スーパー・マジック・ショウ
連載になります。
■Scene:1
総合調査会社リサーチエージェンシーの調査員佐伯に持ち込まれた依頼は極めて変わった内容だった。
依頼者は総合女性誌Fで有名なL出版社の代表取締役、村野哲子女史。
そしてその以来された内容とは、70年代半ばテレビ出演していた或るマジシャンのその後の行方を調査するというものであった。
そのマジシャンとは突如としてテレビ界に出現し瞬く間にお茶の間の人気をさらい視聴者を釘付けにしたスーパー・マジック・ショウのダイバとリノである。
その画期的とも言えるショーは一世を風靡し驚異的な視聴率を稼ぎだしていった。
ダイバとリノ。
この彗星のごとく突如としてテレビ界に現れたマジシャンは僅か一年数か月の活動後、なぜかピタリとマスコミの前から姿を消していく。
そしてその後の追跡報道は一切なされていない。
普通、マスコミから姿を消した芸能人や著名人の殆どは、その後の消息を週刊誌メディアが伝えるものだが、ダイバとリノに関しては何故かその後の消息が一切伝えられていない。
当時の記録によれば『ダイバ&リノのスーパー・マジック・ショウ』の視聴率は軒並み40%以上という驚異的なものだった。
これだけの視聴率を稼ぎだした彼らが、その後の消息について一切報じられていないというのも不思議と言えば不思議な話である。
女史は多忙な身の上のためか、依頼した件の詳細な話については別途場所と日時を示すとのことだった。
依頼を引き受けるか否かは、女史の話を聞いてみないことにはなんとも言い難いものだ。
それに依頼を引き受ければ高額の報酬を出すとなれば尚のこと無下に断るわけにもいかないし、それ以前にこのようなハイソな人士からの依頼については多少無理な注文であっても引き受けた方がなにかと得策という計算も働く。
それはそうだろう、ハイソの信頼を勝ち得れば調査会社として一流になれるし今後の依頼も増えていく。
商売は上を見て行うことは調査会社とて例外ではない。
数日後。
女史から入った連絡によると、コンタクトする場所は都内某三ツ星レストランJ、時間は午後3時。
このレストランJは完全予約制のイタリアン専門店で知る人ぞ知る隠れた名店と言われている。
かなり評価が高く女史のようなハイソ御用達のイタリヤ料理店といってもいい。
しかもこれが招待であるならば行かない理由は微塵もない。
調査員佐伯は滅多に、というより、2度と行くことはないかもしれない完全予約制の名店を体験できるとあってか、有り金を叩くように上等なブランドスーツを購入する。
当日、佐伯は購入したブランドスーツでさっそくキメ込んで出かけようと調査会社のエントランスを出た途端、エントランス前の路上に停車している銀色のリムジンから運転手が降り立ち後部座席を開け、
お待ちしておりました佐伯様、どうぞお乗りください。
と乗車を促してくる。
あまりのタイミングの良さに呆気に取られる佐伯を、後部座席の奥から品のある笑みを湛えた女史が軽く会釈し、
どうぞ、お乗りください。
と促す。
大企業経営者が乗るようなリムジンに自分が乗るとは夢にも思っていなかった佐伯は緊張しながら後部座席に乗り込むと、女史と佐伯を乗せたリムジンは三ツ星レストランJへと向かう。
車中、女子は、
あまりにも変わった依頼内容で驚かれたことでしょう。
と笑みを湛えながら話しかける。
心なしか緊張する佐伯は、
い、いいえ、そんなことは・・・。
と取り繕ってみたものの内心では首を捻っている。
それはそうだろう、何十年も昔にテレビ出演していた奇術師の消息調査の依頼など、この世界に入って初めて遭遇する珍妙な依頼だ。
女史は佐伯の内心を知ってかしらずか話し続ける。
ここだけのお話ですが、私にとって彼らは忘れることのできない人たちです。
それで、どうしてもその後の彼らの消息が知りたく、今回御社に依頼をさせていただきました。
無理なお話とは分かっていますが、どうか彼らの消息調査、なにとぞよろしくお願いしたいのです。
どうやら今回の依頼は女史の個人的な興味関心の満足のようだが、ここまで持成しを受けると、おいそれと断る分けには行かなくなってくる。
