リスペクト
この話は、私の青春が過ぎた後に起こる。
青春の先に待っていたのは不思議な世界の楽しい話。
序章【事故】
高校時代。それは青春という言葉の代名詞であり、人生において最も思い出深いとされる輝かしい時代である。
もちろん、楽しい思い出ばかりではない。人によっては辛い思いをしたり、高校というものに行くことすらなかった人もいるのであろう。
なので、この話で高校生の輝かしい青春を話すのは割愛することにしよう。私が話すのはそのもっと後の話。高校で出会った4人の少女が、およそ少女とは呼べない女性となった後の話からこの物語はじまるのだ。
序章【事故】
少数派の集団というのは総じて大人数の集団より結束力が高いものだ。合気道というマイナーな部活に青春を捧げた少女達はその典型だった。とりわけ、8人いた同級生の部員の中で4人の仲の良さは特別だった。
なぜなら自らをF4(馬鹿四人組の意)と称していた彼女らは高校を卒業し今なお友情を薄れさせずにいたのだから…………。
「……にしても卒業からもうだいぶ経つけど、お前らなんっにも変わらんな」
カラッとした青空の中、海辺の小道を車で走りながら彼女達は昔話に花を咲かせていた。
「えー、変わったよぅ。身長伸びた!」
「ぶっ、かっつぁんそれわかんない。」
かっつぁんと呼ばれた女性は後部座席で掌を頭に乗せて自らの身長が伸びたことを猛アピールする。
眼鏡をかけたその顔立ちは何年経っても少女のままで、4人の中では一番背が低かった。そんな彼女の隣でフォローするように、しかしフォローしきれずに笑っているのは、グループで一番真面目で世話焼きのアスカだった。
「じゃあ私も伸びた〜」
「えっちゃんも?わからんなぁ、伸びても嬉しくなくない?」
お菓子を助手席で食べながら悪ノリする女性を横目に、彼女をえっちゃんと呼んだ運転手のリュウは呆れたように呟く。
長身のリュウにとってはこれ以上自分の背が高くなるのは迷惑この上なかった。
夏まで待った同じタイミングでの連休。仕事をしている彼女らにとってこうやってドライブをしながら旅行に行けることは久々であり、とても喜ばしいことだった。
向かう先は県を4つ越えたリゾート地。飛行機を使えば簡単なのだろうけど、彼女達は旅路も楽しみたかった。自分たちで運転して、自分達の好きな道を通って行く。
彼女らにとってこれほど贅沢な旅行はなかった。海沿いの道はウネウネと曲がりくねっていて陸と海の境界を走っている感覚がする。
だからこそ、曲がりくねっていた道だからこそ彼女らは気づけなかった。カーブの先から迫りくる逆走する車に。
「ッ‼︎」
「リュウ‼︎‼︎」
アスカが叫んだ時には遅かった。
狭い曲がり道には強くブレーキを踏み、スピンした車を陸に留めるようなスペースはない。車が陸から離れ、ふわりと体が浮く。
刹那の瞬間が脳に焼き付いた。
声を上げる暇もないまま、彼女達は青く深い海の中へ溶けて行った。
捕獲
「んんっ………え?」
カラッとした青空の中、広い広い草原の上でかっつぁんは目を覚ました。
「え、何ここ……え、え?」
周りをキョロキョロと見ながら彼女は状況を飲み込めないでいた。周りには何もない。よく電化製品売り場にあるのテレビが映しているような一面青々した草が広がっているだけだ。
車もないし、身体も濡れてもいない。自分達は海に落ちたはず。そこで思い出したようにかっつぁんは目を見開き、今度は何かを探すように周りを見て、そして肩を落とした。
「みんなも…いない……。」
確かに一緒にいたはずなのに…消え入りそうな声で呟いた時、後ろから聞き慣れた声がした。
「あっ、起きた。オーイ!かっつぁん起きたぞー!!」
「きゃあ⁉︎え、あ!リュウ‼︎あ、みんなも‼︎心配したんだよ!」
人間とは、緊張状態においてはつい後ろの確認を怠るものである。開口一番心配という言葉が出てきたかっつぁんにリュウは屈んでデコピンをした。
「心配したのはこっちだっての。お前だけ起きないんだもん。」
どうやら自分はかなり長く気を失っていたらしい。自分の名前を叫び抱きついてくるアスカを全力で受け止めたかっつぁんは、自分の状況を断片的にではあるが理解した。
