例えば君が

クダラレイタロウ


 例えば君が 傷ついて 挫けそうになった時は 必ず僕がそばにいて 支えてあげるよ その肩を

 あのころ、誰もいない部屋の中で、産まれたばかりの赤ん坊を抱きながら、私はよくこのフレーズを人知れず口ずさんだ。母がよく料理をしながら、若しくは掃除をしながら口ずさんでいたのが私に伝染したのだ。その時の私のように、母も私を抱き、あやしながら歌っていたことがあるのかもしれない。
 足取りはひどく重かった。やけに古い病院の匂いや風景が、他の余計な記憶も呼び起こしてくるので、なおのこと狂おしかった。ここに歩いている最中は、その記憶にずっと対峙していなくてはならない。
 あんなことさえしなければ、私は加害者にならなくて済んだ。あの時までだって、ずっと言われてきたんだ。千弦(ちづる)ちゃんは偉い。気丈だ。小さいのに、家族の為に頑張っている。
 なのに。
 分かっている。私は偉かった訳ではない。ましてや、そうやって褒められるからと計算してやっていたんじゃない。そんな余裕すらなく私は、やらざるを得なかったんだ。
 遊びたい。投げ出してしまいたい。眠りたい。あの当時、そんな欲求が子ども心にあふれ出しそうになると、思い起こされる鮮明な記憶。フラッシュバック。
 私の頬に、そのやさしい手のひらをあてがいながら、母が私にかけた言葉。そして、私を目の前にしても耐えきれず零れだしてしまった父の感情。それらはやわらかな感覚を伴った呪いだった。そう、思い起こしてから気付く。あれはきっと、呪いだったのだ。どこまでも白い綿があふれ出し、私はそれに包まれ、いずれ溺れ、窒息していく。あのころの、幼い私がそうやって命を燃やし、焦げて朽ちていく構図が、振り返るたびに思い浮かぶ。きっとあのまま、白い真綿の海に溺れ死んでしまった方が、もしかしたら私はよほど幸せだったのかも知れない。比喩でなくそうやって死んでしまいさえすれば、私は天使のまま、大好きだった母のもとへ向かうことができたのだ。
 なのにどうして。私は命汚く今も生きているのか。いや、生きているのは百歩譲ってよしとしよう。生きているだけで丸もうけという言葉もあるくらいだ。
 どうして私は、あんなにもかわいがり、守り抜いてきたあの子の首を。そう、首を。
 私はたまらず振り返る。振り返る動作で首を振ることで微かに、自分の目頭が揺れる感覚があった。振り返った私に伯母が即座に気付き、心配そうな眼差しを私に向けてきた。やっぱり、やめておく? 必死に、私の心を探ろうとするその表情は、すぐにもそんな言葉が吐き出してきてしまいそうだった。
 私の視線は逃げるように、伯母の腕の中に落ちた。その光景だけでも、また別の記憶がざわざわと蠢(うごめ)くように這い出してきて、気が狂いそうだった。しかしそれを見て、やはり、と決心する。
 病室はもう、すぐそこだ。私はまた前に向き直り、しっかりと一歩を踏み出した。満身創痍な気分だったけど、先ほどよりは気持ちは殊勝だった。


   *

 今から、二十年近く前。まるで延焼していくような大きな産声をよそに、その傍らで消えるべきではない命の炎がか細く揺らめいていた。
 つかの間の喜び。しかし、まだ安心できない。私の父・巧一(こういち)の心中はめちゃくちゃだったろうと今にして思う。第二子となる、生まれたての長男は無事、一命を取り留めたものの。その母は、なかなか目を覚まさなかった。覚まさないどころか、その顔からはどんどん血の気が失せ、白く白く色を失っていった。その顔の危うい白さを、私は決して忘れることはできない。
笑う時は大口を開けてかかかかっと笑い、泣く時は目と鼻を冗談かと思うくらい真っ赤にし、怒る時はキッと目が吊り上がる。そんな母の面影は、目の前に眠っていた女性には一切無かった。その顔に正面から強く真っ白な光をかっと当てるだけで、顔についているパーツがかき消えてしまいそうだった。だから、きっと今ここに眠る人は別人で、母はきっとここにいないのだと錯覚したり、理性がそんな訳がないと言ったり。そんな無意味な混乱を、私は繰り返していた。その錯覚を信じたかったし、信じていた瞬間があったのだと思う。伯母の話では、あの日、眠る母の傍らで、お母さんはどこ? と私は伯母に訊いたのだと、後で聞かされた。伯母が驚いて眠る母を指すと、私は口先では納得したようなことを言いながらも、首を傾げていたそうだ。それをはっきり口にした記憶は一切無いのだが、それくらい母の顔は、健康な時と様子が違って見えていたということなのかも知れない。
「五時五十三分」
 その後にも、医師は何か言葉を続けたはずだが、私の記憶はそこで飛んでいる。時間申告をかき消すように続く声は、父の叫びだった。子供じみた、わがままな叫び。
「奈苗(ななえ)、奈苗」
 何度も、何度も母の名前を呼んでいた。それこそ、遠くにいる母を呼び寄せて、捕まえたがっているかのようだった。しかしそれは、絶対に届かないのだということも、同時に悟っている声だった。
その時はまだ幼くて、時間申告に何の意味があるのか、私は知らなかった。どうしてこんなシチュエーションで急に時間を言うのかと、一瞬だけだけど思った覚えがある。しかし、それを聞いた父の叫びが、声掛けが、それの意味するところを伝えていた。ああそうか。母は今、死んだのだ。
 通夜も告別式も、何もかもあっという間だった。感情はまるで時が止まったように、一つの場所から動いてくれないと言うのに、目の前に執り行われることは、急流のように流れ去っていった。一つ一つのことにいったいどんな意味があるのか、自分自身の中で咀嚼する間もなく。せっかく、最期に父に抱えられて見せてもらえた棺の中の母の顔も、死に化粧を施されてなお、生前の母の顔と結びつけることができなかった。
 そこから記憶はずいぶん飛んでしまう。事実として一ヶ月くらい超過しているはずなのに、その間の記憶はすっぽりと抜けている。普通に他愛もなく過ごしていた小学校時代の一時期なら、記憶が定かでなくとも頷ける話だが、母が死んだ直後だというのに、どうしても曖昧になってしまう。
 鮮明なのは、二つ。一つは母の死後、初めて登校した時。
登校してすぐはやっぱり、友達も先生も、みんな気遣わしげだった。みんな自分なりに、私への言動に気をつけようとしているのが、幼い同士だからこそ分かった。だけど大人である先生までそれがあからさまに分かるような態度を取るので、少しおかしかった。
「先生。千弦ね、いっぱい笑わないといけないの。赤ちゃんがちゃんと笑い方とか、笑顔を覚えられるように」
 これは伯母から言い聞かされたことだった。伯母は私や、弟である父を相当心配してくれた。たくさん、たくさん声をかけてくれた実感がある。そのおかげで、どれだけ救われたか分からない。葬儀が全て終わった後、もう泣くことはなかったが、暗い表情でもしていたのか、急に肩をぎゅっと抱かれた。驚いていると切ない声で、伯母が言った。
お母さんは、きっと千弦ちゃんに笑っていてほしいと思ってると思うから、だから。それに。
そして、これを言われたのだ。
 だから私は当時、できる限り、意識的に笑った。友達とお喋りをしながら。ちょっとしたいたずらをしながら。そうしていたら、みんな一緒に笑ってくれたし、悪いことをしたら先生もきちんと叱ってくれるようになった。学校での振舞いは、学校での時間は、それで全く問題なかった。笑っていたら、周りの子たちはあっという間にいつも通り接してくれるようになったし、明るく振る舞えば振る舞うほど、先生や他の大人たちは偉い、立派だと褒めてくれた。このことに関して、伯母にはとても感謝している。
二つ目は、弟が初めてうちにやってきた日のことだ。伯母と一緒に夕食の支度をしているところに、父が弟を連れて帰ってきた。あらかじめ引っ張り出し、組み立てておいたベビーベッド。私の時にも使っていたというそれの中に寝かせた弟を、それから何度もお世話になる椅子を土台にして覗き込む。まだそんなに背が高くないから、椅子はその後の生活のマストアイテムだった。上らないとベビーベッドから弟を抱き上げられなかったし、台所で洗い物なんかもできなかった。
私はその時初めて、弟の顔をまじまじと見た。赤みが差した、白桃のようなほっぺたが可愛らしいと思った。それまでに赤ちゃんを見たことは何度かあった。だから、一般的に赤ちゃんはかわいいものだと言う先入観のもと、反射的に可愛いと思ったものだったか、それとも、そこに眠る人物そのものに対して、きちんと可愛いと評したものだったか。それはもうどんなに努力しても、絶対に思い出せなかった。ただ、その頬の赤みを見て、可愛いと思ったことは覚えている。
それと同時に。
最後に見た母の顔はあんなにも白かったのに、とも思った。それははっきり記憶している。
伯母が帰り、弟が眠ったあと、父と二人で弟の寝顔を見ている時に、父が言った。
「母さんが遺してくれた宝物だ。大事に育てような」
 父は目線を弟からそらさないまま言った。それを見て、思い出した。
「いいお姉ちゃんにならなきゃね」
 何気ない会話の中で出た言葉だった。妊娠中毒で入院していた母が生前、私にそう言った。その時母は私の頬に手を添えていた。その手の柔らかな感覚を、今でも鮮明に思い出せる。私はその時、頷いた。そうだ、母とも約束したんだ。
父を見ていた私は、弟に向き直り、一つ頷いた。母に頷いたのと、同じように。


