歌が魔法になる世界3
電波系歌姫と騎士の青年のお話
腕のあるミロのヴィーナス
その、歌の溢れる世界は、とても豊かに発展してゆきました。
歌の力は神様からの贈り物。
その世界に生きている人たちははじめはみんな神様に感謝の気持ちを持って歌を歌っていたのですが、次第に、その歌のあり方はかわってゆきました。
豊かな暮らしをしながらももっと豊かな暮らしをと、人々は争いを企てました。
しかし、それを予想しない神様ではありません。
予め奪い合いを防ぐため、強い歌を歌えるのは純粋で、他人を愛せるような優しい人だけで、他人から全てを奪うような人間の歌には弱い力しか宿ることは無いようになっていたのです。
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「ねぇ、見張りの兵士さん。」
癖のあるオレンジがかった長い茶色の髪が、ふんわりと夜風に揺れる。
冷気を孕んだそれは、寝間着の様な薄いワンピースを撫でる。
娘のトロンとしたオレンジ色の目線の先には、柵を挟んでしっかりとした体格の青年がフルメイルを着込んで凛とした姿勢で立っている。
まるで、そのトロンとした目線にも、柔らかでか細いその声にも気づかないように、槍を天を突くように真っ直ぐ持ちながら、大広間へと続く大きな廊下を見張っている。
「ねぇ、見張りの兵士さん、」
なおも、その頼りない声はその兵士に向かう。
しかし、ぼんやりとした月明かりでは、そのフルフェイスの隙間の目線の先は辿れない。
「今日は月が綺麗ですね。」
そう言ったところで、やっとフルフェイスが空を見上げ、
鈍い銀が、月明かりでぼんやり光った。
「そうだろうか?私には雲がかかっている様に見えるが。」
その低く響く声を聞いて、娘は飛び上がるように立ち上がる。
「そうだね、だからこそ、実物を見るよりきっと綺麗だと思うな。」
そう言って、彼女は何より嬉しそうに微笑んだ。
それに対して兵士は呆れてため息を、ひとつ。
「それは不思議な感性だな。」
「わかってる癖に。」
ふわふわとした足取りで、娘は柵にもっと近づきその側の床に座り込む。
「ねぇ、もっとそばであなたの声が聞きたいの。」
甘えるようにか細い声がさえずると、かしゃん、と鉄の足音がする。
「オレンジ、部屋に帰りなさい。夜はまだ冷える。床に座っていては体にさわる。」
オレンジが顔を上げると、鈍く光る鉄の間から見える薄い青の目が、柵越しに此方を見つめていた。
オレンジは、嬉しそうに目を細める。
「やだ。あなたと一緒にいたい。」
「…噂に違わぬワガママぶりだな。
そんな嬉しそうな顔をしたって無駄だ、私は決しておまえを心配しているのではないからな。
この国一の歌姫となり得るおまえに、体調を崩されると俺の首が危ないんだ。」
言うことと、その声色は微妙な温度差を含んでいたが、兵士は、つん、と言葉で突き放した。
しかしなおもオレンジは立ち上がらず、か細い声で笑う。
「私ね、雲のかかった月が好きなの。」
「そうか。」
つっけんどんにそういった兵士は自分の兜に手をかける。
オレンジ色の瞳は見る見るうちにおどろきに丸くなっていく。
かしゃん、という鉄の音と、布がこすれる音がする。
「これで、おまえは俺に付きまとわないんだな?」
月が雲を抜けその輪郭を見せる。
それは、雲がかかっていたときには分からないほど僅かに欠けていた。
それでも辺りを照らし、明るみに出すには十分な明るさだった。
ぽかん、とオレンジはその青年の凛々しい顔を見た。
ボリュームのある癖毛の銀の髪は月明かりで金色がかっている。
はっきりと見えたその顔は、薄い青のつり目に、いかにも体格の良さそうな少し厳つい顔だった。
「見ての通り、俺は美青年ではない。おまえのイメージとは程遠いだろう?ガッカリしたならさっさと部屋に戻れ。」
そう言って顔を難しそうにしかめ、兜を戻そうとする彼の頬を、柵の向こう側から伸びた青白い両手が包む。
「わたし、嘘をついたかも。」
「なんだ。」
その青白いはずの顔は、僅かに赤みがさしていた。
それに気づいた青年はつられて白い顔を赤くする。
「雲のないおつきさまも凄く素敵なのに、今、気づいたの。」
「……部屋に、戻りなさい。」
呆れた様にため息をつきながらしかめたその顔は、先程よりも赤く、なおもそのか細い手を、がっしりとした鉄の手で払うことはない。
「お名前聞いても良い?」
明るい欠けた月明かりの下、喜びに満ちたか細い声が、ころころ、と鳴った。
青年は頬を包まれたまま目線を泳がせる。
「俺は、俺の名は______。」
それは、足りないピースを埋めることば。
歌が魔法になる世界3