いいえ、とんでもありません、女史のようなハイソな方からの依頼となれば、当社としても全力を尽くす次第です。
と心にもないことをつい口走ってしまう。
女史と佐伯を乗せたリムジンはいつしかレストランJに到着する。
Jでのイタリア料理は素晴らしかった。
ワイン、オードブル、サラダ、スープ、そしてメイン、鮮度のいい良質な食材をふんだんに用いた飽きのこないテイストは、どれをとっても逸品だった。
やがてコーヒーとデザートが運ばれてくると、女史と佐伯はそれを挟みながら、依頼した内容の詳細に触れていく。
女史が話す依頼した内容の詳細、それは数十年前に遡るところから始まっていく。
過ぎ去った時代を追憶するかのような遠くを見る目で女史は話し出す。
それは私がまだ雑誌記者として駆け出しだったころこのことです・・・。
あるとき女史は編集長から『ダイバとリノのスーパー・マジック・ショウ』の取材を命じられる。
編集部から命じられた内容とは、ダイバが見せる魔術のトリックを明かすことだった・・・。
雑誌記者としての初仕事が手品の種明かしというのも変わった話だが、ともかく女史はこの初仕事に真面目に取り組んだ。
女史はダイバが演じる魔術のトリックを見出すべく、まず実際にダイバのショーを観に行くことにした。
そしてその一挙手一投足を注意深く観察していき『挙動不審』な点がないかを調べた。
さらに過去の録画ビデオも同様に注意深く観察していく。
だが、何度見てもトリックに結びつくものは見つからない。
いくらダイバの一挙手一投足に注意を払ってもトリックを見破れないことを悟った女史は、視点を変えようと助手のリノという少女を観察してみることにした。
リノを中心に過去の録画ビデオを繰り返しウォッチングしていく。
ダイバのスーパー・マジック・ショウは前半と後半に別れていて、前半はコメディタッチな軽快なショー、そして後半がメインイベントとなり驚異的なマジック・ショーとなる。
女史は録画ビデオを観察するうち、ショーの前半と後半でのリノの挙動が全く違っていることが解ってきた。
前半のリノは明るく可愛らしい振舞いに笑いとオドケでピエロ的な役割を演じている。
だが、ショーの後半、つまりメインイベントとなると前半とは打って変って、ニコリともせず鋭い目でじっとダイバを凝視している、そして時々目を瞑って何か操るような仕草さえ見せる。
女史は直感的にこのリノという少女に何かがあると観ると、ショーと言うショーの全てをリノに焦点を移した。
そして見えてきたことは、どうやらダイバの魔術、特にメインイベントの魔術はこのリノがトリックのカギを握っているらしい、ということだった。
そして女史はある試行を思いつく。
それはメインイベント中にリノの関心を引いてみることだった。
あるとき女史はダイバのショーが某テレビ局のスタジオで生放送されることを知ると、さっそくテレビ局に出向いて取材許可を得る。
スタジオ生放送の当日、女史はさっそく某テレビ局スタジオへ向かう。
ダイバのショーが始まりそしていよいよメインイベントが始まろうとしたそのとき、女史は目立たないようにリノに最も近い席に移る。
ここで佐伯が質問する。
メインイベントというのはどのようなショーでしたか?
はい、それはUFOの模型をスタジオ内で自在に飛び回らせるというものでした。
ふむ・・・、で、その模型はどのような材料で作られていました?
鍋の蓋を貼り合わせて塗装しそれらしく作られたものでした。
というと、それは金属製ですね。
ええ、アルミ製の鍋蓋でした。
女史の話は続く。
アルミ製の鍋蓋で作られたUFOを自在に飛ばして見せるというメインイベント。
ダイバの一挙手一投足にスタジオが静かな緊張感に包まれていくなか、女史は笑顔が消え鋭い視線でじっとダイバを見つめるリノの横顔を見続けながら、ショルダーバッグからコンパクトケースを取り出す。
そしてそれを床に落としカタンと音をさせる。
するとその音に反応したのか、リノはハッとするように音の方向に顔を向けてくる、すると女史と目が合う。
そのとき女史はリノに普通の人間にはない何かを感じたという。
佐伯は質問する。
ほほう・・・、それはどのような?