  *

 母を亡くしてすぐ後からもそうだったが、それから生活は当然ながら一変した。
未婚の伯母がしょっちゅう顔を出し、家事や育児をずいぶん手伝ってくれた。手伝うだけでなく、私に家事を仕込むことまでしてくれた。つい数か月前まで、私は一人でお風呂に入れなかったと言うのに、あっという間に私は伯母の手引きで、お風呂の焚き方、掃除の仕方も覚えた。入ること自体は、母が妊娠して入院している最中に平気になった。お姉ちゃんになるのだからと、父や伯母に頭を洗う練習を付き合ってもらって、最初はちょっと怖かったけど、すぐに慣れていった。料理も、習慣化してしまえば覚えるのは早かった。母が亡くなって三ヵ月もしないうちに、伯母の手助けなく私一人で、父と二人分の食事を作れるようになっていた。父は我慢してくれていたのかも知れないが、少なくともとても食べられないものではなかったはずだ。
 覚えるのは早かったとはいえ、その生活は大変だった。その当時は意識したことはなかったが、忙しかった印象がすごくある。父と伯母がいても、結局は一番長く家にいるのは私だったから、何だかんだ私がいちばん家事や育児を担うことが多かった。友達とも家に招いてしか遊べないし、友達がやっている習い事も一緒にやってみたくなる時期があったけど、明らかに余裕が無くて、羨ましがりながらも諦めていた。学校で出る宿題すらも面倒なのに、と思うと、思いつきで父に、何かをやりたいと言い出す気にはなれなかった。どうしても家事が忙しかったり、それで疲れてしまったりすると、宿題だってやりたくなくなった。家事を終えてさあ宿題に取り掛かろうと思った時に、弟が泣き出してしまい、あやしているうちにうっかり自分も眠ってしまって朝になったなんてこともあった。
 そんな毎日だから、友達と話す時にどうしても家事の話が多くなってしまう。女友達の間で、私のあだ名が〝ママ〟になるのも、時間の問題だった。それが自分のキャラクターになっていくのは、そんなに嫌じゃなかった。家事ができるのは、女子としてはそれなりにプラスに働くステータスだった。友達を家に招いて遊ぶ時は、だいたい弟を見せるだけで盛り上がってもらえたし、お菓子を作って振る舞ったり、作り方を教えたり。小学生でも料理上手な子もいたから、そういう子たちと一緒に作るなんていう遊び方もできた。友達が家に来ている最中に、家事をこなしたり、泣く弟をあやしていたりすれば、その姿を見た友達がやっぱり珍しがって褒めてくれた。
「千弦ちゃんはすごいねぇ。お母さんみたい」
 クラスの中で背は高い方(特にこの生活になってからは異様に体力を使ってお腹がすくので、食欲も旺盛になり、背の伸びがすごかった)だったので、体格的にもそのイメージがぴったりだったのかも知れない。男子にまで母さん、母さんと呼ばれ、
「あたし、あんたたちの母さんじゃないしっ!」
 とムキになって一喝したら、その言い方がすごくお母さんっぽかったらしくて笑いが起き、クラスでも鉄板のやりとりになっていた。
 ――結局、そんな生活を続けたのは、一年くらいだったろうか。唐突に、弟が歩く、その光景が蘇る。――そうだ、だからきっと、そのくらいだ。


