そら空1
続きます。
場所は、図書室。
放課後の誰も居ない図書室は暗く、静かだ。
《ココにきて正解だったなぁ・・・。》ふ と思う。図書室の放課後は、いつも暇だった。
窓の外から、運動部員たちの掛け声が聞こえてくる。
「・・・こんなはずじゃなかったのに・・・」
愛輝(あき)はポツリとつぶやいた。その頬に、涙が流れる。
中1になって早9ヶ月、愛輝は思い描いていた中学校生活を一つも現実のものに出来ていない。
勉強も、部活も、恋も。何も理想どうりには ならなかった。
「っ・・・こんなスタートじゃ・・・何にも・・・叶えられないよぉ・・・っ」
ぬぐってもぬぐっても、涙は次から次へとあふれ出てくる。
本当は、部活に入るはずだった。勉強も頑張るはずだった。恋だって、するつもりだった。
後悔の波が押し寄せてくる。暗く、何処までも深い波が。
4月、入学式の前日のこと。
愛輝は引越してきたばかりの町を探検しようと出掛けたが、突然雨が降り出してきたのですぐ帰ろうとした。しかしそこはもう愛輝の知っている道ではなく、迷路のような住宅街を愛輝は雨の中走り続けた。
やっと家に辿り着いたときにはもう2時間もたっていて、生まれつき肺が弱かった愛輝は肺炎になり、入院しなければならならなかった。
入院は延長に延長をかさね、気がつけば6月。
それでも愛輝がクラスにくるのを待っていてくれたクラスメイトの前で、愛輝は何度も喘息の発作をおこし、保健室やひどいときは授業を中断して救急車を呼ばれて病院に運ばれたこともある。
結果愛輝に向けられたのは、『愛輝といると迷惑。学校に来ないで欲しい!』というものと、『愛輝がかわいそう!そうだ!学校での身の回りの事は全部私達に任せてよ!!』という押し付けがましい同情だった。
《小学校ではそんなに発作は出なかったのに・・・》愛輝は発作がおきるたびにそう思った。
そんな状態で勉強や部活が出来るはずもなく、同情で接してくれていた人とも話が合わなくなり、愛輝はじょじょに独りでいることが多くなった。
「うぅ~~」
制服のすそで涙をこする。
「入学式の前の日に探検なんてするんじゃなかった・・・!あんな馬鹿なことやってなかったら私は今頃っ!!・・・」
発作が出そうになり、慌てて大きく息を吸った。
《・・・すくなくとも、一人じゃなかった・・・・・。》
涙ですこし赤くなった愛輝の目が、たくさんの本が並ぶ棚に向けられる。
《本を読んだら気分が少しでも落ち着くかも・・・》
立ち上がると、面白そうな本を選んでは抜き取り、数行にざっと目を通して棚に戻す。それだけで気持ちは落ち着いてくる。
その 本を選ぶ愛輝の手が、隠すように棚の一番端に置かれていたの本の前で止まった。
地味な灰色の、辞書を入れるような形の箱に入っていて、背表紙に題名が書かれていない。
「・・・何の本だろ・・・?」
本棚から抜き取り、箱から本を出す。明るいオレンジ色の表紙には、やはり題名は書かれていなかった。
本のページをめくる。開かれたページには、横書きに書かれた沢山のみじかい文と、日付。
日付のなかには、昭和50年1月 というものもある。
「この中学校が出来たのが確か昭和50だったような・・・・?じゃ、この本はこの学校が建った年からあるの??!」
愛輝は思わず声を上げ、短い文を読んでいった。
「・・・・・・。これって・・・」
辞書でも、小説でもなかった。
悲しくて、痛みが伝わってくる文。何かに訴えているような文。
その本に書かれていたのは、この中学校の先輩の生徒たちの≪悩み≫だった。
そしてそれらの、いじめや、虐待や、一瞬噴出して笑ってしまいそうな【美術の課題のデザインが思いつきません】と言うような宿題の≪悩み≫まで、彼らは話し合い、最善の策を導き出していた。
愛輝は無意識に貸し出しのカウンターにあったえんぴつを手に持つと、一番新しいページに今日の日付を書きこんだ。
≪《 続 》≫
そら空1