ええ、なんというか、なにかとても強いパワーのようなもの、と言ったらいいのかしら・・・・。
ともかくそんな感じを強く受けました。
特にそのときのリノの目、何か人の心を見通してくるような、そんな目でした。
リノと目が合った女史は取りあえずニコリと微笑み、そして小さく手を振ってみる。
リノは一瞬驚いたような目で女史を凝視するが、すぐさま顔を逸らしダイバを見続ける。
次に女史はダイバに視線を移してみた、すると案の定、ダイバの様子がおかしい。
なにか上手くいかないといった感じがありありと浮かんでいる、そしてチラチラとリノに視線を移すダイバ、ざわめき始めるスタジオ内・・・。
ここで女史は佐伯を見つめて言う。
私はこのとき確信しました、間違いない、ダイバのトリック、その秘密はリノにある! と・・・。
そう確信した女史は、トリックの秘密を見破ったかのように狂喜が込み上げてくる。
女史は込み上げる笑を抑えながらリノに視線を移すと、なんとリノが鋭い視線でじっと女史を凝視している。
女史はまたもニコリと笑って手を振る、するとリノは『フンッ、なにさ!』といった態度でプイと横を向いてしまう。
そんなリノにニヤニヤしながら女史がダイバに視線を移すと今度はどういうわけかダイバと目が合う。
ダイバはじっと女史を見つめるとニコリ笑って女史に声をかけ、女史を生放送中のステージに引っ張りだしてしまう。
そしてダイバは女史を立会人にUFOの模型を宙に浮かせるとそれを自在に飛ばし始めていく。
その飛び方はジグザグだったり、ピョンピョンと飛び跳ねるような飛び方、鋭角なターン、そして瞬間移動、それはまさにUFOそのものの飛び方を再現させていくという驚異的なものだった。
こうしてダイバは後半のメインイベントを見事に演じ切ってしまう。
女史はダイバの突拍子もない機転とアドリブで自分を立会人にしメインイベントを演じ切ってしまったダイバにエンターティナーとしての並々ならぬ才能に感心する。
番組終了後、スタジオに残った女史は断られることを承知で思い切ってインタビューを申し出る。
すると予想外の返事をもらう。
インタビューをあっさりと快諾したダイバは場所と時間を示すが、ただし絶対に独りで来いということだった。
女史は狂喜するようにダイバの条件を快諾すると、示された時間にその場所で待つ。
ところが待てど暮らせど一向にダイバは現れない。
痺れを切らせた女史は席を立とうとしたそのとき、ダイバのマネージャーと称するブラックスーツの男が現れると、
『ダイバは急な要件ができたためインタビューに応じられなくなった、ついては改めて日時を示したいので連絡する場所を教えて欲しい』
と言う。
女史はやむなく名刺を相手に渡し、ここに連絡してくれと告げた。
だが、結果はナシのつぶてだった。
それ以来、ダイバはぷつりとマスコミの前から姿を消してしまい消息を絶ってしまう。
不可解なのはダイバの消息を追うマスコミが一社もないことだった。
それは女史の出版社も同様、ダイバの取材が全て打ち切りになってしまう。
あれほど世間の耳目を集め驚異的な視聴率を稼ぎだしたダイバが、その後の消息が一切報じられることなく何事もなかったように月日が過ぎゆく。
■Scene:2
女史にとっては、駆け出しの自分が手掛けた最初の取材がこんな形で尻切れトンボに終わってしまったことに内心忸怩たる思いをずっと抱き続けてきた。
女史にとっては未だ終わらぬ取材である。
自分自身に決着をつけるためにもなんとかダイバの消息を知りたいとのことだった。
佐伯は女史の気持ちを汲むとその依頼を引き受ける。
とはいえ、引き受けたものの消息を掴む手掛かりはまったくない。
この雲を掴むような話に途方に暮れる佐伯は、とりあえず当時の新聞スクラップを隈なく調べてみることにした。
そして当時のテレビ局のプロデューサーや雑誌社の編集長を調べたし一人ひとりあたってみることにしたが、その多くが既に鬼籍に入ってしまっていた。
僅かに存命している当時の関係者に当たっても、なぜかダイバの話になると忘れたという。
ところがそんな関係者の中に独りだけダイバの消息について語ってくれた人物がいた、その人物は某大手の出版社の元社長だったSという人物だった。
佐伯はSからダイバに関する思わぬ話を聞かされる。
ダイバが突然マスコミから姿を消した理由は不明だが、その消息の追跡が行われなかったのは、なんと政治的圧力だったという。
政治的圧力だって?
たかがマジシャンの消息に政治的圧力が加わるなど聞いたことがない。
その理由を問うが残念ながらS氏にもそれが解らないという。
解っていることはダイバに関する取材は一切ご法度になったということだけだった。
ならばその政治的圧力がどこから来たのかを聞いてみた。
するとS氏はなんとアメリカ大使館からだったという。
奇術師の取材にアメリカ大使館が日本のマスコミに政治的圧力?