   *

 当然だけど、順調なばかりではいかなかった。私も、そして父も。
 父は時折、母を思い出すらしく、お酒が入ると私の前ですら泣いて取り乱してしまう時があった。一緒に私も泣いたり、背中をさすったり。もともと晩酌をする父で、その相手をしていたのは母だった。私にはそれができない。弟の相手で余裕があまり無かったし、父の帰宅は私の就寝時間より遅いこともあった。プライドがあってなのか、遠慮しているからなのか、伯母ともそれはできないらしかった。できる限り、私の目にも触れないようにしているようだったが、父のすすり泣く声で目が覚めてしまったり、トイレに起きた時に遭遇、または泣き疲れてテーブルに突っ伏して寝ているのを見てしまったり。そんな時、夏ならタオルケットをかけるだけで別にいいけど、そうでなければ風邪を引きかねないから、起こして寝室まで連れていかなければならなかった。その時の酒の量や、眠りに落ちてからの時間、疲労度によるんだと思うけど、寝室までのストロークがいつも面倒だった。
 マシな時は私に起こされると「おう、おう」とおざなりにでも返事をし、寝室に戻っていく時もあれば「うるさい!」と怒鳴られたりもした。まあそれならもう知らない、と放っておけるんだけど、泣いたり酔いが覚めていない時がやっかいだった。私は割と母似だったせいなのか分からないが、酔いが深いと、何度か母と間違えられたりもした。
「――奈苗? 奈苗、会いに来てくれたのか」
 などと猫撫で声になってみたり、抱き付かれたり、挙げ句キスされそうになったり。まだ父とキスするくらいだったらなんとか平気だったりもする年齢だったけど、いかんせん酒臭いので、それはやっぱり御免だった。父も私相手じゃなくて母相手だと思っているので、ちょっと父のオスっぽいところが垣間見えるのも、娘としてはちょっと、いや、かなりしんどかった。
 一人酒の頻度は多かったので、一応、こうなったらこう、と流れが自分の中で練られるくらいの頻度で、父はこうなっていた。
「お父さん! 私は千弦! む、す、め、で、す!」
 間違えられた時はこれでだいたい我に返るのだが、酔いが回り過ぎていると、これ一発では効かなかった。
「だから! お父さん! お母さんは、死んだでしょ!」
 あんまりひどいと、これを言わなきゃいけなくなる。流石にこれを言われると、父もピタリと動きを止める。動きを止めて、自分のしたことに照れてひと言謝ってくれれば一番楽に終わるのだ。だけど面倒なのが、そのまま泣き崩れて運べなくなるのと、自己嫌悪に陥って謝り倒されるパターンだ。深夜なのが気になるくらいの声でやるものだから、弟が声に驚いて泣き出したこともある。
 そもそも、父がそれで泣き出してしまうと、私も正気じゃいられなくなってしまう。死んだ、なんて、私の口からあまり言いたくないし、普段なら父も伯母も、話題も出ないようにしてくれていた。
 あの生前とかけ離れた白い顔を見て、母の死が実感できなかった分、母の不在こそ私を悲しくさせていた。直後はやはり、母がいないことの不都合や、あまりに大きすぎるその影響が、同時に悲しみを呼び起こしていた。伯母に家事を仕込まれながら、うまくできない時なんかは、どうして、どうしてと泣き言ばかり言っては、伯母を困らせていた。
 それでも、家事育児にもある程度、慣れてきたと思っていた頃のこと。
 私ももはや泣き言を言うこともなく、淡々と日々を過ごすことができるようになっていた。母の不在を悲しむ暇は、それほどまでに多くは得られなかったし、結局はひと息ついたところで、母のことばかり思い出すと言う訳でもなくなった頃。私はいつも通り、弟と同じ部屋で眠っていた。その日は父が仕事の関係で帰ってこない夜だった。最悪、弟と二人でも何とかひと晩くらいなら留守番できるようになっていたが、伯母は無理やり仕事を早退して、付き添ってくれた。仕事のことを私が心配すると、伯母が怒ったように言った。
「最近、この辺であの空き巣犯が出たって言うし。二人になんて絶対させられないわよ」
 その時期、その空き巣は有名だった。範囲は三県を跨ぐような形で広かっていたが、ちょうどその頃、隣町で空き巣に入られた家があったのだ。金目のものとは限らず、家族写真とか、賞状とかコレクションとか、その人が大事にしていそうものをピンポイントで盗んでいくと言う愉快犯だった。誰かに危害を加えるような犯行に及んだことは無いらしいが、やはり子を持つ親たちにとってみれば、心配の種になるようだった。
学年が一つ上がり、宿題を多く出す先生が担任に当たってしまい、夜が遅くなってしまってから床につくことになってしまった。
 そんな時に限って、弟の夜泣きが始まってしまう。夜泣きもある程度、慣れているつもりだった。軽く苛立ちながらも、放っておけば伯母に迷惑をかけてしまう(伯母は翌日も仕事だった)ので、何とか身体を起こし、私は小さなライトだけ点けて、椅子を持ち出す。しかし、抱き上げるのも面倒に思えてしまい、私はベビーベッドの上にそっと乗り、弟の横に添い寝した。頭の後ろに腕を通し、もう片方の手で、ぽん、ぽんとぞんざいにならないように注意しながら、弟をやさしく叩く。なかなか泣き止まないので、おむつを確認するけど、特に匂いもないし、大丈夫そうだ。あやしてみるのだが、あまりに眠くてどうしてもぞんざいなものになってしまう。自分も横になっているからなおさらだった。細い糸のような、それでも耳につく弟の泣き声はやまない。目をぎゅっと瞑り、そして開くと、ほあっと溜め息が出た。
 泣きたいのは、こっちだ。
 私は力を振り絞って体勢を立て直し、正座しながら弟を抱き上げる。揺すって、揺すって、声をかける。どうしたの? 怖くないよ。お姉ちゃん、ここにいるよ?
 また、いつもの歌を歌う。子守唄代わりにもなっていた、ビリーヴ。出だしを歌うだけでは泣き止みそうになかったので、揺すりながらサビまで囁くように歌う。

 世界中の 希望のせて この地球は まわってる
いま未来の 扉を開けるとき 悲しみや 苦しみが いつの日か 喜びに変わるだろう
アイ ビリービン フューチャー 信じてる

