向かいのおばあちゃん

向かいのおばあちゃん

 ぼくは、新しいおうちに引っ越してきた。少しせまいけど、木のいいにおいがする。自分の部屋もあるから、前のおうちよりも、好きだ。
 新しい学校は、歩いてすぐのところ。「おうちにいてもチャイムが聞こえる」ってお母さんが言うぐらいの近さだ。2学期からだったので、友達ができるか、少し心配した。でも大丈夫だった。
 ほとんどの授業が楽しい。ひとつだけ、いやな科目がある。体育だ。しかも、この小学校は、2学期の最後に、「全校縄跳び大会」がある。どれだけたくさん跳べるか、1年生から6年生までの全員で競うらしい。
前の学校に、そんな大会はなかった。前回し跳びはなんとかいけるけど、二重跳びも跳ばなくちゃいけない。ぼくは1回も跳べなかった。3年生だけど、2年生に負けたらどうしよう。恥ずかしいだろうなぁ。
 大会は、来週に迫っていた。
「少しでもたくさん跳べるよう、家でも練習するように。特に二重跳び。1回も跳べない人はがんばって。これが宿題です」
 先生がそう言った時、目が合ったような気がした。ぼくは思わず、下を向いてしまった。
 土曜日。お父さんは今日も仕事だ。ちょうど駐車場に車がなかったので、縄跳びを持って外に出た。ちょっと前まで暖かかったのに、急に寒くなってきた。風が冷たい。手袋をすればよかったかな。ま、いいや。
 二重跳びを、何回かチャレンジした。でもできない。2度目に回ってくる縄に、どうしても足がひっかかる。友達のたけしくんは、言ってた。
「つま先だけで、高く跳べばいいんだよ」
 試したけどダメだった。どうやったら、高く跳べるんだろう。

 ガチャ。

 向かいのおうちのドアが開いた。おばあちゃんが出てきた。引越した時に、お母さんとあいさつしたおばあちゃんだ。でも、ちゃんと話したことはなかった。
「あらぁ、縄跳びの練習?すごいねえ。がんばってねぇ」
 おばあちゃんはそう言って、ポストから新聞を取って、おうちに戻っていった。ぼくはかたまって、何も言えなかった。
 あ、やばい。またお母さんに怒られる。「あいさつしなさい」って。
 その夜。晩ごはんの時、おばあちゃんが話しかけてくれたことを、お父さんに話した。
「ほぅ、良かったな」
 そこにお母さんが、やっぱり割り込んできた。
「ちゃんとあいさつした?」
「・・・うん」
 ぼくはとっさに、うそをついてしまった。だって、本当のことを言ったら、またこっぴどく叱られる。「あいさつしなさいってゆってるでしょ」って。次からはしようかな。

 ぼくは4年生になった。向かいのおばあちゃんには、まだあいさつできていない。お母さんにうそをついてから、次こそ、と思うけど。なんか、恥ずかしくなる。頭を下げるのが、やっとだった。
 でも、おばあちゃんは、いつも何か話してくれた。「今日も元気やね」とか「寒いから風邪ひかんよう気をつけてね」とか。

 2学期もあと少し。また、あの季節がやってきた。縄跳び大会だ。去年は二重跳び、1回も跳べなかったけど、練習した甲斐あって、今年は跳べるようになった。向かいのおばあちゃんに見てもらいたいな。

 あれ。

 そういえば、おばあちゃん、しばらく会ってないな。最後に見たのは・・・。そうだ。ちょうど、近くの公園の桜が咲いていたから、うーんと、4月ごろかな。どうしたんだろう。顔がおばあちゃんによく似てて、背筋がピンとしているおばあちゃんがよく出入りしているのを、夏ごろよく見かけたけど。おばあちゃん、病気なのかなぁ。

 2学期最後の縄跳び大会では、二重跳びが5回も跳べた。だいぶ成長した。先生もほめてくれた。
「たくさん練習しただろう。良かったな」
 すごく、うれしかった。
 
 年末。家族みんなで大掃除だ。ぼくは窓をふく係だった。そのあと、駐車場のごみひろい。葉っぱが結構たまっているので、お父さんと一緒にひろった。
 すると、向かいのおばあちゃんの家から、着物を着た坊主頭のおじさんが出てきた。そのあとに、背筋がピンとしたおばあちゃんと、もっと若い女の人が出てきた。2人は坊主頭の人に、深々と頭を下げていた。
 坊主頭の人はスクーターに乗って、どこかに行ってしまった。
 突然、お父さんは、すたすたとその2人の方に向かった。ぼくはポツンと取り残された。何やら話をしている。不安の気持ちがもやもやと広がってきた。そのあとだった。
「英明。おいで」
 なんだろう。心臓がバクバクした。玄関の近くに行くと、ぼくの本当のおばあちゃんとこでかいだことのある、線香のにおいがした。
「この子が、縄跳びの練習してる時にほめてもらったみたいで。どうも、ありがとうございました」
「そんなことがあったの、知らなかった。こちらこそ、ありがとうございました」
 2人とも笑っているけど、目は赤くなっていた。うれしいのか、悲しいのか、よくわからなかった。
 向かいのおばあちゃんが亡くなったのは、おうちに帰ってから、お父さんから聞いた。4月におうちの中で転んで、救急車で運ばれ、その後の入院生活で、体調を悪くしたって。12月のはじめに、亡くなったって。
 そういえば、4月に救急車がおうちの前に止まっていたのを、思い出した。そうか、あの救急車は向かいのおばあちゃんを乗せていったんだ。全然知らなかった。
 結局、おばあちゃんに1度もあいさつできなかった。あぁ、勇気を出して、あいさつしとけば良かったなぁ。
 ぼくの本当のおばあちゃんに、聞いたことがある。おじいちゃんが亡くなった時だ。
「おじいちゃんは今、仏様になるための特訓をしているんだよ。49日がんばって、閻魔さまが『合格』っていえば、仏様になれるの。だから、英ちゃんも応援してあげて」
 ぼくは、おじいちゃんに仏様になってほしかったので、手を合わせて「おじいちゃん、がんばって」と何度も心の中で繰り返した。
 向かいのおばあちゃんが亡くなったのは、12月のはじめ。じゃあ、今は特訓の真っ最中かな。どんな特訓なのかぁ。きついのかなぁ。休憩させてもらえるのかなぁ。閻魔さまに怒られたりするのかなぁ。天国では、ぼくのおじいちゃんが待ってるのかなぁ。そもそも、この話って本当なのかなぁ。テレビで見たこともないし。考えるだけで、こわくなってきた。
 おばあちゃんのおうちの前を通る。玄関もポストも、今までと何も変わらない。けど、おばあちゃんがもういないと聞いてから、何かが変わったように見える。
 おうちの中には、おばあちゃんの顔の写真、あるのかな。笑ってるのかな、普通の顔かな。おばあちゃんは、話しかけてくれる時、いつも笑っていたから、笑っている写真だったらいいな。
 仏様になれるように、特訓がんばってね。ぼくも、もっと上手に縄跳びできるようにがんばるから。見ててね、向かいのおばあちゃん。

向かいのおばあちゃん

向かいのおばあちゃん

向かいのおばあちゃんが亡くなりました。お上品なおばあちゃんでした。

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2012-01-09

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