毒
毒々しくをテーマに書いた、初めての作品です。
毒
—「みて…きれいな花。お姉ちゃんにあげるよ。きっと似合うと思うんだ。」
はっと目が覚める。
ここ数日間、同じ夢を見る。優しい声色に容姿端麗な少年。
最初見たときはうっとりしたのよ。
…それ、彼岸花になのよ。それからその少年のことを薄気味悪いと思うようになってしまって。嫌ではないけれど、とっても怖いのよ。
ふと、実家にいる愛猫のことを思い出し
「そういえば元気にしているかしら?実家に連絡しよう。」
そう思い立った。
—それが間違いだったのかもしれない。
「もしもし。母さん、私。秋夜、元気にしている?え…?」
秋夜(あきや)というのは愛猫の名前で、亡くなった弟の名前から取ったものだった。
母さんから聞いた話だと、ここ数日前に秋夜は亡くなったそうだ。
哀しくなった。あんなに元気だったのに…。
泣き疲れて眠りに入ると、そこにはまた暗闇の中に、あの少年が立っていた。
今度は様子が違う。心配そうに此方を見やる。
ゆっくりと、じっくりと。私の方へ近づいてくる。
それでも私は怖さなど感じなかった。それが弟だと確信していたからだ。
「秋夜…?」
私は勇気を振り絞って名前を呼ぶ。
「やっと…やっと、気付いてくれた?」
優しい声色でまだあどけなさが残る、その笑顔で微笑む。
「秋夜…大きくなったね…」
愛猫の秋夜と重ねて涙が溢れ出た。
「お姉ちゃん、僕…ずっとお姉ちゃんのこと見ていたよ。」
「っ…」
途端に空気が冷たくなる。
目の前にいる秋夜の顔から笑みが消えていて、怒りに震えているように見えた。
「…」
私が黙っていると、
「僕ね、死んだ後に黒猫になったんだよ。どうして気付いてくれなかったの?お姉ちゃんなら気付いてくれると思ったのに…それに死ぬときだってそばにいてくれなかった!どうして!」
秋夜の叫びがつんと劈く。
「お姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃん!…聞いてくれる?」
「ええ、聞くわ。」
何故か私は落ち着きを見せていた。
「僕、お姉ちゃんの事愛してるよ。」
不意に抱き締められた。
「お姉ちゃん、やっと会えたね?」
そう言って口付けを交わす弟に私は何だかどきどきしてしまって。その罪悪感から、私はこれが夢だと言い聞かせていた。
けれど、その胸のときめきは瞬く間に動悸変わり、私を苦しめる。
「これで、一緒だね?」
妖しく歪んだ笑みを見せた秋夜に、私は身震いをし、一つの仮説を立てた。
『私は毒を盛られた』
私は現実でも。夢でも。目を覚ますことはなかった。
_
そんな小説を読んで私は思った。
こんな在り来たりな終わり方じゃ駄目よ…けれど、とってもすてきなお話だったわ。
彼岸花の花言葉は"また会う日を楽しみに" "想うはあなた一人" か…
しんみりとした気持ちに浸り乍、本をぱたりと閉じた。
ウィンドウショッピングをしていると、黒猫が通った。
そして此方を振り向き、にゃあ、と一鳴き。去って行った。
甘い甘い毒を盛れ
僕は思った。
14歳の若さで死ぬのは嫌だと。その理由はお姉ちゃんの存在だった。
僕はもともと心臓が悪かった。
ここまで生きられたのは凄いことだってお医者さんに言われたけど、僕はちっとも嬉しくなんてなかった。
「…」
無言で病室の外を見やる。
「お姉ちゃんまだかなあ…」
大学に通うお姉ちゃんはいつも忙しそうだ。けれども、そんな中でも僕に会いにきてくれる、お姉ちゃんのことが大好きなんだ。
でもその日は台風が近づいていて、雨はざんざん降り。窓もカタカタ揺れていた。
「はぁ…」
自分でも分かっていた。自分の寿命があと僅かなことくらい。
だからこそ早く会いに来て欲しかったのだ。棚からごそごそと、先日撮った写真を取り出す。
そっと写真の中のお姉ちゃんに触れる。
涙が溢れ出てくる。僕は悟った。
『もうお姉ちゃんには会えない』
僕はあの後、暗闇に堕ちて行った。そうして何処からか聴こえて来たんだ。
お姉ちゃんの声だった。
「秋夜…!」
ずっと泣いてるお姉ちゃんの声しか聴こえない。姿は見えない。