 何故かその日に限って、全く泣き止まなかった。あーん、と弟が大きく泣いたところで、伯母の足音が聞こえた。それを聞いて、起こしてしまったんだと思い、胸が鷲掴みされたみたいに、ぎゅっとなった。
 がらがらと引き戸が音を立てる。面倒で点けなかった部屋の明かりを伯母が点ける。急に明るくなり、一瞬目が眩んだ。弟もそれに驚いたのか、泣くのをぴたりとやめた。
 なんだ、そんなことで良かったのか。
「どうしたの……!?」
 泣き止んでしまったから、伯母がそう訊いたのだと思った。それか若しくは、電気を点けるくらいで泣き止ませられるのに、何を今まで手こずっていたのかと思われたのか。初め、ぞんざいにあやしていたことに対して、言い訳したい気持ちが溢れ出てきた。
「違うの……」
 声を出したら、その声が完全に掠れた。え、と思う。私、どうしたんだろう。声がおかしいと思った瞬間、鼻のかたちに沿って雫が伝うのを感じて、ひどく驚くことになる。私は自分がこの瞬間まで、泣いていることに気付けていなかった。
「――千弦」
 私は動揺していた。私は、弟に笑顔を覚えさせなければならなかったはずなのに。なのに。泣いている弟に対して、泣きながら接していたのか。あやしていたのか。
 弟のお尻を抱えていた腕をとっさに引き抜き、慌てて涙を拭いた。違う、違うの。言い訳したくてたまらなかった。だけど、何で泣いているのか分からなかった。説明しないと。そう思うのに、考えれば考えるほど言葉にならなかった。頭の中で、ジェンガのようなピースがばらばらに崩れていくイメージがあった。
 伯母が意を決したように近づいてきた。私の腕から弟を奪う。私では力不足だと言われたような気がして、渡したくなかったけど、強くは抗えなかった。
 しかし、伯母は弟をそのまま、ベッドの上に寝かせた。私の膝の、その手前に弟を置く。
 すると今度は、私の身体を抱き上げた。驚いて強ばった身体は持ち上げにくいはずなのに、強い力で持ち上げられた。
「ごめんね」
 何について謝られたのか分からなかったけど、伯母がそうやって私を自分の胸に押し当ててきて、私は溜まらない気持ちになった。体温と一緒に、伯母のほんの微かな震えが、私の胸に伝ってきた。
 弟にするように、私の背中をさすりながら、伯母は泣いていた。
 くるっと伯母が身体を翻す。伯母の肩越しに、弟が見えた。さっきまで泣いていたとは思えないほど、ケロッとした顔で虚空を見上げていた。時折、こちらにも視線を投げてくるが、特に気に留めることもなくまた視線は虚空へとそれていく。その繰り返しだった。
 私にはそれが悔しかった。それまではさらさらと、表情もないままに涙を流していたけれど、ここで私は初めて顔を歪めた。びしっと、まるで薄氷にヒビでも入るように、眉間の皮が萎む。うっと、声が漏れた。
 結局その夜、あやしてもらったのは、姉の私。結局、伯母は朝も早いというのに、私が泣き疲れて眠るまでそうしてくれていた。こんなにも心地よい睡魔は久しぶりだなと感じながら、明日からはまた、しっかりしようと思った。


   *

 だけどやっぱり、そう簡単にはいかなかった。私は時折、疲れを溜め込んでしまって倒れてしまった。学校では、かなり無理をしていた。母が死んですぐ、無駄に〝笑わなきゃいけない宣言〟をしたのが良くなかったらしい。自分が吐いた言葉は、そっくりそのまま自分への呪いになる。自分を縛り付けて、溺れた時には枷になり、冷たい水の底へ引き込んでいってしまうのだ。無理しておちゃらけて、がむしゃらに笑っていたのに、その次の瞬間には意識を失うなんてこともあった。
「ちーちゃんって、元気なのか違うのかわかんない」
 無理しすぎだよ、と。辛かったら言ってほしい、と。そう言って保健室で目に涙を溜めてくれた子もいた。本当にあの時期は、たくさん心配をかけたと思う。保健室と仲良しになった私のせいで、伯母や父が何度か学校に呼ばれたこともあった。
 私を案じて、父も仕事を減らした。できるだけ、私や弟との時間を増やそうとしてくれた。仕事場では相当、肩身の狭い想いをしたようだが、それでも私たちの為にずいぶん努力してくれていたのを、私は知っている。
「近所でまた空き巣があったみたいだったから、心配で早退してきた」
 被害を受けた家は、この間より更に近い場所だった。犯人は一向に捕まらなくて、地方紙の紙面を幾度となく賑わせていた。そう言えば結局、あの空き巣は捕まったんだろうか。そう言えば、知らない間に風化していった気がする。
 そんなことより、私は父と過ごせる時間が明らかに増えていったことが、逆に気にかかった。別に父は嫌いじゃなかったし、一緒に過ごせるのは純粋に嬉しかった。しかし、嬉しい分だけ、負担になっている気がしてしまって、私は子どもながらに揉まなくていい気を揉んでいた。

 そして、あの日。
 自分の身体の不調。伯母を泣かせてしまったこと。そして、父への負担。その時期、目の当たりにしていたことすべてが、その瞬間、私に雪崩れ込んできて。そして私は。