「でね、かっつぁん。起きたばっかで悪けど走れるかな?」
「…………え?きゃあ!」
無事3人と再開したのも束の間、心なしか焦り気味にえっちゃんはかっつぁんの腕を掴み半ば無理やり走らせる。
「え、なに?どしたの?」
一心不乱に前を走るえっちゃんの代わりに横からアスカが笑顔で質問に答えた。
「それはこのアスカちゃんが説明するよ!後ろをご覧ください!」
変に気持ちが高まってるのかおかしな口調になっているアスカに若干の不信感を覚えながらもかっつぁんは後ろを振り向き、そして絶句した。
「なに………あれ」
後ろに見えるは長いローブなような布製の服に身を包んだ30人程の男たち。深くかぶっているフードの下にはおよそ日本にいるとは思えないような禍々しい刺青を皆していた。
そして何より恐ろしいのは彼らの持ち物。
彼らの手には日本では確実に職務質問の対象になるであろう、骸骨がついている棒や青龍刀、さらにはよくわからないぬいぐるみのような生物を持っている者までいた。
逃げる。この判断をした3人はおよそ真っ当な常識があると言える。彼女らが何処かわからない場所で人を探し、やっと見つけたのがアレならば逃げるのは至極当然であろう。
「あの人達ヤバそうでしょ?私達を見つけた途端いたぞぉぉぉっって追いかけてきたんだよ!逃げるよね⁉︎と言うわけで逃げてます‼︎」
なぜか楽しそうに話すアスカ。しかし、逃げると言ってもここは見知らぬ土地。決着はすぐについた。そう、リュウには500mを全速力で走る体力はなかった。
1人の失墜は他の者の気力を阻害する。リュウが早々に男たちに掴まれ、簀巻きにされるのを見て、他の3人も次々と捕まって行ったのであった。
《始まりの村 村長の家》
意識が戻ったのはそれから幾日か経った頃だった。4人が目覚めたのは暖かいベッドの中。出される食事は暖かく、その村の長老からは手荒い真似をしてすまなかったと何度も謝られた。その手厚いもてなしは捕まり方に比べるとまるで嘘のようで、疑いの目をする4人に老人はことの経緯を話した。
「この世界は今、魔王に滅ぼされようとしている。」
聞けばこの世界は魔王が1000年に一度必ず訪れ、全てを破壊し尽くそうとするのだと言う。そしてその度に彼らはこの始まりの村から勇者を召喚する。勇者は別の世界からくる異人で、この世界を毎回救う救世主らしい。
「…………。」
唐突すぎて言葉が出ない。空いた口が塞がらない。「始まりの村」なんて安易な名前の村が世の中にあるのだろうか。しかし4人のそんな反応にも物怖じすることなく、むしろ当たり前の反応のように長老は話を続けた。
「とりあえず、今日は頭の整理をするためにもゆっくりお休みください。」
「ちょいちょい。どゆこと?これなんかのドッキリ?私達勇者なの?」
高校時代の合宿を彷彿とさせるログハウスのような家の一室。えっちゃんは開口一番問いかけ、三人は困ったように顔を見合わせた。
「にしてもわけわからないよ。事故って海に落ちたら原っぱで勇者って。」
うーんと首を傾げアスカは運転手であるリュウに同意を求めるように視線を送る。
「私は…「絶対別の世界だよ!始まりの村なんて聞いたことないよ‼︎」
リュウの発言に被せるようにかっつぁんが乗り出す。その顔はまるで犯人を見つけた探偵のように自信に満ちたものだった。そんなかっつぁんに普段怒るはずのリュウは別段何かするわけでもなく、むしろ同調するように手を顎に当てて頷いた。そして本日何度目にかなる爆弾発言をしたのだった。
「まぁ、それでいんじゃね?みんな若返ってるし。」
適応
【適性】
その日も目覚めのいい朝だった。朝日の眩しい光をカーテンが優しく包み込み、暖かで心地よい陽射しが4人を微睡みの中から現実へと引き戻す。しかし、4人にとっては目がいくら覚めても夢の中。勇者と呼ばれ一夜明けても状況は変わらず。夢であるという微かな希望は静かに閉ざされた。アスカはベットから起き上がり気怠そうに洗面台へと歩く。顔を洗い、鏡を見た時改めて目が覚めた。それは冷たい水で身体が反応したからではない。鏡の前には何年も前の自分が写っていたからだ。
