神様が僕のおわりにたったひとり残した永遠の少女
ぼくは君を壊したい。
だから、ぼくは君に世界をあげる。
2000年12月1日。
その日は、ぼくの9歳の誕生日であり、大切な君に出逢った日でもある。
きっとぼくは、この日を一生忘れない。
ずっとずっと、 ぼくの心の扉に大切に閉まっておこう。
誰にも盗られないように、そっと鍵をかけて隠していよう。
大切な宝物を開ける鍵を、君のなかに閉まって。
君は、ずっと預かっていてくれるよね?
いつか、世界が終わりを告げるその日まで…。
✳︎第一章✳︎『だから、ぼくは君に世界をあげる。』
2010年11月29日。
僕は、分厚いダイアリーのページを捲り、海砂輝と過ごした10年というノスタルジアを、ひとつひとつ思い出していた。
僕が産まれる前に、父が僕に残してくれたダイアリー。
ちいさかったぼくには、なにを書いたらいいのかわからず、ずっと机の引き出しに大切に閉まっていた。
いつかの夏休みに、母から「せっかくパパがくれたものなんだから、使わなきゃ勿体無いわよ。その日あった出来事を書けばいいの。」と言われ、机に向かい、えんぴつを握って空白のページを捲ったけど、下手な絵日記になるのが惜しくて、結局そのままずっと空白のままにしていた。
9歳になるそのときまでは…。
ページを捲っていると、ダイアリーよりも分厚い原稿用紙が現れた。
小説だ。
僕と海砂輝との物語を刻んだ、僕が書いた小説。
「懐かしいなぁ…
最後に書いたの、いつだっけ……。」
最初の1枚に目を移したとき、コンコンと扉がノックされた。
僕は慌てて、原稿用紙をダイアリーごと引き出しに閉まった。
「見崎くん、眠ってるの?入るわよ。」
「まだ、起きてます。」
扉が開かれ、内海看護師がひょっこり顔を出した。
「もうすぐ消灯の時間よ。」
「もう、そんな時間か…。」
キャビネットに置かれたデジタル時計が、20:55を刻んでいる。
時計の側に置かれた小説を手に取り、内海看護師は苦笑いを浮かべた。
「あ、また小説読んでたの?
相変わらず、本の虫さんね。」
クスリと微笑み、難しい表情でページを捲る。
「内海さんも、読んでみたらいいですよ。
結構おもしろいんです、それ。
よかったら、お貸ししますよ。
おれはもう、読み終わりましたから。」
パタンとページを閉じ、元あった場所に戻す。
苦い顔を僕に向ける。
「あぁー…私、小説とか読むとさ、眠くなっちゃうのよね〜
今夜は夜勤だし」
はぁと肩で息をし、疲れた顔を浮かべるが、すぐに笑顔に戻る。
「大変ですね、看護師さんて…。」
「まあねー
でも、患者さんに少しでも早くよくなってもらいたいから、頑張れるの。」
「すごいな…。」
「あ、もう21時よ。
おやすみ、見崎くん。
なにかあったら、いつでもナースコールしてね。」
「おやすみなさい、内海さん。
無理しないでくださいね」
内海看護師は微笑み電気を消して、そっと扉を閉じて、僕の病室をあとにした。
キャビネットに腰掛けた、球体関節人形の蒼い瞳に少女が映し出され、消えた。
ベッドに腰掛けたままの僕の首筋に、細い手首がまわされた。
白いブラウスの姫袖が揺れ、真っ白いちいさな手のひらが僕の頬を優しく撫でた。
『蒼くん』
愛しい海砂輝のかわいい声が、耳許に流れる。
「海砂輝?
…よかった、来てくれた。
待ってたよ」
彼女の赤いマニキュアで飾られた、細い指に自分の指を絡ませる。
『身体の具合いはどう?
まだ、痛む?』
ちいさな手が、僕の胸元を優しく撫でる。
「だいぶ良くなったよ。
海砂輝がこうして、いつも来てくれるから。」
ふふっと口元に手を当て、『それはよかった。』と、天使の笑顔を向ける。
「そういえば、さっき懐かしいなものを見つけたんだ」
引き出しからダイアリーに挟まったままにしておいた原稿用紙を取り出し、彼女に見せる。
神様が僕のおわりにたったひとり残した永遠の少女