 その日、私はまた倒れた。過労と診断されて、父が小児科医にこってり絞られ、重苦しい声で何度も謝るのを、私は薄い意識の中で聞いていた。ごめんなさい、お父さん。私のせいで。
「謝るのは私じゃありませんよ! 娘さんです!」
 私がパーティションを挟んだ向こうで微睡んでいるのもお構いなしに、お医者さんが怒鳴った。診てもらったのは近所の病院で、私のかかりつけのお医者さんだった。私のことを何度も診てくれて、優しくしてくれた先生だった。きっと私を心配して、お父さんを怒ってくれていたんだと思うんだけど、その声に私は反抗したかった。違う、悪いのはお父さんじゃないんです。先生。頑張らなきゃいけないのに、身体を弱くして倒れちゃう私が悪いんだ。
「先生! 隣で千弦ちゃんが寝ているんですから」
 看護婦さんが窘める声。ひどい頭痛がしていて、動けないのに眠れない。そんな状態にあった私の朦朧とした意識は、看護婦さんの抑えた声すらもきちんと聞き取っていた。
 仰向けの状態で首を横に倒すと、すっかり丸く小さくなった父の背中がパーティションの隙間から見えて、これまでにないほど私は切なくなった。心が空き缶を潰す機械にかけられたような感覚があった。
 父におぶってもらって帰った私は、弟と同じ部屋に寝かされた。帰る道中も、部屋で寝かされる時も、何度も父は私に謝った。独り言を呟くような謝罪の言葉。父は私が起きているのには気付いていないようで、まるで覆いのない情けない声で私に謝っていた。
 家に戻って、布団に寝かされてすぐ、電話が鳴った。部屋を出てすぐのところに固定電話があるせいで音が大きく、頭にガンガン響いてきた。近くなのにずいぶん慌てて出て行った父は、部屋の戸を開けっ放しだった。そのおかげで、電話の声が丸聞こえだった。
「え。これから、ですか? いえ、あの、娘が体調を崩していて。できれば一緒に……いえ、はい。承知しておりますが、その……申し訳ございません。いや、今日ばかりは……いや、そうですよね、はい。重々承知しているのですが、でも」
 馬鹿丁寧な父の応対に対し、電話の向こうも、相当必死そうだった。きっと、父がこれから仕事に戻らないと大変なことになるんだと思った。そういう時はたまにあった。父がしていたのは、二十四時間フル稼働しているシステムの保全の仕事だったので、緊急事態が起きると、急に人手が必要になり、忙しくなるタイプの仕事だった。夜中に駆り出されることも、しばしばあった。胸がざわざわする。声を聞くたびに、どうしても分かってしまう。ろくに頭も回らないはずなのに、どうしてか父の抱える事態を、殆ど瞬時に私は悟ってしまっていた。
 向こうの声が話す内容までは覚えていないが、今までの経験で私は悟っていた。きっと今、何か緊急事態が起きていて、早退した父が一刻も早く戻らないと大変なことになる。そういう状況なのだと私にも理解できるような声音だった。
「申し訳ございません。家族に確認だけ! それだけ、させては頂けませんか。申し訳ないです。必ず、必ずすぐかけ直しますから!」
 父は半ば強引に電話を切った。そのまますぐ、急いだ様子でナンバーをプッシュする音が聞こえた。指が急(せ)いている雰囲気が、こちらまで伝わってきた。
「もしもし姉ちゃん? ごめん。うん。実は……」
 父が事情を話す声がする。伯母に来てもらうように頼んでいるようだった。電話はすぐに済んだようだった。するとすぐに、バタバタと忙しない音がした。どうやら出勤する仕度をしている。また外に出る格好をした父が部屋にやってきた。仰向けにしていた私が、辛うじて意識があることに、その時は気付いたようだった。
 父は屈んで私の頬を包む。大きな指を、私の小さな頬から持て余しながら。
「ごめん、本当にごめん、千弦。お父さん行かなきゃいけなくなった……許してくれ、頼む。峰子(みねこ)伯母さんがすぐ来てくれるから、ちょっとだけ辛抱してくれ」
 心底辛そうな顔をしていた。悲痛と言えるほどに。そして父は、私と弟を置いて仕事に向かった。ろくに反応できないとは言え、弟に全く声をかけずに出ていってしまったあたり、相当な緊急事態なのだろう。
仕方ないのだ。そう言い聞かせようとすればするほどに、歯がゆかった。お父さん。お父さんお父さん。私、怖い。不安だよ。こんなろくに身体が動かない状態で、弟と二人きり。伯母がすぐに来てくれると言う話だけど、伯母が来るまでどれくらい時間がかかるんだろう。電話の奥の伯母は今、どこにいたの? 家? 職場? 家だとしたら待つのは何分くらい? 職場だったら? 仕事中だとしたら、すぐに出て来られないことだってあるはず。最悪、待たなきゃいけない時間はどれくらいなのか。布団の中に収まり、身体は殆ど動けない状態なのに、私は軽いパニックに陥っていた。父が出ていかなくてはならない事情を察するまでは、あんなに冷静でいられたのに、いざ出ていかれてしまうと、すぐにそれは決壊してしまった。
弟はベビーベッドの中だし、仮に泣いてしまっても、放っておいたってそんなにひどいことは起きないはず。最近、弟は立って歩く勢いだけど、少なくとも一人であのベビーベッドは出られない。落ちることすら、できないはずだ。そうやって高を括っていたいのに、少しでも安心したいはずなのに。私の心は大時化(しけ)のように、いつまでも波立っていた。
伯母をいつ来るかいつ来るか、と待ち侘びながら、顔はベビーベッドに常に向けていた。
 やがて、弟が木でできた丸い格子をつかんで、立ち上がった。首や足を挟む程広くなく、指を挟む程狭くはない格子は、弟にとっても立つ練習の為のいいツールになっていた。初めて立ったのも、ベビーベッドの中だった。かつての私もそうだったらしい。柵の高さは、弟の目の位置くらいの高さだった。だから、大丈夫なはず。大変なことにはならないはず。それでも、頭をぶつけるくらいはしてしまうかも知れないので、病む頭に顔を顰めながらも、病床の中で私ははらはらした。

 最悪な奇跡は、その時起こった。

 とたたたたた。私は目を疑った。耳に残る、シーツの上を駆けた時の、布を掻く音。それを反芻する。あの子。今、歩いた?
 思考が覚束ない頭で、考える。初めて見た。格子の隙間から見える、弟の姿。ベッドの端、頭側にいたけど、今、あっけないほど一瞬のうちに、あの子は足側の格子の方へ移動し、今は膝をついている。ききゃ、と愉快そうに笑う声が聞こえた。
 本当なら、感動的な一瞬だった。だけど、感動できるような心の余裕は無かった。頭痛はまだ引く様子がないし、何より、弟のその時の体勢が気にかかった。万歳するように諸手を挙げている弟は、ベッドの柵の頂を掴んでいる。
 今なら分かる。普通に考えて、たった今初めて歩けたばかりの赤ん坊が、あの柵を自力で越えられるはずがない。なのに、私は起き上がっていた。自分の中では、頭痛が割れんばかりにひどい状態とは思えないくらい、機敏に動いているイメージだった。殆ど飛びつくように、椅子を持ち出し、ベビーベッドの側面に横付けする。
 当然だけど、その短いストロークの中で、弟の身には何も起きていなかった。私がベビーベッドの上に飛び乗った時にはまだ、まるで閉じ込められて、出してと懇願するように柵に縋っているようだった。
 本当は寝ていないといけなかったのに、急に動いたせいで、まるで罰を与えられるように頭ががいん、がいんと重く痛んだ。呻いていると、弟が駆け寄ってきた。今度は歩くのではなく、はいはいだった。途切れない頭痛に顔を顰めたまま、弟の顔を見る。甘えたいらしく、目が合うと、きゃきゃと笑いかけてきた。
 分かったはずなのに。私が今どういう状態か、この子が理解することなんてできないのだと言うことくらい。だけど、私の心は大きく乱れた。
こんなに痛いのに。辛いのに。それでも、心配してベッドの上まで無理して上がってきたのに。なのに何でこの子は、笑っているの?
突発的な感情でしかなかった。かっと全身の血が熱を持った感覚があった。
私は両手で、弟の。弟の首を、首をわし掴み、仰向けに寝かせた。弟の顔から笑みが消える。覆いかぶさるような体勢になる。
この子が。この子さえ、いなければ。私はこんなに体調を崩して、寝込むことは無かった。伯母を心配させずに済んだ。お父さんも職場や伯母に対して、肩身の狭い思いをしなくて済んだ。そもそも。