この信じがたい話に耳を疑う佐伯は、その理由を聞いてみたがS氏は自分にも解らないという。
大使館と言う治外法権からの圧力、それも何十年も昔のこととなると最早これ以上調べることは不可能なことだった。
帰りの途中、佐伯は森林公園のベンチに座ると、女史に残念な報告をしなければならないことを考える。
すると後ろから誰かが話しかけてくる。
振り向くとそれは独りの年老いたホームレスだった。
年老いたホームレスの男はタバコを無心してきた、佐伯はタバコを一本渡そうと相手の顔を見た途端、驚愕する。
年老いたとはいえ、その顔はダイバそっくりだった。
男の顔に息を飲んだ佐伯は思わず言葉が口をついてしまう。
あ、あんたはダイバ・・・?
すると男は驚くような顔で佐伯を凝視すると、そそくさとその場から走り去っていく。
ちょ、ちょっと待ってダイバさん!
佐伯は男を呼び止めながら追いかけていく。
待ってくれぇ、ダイバさん!
年老いているせいか男はすぐに息を切らしてしまい、追いかけてくる佐伯に追いつかれてしまう。
佐伯は男の肩を掴みながら問う。
逃げないでくれ、あんたはダイバさんなんだろう?
ち、違う! 俺はダイバなんかじゃねえ! 人違いだ、手を放してくれぇ!
佐伯はダイバであることを否定する男に食い下がる。
いいや、あんたはダイバさんだ!
違うったら違う!
とぼけなくてもいい、間違いない、あんたはダイバさんだ!
うるせえ! 手を離せ!
心配しないでいい、私は怪しい者じゃない、ある筋の依頼であんたの消息を調べている調査員だ。
あんたにいろいろと訊きたいことがある、もちろんタダとは言わない、それ相当の謝礼は出す。
だから私の調査に協力してくれ。
な、なんのことだ、俺は知らねえ!
あんたは昔、ある女性記者のインタビューを承諾しておきながら、一方的にスッポかして消息を絶った。
なぜそんなことをしたんだ?
・・・・・・・・・・・・。
とぼけ切れないと判断した男は観念したかのように自分がダイバであることを認めた。
ああ、そうさ、俺はダイバさ・・・、お前さんの言うとおり、スッポかして行方を眩ましたダイバだ。
やはり、あんたはダイバさんなんだな・・・。
佐伯はポケットから財布を出すと、数枚の紙幣を出しダイバに掴ませる。
生憎と今は持ち合わせがない、これだけしか出せないがとりあえず取材料だ、とっておいてくれ。
手にした数枚の紙幣を見つめる年老いたダイバに佐伯は問う。
なぜインタビューをスッポかしてそのまま行方を眩ましたんだ?
ダイバは紙幣を握りしめるとズボンのポケットにねじ込む。
別にスッポかしたわけじゃねぇよ、そうするしか仕方がなかったんだよ。
仕方なかった?
ああ、そうさ、仕方なかったんだよ、俺たちはインタビューに応じるため約束した場所に向かったんだ、だけど・・・。
だけど? だけどなんだ?
奴らが俺たちの前に現れたんだ・・・。
奴ら? 奴らってなんだ? どういうことなんだ?
問い質す佐伯を見るダイバは周囲を警戒するように、
こいよ、ここで立ち話するわけにもいかねぇ・・・。
歩き出すダイバに佐伯が呼び止める。
どこへ行くんだ?
振り向くダイバは、
俺から話を聞きたいんだろう? なら黙ってついてこい!
ダイバは鬱蒼と覆い茂る森林の奥へと歩いていく、すると青いシートで覆われたいくつかの掘立小屋のようなものが疎らな間隔で立っているのが見えてくる。
ダイバはその中のひとつの掘立小屋に入っていく。
入れよ、俺の家だ。
苦笑するように笑うダイバは佐伯に入ることを促す。
怪訝に掘立小屋を見る佐伯はとりあえず中に入ってみる。
するとまるでワンルームような『室内』が目に入る。
外から見るのとは違って、中は意外と整理整頓されていて不快な感じが一切ない、本当にワンルームといった感じだ。
靴を脱いで室内に入ると、どこから手に入れたのか畳が敷かれている。
ダイバは畳敷きの上に胡坐をかくと、
まぁ、座れよ。
促される佐伯は同じように畳敷きの上に胡坐をかいて座る。
ダイバは缶コーヒーを取り出すとそのひとつを佐伯に放る。
飲めよ。
缶コーヒーをすするダイバに佐伯は問う。
ダイバさん、なぜ突然マスコミの前から姿を消したのか? そして今まで何をしてきたのか?