「……本当に昔の私だ。」
自身の身体をペタペタと触り、顔を引っ張る。何をしても変わらない。これは私の身体だ。
「…胸もない。」
「そこは変わってないだろ。」
後ろから鋭いツッコミが入る。アスカはムッとして鏡越しに写る自分より数倍眠そうなリュウを睨んだ。リュウは悪びれる様子もなくアスカの頭をぽんぽんと叩いた。
「背は伸びた?あっ、私が縮んだだけか。ごめーん。」
「〜っ!」
何も言い返せないアスカに罪悪感が出たのか飽きたのか、リュウはくるりと向きを変え歩き出す。
「長老が呼んでる。なんか、決めることがあんだって。他のみんなも起こしといてー。」
手をひらひらと動かしながら扉を開け、長老の家へと向かうと思しきリュウ。
(自分で起こせばいいのに。)
アスカは心からそう思った後、人を待たせてはいけないと未だスヤスヤとベットに包まる2人を起こしに行ったのであった。
《始まりの村 長老の家》
「「「適性検査?」」」
長老の家に着いて早々素っ頓狂な声を上げる4人に長老はふぉふぉっと笑いながら何枚かの紙を配る。紙には何やら簡単な質問が200問程つらつらと書かれていた。今にも動き出しそうな死体があったらどうしますか。テストの問題が全くわからない時、誰に助けを求めますか。など、小学生時代に流行った心理テストの内容をそのまま抜き取ったようなものばかりだった。
「左様。勇者様が戦士の資質をお持ちなのか、はたまた魔術師の資質をお持ちなのかを今から簡単なテストで検査いたします。」
自信満々に言う村長。しかし、
「え、こんなんで適性がわかるの?」
となるのは当たり前である。先も行ったが小学生レベルの心理テスト。こんなもので本当に自分の適性がわかるかといえば誰もが首を傾げるだろう。しかし断る理由も見つからないので4人は渋々ペンをとる。答えるしかないのだ。今、彼女らに出されている選択肢は1つしかないのだから…。
テストはほんの30分程で終わり、結果発表は『神殿の間』という場所で行われた。何でもない、よくゲームで見るありふれた神殿だ。部屋はなく、扉を開けたら真ん中に魔法陣のようなものが描かれた吹き抜けの空間がある。中にいるものは皆白いフードを被っており、顔はどの角度から見ても見えなかった。
村長はまずかっつぁんのテストを魔法陣の中央に置き、本人をテストの目の前に来るように指示した。ビクビクとしながらかっつぁんが魔法陣に入ると、途端魔法陣が赤く光出した。
「時を巡りし救いの子等よ。我は貴女に力を捧げましょう。」
どこからともなく聞こえる声。女のような男のような、ただ音だけのようにも聞こえる、そんな声だった。
「皆を想う慈愛の心。身の丈以上の想いが世界に届くよう、貴女には最上の剣を。」
言葉がとくとくと自分の身体に流れるのをかっつぁんは感じていた。目をつぶり、意識を身体の内側に向ける。
(熱い…。ううん。あったかい。)
気づいた時には全てが変わっていた。
「「うおぉぉぉぉぉ!!!」」
他の3人は一瞬のことでよくわからなかったが、とにかく驚いた。かっつあんの格好が変わっているのだ。森ガールのようで全く森ガールでなかった服装から、紅い鎧を身に纏い、更に身の程の倍はあろうかという大きな剣を持ったかっつあんが彼女たちの目の前にいた。
「うわぁ!すごい!」
当の本人も自らの変化に驚いたようで大きな剣をブンブンと振り回し、重くなーい!っと笑っている。
「次わーたし!」
「えっ、ズルイ!私も!」
「ここは背の順だろ!譲れチビ共!」
始めて魔法らしきものを見た彼女たちの興奮は計り知れない。目を爛々と輝かせ、各々村長からテストをひったくり、魔法陣の中に一気に入って行く。
「先を読み、動き、導く。違う事を恐れぬ貴女に二つの刃を。」
「家族、友、絆の強さを知るものには絆の力を使う弓を。」
「己が道を信じ、闇さえ飲み込む貴女には、何人も近寄れぬ杖を。」
若干適当とも言えない台詞が響いた後、かっつあんと同様に眩い光が3人を包み込んだ。