お母さんは死なずに済んだ。

 今まで抑えに抑えてきた感情が、オーガズムのように爆ぜた。
お母さん。お母さんお母さん。
ずっと、我慢してきた。夜、その感情に溺れないように、理性を保っていられるように私は、率先してこの子のいる部屋で寝ていたのかも知れない。そうすれば、自分の役割をきちんと理解して、律していられるから。でも、本当はずっと泣きたかった。感情に任せて、喚き散らしたかった。産まれた弟の為に、笑わなければ。そう言い聞かせる裏に、ずっと秘めて、心の奥底だけで、その色を濃くしてきた感情。
お母さん。どうして。ねえどうして。どうして死んじゃったの。ねえ。どうしてこんなに辛いのに、会いに来てくれないの。私やお父さんに、こんなに悲しくて辛い思いをさせるの?
 そうだ、こいつが。こいつが殺したからだ。

 母が死んで、私は涙を流すことはあっても、声をあげて、それこそ子どものように泣いたことが無かった。まだ小学生だったのに。そんなことも私は、この時に至るまでできなかった。大人にならなくてはならない。弟のために。家族で、生活をしていくために。感情に波風を立てない中で、それでも私はその為に、必死になっていた。
 部屋の中は静かだった。その一瞬だけ。弟はきょとん、と私を見つめ返した。目薬を差す瞬間を逆再生したかのように、眼球から直接、涙が滴り、弟のおでこにぴしゃん、と落ちた。刹那的な強い視界の歪みと、落ちていく雫の感覚が、それをきちんとその瞬間にイメージさせた。それを契機に、私は咆哮した。
うああああ!
目をぎゅっと瞑ると、頭ががんがんした。脈打つような痛みが走る。私はそれを抑え込みたいかのように、どうにも形容できない声を上げて、弟の首をぎゅっと絞めた。ふっ、と、弟の息が詰まる声が漏れた。私は泣き叫びながら、ぐいぐいと首を絞め上げる。弟が苦しげに口を大きく開け、急に遮断された空気を求める。
させるもんか。お前なんか。お前なんか。いなくなっちゃえ!
心の底から、本気でそう思った。腕が三本あって、第三の腕で、ぱかっと開いた弟の小さな口を塞げたらいいのにと、冷静だけど非現実的なことを考えた記憶が、確かにある。
いいお姉ちゃんにならなきゃ。それは大人になった今でさえ、その声や手の感触を鮮明に思い出せる。なのにその時は、母のことで頭がいっぱいなのにも関わらず、私は母が遺した言葉は、こなごなに割れたガラスのようで、きちんと紡げなかった。その場面の映像や声はよぎっても、意味まではその場で咀嚼できないような状態だった。明確で冷静な殺意と、激しい頭の痛みが呼び込む狂乱。その反復を繰り返していたように記憶している。その激しさにあてられて、本当に私はその時、ただ頭に血が昇ってヒステリーを起こすよりも、より深い意味でパニックだったんだと思う。
 どれだけそうしていたのか、分からない。ほんの一瞬だったのかも知れないし、数秒はその状態だったのかも知れない。いずれにしても、結果として弟の命が無事だったということは、そんなに長い時間じゃなかったはずだ。
「千弦っ!」
 どうしようもない憎しみにあらゆる感覚が麻痺していたところに、伯母の声が割り込む。伯母が帰ってきていたことにも、私は気付けないくらい、取り乱していたらしい。私を制する、狂乱した、普通じゃない伯母の声。強い、大人の力で私は弟から引き剥がされた。伯母が私の頬を強く打つ。急に空気を吸えるようになった弟が激しく咳き込むのが聞こえる。赤ちゃんがするようなかわいらしいささやかなものではなく、本気の汚さを孕んだ咳。私は頬を押さえながら、わあわあと泣き叫ぶ。それには目もくれず、伯母は弟を抱きかかえ、背中を擦っているのが見えた。カパッ、カパッとひとしきり咳き込んだ後、弟は私に匹敵するくらい大きな声で泣いた。二つの泣き声がぐちゃぐちゃに混ざり、夜闇を掻き回す。伯母の必死の呼び掛けが室内に響き渡る。今思えば修羅場だった。この上ない程の。
 お母さんお母さん。私は泣き叫びながら、母を呼び続けた。


   *

 その夜を境に、いろいろなことが変わってしまった。まるで水面下に隠れていたものが、目に見えて決壊したかのように。私たちは姉弟揃って入院を余儀なくされた。弟は小児内科。私は、小児精神科。
 弟は一日、二日で退院できたそうだが、私はすんなり出てはいけなかった。しばらくひと言も口が利けなかったらしいし、まともな実生活に戻るまでには一年近くかかった。この時の記憶は殆どない。入院している時の記憶も、霞がかったように不鮮明だ。
私自身の感覚としては、あの夜、私は一度死んだような感覚だった。母親の役割を力が及ばないながらも、努めようとする自分。それが、完全にあの瞬間をもって、死んだ。自分自身で殺した。自殺させたのだ。母を喪って、子どもらしい時間を奪われながらも、真摯に弟と向き合い、生きていこうとする健気な子ども。それまでは、それこそが千弦と言う一人の女の子だった。それが、完膚なきまで壊れ、失われた。二度と、そこに戻ることはない。私はただの、殺人者。殺そうとしたのは、弟。そして、自分。大っぴらにそれを私に指摘してくる人間などいなかったけど、自分で分かっていた。何度も、何度も自分で自分を糾弾した。

