不協和音

不協和音

「どうしても、どうしてもダメ?」
「どうしてもどうしても駄目。無理」
am7:30
通勤時間を狙ってこうして電話しているのに、
春人はやっぱり冷たい。
里菜はため息をつく。
「なんでダメなの?会うくらい別にいいじゃん!」
「だめー。会わない。会ったら絶対やっちゃうでしょ。
俺お前とセフレになる気もないから。
も、さ、諦めてよ。お願いだから」
そう言って春人は車に備え付けられているテレビの音量を上げる。
「危ないよ?改造なんかしちゃだめだよ」
「はいはい。危ない危ない。
もう切るよ?」
「やだぁ」
「・・・なんなのお前!?毎日毎日しつこいっていい加減」
春人の語気がやや強くなり里菜は思わず肩をすくめる。
「だって・・・好きなんだもん」
「俺は好きじゃない」
「なんで?」
「だからぁ!別れてんじゃん!?
いい加減しつこい、ほんと」
そう言って春人は電話を切ってしまった。
・・・もう1回かけたら、春人は出てはくれるけどまだ怒ってるから
もう少し後になってから電話しよう。
会社に着くのは始業時刻ぎりぎりだから
まだ30分は猶予がある。
里菜は寝ころんでいたソファから起き上がり
紅茶を飲むために電気調理器でお湯を沸かす。
カチ。
ほどなくしてお湯が沸く。
里菜はマグを温めるためにお湯だけをまず入れて
そのままじっと待つ。
・・・・なにがいけなかったんだろう。
彼の望むことはすべてやってきた。
手料理は自信がないから料理教室に通ったし
あんまり自信がないからそういうマニュアル本やDVD、
時にはAVも見て勉強した。
彼が望むから煙草をやめたし、
毎日電話は欠かさなかった。
私の友達の集まりにも顔を出すようにしてもらったし
勿論その逆もあった。
お湯を流しに捨てる。
ダージリンのティーバックを箱から取り出し
お湯を温まったマグに入れていく。
じわじわじわと茶褐色のそれが広がっていく。
なにがだめだったんだろう。
彼の望むことはすべて受け入れて、
いいお嫁さんになれるように努力した。
ダイエットもした。
仕事も頑張った。
ほどよい色にお湯が染まったのでティーバックを
流しのごみ入れに捨ててリビングのソファまで持っていく。
なにがいけなかった?
別れて3週間。
こうして毎日電話をかけて復縁を迫っているのだが、
春人はまるで聞く耳を持たない。
なにがだめだった?
またじわじわと涙が出てくる。
なんで?なんで?なんで!!
ピロリロリロリン
ピロリロリロリン
ラインが鳴る。
春人だ。
「はいもしもし」
「あのさ、もうこういうのやめてくれる?」
「電話?」
「違うよ。植物。会社に観葉植物送ってきたのお前だろ!」
「好きかなと思って。暇だし」
「?仕事は?」
「お嫁さんになるからやめたの」
「は!?お前それ本気で言ってるの?」
「本気。本気だよ。里菜は本気。
だから、ねぇ、より戻そう?
あたしには春人しかいないのと同じで
春人にもあたししかいないんだよ?」
「お前頭おかしいわ」
「おかしくなんかない!!」
「・・・わかった。とりあえずわかったから、
こういうのはやめて。
お願いだからやめて。
あと手紙も。
・・・今夜どっかで会おう。
いや、お前の家行くわ」
「ほんとに!?」
「あーほんとほんと。
絶対行くから。
そこでもう話し合おう」
「わかった!ねぇ、ご飯なにがいい?」
「いや食べていくからいいわ。
オレンジジュースだけ用意しといて」
「わかった!ねぇ、何時にくるの?」
「だからまた連絡するって!」
「わかった!ご飯の準備とかあるから教えてね」
「・・・・わかった。連絡する」
そう言って春人の電話は切れてしまった。
やった!
やった、やったやった!
目の前に広がる視界がそれまでと一変する。
春人が会ってくれる!
さぁ、今日は忙しいぞ。
放置したままの髪の毛を染めに行って、
あ、服も買っちゃおう。
あ、もしかしたら今までのこれは「ふり」で
サプライズでプロポーズされちゃうかも!
なんだ!
そっか!サプライズか!
なんだそうか。
なーんだ!



不協和音

不協和音

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-08-31

CC BY-NC-ND
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CC BY-NC-ND