practice(137)





 つまみを捻って切り替える必要があるのを忘れて零した冷水は床面の排水口へとちょろちょろと流れて,濡れた足の裏を拭いたバスタオルで口元の泡と化した歯磨き粉を拭う。 青いタイルが冷たく,鏡に反射する光が眩しい。ごわごわさせて,蓋をしたトイレットの上にそれを投げて(無事の成功),つっかけは浴室兼として使う時のために入り口付近で底から斜めにして掛けてある。お湯でひたひたになるのと,乾くまで待つのをこうしてかわす。覚えているやり方。ゴム製のもので,使い古したものだと真ん中あたりからふにゃっとなる恐れがあるのでシャワーしながら油断ならないのだけれど,今こうしてあるのは新しい。そういう心配はいらない。作ったところの名前が書いてあるこのタオルも変わらないままで,ほつれは鋏で切られた形跡がある。あちらこちらとまでいかない程度,凝っているという園芸用の何かに付いた汚れを洗った分だけ使われている。ブラッシングの最中にすることがない視線で一瞥した空いているうがい用コップが,主に使用しているご本人と同じように素っ気ない返事を鏡の私の前にくれ,平たく置かれた短い櫛が,貰われて来たという顔をしている。奥歯,奥歯。短パンの裾を直す。顔を逸らして捉える高い位置の磨りガラスの向こうの,日入りの窮屈ぐあいは懐かしさに目を細めるぐらいで,また直ぐに逸らし,やっぱりスズメか何かの鳴き声が輝きに負けずに素敵に入って来ないかと聞き耳を立てたけれど,赤い前掛けの働き者が奏でる歌謡曲の素敵な朝の時間がやって来るのが早かった。おぼろげな曲名は晴れない。ひとり頬っぺたを膨らましてスライドする丹念な時間がしゃかしゃかといい,ひねった水栓は,でも出しっ放しを禁じる習慣に阻まれて,閉まった。柄を軽く噛む癖は自然と直らない。ひげ剃り缶のシェーバーの素敵な男性に目をくれて,
『大きくなったでしょ?』
 と思ってみても剃ってる本人に届かないのだから,やっぱりきちんと仕方が無い。もう一度ひねった水栓と一緒にブラシを洗い,口をゆすいで,所定の場所に戻してからタオルを使う。一度出入口のドアを開けて,
「しばらく使うよー!」
 と言うと返事がない。トースターは食卓の上でコンセントに繋がれて,新しい。お皿はまだ食器棚の中で眠っている,といったご様子。茹でた卵におからとチーズ,海苔とご飯と,この際熱いコンソメスープでもいいやと食べる物に関する早々の決着(ケリ)は付けて,四脚しか収まり切らない長方形の風景に,座る席を考えてみる。冷蔵庫に近い方が何かと損も得もすることは知っているんだけどね,手を伸ばしてソース取ったり,受け取ったオレンジを収めたり。席を立って追加を作るんだったら,三度目の挑戦のオムレツに取りかかるって決めてるし。
 お腹を掻きながら弟がのっそりと起きてきて,
「あれ,なに?洗面,使えるの?」
 と聞いた。私は顔を引っ込めて,
「残念,今から使うの。」
 と言ってドアを閉めた。カギを掛けるかちゃっという音をさせる前に,私は裸足でタイルに降り立った。ハミングだって,よく聞こえる。

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  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-09-05

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