 実生活に戻ると言っても、何もかも元通りと言う訳にはいかなかった。退院して、私が連れ帰られたのは、住み慣れた我が家ではなく、伯母の家だった。退院前、伯母から説明があった。
「あなたは、伯母さんが引き取る。もう寂しい思いはさせないからね」
 入院中、仲のいい子や担任の先生にお見舞いに来てもらったり、クラスの子たちから寄せ書きなんかももらったりしていたのに、私はろくに挨拶もできないままに、新しい学校に転校することになってしまった。新しい生活がスタートし、精神状態や生活リズムが落ち着いてから、仲のいい子やお世話になった担任の先生には手紙を書いた。あの日以前から心配こそかけていたけど、本当に学校ではうまくいっていた。仲のいい子もたくさんいたし、先生との関係も良かったと自分では思っている。
 退院してから、父とはなかなか会う機会が得られなかった。伯母はもともと、私に対して非常に気を揉んでいて、きちんと私をケアしきれていない父に不満があったらしい。弟をあやしながら泣いていたあの日のことも、父に相談をしていたそうだ。それなのに結局、こんなことが起きてしまった。伯母も父を見限り、殆ど疎遠になった。私のことも半ば強引に引き取ったらしく、弟だけはもう自分でどうにかしろ、と突き放したそうだ。それでも私は父が嫌いではなかったし、何より謝りたかったから何度か会わせてもらったけど、実際に会ってしまうと、そのたびにお互いの気持ちは乱れてしまった。普通じゃいられなかった。私は弟に対してしたことを、何度も謝った。しかし父は、それを私にさせてしまったのは自分だと譲らず、何度も謝られた。会うたびにお互いが深く傷ついてしまった。
「忘れる時間が、必要だね」
 伯母が言った。そういう理由で、私と父はしばらく会わないことになった。もともと、私と父は本当の父娘ではない。私は母の連れ子だった。私がその後もなかなか会うことを望まなかったこともあって、私と父、そして父と一緒に住む弟とは自然と疎遠になった。他の理由もあって、弟とは特に。

「どうして、私を預かることにしてくれたの? お父さん以上に、赤の他人なのに」
 色んなことに折り合いがついた頃、伯母にそう訊ねた。伯母は、父の姉。私とは血の繋がりが一切ない。母は一人娘で、母が死ぬ前に、祖父母はどちらも他界していた。当時はそれどころではなくて気付かなかったけど、私は血縁だけで言えば、殆ど天涯孤独になっていたのだ。
「私、子ども産めないのよ。一回、流産した時に、ひどいことになっちゃってね」
 そのことがきっかけで、離婚もしたのだと言う。訊ねるまでそんな話は聞いたことが無かったので面食らった。お腹に手を添え俯きながら、伯母が言う。
「結構、この中では育ってくれたんだけどね。女の子だった」
 黙ってしまった私を見て、気遣うように畳み掛ける。
「だから、巧一がお母さんと、あなたを連れてきてくれて、本当に嬉しかった。――あの子が産まれた時もね。勝手に重ねちゃって申し訳ないんだけど、巧一があんな状態なら、私があなたをまもりたかった」
 私は自分のことばかりだった今までを省みた。血の繋がりのない私に、今まで伯母がどんなことをしてくれてきたのか、思い出せる限り思い出す。
 そして、自分がしたことを思い出す。
「ごめんなさい! 私……」
 思わず謝ると、伯母がそっと抱きしめてくれる。
「いいの。これからは、二人で頑張ろう」
 そして私と伯母は、本物の母娘、若しくはそれ以上に強い絆で結ばれた。これ以上、伯母を悲しませる訳にはいかない。そう決意した。今度は、私が伯母を守らなくては。


   *

 そう誓ったのに、本当に私の心はヤワなままだ。
遂に、病室に着いてしまった。意を決し頑丈な戸を開くと、ずいぶんと狭い個室に、ベッドが一つ、ぽつんと置かれていた。その狭さ、そしてベッドを見て、何となく、あの頃を思い出す。椅子に上って、ベビーベッドの中からあの子を抱き上げる、幼い自分の姿が思い浮かんだ。それを懐かしむことができるくらいには、私もあの頃に対して折り合いはついていた。
 そこに眠る男性に、私は殆ど面識がない。最後に会ったのは、それこそあの夜だ。こんなにも成長したのかと、信じられない気持ちになった。一度は私が、手にかけようとしたその命が、こんなにも。
 彼の顔色はあまり良くなかったが、寝顔は安らかだった。寝息も規則正しい。ベッドはリクライニングのように起こされていて、身体を起こしたまま彼は眠っていた。投げ出された手許には本があるし、イヤホンも耳に嵌めっぱなし。意図せず眠ってしまったようだった。
 眠っている弟を見て、私はつかの間に安堵する。明確な目的があるとは言え、殆ど初めて会うような彼に、どう接して、話をしていけばいいのか。明確な答えなど出るはずも無かったから。
「危ないわね」
 立ち竦む私の後ろから様子を覗いていたらしい伯母が呟く。伯母が弟に駆け寄るので、私は自然に伯母に手を伸ばした。それを預かるたび、私はあの時を思い出す。
 何が危ないのか私が理解できないでいると、伯母は身を乗り出し、両手を彼の顔めがけて伸ばした。そして起こさないように、そっと耳にはまっていたイヤホンを外す。そうか、確かに有線のイヤホンをしたまま眠ってしまうのは危ない――私が言うのも何だけど、絡まって首でも絞まったら洒落にならない。彼にとってみたら、それは本望なのかも知れないが。


