歌が魔法になる世界4
現実主義な歌姫とゆるふわ歌姫のお話。
シェフの気まぐれ料理にもレシピはあるの
この歌姫宿舎には、上下関係がある。
歌姫とはふつうの兵士と違い、上級であればあるほど純粋で、か弱い傾向にあり、そのせいもあって部屋の割り当てが優遇される。
人間とはどんなところでも優劣をつけたがる。
ここの本当の上級は純粋なので平等を信じたりもするが、中には純粋故に自分の地位を信じて疑わない者もいる。
そして、本当に順位を気にし出すのはランクAの底辺辺りからだ。
ランクAまではぎりぎり良い部屋に住むことが出来、当然1人部屋だ。
そして、部屋の室がワンランク下で、二人部屋のBを身分が下、と認識しているのだ。
B、Cは同じ部屋なのだが、BはCとの差を付けるため、二人部屋を1人で使っている。
当然しわ寄せはCに来て、Cはしばしば二人部屋を三人で使っている。
因みにD、と判定された者がこの宿舎に足を踏み入れるのは希で、Dは昔の名残で研究所と言うところに連れて行かれる。
これが、この宿舎の暗黙の了解で、ルールという物。
しかし、何事にも例外、と言う物は存在するものだ。
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青いつんつんとした髪の、ミニスカートの少女が、つん、と胸を張って歩く。
堂々と廊下を歩くその様はまるでどこかの貴族のようだが、彼女はあれでこの宿舎の下位のランクであるCだ。
Cといえば、こっそりと端によりながら、こんな綺麗な廊下をわたることは出来ないはずなのだが、それでも彼女は臆せず歩く。
それどころかこの場所にいる誰よりも誇り高く見える。
そんな彼女を、呼び止める声が一つ。
「あの、うたこさん、お願いがあるのですが…。」
その女性は身なりがよく、柔らかな長いスカートをなびかせながら小走りで近づいてくる。
「なんですか?」
うたこは振り返り、笑顔を向ける。
相手は一瞬怯み…しかし意を決したように口を開いた。
「欲しい物があるんです…頼め、ますか?」
その言葉を受けて、うたこはす、と窓の外を見る。
空は暗く、今日は星すらも見えないほどの雲が空に張り付いている。
そんな夜空を見上げて、更にうたこは笑顔をつくる。
「条件次第。ですね。」
窓を片手で開け、その縁にそのまま片肘を付いた少女に、女性は更に言葉を重ねる。
「あの、どうしても欲しいんです!お願いします!!どうか、お願いを聞いて下さい!!」
うたこは窓から吹く涼しい風に髪を膨張させながら、す、と目を細める。
『そうねぇ、この人、Aの偽善者ポジだっけ。ま、この弱虫には多くは望めないわねぇ…。』
ふぅ、と小さく息を吐きながら、うたこは答える。
「品物は?条件は物によります。まぁ、私人の足下見るの好きなんで、そのつもりでお願いしますね?」
そういったうたこに、少し体をふるわせたその人は、それでも、と風に消えそうな声で言った。
「う、その…っ!私、す…」
にや、と背を向けたままうたこは笑う。
ふっかけられると分かっていても頼むその根性、そしてその無謀さ。
何よりAの中でも力が強いのだろうその純粋さ。
『なんだ、ただの弱虫じゃないんですね。』
いや、これは使えるかも、と、うたこは星のない空を見る。
雲は風に流されながら、生きているかのようにうごめいている。
風は限りなく冷たく、魔法で点いているランプの揺れる灯が、とても頼りなく見えた。
女性は銀色の髪を揺らし、思い切り大きな声で吠えた。
「すいか!お化けスイカがどうしても欲しいんです!!」
ずる、と、うたこは肘を滑らせた。
そのまま、その女性に向き直り、疑問を投げかける。
「…すいかぁ?……いや、まぁ確かに支給品には入らないけど…何でまた。」
「あ、龍子がお化けスイカは大きくて甘くて美味しいって何度も言うから、その、どうしても食べてみたくて…。」
はぁ、と今度は聞こえるように真っ正面でため息をつく。
少し困ったように、その女性は深い青の瞳を揺らしている。
その鋭い目を見て、またため息がでる。
「龍子と仲が良いならあの子に頼めば良かったじゃないですか。わざわざ私に頼まなくても…。」