…僕は哀しくなった。
「お姉ちゃん待っていて。僕はお姉ちゃんのそばにいるから。また会いに行くから…」
四年の月日が流れた。僕は生まれ変わった。
あの黒猫、秋夜に、ね。
野良猫になった僕はお姉ちゃんを探し続けて、日に日に弱って行った。
最初僕は目を疑ったんだ。
「にゃあ…にゃあ!」
どんなにお姉ちゃんと呼んでも言葉にならなくて、もどかしかった。
けれど、お姉ちゃんから近づいてきてくれたんだ。
「この子、弱ってる。うちへおいで。」
そのとき思った。もう一度そばにいられるって。でもそれは叶わなかった。
お姉ちゃんは大学卒業後、決まっていた就職先に近いところへ越して行った。
許せなかった。僕はお姉ちゃんのそばにいるために生まれ変わったのに。
ーユルセナイ
僕はまたあの時みたいな台風の夜に死んじゃった。お姉ちゃんはそばになんかいない。
僕はある計画を進める為に、お姉ちゃんに夢で会いに行った。僕は彼方の世界で十八歳へと成長していた。
僕は鼻歌まじりにお姉ちゃんに会いに行ったんだ。
〜♪
愛してるんだ 僕はきみを
だから きみに 毒を盛る
甘い甘い 毒を盛れ
〜♪
繰り返し、繰り返し。僕は不気味に歌う。
お姉ちゃんを数日間かけて毒していった。
死者と会うということは寿命を削ることなんだよ。
いつもお姉ちゃんに会うときには彼岸花を持って行った。
再会と悲しい思い出。それが彼岸花の花言葉だった。
お姉ちゃんが衰弱していくのを滑稽に思い乍も尚、見惚れていた。
最期に僕はお姉ちゃんに甘い甘い毒を盛った。それは熱く濃厚で此方が酔い痴れるほどだった。
「これで、一緒だね?」
僕はお姉ちゃんが大好きなんだよ。
これからもずっと、一緒だね?
_
「毒」の番外編が出ているのは知っていたが、まだ私は読む気になれなくて。けれども、あの黒猫を見てから、そわそわし始め、読まなくてはいけないという感覚にとらわれた。
身震いがした。まるで私に問いかけているように見えたからだ。
ぽつり、ぽつり。
雨が降り出した。
現実と幻想の狭間で
「雨…」
カフェにいた私はそのとき傘なんて持っていなくて。帰りをどうしようか悩んでいたところだった。
窓ガラスにそっと触れる。ため息まじりにカフェを出た。
「傘、持ってないんですか?」
妖しく笑う青年がそこにはいた。
容姿端麗な彼が何故、私に問いかけているのかが全く理解出来なかった。
「濡れてしまいますよ、時雨さん。」
時雨というのは私の名前だった。
「なんで…私の名前を…」
妖しく笑うその青年は小説の中の少年を感じさせた。
「わかった?"お姉ちゃん"」
ぞっとした。全てが私にはわかってしまったからだ。
青年は静かに語り始めた。
「お姉ちゃん、ごめんね。怖がらせちゃって…。僕、どうしてもお姉ちゃんに会いたかったんだ…」
今まで読んでいた小説が実は私の記憶だったこと。今、目の前にいる青年が、小説の登場人物である、秋夜であること。
それから、この世界は秋夜によって創り出された幻想であること。全て聞かされた。
すると、建物も空も全てなにもなくなって、暗闇だけが私たちを覆った。
「秋夜…ごめんなさい…私…」
「お姉ちゃんごめんね。もうお母さんたちがいる世界には戻れないけれど、これで一緒だよ。」
「そうね、これからはずっと一緒ね?」
_
予想もつかない世界。私はそう思った。
今見ている景色も、触れているものも…
全て幻想なのかもしれない。
私は今でもこれが現実か幻想かなんてちっともわからなくなっていた。
_
「時雨…」
父は母労わり乍、病室に横になっている自分の娘である、時雨を心配そうに見つめていた。
ピッピッピッ
心電図が静寂の中鳴っていた。
「時雨…秋夜のところへまだいかないで…!」
「母さん、もう休もう。また明日来ればいい。」
「そうね、そうします。」
父と母は帰って行った。
ピー
心電図が五月蝿く鳴り響いた。
毒
この作品は本当に小説を書く上で初めて探り探り書いたものです。
ストーリー展開が速いので、少し難しいかもしれません。
毒々しくをテーマとして、人間の欲深さを書いてみました。