「あの子、自殺しようとしたらしいの」
 伯母は私の様子を注意深く窺いながら、それを告げた。今日、私は仕事が休みで、特に何も予定はなかった。それを見越して、今も一緒に住む伯母が訊いてきた。
「会ってみる?」
 伯母も、私にそれを提案するか、最後まで迷っていた様子だった。あんなこともあったし、私も望まなかったから、この年になってもまだ、弟に会おうかと言う話には全くならなかった。私の存在を知らないままだからなのか、知っていてなおそうしないだけなのか、弟からその申し出があると言う話さえも出なかった。
 それでも、違うと思った。その事実にはやはり驚いたけど、私があんなことをしたのは、きっとその原因じゃないと。
 弟が自殺を試みた原因は、今のところ誰にも分からないのだそうだ。住まいのアパートから飛び降りたらしいのだが、頭を打っていて記憶が混濁しているらしく、肝心の本人の口から理由を聞き出すことも現状できない状態で、彼の近しい存在も、父も伯母も皆、思い当たる理由がないのだと言う。
「いつ思い出して、また自殺しようとしてもおかしくないらしいの。だから……」
 伯母がしたいのは、弟自身に、自分が孤独ではないことを自覚させることらしい。原因は今のところ分かっていないものの、自殺する時点で、彼は一人暮らしで、恋人もいたことがないと言っていたらしく、孤独を感じてもおかしくない状況ではあったそうだ。だから、自殺の原因がそれだったとした場合、直接それを取り去ることができるかも知れないし、もし原因が違うところにあったとしても、それを理由に踏みとどまってくれることだってあるかも知れないのではないだろうかと。
本当に死んでしまったら深く悲しむ家族がたくさんいると言うことを自覚してもらえたら。私も、いくら殆ど疎遠だったからと言って、実の弟にそんな死に方をされたら、心は乱れる。未遂に終わったとは言え、自殺しようとしたと言う事実があるだけで、私の心は穏やかではない。原因うんぬんよりも前に、家族なのだからそれは当たり前のことだ。
「それに、この子のこともまだ伝えていなかったから、いい機会なのかも知れない」
 伯母が、抱きかかえていた赤ちゃんを見る。目が合ったようで、伯母にけけっと笑いかけるのが見えた。慎太郎(しんたろう)。私の、息子だ。
 残念ながら、この子の父親とはいろいろあって、結婚する前に別れることになった。別れてからこの子の存在に気付いたのだが、おろすことは考えられなかった。あの夜のことを思うと、私はまた家族を殺すことになるのでは、と言う考えから抜け出せなくなった。もうそんなことは二度とできないし、したくない。この子を育てることで、私は償いができるんじゃないかとも思った。我ながら無責任な考え方かも知れないと、後ろめたい気持ちも同時に抱きながら、伯母に妊娠と自分の気持ちを率直に伝えると、伯母は寧ろ喜んで了承してくれた。この子の父親のことは、私が交際中に何度か相談していたこともあって、あまり良く思っていなかったことも功を奏したようだ。
「孫だって、思っていいのよね?」
 伯母が俯きがちに訊ねた。私は嬉々として頷いた。
「こんなかわいい甥っ子がいると思ったら、死のうなんて思わないかもね」
 慎太郎がいなかったら、私は弟に会う決心がつかなかったかも知れない。私はこの子に感謝しなければならない。

 イヤホンをそっと耳から抜き取った叔母は、コードの軌跡を辿り、音を吐き出している機器を拾い上げた。
「……げ。ねえ千弦。これ、電池がもったいないだろうから、音止めといてあげた方がいいんだろうけど、どうやって止めるの?」
 この型のウォークマンはここ十年くらい前に発売され、シリーズ化されていた機器だった。それでも、五十代の伯母には少々、操作が難しそうな代物だった。
「えぇ……っと、私もこのタイプは使ったことないや。やってみるけど、一回それ、置いてもらっていい?」
 慎太郎をもう一度、伯母に預け、置いてもらったウォークマンを今度は私が拾い上げる。コードのハブみたいなところについたボタンを押すと、まるで掃除機についているやつみたいにしゅるしゅるとコードが収納されていった。
 機器のボタンは一つしかないので、ひとまずそれを押す。すると画面が光った。私は、そこにある文字を見て、目を二度、大きく瞬く。
まさか。違うよな。
そう思ったけど、どうしても確かめたくなった。私は先ほど巻いたコードを少しだけ伸ばし、片耳にイヤホンを押し込む。
――るー。声がやみ、ピアノとギターの音が、美しく流れている。そのメロディに私は、普通じゃいられなくなった。
どうして。
思考が追い付かないうちに、有名な女性歌手の甘い声がピアノに乗る。

 もしも誰かがきみのそばで、泣き出しそうになった時は

 間違いない。この、曲は。

 黙って腕を取りながら、一緒に歩いて――

「千弦?」
 伯母が声をかけるのに応えられないほど、私は混乱していた。どうしてこの子が、この曲を。それも、ウォークマンに入れてまで。これを歌い聞かせていたのなんて、この子が物心つく前だけのはず。覚えているはずがない。そう、分かっているはずなのに。この音源自体は、その女性歌手がカバーしているもののようだった。だから、単にこの歌手が好きなだけで、だから。そう思うはずなのに、でもどうしても、どうしても偶然には思えなかった。
 「1」と数字が添えられたリピートマークが付いているのを目敏く見つけてしまい、恐怖で足が震える。これは。この子は、眠りに落ちる前、そして眠りながら、ずっとこの曲をエンドレスリピートしていたと言うことなのではないだろうか。
もしかしてこの子は、ぜんぶ知っているんじゃないか。伯母や父は、私がしたことを話していないと言っていたけど、完全に情報がシャットアウトできていたのかどうかなんて、分からない。あんなひどいことを知らなくて、母や私がこの曲を口ずさんで育児をしていたなんて言う、そんな些細なことだけを知っているなんてことは考えにくい。
 だから、と言うのはちょっと苦しいかも知れない。しかし、この子が今、こんな状態に陥っている一因は。
――私? 私なの?
その問いで頭がいっぱいになる。それでいて、答えは聞きたくなかった。
「千弦、千弦。ねえ、どうしたの」
 ぼんやりと、頬を雫が撫でるのを感じた。伯母の声色と合わせて、自分が泣いていることに気付く。恥ずかしい。こんな年になって、私は明らかに恐怖を覚えて泣いている。
 伯母に応えたかった。もう涙なんて、見せたくなかった。伯母もそうだし、あまつさえ慎太郎の前でなんて、もってのほかだ。なのに私は、目の前で眠る彼から目が離せないし、涙も止まらない。
 ずっと凝視していたせいで、彼が覚醒する瞬間を、私は見た。しまったと思う。もしかして、私は会わない方が良かったのでは? それもはっきり確認できていないのに、私はのこのこと息子を見せに、ここまでやって来てしまった。
彼が眩しそうにしながらも、ゆっくりこちらを見た。

 いま、未来の扉をあけるとき

 ウォークマンからは、いよいよ最後のサビが流れてくる。やめて、と思う。顔を覆いたいのに、身体が動かない。
未来の扉は、まだ開きたくない。
私は今さら、まるで亡霊と対面したかのような気持ちになり、ひどく怯えていた。浅ましくも、自分が糾弾されるのでは、とそればかり考えてしまっていた。
 私は拭いようのない過去に囚われ、また、それに呪縛されるかも知れない未来に、醜くも慄いていた。

例えば君が

例えば君が

私は8歳で、母にならなくてはならなかった―― 本文には出てこない表現ですが、そんな話です。重い余韻の残る話になりました。

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