問い始める佐伯をチラリと見るダイバは答える。
聞きたけりゃあ話してやるよ、だけど、話を聞かせたって、あんたは笑うだけだ・・・。
いや、笑わないよダイバさん、私はあんたの調査を依頼された以上あんたから話を聞かなければならない。
それがどんなに荒唐無稽であっても笑いはしない、だから話してくれ。
ダイバは佐伯の言葉に、フッ、と笑いながら、
フフ、荒唐無稽か・・・、まったく、その通りだよ。
俺の話、いや、俺かやってきたことはまさに荒唐無稽だよ、誰も信じやしねぇよ。
いや、そんなことはない、ぜひ話してくれ。
やがてダイバがその重い口を開くと話始める。
世の中にゃ、信じられねぇことってのは実際にあるもんだ、特に俺の場合、まさに信じられないことから始まった・・・。
ふぅむ・・・、というと?
ダイバは佐伯を見つめる唐突に問う。、
あんた、マジックは好きかい?
マジック? 魔法のことか?
ダイバは笑いながら、
いいや、手品のことさ、あるいは奇術でもいい、ようするにマジックショーのことだよ。
ああ、そのことか、まぁ、ときどきテレビで見たりはするが、それが?
ダイバはニヤリと笑い、
そうだ、そのマジックショーさ、どんなマジックにもトリックがあるものさ、だが・・・。
言葉をとぎらせるダイバに佐伯は怪訝に問う。
だが? だがなんだ?
もし、マジックにトリックがない、正真正銘本物の魔法が使われていたとしたらどうだ?
ダイバの問いに佐伯は笑う。
本物の魔法だって? まさか!
笑いだす佐伯にダイバは、
ほれ、笑ったじゃないか、俺の話を聞いたって笑うだけだという意味が分かったかい?
佐伯はダイバの言葉に異常なものを感じ取る。
ちょっと待ってくれ、それは、本当の話か?
ああ、本当さ、あんた、ESP能力って聞いたことあるかい?
ESP? ああ、知ってるよ、所謂超能力のことだな。
そうだ、俺のマジックショーにはそのESP能力が使われていたんだ、だから誰一人としてトリックを暴けるやつはいなかった。
ダイバの話に唖然とする佐伯。
ま、まさか・・・、そんな、じゃ、あんたはESP能力の持ち主だったのか?
ダイバは大きく顔を横に振ると、
違う違う、俺じゃねえ、俺のアシスタントだったリノという娘だ、その娘が正真正銘掛け値なしのESP能力を持っていたのさ。
佐伯は信じがたい思いでダイバの話を聞くと、もっと詳しい話を聞こうと、
ふぅん・・・、そうか、なぁ、もっと詳しい話を聞かせてくれ。
ああ、いいよ。
ダイバはタバコを吸うと感慨に耽るように遠い目で話を始めていく。
ダイバが明かした話、それは信じがたいものだった。
■Scene:3
自分の記憶を辿るように立ち上る紫煙を目で追うダイバ、そして数奇な体験を語り出していく。
俺があの娘と出会ったのは、そう・・・、いまから35年以上も昔のことになるかな・・・。
もともと俺はマジシャンを目指していたんだが、あるときテレビでユリゲラーという超能力者がスプーン曲げを演じて見せた。
俺はこんなのどうせインチキだと見ていたんだが、そのとき俺の頭に閃くものがあったんだ・・・。
ふむ、なにを閃いたんだい?
フフフフフ、マジシャンなんて時代遅れだってことさ、そんなものより、これからは超能力が時代の趨勢となる。
だったら俺も超能力者と称して一儲けしようと企んだのさ・・・。
ダイバはインチキ超能力者だった。
自分のパワーは神から授かった神秘な技だと、いい加減なデマカセを実しやかに宣伝しながら巧みなトリックで人々を騙し誑かしては荒稼ぎするペテン師だった。
実際彼のトリックは極めて巧妙で見抜くことができない。
プロの御同業は別として、素人を騙すには十分の腕前を持つダイバ、そしてそのトリックを見抜いた者は誰もいない。
ところが或る夜のこと、『地方巡業』中のダイバは、とある場末のストリップ劇場で『超能力』を披露する。
ところがそれを観ていた客からインチキを見破られてしまい店から叩き出されてしまう。
場末のストリップ劇場とはいえ、ダイバのようなしがいな無名の『超能力者』にとっては、ありがたい雇用先だった。
それが、あろうことか素人にトリックを見破られてしまい、雇用先から解雇されてしまったダイバは途方に暮れながら夜の道を歩いていた。
切れかかり点滅するパチンコ屋のネオン看板が暗い夜空に寂しく光る。