「その、龍子と一緒に食べたいんです。龍子、お化けスイカ、大好きなんだって。いってて。その、びっくりさせたくて…。」
なるほど、親しい故のこの頼みか、と心底納得する。
この人よりも綺麗な青色の瞳と、この人よりずっときつい目つきの娘を、うたこは思い出す。
あの子もダイズだの、ゴマだの、コメだのと、そんな物ばかりを頼んで来やがりますからね、と心の内で毒づく。
ふ、と窓の縁に後ろを向いたまま両肘をつくと、半笑いでうたこは答える。
「分かりましたよ、シルバニアさん。取ってきましょう…速攻で。」
「本当ですか?!ありがとうございます!えと、代価は…。」
ぱ、と花が咲いたように微笑む彼女は本当に嬉しそうで。
うたこは背をそらして空を見る。
少し流れた雲の中に、ぼんやりと月が見える。
これだけの明るさがあれば十分、とうたこは思う。
「条件は、そうね。そのスイカパーティに私と私の友人を二人ほど招いても良いかしら?」
「…?良いですが…えと、物、とかではなくても良いのですか?」
ふー、と長く息を吐き、はじめのとはまた違う笑いを、少女は見せる。
「うん、もう一人の調達屋とは一回話をしてみたかったの。そのチャンスを下さいな。」
「わかりました!良いですよ!人は多いに越したことはないですしね!!」
ふふ、とその女性は緊張を解いて笑う。
「楽しみですね。何だか面白そうです。」
『純粋な子。私とは大違い。なんでAなのかしら。』
これだけ純粋ならば、とそこまで考えて、うたこは首を振る。
それは、私には関係のないことだ、と。
「じゃあ、ちゃんと話を通しておいてちょうだい。」
「あ、分かりました…。えと、いつ頃にしましょうか?」
首を傾げる彼女に、うたこは、微笑んだ。
いかにも、なにも考えていなさそうな、裏のない笑顔。
「明日よ。」
「え、明日って…!?」
ぐら、と彼女は窓の外に身を傾ける。
当然、体は窓の外に落ちていく。
「約束よ、シルバニア。」
「うたこさ…!?」
ふわり、と静かな前奏が、闇夜に溶けて、彼女は風になる。
言葉とも分からない、まさに風の調べと化した彼女を目視することはもはや出来ない。
「…わかりました!必ず彼女に伝えます!!」
シルバニアは遠い雲に届きそうに吠えた。
遠くの仲間に伝えるように、高らかに。
雲は未だ、月をぼんやりと隠している。
風の消えた今、ランプの明かりだけが、廊下を仄かに照らしていた。
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「ねぇ、えだまめ。」
オレンジのふんわりとした髪の女性が、曇り空を見上げた。
「うたこ、今、風になったよ。」
話しかけられた鋭い目つきの少女が緑の髪を散らしてベッドに身を投げる。
その顔は、無表情だ。
「そんなの知らなくてよ。」
そう投げやりに言った彼女に、オレンジ色の女性は眉根を下げて不思議そうに首を傾げる。
「心配じゃないの?」
そう言った彼女に、えだまめは今度はうすくわらって言った。
「オレンジ、あの子とわたくしの“契約”の内容は、決して一人では死なないという条件ですのよ。」
それを聞いたオレンジは、軽くため息をついた。
「それじゃあもっと心配じゃないの。」
ふふ、と、えだまめは軽く笑った。
少し、どこか諦めたように、それでも何かを慈しむように。
「心配をするのももう疲れましたわ。
そう言えば。」
いかにも今思いついたように、えだまめは続けた。
「シルバニアさんと言う方からパーティのお誘いがありましてよ。」
言外に、あなたはでるの?と聞いているのを察したオレンジはん、と考え込む。
「…それねー。どうしようかな、えだまめはでるの?」
「わたくしですか?…ふふ、わかってる癖に。」
す、とえだまめは天井に手を伸ばす。
白い天井に、豪奢なランプが飾り付けられているが、そんな物より、ずっと遠くを見つめながら。
「うたことえだまめは運命共同体でしてよ。」
「そっか。」
オレンジは、この本来広すぎる一人部屋であるはずのこの部屋の、もう一つのベッドを見る。
「早く帰ってくるといいね。」
少しはにかんだオレンジに、彼女はに、と淑女らしからぬ笑顔を向ける。
「まったくですわ!」
部屋は夜だというのに、仄かに暖かかった。
歌が魔法になる世界4