小人のトニー④

そして世界は反転する。既成概念は崩れていく。

お前の命を俺にくれ。トニーは言った。

ぼくはマンションで独り暮らしだ。賃貸の3LDK。設備、環境、広さ、家賃。ランクは上の下といったところ。
まあ、そこそこの良い暮らしだ。
ぼくはインチキ商売の片棒を担いでいるので結構な給料を貰っている。収入に見合った住まいではある。
問題は自分の能力と給料が見事にそぐわない点であり、ぼくは毎夜さほど綺麗でも、かといってさほど寂しくもない夜景を自宅のバルコニーから眺めながらため息をつき、心と片棒担いだ肩を痛めている。
ぼくは朝食を必ず摂る。朝食は一日のエネルギーだから。平日は慌てて摂るそれを、今朝のぼくはゆっくり摂っている。
昨日まではいなかった小人のトニーとともに。
トニーはそこそこ値の張るテーブルの上に胡座をかいてぼくのそこそこ有名なパン屋で買ったトーストの切れ端をバクバク食べている。勝ち誇った顔で。
逆にぼくはうさぎみたいにちまちま食べている。なんか胃が重たくなったのだ。
原因は言わずと知れた事。
トニーの言った通り、会社が休日になったのだ。急遽。
ゴリラ所長に電話をして詳細を聞いたぼくはガクッと力が抜け、そして呆れた。
休みになった理由は社長のお母さんが亡くなって社員全員で喪に服せ、との専務命令が下ったからだ。
「本日は社員全員で自宅にて冥福を祈る事。外出は厳禁。なお、明日は通常業務の事」
社長への媚びがムンムンの通達である。下心満載だ。社風が見てとれる。
社員には親が死んでも休むなと言うくせに社長の場合は休めとはなんたる言い草。
そりゃぼくにも親がいる。親がいるからぼくがいる。親や家族が亡くなる哀しみはわかるけど強要するものではない。
しかも外出厳禁とは。休んでいいが、遊びに行くな、である。
憲法で保障された権利を教えて、誰か。
ぼくは盛大にため息をついた。だって無視して出かけると十中八九バレるから。
三十分おきに確認の電話をかかけて来るだろうし、一時間毎に自宅訪問を実施する。
そういうところの労力を惜しまない会社なのだ。
ウソつきはウソをつかれるのがキライのようだ。
「な?俺が言った通りだろ?良かったな、休みになって。こう言うの何て言うんだっけ?棚からぼた餅?」
トニーがズズッとコーヒーをすすった。エスプレッソ用の小さなカップでもトニーには鍋だ。立って飲んでいる。
ぼくには青天の霹靂にしか思えない。とにかくラッキーではない。
「俺と一緒なら毎日こんな感じだぜ。こんな人生最高だろ?俺と一緒にいたくなった?」
トニーはニンマリした。
断られる事など微塵も考えにない顔である。何なら自分の部屋をどこにするか、あるいは晩ごはんのリクエストでも考えていそうだ。
確かにトニーの能力は魅力的だ。
それは認める。
最初は驚き、身を引いた。だけどそれはきっとサーモンのお寿司みたいなものだ。
最初は驚く。サーモンのお寿司なんて聞いた事ない。一口食べてみる。美味しい。
サーモンのお寿司は美味しい。
トニーの能力もきっとおいしい。
そういう事だ。
ぼくはこの短い時間でトニーという小人をすでに抵抗なく受け入れている。そしてトニーとの今後の付き合いも想像し、想定している。
今、ぼくは一度断ってトニーのびっくりする顔が見たいというイジワルと、トニーの食器をどうするか、という事で頭が占められつつある。
「おっ。その顔。その気になった?こんなお買い得なものどこ探してもないからな。お前本当ラッキーだよ」
トニーはポケットからハンカチを取りだし口元を丁寧に拭った。
ぼくはトニーの一言で冷や水を浴びせられた感じがした。お買い得?
「おいおい、どうしたんだよ。何今度は驚いてんの?あれ?ひょっとしてタダだと思ってた?あのなあ、これプレゼントとかじゃないの。俺は自分の能力を買ってもらいに来たの。お前と一緒。営業だよ。仕事だよ」
ぼくは目をパチクリさせた。
「最初に言わなかったのは悪かったと思うよ。でもお前も甘いよ。無償の行為なんて一番高くつくんだよ。好意は違うよ?欲しいものがあったらその分の対価を払うのが普通だよ。俺がいくら小人だからってメルヘンと勘違いしてもらっちゃ困る」
ぼくは身に詰まされた。甘さが人を堕落させる。美味しいケーキでも毎日食べれば毒になる。
「俺は自分の能力を買って欲しい。お前は俺の能力が欲しい。お互い一致してるだろ?後はお前のアクションだけ。対価の支払いだ。さて、どうする?」 トニーが指をパチンと鳴らした。
その時世界が反転した。ぼく達のいたダイニングの空間がグルリと上に回り、真っ白な空間になった。
ぼくはひっくり返った。そこそこ値の張る椅子が消えたのだから当然だ。
だけど痛くない。床がないのだ。何の感触もない。周囲は白一色。ぼくはよろよろと立ち上がった。
いや、立っているのか、浮いているのか、それも判断できない。
この驚きはもう、何と表現すべきか言葉が出てこない。ぼくはただただ、ポカンとなった。
「選択の部屋だよ」
足元にトニーがいた。
「前を見てみな」
すると目の前にはふたつのドアがあった。
いつの間に?ぼくは混乱をきたしてきた。
「道が二手にわかれる時に現れるドアだよ。お前は今、俺との取り引きで判断を迫られている。イエスかノーか。イエスだったら右側のドアを開けな。そこからは俺との楽しいバカンスだ。ノーなら左側のドアを開けな。そしたらもう俺はいない。二度と会う事はない。心配するな、朝食代は置いていく」
トニーはゆっくりドアの前に進んだ。
「いつもは成立前には見せないんだがね。イエスの場合は慣れておいた方が良いし、ノーなら貴重な体験になると思ってね。先に案内した。ああ、そうだ」トニーは振り向いてぼくと向き合った。
「すまない。また忘れていた。何で支払うかを言ってなかった。これじゃ値札を見せずに買わせるようなもんだな」トニーは頭をポリポリかいた。
「実は金じゃないんだ。でもモノでもない。お前がいつも持っているものだ。それを少し俺に寄越してくれ。それが支払いになる。バーターだよ」
これじゃまるでなぞなぞだ。まったくの冷静ではない今のぼくには「上は洪水は下は大火事なーんだ」だってわからない。
トニーは両手を大きく開いた。
「寿命だよ。お前の寿命。お前の命を俺にくれ」
トニーの目がランランと輝いた。

つづく

小人のトニー④

読んでくださりありがとうございました。
これからぼくの葛藤が始まります。
未来を知る事の是非。
ぼくはどちらのドアを開けるのでしょうか。
また読んでください。
ご意見ご感想お待ちしてます。

小人のトニー④

トニーは純白の世界へぼくを連れて行く。

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-09-08

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