冷たい夜風に吹かれながらそんな場末の侘しい光景を見るとはなしに見るダイバは呟く。
あぁ・・・、俺はこれからどうやって喰っていけばいいんだ・・・。
意気消沈するダイバの心に絶望感が広がってくる。
すると突然一人の少女が現れダイバに助けを求めてくる。
俄かに助けを求められ困惑するダイバ、すると今度は一台の黒いキャデラックが路上に現れると少女は急いでダイバの背後に身を隠してしまう。
静かに接近してくる黒いキャデラックはダイバの前で停止すると、ドアが開き中からブラックスーツに身を包んだ二人組の男が降り立つ。
異様な雰囲気を漂わせる二人組はダイバに目を留めると近づき小娘を見なかったかと問いかけてくる。
問われたダイバは自分の背後に隠れた少女のことかと後ろを振り向くが既に誰もいない。
忽然と姿を消してしまった少女を怪訝な思いで探すように嫁の街を見渡すダイバ。
首を捻るダイバは二人組に目を向けた途端、突然何かに憑依される感覚に襲われると勝手に言葉が口をつく。
まるで何者かに体を操られるかのようにデタラメな話をし始めていく。
驚くダイバは自分の意思とは無関係に次々と口からデマカセを言う自分をどうすることもできない。
ダイバの話に納得したのか否かは定かではないが、二人組は互いに顔を見合わせると、背を向けその場から歩きだし黒のキャデラックに乗り込んでいくと、夜の街を何処かへと走り去っていく。
自分の身に何が起きたのか見当もつかないダイバは狐に抓まれたに夜の街に立ち竦む。
すると忽然と目の前に少女が姿を現すと自分を匿ってくれた礼を言うと、お返しに何かお役にたてることはないかと問う。
少女は自分をリノと名乗るだけでそれ以上のことは話そうとしない。
自分が何者でどこから来たのか、そして黒いキャデラックに乗ったブラックスーツの二人組、なぜ彼らから身を隠すのか、なにひとつ明かそうとはしない。
だが、そんなリノがひとつだけ明かしたことがあった、それは彼女が持つサイキックパワーだった。
サイキックパワー?
突拍子のない話に思わず笑いだすダイバは、
サイキックパワーだって? キミが? フハハハハハ、そんなものがあれば苦労しないよ。
ところがリノはそんなダイバに、
信じないの? それならさっきあなたが自分の意思とは無関係にしゃべりだしことはどう説明するの?
その言葉にギョッとしたダイバは、
な、なんだって?
思わずリノを凝視するダイバは思い当たる。
確かに自分の意思とは無関係に勝手にしゃべりだした!
ま、まさか・・・、それじゃ、さっきのことは、キミの仕業だって言うのかい?
半信半疑に問うダイバにリノは笑みを浮かべながら、
そうよ、さっきのことはわたしがあなたを操ったから。
と言うと。
あれを見て。
道端に落ちている空き缶を指し示すと空き缶が宙に浮揚し始めるとピタリと停止する。
リノは宙に浮いた空き缶を凝視したまま、
よぉく見ててね。
と告げると、空き缶をクルクルと回転させたり、自在に飛び回らせていく。
そしてリノは飛び回る空き缶をダイバの鼻の先で停止させると、今度はグシャッと音を立てて潰して見せる。
驚いたダイバはその光景に息を飲む。
き、キミは・・・。
信じがたい光景を目の当たりにし絶句するダイバにリノは金儲けの話を持ちかけてくる。
か、金儲け? 金儲けって、どうやって?
驚き慄くダイバにリノは可愛らしい笑みを浮かべながら告げる。
わたしのサイキックパワーでお金儲けするの? どう? わたしにいいアイデアがあるわ、それに、助けてくれたお礼もできる。
リノのアイデア。
それは今までにない画期的なマジックショーのアイデアだった。
それはあくまでも種も仕掛けもあるマジックと断りながらも、実際にはリノのサイキックパワーで不思議な現象を見せる。
そしてマジックの種と仕掛けを見破った者には賞金を出すという触れ込みで巡業していくというものだった。
リノからアイデアを聞かされたダイバは直感的に当たるものを感じ取る。
そうか! なるほど、そいつは盲点だ、まさか本物のサイキックが使われているなんて誰も想像もつかない。
釈迦様だって気が付ないだろうよ、よぉし! こいつは面白い、乗った!
さっそくダイバはリノとコンビを組む。
こうしてダイバ&リノのスーパーマジックショーの旗揚げとなる。
そしてダイバの直感は見事的中、リノとコンビを組んだスーパーマジックショウは大当たり!