えっちゃんは背には弓、腰には2本の短刀を持ち、青く長いマフラーのようなものを首に巻いた身軽な服装に。アスカは服装こそは周りの村人と変わらないものの、その手には小さな竜が息づいていた。みな姿形は違うものの勇者として、この世界を正すものとして分かりやすいほどの神々しさがあった。たった一人を除いて。
「なぜだぁぁぁぁぁ‼︎」
リュウは黒のローブに斧のような杖でとても勇者ではなかった。
【適応】
自らの適性に気付いた後、4人は詳しく自分達の力について学び、その能力を実践することになった。
《かっつぁんの場合》適性:剣士
「秘儀!縦斬り!」
「いやそれただの基礎だから。」
身の丈以上もある大剣をまっすぐに振り下ろし、地面を陥没させる彼女に、教官である先輩剣士は呆れたようにツッコミをし、腰につけた剣の鍔を弄ぶ。先輩剣士はわかっていた。この少女に剣士の基礎を教える間、腰の剣を抜くことはないだろうと。
本来この世界でも重力は通常通りにある。木々が空を飛ぶことはないし、人間は象を持ち上げることはできない。それはどの世界でも共通な常識である。しかし、勇者は別だ。
目の前の小さな少女が良い例だ。身体に合わない大剣を木の枝を振り回すように容易く操り、力を入れることなく大地に穴を開ける。勇者は象を片手で持ち上げるヒトなのだ。
自分が剣を抜き手合わせをしたところで、ただの人は決して勇者には勝てない。だからこそ、先輩勇者は困っていた。
(手合わせをしないと剣士としての感覚は身に付きづらいなぁ。)
目の前でブンブン剣を振るう、見るからに感覚で生きてそうな少女に剣士のノウハウを教える苦労を先輩勇者は開始1日で身をもって知ることになった。
《えっちゃんの場合》適性:狩人
一方、感覚では覚えられないこともある。それは、武器の使い方。使うタイミングである。えっちゃんは目の前にずらりと並べられたいくつもの武器を見て頭を抱えていた。
「いい?狩人は獲物によって武器を替えるわ。速いものには弓矢や投げナイフを、力が強いものには斧や剣を。これから貴女には一通りの武器の使い方を覚えてもらうわ。」
そう言われたものの、見ただけでもざっと20はある。これを全て覚える必要があるのだろうか。というか可能だろうか。そんな疑問を感じ取ったのか、先輩狩人はくすりと笑った。
「いいこと勇者さん?これからあなた達には色々な苦難が待ち受けるわ。剣が効かない敵、魔法が効かない敵、空を飛ぶ敵だっている。その時、誰も対応できる仲間がいなかったらあなた達は全滅するわ。私たち狩人は戦局を変える、何者にも成れるもの。そう思えば、なんだかこの武器が一つだけじゃ物足りなくなってこない?」
えっちゃんの腰刺しを見ながら先輩狩人は机の上にある弓矢をえっちゃんに向かって投げる。投げられた弓矢を受け取ると、不思議と出来ないとは思えなかった。
(全部扱えりゃ最強か…。)
《リュウの場合》適性:黒魔術師
「無理っす。マジで。転職所望。」
始まって2秒立たず、リュウは早々なギブアップを告げた。
「転職無理です。とりあえず旅立ちまでにこの本全部覚えてください。あっ、呪文のところだけでいいですから。」
魔術師とは、つまりは学者だ。他の者が敵を倒して新しい技を学ぶのとは違い、魔術師はひたすらに呪文を覚えることで技のレパートリーを増やしていく。(技を使うにはMPが必要なので敵は倒さないといけないが)そんなわけで今リュウに必要なのは暗記力。積み上げられた呪文書にリュウは吐き気を覚えた。性格だけなら剣士タイプのリュウにこれは拷問だったが、そんなことは関係ない。ずっと昔にあったテスト3日前の絶望感を思い出しつつ、リュウは呪文書を開くのだった。
「本持ち歩いて呪文言うのはありですか?」
「ありですが、道中本は重いと思いますよ。」
《アスカの場合》適性:召喚士
召喚士とは、自分の呼びかけに答える異種族を喚び出し使えさせることのできる存在であり、この世界でも珍しい者である。小さな子竜を抱きしめながらアスカは神妙に村長の話を聞いていた。元々真面目なアスカは他の者のように駄々を捏ねることもなく、淡々と話を聞いていた。時折メモを取り、自分の知識を増やそうとするアスカに、村長はため息とともに言葉を漏らした。
「すまんのぉ。この村に召喚士はおらんのじゃ。」
