指切り

クダラレイタロウ

物盗りの犯行に見せかけなくては。そう思い、部屋を散らかしたのが間違いだった。


私は母を殺した。包丁で、刺した。それはもう変わらない。
ベッドの上で腹部を絶望的な赤に染めた母は、もう動かない。
閉じた瞳を、自発的に開くことはもう、ない。

 
ディズニーランドには、行けない。


母は六十歳を手前にして、認知症になった。
ずっと何かを探し続け、引き出しをひっくり返したり、食後にすぐ台所に立ったりと、典型とも言える行動が目に付いた為、諦めに近い気持ちで病院に連れていったら、やっぱり間違いなかった。
病状が悪化を和らげるよう努力したが、母は、あっという間に私のことを忘れ、怯えた。

『あなた、誰!? どうしてここにいるの!?』

突発的にそんなことを言い出しては、来ないでと叫びながら、周りにある物を手当たり次第、私に投げつけた。
クッションや枕など柔らかいものならまだいいが、目覚まし時計やリモコン、火鋏まで飛んできたので、こちらも命懸けで避ける。防ぐ。
そして、数分後には私に問う。

『昌幸(まさゆき)。どうしてこんなに散らかってるの? あと何? その怪我は。またトモ君と喧嘩でもしたの?』

怪訝な顔をして、私の答え方によっては説教でもしかねない雰囲気を醸しながら、そう言った。
トモ君は私の、小学校時代の同級生だった。


母の断続的な怯えは、更にエスカレートし、遂に彼女は私に包丁を向けた。
一度や二度ではなく、何度もそれが繰り返される。
年老いた女性から包丁を取り上げるのは簡単だったが、もう私は耐えられなかった。
やりきれない思いと常に対峙しながら、命の危険にまで晒される毎日。
そこから自由になりたい。
そう強く思った。思ってしまった。


母を刺してから、大急ぎで部屋を荒らす。
あらゆる引き出しを開け、中を散乱させる。
メモ帳、印鑑、書類。
見覚えのあるものばかりが散らばる。
何度も挫けそうになりながらも、歯を食いしばり、心を鬼にして家を荒らす。


母が主に使っていた鏡台の引き出しをひっくり返した時だった。
青が褪せたような色の、小さなノートがばさりと音を立て、開いて落ちた。
そのノートは一瞬見慣れなかったが、しかしすぐに思い当たった。

それは私が中学時代、日記を書いていたノートだった。
これが、何故母の鏡台に? そう思うと同時に、ページの合間に派手な色の細い紙が栞のように挟まれているのを確認した。
母がこれを読んだかも知れないという危惧が、こんな時なのに頭を掠める。
紙が挟まっているページを開く。
派手な紙の正体は、ディズニーランドのチケットだった。
何故、と思った直後、挟まれていたページに書かれた内容が目に飛び込んできて、はっとした。



――今日も、入試に向けて勉強ばかり。今日やったのは数学。こんな問題をやった。

『現在、父の年齢は子の年齢の4倍で、4年前は、父の年齢が子の年齢の7倍であった。現在の父と子の年齢を求めよ。』

息抜きに、俺と母さんでこれを当てはめて計算してたら、俺が四十歳の時、母さんは六十歳で、二人合わせてちょうど百歳だってことに気付いた。
まぁ、母さんが俺を産んだのはハタチの時だから、当然なんだけどね。

それを母さんに言ったら、
「そうなんだ。じゃあ、その時になったら二人でディズニーランドでも行こっか」って言う。
母さんはディズニーランドが大好きで、何かにつけてディズニーランドに行きたがる。
今から三十年以上も先の話なのに、約束だからねって、強引に指切りさせられた──


本来であれば、懐かしさとして感ぜられるはずの記憶が、一気に掌を返すようにして、私を責め立てる。
栞のように挟まれていたチケットが二枚、はらはらと床に落ちる。
書かれている日付は、母の誕生日の翌日、土曜日。今から三週間後だった。

今、私は40歳、母は。


享年、59歳。

指切り

指切り

掌編小説。収まりはいいかもしれませんが。。。

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