誰が為に捧ぐ詩。

春は去り、夏は移ろい、秋は散り、冬は枯れる。
火を点けた線香花火は火種が落ちる。蚊取り線香は灰を落として霧散して。煙草はじりじりと燃え尽きる。吹いた紫煙は空気に混じり。全ては大気と地に紛れて行く。
一雨ごとに季節は進み。
一踏みごとに歩めば時間も過ぎる。
一年を懐かしめば、それは現在から過去へと進んだ証。
思い出の積載が今を作り、未来を生み出す轍となる。
過去からの地続きは生きる上で必要なものだ。
自分の歩んだ証が指針となるから。
過去がなければ自分となり得ない。
過去がなければ自分を見失う。
何が在って、何を成さねば、何が自分なのかわからない。
自分を形作る構成物質を解き明かさなければ、確固たる自身はわからない。
進む道が、わからない。
僕らは一つしか道を選べなくて。
無数の選択肢は、儚い夢として散るばかり。
思い浮かべて取捨選択をして、切り捨てる勇気が必要だ。
霞のように眼前に浮かぶ無数の希望は、時として無情に非情に現実を浮き彫りに見せつける。
だけれど。
選択するしかなくて。
身を切る思いで摘み取るしかない。
全部は選べない。
過去を引き抜くことは出来ない。
今しか選べない。
未来を手繰り寄せることだって出来ないんだ。
火をつけた煙草は吸い続けるしか出来ないし。
火を灯した花火も、華やかに散るしかない。
先延ばしには出来なくて。
途中で止めて戻すことも出来ないんだ。

じりじりと照りつけていた陽射しは弱まって。
汗が吹き出す程の夏は涼しくなった。
りんりんと鈴虫が鳴く季節が始まって。
喧しかった蝉は、少しずつ地に帰る。
海を見ることなく今年の夏は終わるだろう。優雅だった今年の花火は、今では懐かしい。良い思い出になった。
目を瞑り、記憶に浸れば楽しかったと思う日々。胸の内に浸透すれば時折、激情に駆られたりもする。
だけど。
仕方が無いかなって、諦めもつく。
情けないし、悲しくも淋しくもある。
それでも。
もう思い出として飲み込んでしまった。
毒にも薬にもなりはしない。
美味しいものを食べて、消化して、栄養になったようなもの。
時間が過ぎるっていうのは、それくらい自然なものだった。
気が付けば、それくらい自然だった。

季節は過ぎた。
夏は終わり。
新しいものを受け止めて。
一枚ずつ重ね着をはじめて。
少しずつ、新しい季節になれていこう。
そうやって、また時間を。歳を重ねていこう。
それが人間の生き方というものだろうさ。

誰が為に捧ぐ詩。

誰が為に捧ぐ詩。

  • 自由詩
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-09-02

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