申し訳なさそうに項垂れる村長にアスカは小さく首を振った。
「いえ、こうやって色々教えてくださるだけで充分です。
早くチサ以外も召喚出来るといいね!」
笑顔で話しかけるとチサと呼ばれた子竜は嬉しそうに返事をする。
召喚に必要なのは求める力。アスカは地面に円陣を書きながらふと思う。
(私が今求めてるものって何だろ…。)
旅立ち
【旅立ち】
月日が過ぎるのは早く、この世界に来てから早一月。勇者一行は早速旅立ちの日を迎えた。たった一ヶ月、されど一ヶ月。四人は血の滲むような苦難と試練に耐え、初歩の修行を終えた。
「にしても何も修行の描写がないのな。努力してるとこはスルーなんだな。」
「しょうがないよリュウ!意外と地味なことばっかりだったし、言うほど血とか滲んでないしね!」
《始まりの村 出入り門》
4人が出発したのは朝日が昇り切らない早朝。それはモンスターが眠っているうちに少しでも先へ進めるようにという村長の配慮だった。そんな村長の気持ちを知ってか知らずか、薄明かりの中旅立つ四人はとても楽し気で。世界を救いに行くというより旅行に行くような、どこか浮き足立つ笑顔を見せていた。
「では、お世話になりました。」
にこやかに旅立つ勇者一行。この少女たちがこの村に帰ることはないだろう。楽しそうに歩き出す勇者一行を見つめる村長の頭にはまだ自分が幼かった時の記憶が蘇っていた。
(父さんの時期は無かったが、きっとお前の時代に勇者様が現れる。その時は、しっかり務めを果たすんだぞ。それが、この世界での私たち一族の役割だ。)
あの時は自慢気にそんな話をする父が理解できなかった。勇者を何年、何十年と待って、現れたらこの世界の理を話して旅立たせる。たったそれだけのこと。それだけのことが自分たちがここにいる意味なのかと。
(ー…今は、理解出来ますぞ父様。)
「勇者様。」
村長は、呟くように口を開いた。
「この世ではありとあらゆるものが多かれ少なかれ、世界を動かす役割を持っております。しかし、幸か不幸かその役割を果たすチャンスがないまま死にゆく者も多くおります。」
自分は、父はどうだったのだろう。それはまるで己に問うように。
「しかしながら我ら始まりの村。勇者様を旅立たせることが出来て、役割を果たせることが出来まして、感謝の極みにございます。」
この先言う言葉を自分は知っていた。教えられた訳ではない。しかし今まで何度となくこの光景を見てきたような気がする。きっと自分の祖先は何十回と同じことを繰り返してきたのだろう。
頭を深く、深く下げる。
これで、自分の役割が終わる。
「行ってらっしゃいませ。」
チュートリアル
始まりの村を出てから6時間後。10キロ程歩いた草原のど真ん中で勇者一行は早速休みを取っていた。彼女らは想像していなかった。通常RPGなら10分かからないような単純なMAPが実際歩くとこんな途方も無い距離だとは。
「まぁ、そうだよね。よく考えたらゲームのキャラってかなり高速で永遠走ってるし。」
「そもそも私たち本当は三十路過ぎたおばさんだからね!」
昼ご飯用に持ってきたパンを囓りながら、味も蓋もない事を笑いながら話すかっつぁんとえっちゃん。
「…………。」
随分前にライフがゼロになり動かなくなったリュウ。(毒を受けたとかそういう事ではない。体力の問題である。)
各々が休憩する中、少し離れた草むらでアスカは硬直していた。
「こ、これは……」
ぷよぷよとした半透明な身体に、おそよ敵意など感じられないまん丸な瞳。
そう、彼女は勇者の最初の関門にぶつかったのである。
『チュートリアル バトルについて』
「おっ、え?何々?」
休憩ポイントでパンを囓りながら戯れていた3人(一人瀕死)の頭の中に、不意に声が聞こえた。それは適性審査の時に聞こえた優しい女性の声というよりか、どこか機械的な声。
『バトルフィールドに移動します。』
言うが早いか、身体から違和感を感じた。いつの日か感じた身体が宙を浮く感覚。そんな不思議な感覚がしたと思ったら、声をあげ、逃げる間もなく3人は空に吸い込まれていった。
『チュートリアル。スライムを倒しましょう。』
ドスンッ。
