SS29 記憶
「なんで私をつけ回すのよ!」ビニール傘で威嚇しながら、私は声を張り上げた。
「何なの、あなた! なんで私をつけ回すのよ!」握り締めたビニール傘で威嚇しながら、私は声を張り上げた。
通行人に注目されるのも、もちろん計算の内だった。
「いや、俺は……、別に……」
「別に何? 用があるならはっきり言ったらどうなのよ!」
周囲の視線を一身に浴びた若い男は、いたたまれなくなったのか、いきなりくるりときすびを返し、背中を向けて駆け出した。
「待ちなさいよ!」怒りに任せて言葉を吐いたが、追い掛けるつもりはハナからない。
脚は震えるばかりでまったく言うことをきかないし、啖呵を切ったはいいものの、内心は怖くて仕方なかった。
「こういうやり方はマズくないですか?」傍にいた妙齢の男性が傘の先を下ろしながら懸念を示した。「あの男、ストーカーとか、その手の輩なんでしょ? だったら人前で恥をかかせるのは逆効果だと思うんですが、却って不興を買ったりしませんか?」
「やっと付き纏いがなくなったのに、また別のが現れちゃって……。つい感情が爆発しちゃったんです」
「前のは警察が介入して解決したんですか?」
「いいえ。もちろん警察にも相談してたんですけど、そうじゃなくって、どうやらその男、車に撥ねられて死んだらしいんです」
「じゃあ、その男に頼まれた嫌がらせというわけではないんですね?」
「警察にも確認したんで、それはないって言い切れます」
「顔見知りではないんですか? よく身近な人が豹変するって言いますよね?」
「まったく知らない人たちです」
「人たち?」私の顔を覗き込んだその顔は、警察と同じように困惑に満ちている。「ってことは、あの男一人じゃないってことですか?」
「ええ、全部で五人いるんですが、その内の一人はなんと高齢の女性です」
「それはまた……、随分と気に入られたもんだな」と苦笑する彼は、この話しを冗談とは受け止めず、さらに続きを促した。
「その内の誰かと話しをしたことは?」
「その女性をとっ捕まえて、一度問い詰めたことがあるんですけど、自分でもどうして私を追い掛けるのか分からないって泣くんです」
私はその時の不愉快なやり取りを思い出した。「ただ、どうしても気になって気になって仕方がないんですって」
少し頭がおかしいのかもしれない。私は彼女の印象を語ってみせた。
しかし彼の方はといえば、腕を組んで目を瞑り、身動きひとつせず思案に耽っている。
「あの……、どうかなさいました?」
「一つ聞かせて下さい。その女の人は入院していたとか、手術をしたとか言ってませんでしたか?」
「ああ、そう言えば……。手術して退院したばかりだとか……」
私が質問の意図を計りかねていると、彼の眉間の皺は消え、元の柔和な表情を取り戻した。
「分かりました。やっと謎が解けた」
「……謎って何です?」
「もちろん、あなたが付け狙われる理由ですよ」
「そんなものあるんですか?」
「もちろんです。
前の付き纏いは事故で死んだ。しかし彼はドナーだった。つまり彼の臓器はその人たちに移植されたんだ。
よく言うでしょう? 移植された人はドナーの特技や記憶を引き継ぐことがあるって。
私たちの場合、それがあなただったんです」
「私たち?」
「いやぁ、私もなんであなたのことばかり気になるのか不思議で仕方なかったんですよ」
つまり彼もまた、第六の付き纏いだったというわけか。
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