高濱環の農業生活

 「(たまき)、お前に俺の所有してる牧草地の三分の一を貸してやる。耕せ!」

 唐突に祖父にそう言われました。

 ついに祖父がボケてしまったのかと思いました。
 
 「…はい?」
 「だからよ、お前に俺の所有してる牧草地の三分の一を貸してやるから耕せ。」
 「それは、私に牧草をつくる手伝いをしろという?」
 「べつに、牧草でなくてもいいべ。なんでもいい。つくれ」

 相続の話かな。まだお祖父さんも73。喜寿もむかえてないのに、なんて時期尚早な。

 「どうして、畑なんて私に」
 「いやぁ、お前も毎日々々会社でパソコンなんて見ててもつまらんべ?だったら休みくらいは畑でてなんかつくれぇ。」

 どうやら祖父は私の休日すら畑にいろと言うらしい。なんという暴挙。私は休みのために、酒のために仕事をしているんだ。畑なんてでたくない。できればそう多くない友達と遊びたい。できれば一緒に行くような同僚はいないけどランチとか行きたい。24歳のまだまだお肌にハリがあってそこそこ可愛い時期に将来のダンナ様候補とか、まだ見ぬ彼氏とかと遊びたい。…あぁ、なんか自分で思っておきながら悲しくなってきた。

 「なに、お前が会社いってるときは俺が水まいといてやる。休みの日に雑草でも抜きに来い。」

 …まだ私、畑をやることについて是とも非とも言ってないのに、なにやらトントン拍子に話がすすむ。

 「私なんかに貸すより、他に貸せば金も入るでしょう。」
 「すでに募集してる」
 「は?え?」
 「うん。レンタル畑っていうのかい。その類のもんはやってるよ。」

  あぁ、この人はもう畑をやめるつもりだな。で、荒れ果てたままより、すこし耕していた方が高く売れるから…

 「あぁ、そうだ。俺も齢だし。骨が折れんだよ。畑ってのも。だからよ!あんたらに貸して耕してすこしでも高く売ろうと。一般人どもからは金とるからなぁ…これで儲かれば畑は手放さん。」

 開拓者精神というのか、未知の世界にズカズカとなんの恐怖もなく足を踏み入れる祖父に環は驚愕した。

 結局、畑を借りた。


 …後悔した。

 牧草地というのだから、多少は耕された場所だと思っていた。実際はどうだか。草木ボーボー。石がゴロゴロ転がっていて、これが牧草地であったとは微塵も感じられない。こんな畑を、いや、野っ原を押し付けられた農業については素人の私にどうしろというのだ。なにから始めればいいのかわからない。まさかこのか弱い女子に鍬をもたせて開墾しろなどという冗談はあるまい。

 「あのーお祖父さん、この広大な畑をどうしろと…?」
 「お前が耕すんだよ。」

やっぱり。

 「しかしですね、こんな草ボーボーな野っ原、耕せって…」
 「あー、うん。焼いちまえばいいべ。うん。肥料にもなっていい。」

 祖父がすすめたのは焼畑だった。いいのかそれ。

 「あとはよ、トラクターを貸てやっから、畑中走り回れや。」

 この大型特殊免許をもっていない私に大型特殊車を走らせろと。
 
 「あれ、でも土の埋まってる根っことかは…」
 「そりゃ、引っこ抜くしかねぇべな。」
 「まるっきり開墾じゃないですか…」
 「でかい木がないだけマシだべさ。」

 開拓者根性を恨まずにはいられなかった。

 四日間、雨が降っていない。
 あと二日で降る予報だ。

 野焼きだ。

 とりあえず放火しておけば勝手に燃えると思っていたが、そうでもないらしい。
まず、山火事を防ぐために燃え終わりの草を予め刈っておく。それから火を放たなければ山の木に燃え移るらしい。あれか。なんとかでヤマトタケルが草薙の剣で何とやらのやつか。

 「絶対に目ェ離すなよ。山火事になって目も当てられないことになるぞ。」
 「あー、はい。」
 近くには消化器がある。これをフラグと呼ぶことがある。なにもなければいいが、なにせ素人が火を点けるわけだから、こりゃ山の一つはやけるだろうな。

 放火。見事に燃えて行く。街中でやればボヤではすまない煙。目に染みるなー。なんで私、こんなに客観的に畑を見てるんだろう。あんなに気がすすまなかったのに。いや、今もあまり気乗りしてはいないが。

 「おーう、もういいべ。粗方燃えた。」
 そう言って祖父は火をもみ消していった。
 

 火事のあとのような匂い。ここで農作業をやることになるという現実も焼けてしまえばよかったのに。

 農業といっても、大抵のものは機械化されている。草刈り機にはじまり、コンバインにいたるまで、農作業は楽になった。だからといって、それを人間が運転しなければならないので、多少は人の手が必要だ。

 なぜか、私はトラクターに乗っている。野焼きあとをそれで耕している。あれ、なんで私はトラクターに乗ってるんだ。大型特殊免許ないのに。祖父は「あー、私有地だから免許はいらんべ」といって笑ったものだが、私が言いたかったのはそうではなく、今までただの一度も乗ったことのないものに乗れというのはあまりに理不尽ではないのかということだ。横に祖父がいるが、まぁアドバイスがあるわけでもなし。ただ見てる いるだけ。こんなことがあっていいものかい。

 初心者がトラクターに乗ってわけの分からん汗を流しながら多分2時間程度、畑を走り回った。

 「慣れたべ?」
 「慣れませんよ。」

 あー、たしかに多少費用がかかってもコンクリートをしいて駐車場を造った方がマシかもしれない。まぁ、こんな僻地に駐車場を造ったところで停める人もいやしないだろう。結局、前途多難…

 なにを育てようか。

 畑を耕したまではいい。なにを植えりゃいいんだ。まず米は無理だろう。田じゃないし。小麦かな。ライ麦畑でつかまえて的な。いーなー。文学にそった畑つくり。いや、文学好きというわけではないけどさ。
 
 祖父は「初年度は家庭菜園程度にやればいいべ」と言ってナスやらキュウリやらの種を蒔いたようだ。

 まて、祖父の言葉を思い返すと「初年度」という言葉が聞こえた。ということは、だ。また来年もここに居ろというのかい。うわぁ、それはなんと言いましょうか…やめてほしい。
 こう、かっこいい、ジャニーズは嫌いだからジャニーズ系ではないかっこいいだんしが来てくれたらー、ずっとー、ここにー、いてもいいなー、と思ったりもするが、そうマンガみたいなことが現実に起きるはずもなく…

高濱環の農業生活

高濱環の農業生活

「お前に俺の所有してる牧草地の三分の一を貸してやる。耕せ!」と唐突に言われました。それからというもの、休日は土まみれです。でも、楽しいです。

  • 小説
  • 掌編
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-09-06

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