大きな音を立てて、3人はアスカの真上に現れた。
「痛い痛い!むっっちゃ踏まれてる!どいてどいて!」
「…あれ!?何か元気かも。なんで?」
「みんな〜!来てくれたんだ!」
「パンがぁぁぁぁぁぁぁ‼︎‼︎」
書いて字のごとく積み上げられた4人は正直スライムどころではなかった。
どこかの有名な彫刻家が彫った一般人には理解できない作品のように複雑に絡み合った4人は口を開いても全く意思疎通ができなかった。
しかし、一度スライムを視界に入れたら、興味の的は一斉にそこに集まった。
「スゴイ!ぷよ◯よだ!」
「違うよかっつぁん!スライム!他社商品の取り扱いは行っておりませんだよ!」
「あー、チュートリアルってそういうことね。ようはこいつ倒せばいんだ!」
(チュートリアルだから体力全快したのか。)
4人は気合を入れてスライムを睨みつける。武器は常に持っておけと言われていたので準備は満タンだった。
「先手必勝!行くぜ!」
先手で相手の不意を打つ。戦いにおいて定石である。だがしかし、それはあくまで前衛の切り込み隊長がやることである。
「リュウ!多分それ私がやること!」
かっつぁんの叫びは虚しく響き、敵の眼前には本来後衛でサポートする魔術師が迫っていた。リュウはスライムの射程圏に入ると素早く体を横向きにし、持っていた杖を体と平行に振り上げる。
「行くぜ、会社の接待で覚えたこの動き……吹っ飛べ!ゴルフショット‼︎」
狙い澄ました先のスライムに杖を振り下ろし、そのまま杖を振り切る。
「す、凄い。身体に無駄な力を入れることないあのフルスイング…!」
「ファーーー‼︎」
「魔法全然関係ない!」
スライムはスパンッっという心地よい音を立てて150ヤード程飛んでいき、そのまま見えなくなった。
「え……終わり?」
アスカが疑問と疑念をもった声を出すと先程スライムがいた場所に何かウネウネと地面から生えてくる。嫌な予感がする。アスカはそう思い、一二歩後ずさる。
そう、またスライ「ドスッ。」
「「…………」」
多分スライムが再生しようとしていた途中であろうところにえっちゃんの矢が刺さった。
「えっ、い、いやいやえっちゃん。だってまだ登場もしてなかったのに…」
スライムに若干申し訳ないような気がしてアスカは弓をひき終わったえっちゃんに話しかける。
「いや、でも私チュートリアル基本飛ばすタイプだから。」
「多分そう言う事じゃないと思う。」
「やー!私まだ何にもしてない!もっかいでてスライムちゃん!」
えっちゃんの矢を地面から引き抜き、かっつぁんは地面に向かって叫ぶ。前衛の彼女は多分戦いにおいて一番に駆け出すべきだったにも関わらず未だ一匹もスライムを倒せずにいた。しかし、4人に聞こえた声は無情だった。
『チュートリアル終了。お疲れ様でした。』
あぁ、良くクエストが終わった時に聞こえる晴れやかなファンファーレが聞こえる。せめて、せめて一太刀でも活躍したかった…。
剣士のそんな心の声をBGMにして、4人のチュートリアルは終了した。
どすん。ボキッ。
「アァァァ‼腰がぁぁ!︎」
「やだリュウおばさんくさい。」
行きの転送も荒かったが帰りの転送も荒かった。怪我はしないが程よく痛い空中に投げ出された3人。着地が綺麗に出来る訳でもなく、一番下にいたリュウの腰にかっつぁんの肘打ちが炸裂した。悶絶するリュウを尻目にえっちゃんはアスカがいないことに気づく。どうやらアスカは元々フィールドにいたので転送はされないようだ。
「なんかホントゲームの中の世界だなぁ…。」
【チュートリアル おまけ】
①家族
えっちゃん 「そいえばさ、今更だけどみんな家族とか大丈夫なの?もうかれこれ1ヶ月近くこっちの世界いるけど。」
リュウ「平気だろ。それこそご都合設定でこっちで寿命使い果たしても向こうの世界じゃ1秒しか経ってませんとかそんなんだろ。」
かっつぁん「そっかー!安心した!なら向こうの事は取り敢えず忘れて大丈夫なんだね!」
アスカ「かっつぁん、私たち元の世界に戻るために旅をしてる訳でもあるから忘れたらダメだと思う。」
②お金
かっつぁん「モンスターって倒したらお金が出てくるんじゃないの?」
