涙を飲むのは、いつも周りの独り身ばかりだ。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
井の中の蛙、大海をしらず。されど、大空の高きを知る。
湯気を上げる料理には目もくれず、ぐりぐりと絵をかくその女性のボックス席には、何とも言えない空気が流れていた。
ぐりぐりしては首をひねり、またぐりぐりしだす。
色とりどりのクレヨンが一人には広いはずのボックス席のテーブルを、所狭しと占領し、次々とその手に取られては置かれていく。
ふと、その手が宙をさ迷う。
クレヨンを探しているのだろうが、お目当ての色が見つからないのだろう、目線がテーブルの上を行ったり、来たり…。
その女性をよそに、かたん、と、控えめな音がテーブルをならす。
クレヨンを探していたその目がそちらを見やると、そこには白い髪の少し厳つい青年がお盆を置いて立っていた。
「メェ君」
か細い声が、その女性の薄い桃色の唇から漏れる。
「…クリストバルドだ。」
青年の低い声が呆れたような音色で応える。
「他の席が空いていない。…相席、良いだろうか。」
そう言いながら、目線を泳がせる青年は、不機嫌そうに口を尖らせながら…頬を染める。
その仕草に、花が咲いたように女性は笑い、素早くクレヨンを集め出す。
「うん、メェ君ならいいよ!」
いかにも弾んだその声は、嬉しそうに上擦っていた。
「…クリストバルド、だ。なんだ、せっかく名前を教えてやったのに、結局呼ばないんじゃないか。」
不服そうに良いながらも青年…クリストバルドは席に座る。
それから、斜め向かいの女性が絵を描いている紙をさりげなくみる。
それはまさに色とりどりで、…とても…なんというか、そう、良く言えば芸術的だった。
その絵に形の良い眉を寄せるクリストバルドに、彼女は上品に笑った。
「聞きたかった、だけー。」
大人っぽいその仕草に反して、言葉はとびきり子供のようなその人に、彼はまたため息を重ねて腕を組む。
「おまえは本当によくわからん奴だな。」
その言葉に彼女は…オレンジはトロンとした目を嬉しそうに細める。
「謎はないよりあった方が美しいと思わない?」
「思わん。…おまえは本当によくわからん奴だ。」
眉根を寄せて、クリストバルドは席に腰を下ろした。
彼女はお盆を自分に引き寄せサーモン粥を食べ始める。
少し時間の経っていたそれは、湯気を上げては居なかったが、そんな事も気にせず彼女はレンゲですくい上げる。
「メェ君、食べる?しゃけ粥。」
「…俺は粥は好きじゃないんだ。」
「ふぅん?しゃけは?」
「鮭は好きだがそのスプーンからは食わん。」
ぴしゃりと言われて彼女は口を尖らせる。
如何にもつまらなそうなその顔は、オレンジをもっと子供に見せた。
「子供か。」
「それはどうかな?」
ああ言えばこういう、刺激の少ない攻防戦は、淡々と、静かに続いていく。
きっと、“歌を愛する者”オランジュも、この時間がいつまでも続けばよいと、そう願うに違いない。
にぎやかな昼時。窓から見える青空は、透き通るように高く、雲一つ無い。
爽やかな心地よい風がいくら吹こうとも、その草揺れる草原に、歌姫は立ったことはない。
その穏やかな空の下に出ることは叶わずとも、歌姫達は、それでも些細な幸せを噛みしめて生きている。
歌が魔法になる世界6