種と仕掛けを見破れば賞金をゲットできるという触れ込みも功を促したのか、観客は常に満員となる。
そして来る客がなんとか見破ってやろうと食い入る目でショーを凝視する。
稼げるときに稼ぎまくろうと目論むダイバは、さらなる観客動員アップのため射幸心を刺激しショーアップさせることを思いつく。
さらにエンターテインメント性を高めるべくショーを前半と後半に分ける。
ショーの前半は観客に見破れる簡単なトリックを使ったダイバ得意のインチキ超能力を披露し、観客に小額な賞金をゲットさせ楽しませるジョークと笑いのコミカルなショー、そして後半を高額賞金を懸けた絶対に見破ることのできないリノのサイキックをメインイベントに分けて興行した。
するとこれがまたまた大当たり!
トリックを見破れば本当に賞金ゲットができることがわかると、我も我もと種明かしにチャレンジしようとショーを見に来る観客が後を絶たなくなってくる。
やがてその評判はマスコミにも伝わるとテレビ出演の依頼が来る。
ダイバはメジャーになるチャンス到来とばかりに嬉嬉としてテレビ出演を快諾する。
テレビ局側は、ショーの実演時に有名なプロの一流マジシャン数名の同席を持ち掛けてくるが、ダイバにとって物の数ではない。
それどころか、自分たちのショーの全ての種明かしに成功すれば賞金を出すと逆に挑戦状を突きつける。
名もなきダイバの挑戦を受けて『業界』から三人の有名マジシャンが名乗り出てくる。
ダイバとリノのスーパーマジックショーは生放送となり全国放映が決定される。
新参者のダイバの種明かしをしようとプロのマジシャンはおろか、テレビ局側があらゆる箇所に仕掛けたカメラで監視するという念の入れよう。
ダイバはそんなものどこふく風とばかりにスタジオ入りすると、歓声に包まれ司会者の紹介を受けると、さっそくショーを開始していく。
番組前半はダイバ得意のインチキ超能力だ。
流石にプロのマジシャンだけあってすぐにバレてしまうとコミカルな演技でスタジオの笑いを誘っていく。
だが、番組後半のメインイベントとなるリノのサイキックショー、これだけは流石のプロも見抜けない、見抜けないのはテレビ局側も同様だった。
何台も仕掛けたカメラが撮影した画像を調べても何一つとして不審な点が見つからない、念のため専門家によ画像解析でも同じことだった。
こうしてダイバとリノのスーパーマジックショーは種明かし不可能な驚異のマジックとして注目され、各テレビ局から出演依頼が殺到し一世を風靡していく。
スーパーマジックショーの種明かしは各方面からも関心が高まり、なかでも週刊誌はこぞってダイバの種明かしをすっぱ抜こう無熾烈な取材合戦が展開されていく。
遠い目で記憶を辿りながら話すダイバは、
こうして俺たちは度々生放送に出演したんだ、ところがある生放送の時のことなんだが・・・。
そのときだけはメインイベントが上手くいかない、そこで俺はリノを見ると、リノは俺の心に思念を送って来たんだ・・・。
ふぅむ、それはどのような?
『わたしを見つめる女の人を遠ざけて』という思念だった、そして俺はすぐそばでリノを凝視する若い女に気が付くと、
『この女か?』と思念を送り返すと『そうだ』と送り返してくる、
そこで俺は機転を利かせてその女をスタジオのステージに引っ張り出して立会人に仕立てあげたのさ。
佐伯はダイバの話と女子の話がここで一致していることが判る。
ダイバはされに続ける。
ショーが終わった後、俺たちはその女から取材を申し込まれたよ、なんでも雑誌社の新米記者らしく名前はなんていったかなぁ・・・。
思いだせないダイバは笑いながら、
悪いな、忘れちまったよ、なんせ30年以上も昔の話だからなぁ、まぁ、そんなことはともかく、俺はある理由からその取材を断らずに快諾したよ。
ある理由から? というと?
それはメインイベントの秘密がリノにあることをその女記者が嗅ぎつけたからさ、俺としてはその女記者を懐柔してリノのことを伏せてもらおうと考えたのさ、幸い、その女記者はリノのサイキック能力には気が付いてはいなかったがな。
だが、それでもリノのことは伏せてもらわないと今後のショーがやりにくくなるからな。
なぜやりにくくなるんだ?
ああ、これはリノから聞いたんだが、周囲に注目されているとサイキックパワーが出しにくくなるそうだ。
なるほど・・・。
まぁ、そういうわけだ、で、俺は取材に応じる代わりにこちらが示す場所と日時に独りで来るという条件を提示した。
ふむ・・・。
この話も女子の話と一致している。
どうやらダイバはウソを話していないことが判った佐伯は問いかける。
だが、あんたは取材をスッポかして行方をくらましたわけだ。
そうじゃねぇよ、話は最後まで聞きなよ。
ダイバは一呼吸置くと、
俺たちは女記者に示した取材場所へと向かったんだ、だが、その途中で・・・。
その途中で?
