Cyber Rom
夜空の記憶
声が聞こえた気がした。小さくて、か弱く、そして綺麗な声だ。その声の主にそっと触れてみる。それは小さな青い羽根を翻し、こちらを見詰めている。
青田龍二は、その鳥を籠の中から外の世界へと、大きな掌を広げた。空は快晴、正に散歩日和だ。路上でたまたま見つけた彼を無断で自然に返す事など、飼い主にとっては不愉快極まりないだろうー。 そう思うと、彼は繊細な顔に似つかわしい小さな口を少し上げた。
「birdroidにだって、動物権はあるんだぞー、ってな...」
空を見上げながら羽ばたく鳥を見ると、彼の心は清々しい気持ちに包まれた。
叶爽(きょうそう)地区、D-75。そこが彼の住む小さな街だった。朝になると遠くの教会で鐘が響く。朝はそれを合図にし、人々は活動を始める。鐘が鳴るまでは外に出ては行けないという決まりがあった。いつからかは誰も知らない、ただ、外に出た者は誰一人として帰ってはこなかった。彼の母親もまた、その一人だ。朝起きたら、いつも隣で寝ている母親の布団が、ぽかりと空いていた。脱け殻の様に盛り上がったそれは、確かに母親の存在を小さく物語っていたー。
それからは、彼は一人で暮らしていた。そこそこ年は重ねていたし、もう親離れしてもおかしくはない年だと、誰かに言われていた。それを間に受けて父親とは別居、今は毎日仕事漬けの日々だ。毎日、ヒューマノイドや観賞用動物機械の解体を行い自己嫌悪し、また眠りに就く。そんな毎日だった。
ばちり、と低い電気音が廃屋の様な工場に響くー。機械がまた一つ、機能を停止する音だ。機械の断末魔は酷なもので、心臓という機関を持つもののそれと遜色はない。『生』を完全表現する為に、『死』という概念が人工知能にインプットされているのだ。その様を見届けるこの仕事は一体誰が作ったのか、それは機械に感情というものが生まれた頃から続いている永遠の疑問だった。彼もまたその一人であり、『機械共棲派』の考えに沿っていた。機械と人間が共存し、人権や個人を尊重し合うという考えだ。対する『生物独立派』は頑なにそれを拒んでおり、この世界の四割を占める心臓を持つ人間が殆どだ。中には人間を崇拝する機械もいる様だがー。そう、機械にとっては人間は生みの親であり神でもあるー。そこに疑問を持たずに生まれるヒューマノイドも零ではないし、現在の人工知能の最初の開発者は死去しており、複雑で誰にも解けない不完全なヒューマノイドプログラミングは、一人歩きし、何も分からぬままコピーを繰り返し、現在の生産に行き着いているという訳だ。だが皮肉な事に、彼は『生物独立派』の考えを代表する様な場所で働いている。
生まれてきた機械達は、まず『体』を与えられる。シリアルナンバー、GPS、通信機器、見た目は動物形状のものから、無機質な物質で出来るものまでー、需要に応じて生産される。その後『人工知能』を搭載する。問題はこの作業で、人工知能というものは複雑過ぎて体に対応出来ない場合がある。コピーを完了し、量産はされるものの、一個体として機能する為、同じものが出来る事はないのだ。体と人工知能が一致した時、始めて起動する為、『体』の生産も実に難しい。龍二は、その『人工知能を搭載され起動はしたが、世に出せない不適合品』を解体する作業。つまりイレーサー(排除人)という仕事に就いたのだ。
Cyber Rom