えっちゃん「そいえば出てこないわね。まだ生きてるのかしら?」
アスカ「もし死んでるから!弓構えないで!!」
リュウ「とりあえず死体を持って行こう。ビニール袋ならある。」
3人「⁉︎」
王都オレマ
【王都到着】
チュートリアルをクリアしてから早2時間。総合計8時間の冒険を終え、4人は次の目的地へとたどり着いた。
「これが、王都オレマ…。」
アスカは感嘆の声を出す。それもそのはず、王都オレマはこの世界の人間すべてを統治する王が住む街。その外観は一見すると街が一つの城のように見える縦広の美しい街である。
4人が街並みに息を呑んでいると前から小走りで老人が走ってくる。その顔はどこか見たことのある顔だ。
「勇者様〜!お待ちしておりましたぞ!ようこそ王都にいらっしゃいました!」
「「「あれ!?長老じゃん!来てたの!?」」」
そう、前から走ってきた老人は始まりの村の長老と顔が瓜二つであった。
「あ、違いますぞ。あれは私の兄でして、ワシは2番目の弟でこの王都で王の執権のお手伝いをしております。」
2番目…ということは他にもいるはず。あぁ、なるほど。この人はポケ◯ンセンターのお姉さん的役割の人なんだ。と4人が理解するのに時間はかからなかった。
「わしのことはいいんです!それより早う王にお目通りをお願いいたします!」
生暖かい目で4人に見られる2番目は少しいらついた口調で4人の背中をグイグイと押した。
「え〜、ついたばっかだよ?休ませてよ〜。」
8時間慣れない土地をモンスターと戦いながら歩いてきた4人の体力は限界だった。しかし、2番目は譲らない。休みたがる4人を尻目に2番目は焦るような口調で告げる。
「なりません。時は一刻を争うのです。」
[オレマ城 謁見の間]
「なに?この世界の主要人物はみんな白髪のジジイなの?誰得よ?」
リュウは目の前にいる王を見ながら明らかに不服そうな顔をした。
そんなリュウの態度に王は怒るでもなくただただ困ったように苦笑いした。
「すまない。君たちがあと30年早く来てくれればもう少しマシになったかもしれないな。」
「50年の間違いじゃないんですか?私たちJKですけど。」
「いや、むしろ今のままがいいと思います!!!」
冷たい言葉を投げるリュウに対し半ば食いつき気味にかっつぁんは王様を肯定した。
「そんなことは置いといて!王様、一体何をそんなに慌てているんですか?」
昔話の勇者がいかにもいいそうなセリフを素で言うアスカ。そんなアスカに王様は思い出したようにため息をつき、その威厳のある頭を小さく下げた。
「……娘が、攫われたのだ。」
シンッ………と重苦しい空気が流れた。ふざけていたリュウやかっつぁんも動きを止める。
元いた世界ではテレビの中での他人事。普段の生活では聞きなれない重いワードだった。
「つい3週間ほど前だ。娘、アナスタシアが攫われたのは。……当時諸国に外交中だった私と国一の剣の使い手セシリオ、さらには王子ランツが留守なのを狙われた。使者から連絡を受け、私たちは兵を連れて急いで戻ったのだ。しかし……遅かった。」
下を向きながら話す王の表情を4人は見ることはできなかった。しかし、その震えた声から心情は察することはできる。
「現場は壮絶だったよ。城に一歩入った瞬間から、己の無力さを痛感した。ガラスというガラスが全て割られていて、城の静まり様ときたらまるで廃墟の様だったよ。そして、アナスタシアはいなかった。妻はアナスタシアを助けようとして返り討ちにあったのあろう、娘の部屋で…「もういいよ!聞きたくないよ!」
半ば叫ぶ様にかっつぁんが話を止める。その高い声が広い部屋に響き王はハッと弾く様に顔を上げた。かっつぁんは泣いていた。想像であろうと人の感情に共感しやすい彼女は泣くのをためらわなかった。
暫しの沈黙。流れる時間。
話を切り出したのはえっちゃんだった。
「で、私たちに王女を救って欲しいということですか?」
王は小さくうなづく。
「さよう。勿論装備はこちらで用意しよう。どうか、どうか娘を救ってくれ!」
4人は顔を見合わせる。どうやら答えは決まっているようだ
「ことわ…「「「やります!」」」……あっ、ハイ。」
リスペクト