奴らが現れたのさ。
奴ら? 奴らとは?
リノを追いかけていた黒いキャデラックに乗ったブラックスーツの連中さ。
そいつらがどこからともなく現れるとリノを捕まえてしまったんだ、そして奴らはこう言った。
『命が惜しければ二度とマスコミの前に姿を見せるな』
とな。
当然俺はそいつらに抗議したよ、だが、そいつらは奇妙な銃を俺に突きつけると、その途端に俺の体がマヒしてしまった。
そして奴らは言う、
『我々はお前の心臓をいつでも止めることができるぞ』
するとその途端に俺の心臓が不整脈を打ち始めていくんだ。
俺は苦しくなって呻きながらその場に倒れ込んでしまう、俺は死ぬかと思ったよ。
すると奴らは、
『どうだ? これで判ったろう?』
そう言うと奇妙な銃を引っ込める、すると驚いたことに不整脈がすっと消えていくんだ。
それだけじゃない、奴らは口を動かしていないことに気が付いたんだ、つまり思念を俺の心に送りつけていたことを・・・。
そのとき俺は心底震え上がったよ、奴らは普通の人間じゃない、恐怖に駆られた俺は奴らに取り押さえられると、リノと共に拉致されしまったのさ・・・。
ここでダイバの話は一旦終わる。
話を聞いた佐伯はダイバに質問する。
拉致されたというと、どこへ連れ去られたんだ? それに、その『奴ら』とは一体何者なんだ?
俺にもわからねぇな、解っていることは『普通の人間じゃない』ってことだけさ、奴らの正体を知っているのはリノだけだ。
ふむ、リノさんからは何も聞かなかったのか?
ダイバは頭を掻きながら、
ああ、なんせ金儲けやメジャーになることで頭いっぱいだったからなぁ、だが、少しだけリノの身の上を聞いたことがあるよ。
どんな身の上なんだ?
リノから聞いた話では、なんでも或る研究所に暮らしていたらしい。
研究所と言ってもその敷地はとても広く、一つの街みたいな所だったらしい。
街? それは日本のどこだ?
いや、日本じゃない、外国だ。
外国? それはどこだ?
正確なところは俺にも解らねぇよ、だが、そこでは普段から英語が使われていたというから、きっとイギリスかアメリカじゃないかとは思うんだ・・・。
このとき佐伯はアメリカ大使館からの圧力の話を思いだす。
話しの内用から、どうやらリノという娘はアメリカのどこかにある巨大な研究施設にいたらしい。
ふむ、仮にアメリカとして、それならなぜ日本に来たんだ?
リノが言うには外の世界を知りたくてテレポートしたらしい。
テレポート?
瞬間移動のことさ、リノはそれができるんだよ、と言ってもこればかりは実際に目の当たりにしないと信じられないけどな。
研究所の外にテレポートすると、さっそく奴らが追ってきたらしい、そこでリノは追いつけないよう日本にテレポートしてきたんだと言っていてたよ。
ふふん・・・、で、その正体不明な連中からリノを助けたというわけか。
まぁ、そんなところさ・・・。
ダイバの話が本当であるとすれば、リノという娘はアメリカのどこかに存在する巨大研究施設から脱走してきたことになる。
そして脱走してきたリノを追ってきた連中も、どうやらその巨大研究施設とやらに関係があることになる。
ふぅむ・・・、で、その研究施設というのは何を研究しているんだ?
佐伯の問いに口ごもるダイバ。
そいつは、ちょっと言えねェなぁ・・・。
答えようとしないダイバに佐伯は怪訝に問い返す。
口止めされているのか?
上目使いでチラリと佐伯を見るダイバは、
まぁな、そんなところさ・・・。
そうか、どうしても話してはくれないか?
いやぁ・・・。
口外することに躊躇うダイバだが、やがて何か思いついたかのように、
そうだなぁ・・・、ここまで堕ちたこの俺だ、いまさら何を怖がることもねぇなぁ・・・、よぅし、いいぜ、話てやるよ。
ダイバの数奇な物語が再び語られていく。
ダイバとリノはその場て取り押さえられると、ブラックスーツの一人がポケットから金属製のペンのようなものを取り出すと、
それをダイバとリノに見せる。
するとそこから閃光が発し、その途端に意識を失ってしまう。
To Be Continued
スーパー・マジック・ショウ