部屋
問題になる幼児虐待・DVについて、原因は閉鎖された部屋の中での出来事がほとんどではないだろうか。
密室でのエスカレートする誰にでも起こりうる行動を書いてみました。
ありきたりではありますが、重いテーマです。
部屋
部屋
パートからの帰り道、圭子は中古の赤い軽自動車を、スーパーの駐車場に停めた。今日はパート先の文具店で、売上の清算が最後に合わず帰りが30分遅くなった。娘の晶菜は、今年5歳。保育園に預け、帰りに寄って迎えに行く。焦って駐車場に車をバックさせたため、タイヤを車止めに乗り上げた。
保育園の時間もあるので、そのまま急いで必要なものを買いに走った。道順が保育園までの通り道であるため、できるだけ買い物を済ませて迎えに行きたかった。
車に乗り込み、駐車場を出ようとハンドルを左にきり走り出そうとしたとたん、ハンドルが踊った。
え、何。と車から降りてみると、車の前の左側のタイヤがパンクしていた。去年離婚して、この車を買い初めての事だった。まいったな。と思ったが、ミニバンタイプの後部を開け、工具を探した。
後方で、ガオン、ガオンと改造した車のマフラーの音がして駐車場に停った。
「どうしたの?」と若い男が、車の荷物を降ろして、スペアタイヤを探して車の下をのぞき込んでいる圭子に訊いた。
圭子は、5歳の子供が居るようには見なく、顔つきは作り全体が、チマチマとした日本風の顔をして、体つきは多少小太りではあるが、小柄で可愛らしい。結婚前の女の娘といった感じだ。
男は今風の腰パンで、髪を染め、顔は彫りが深く小麦色に日焼けしていた。まだ幼さが残るやんちゃな顔をしていた。圭子は、
「あ。うんパンク」
「前のタイヤかぁ。俺直そうか?」
「いや、悪いし」
じっと圭子を見つめていた男は、
「あれ、あの水海道のバイパスの文房具屋に勤めてません?」
と、訊いてきた。
「え、そうだけど・・・」
「俺よー。いつも配達でいぐべよ」
「あ、あの宅急便の・・・」
「そうそう。今日は休みなんだけどよ」
「全然わかんなかった」
「俺わかったよど。いつも可愛いって思ってたし。村田さんだっぺ」
「嘘だー」と圭子は大げさに手を振った。
「ホントだって。俺やってやるよ」
そう言うと、男は他人の車なのに、勝手知ったる風で、工具を取り出し、ジャッキアップを行い、スペアタイヤにものの5分もかからずに交換した。
「あの、ありがとね」と圭子は、男の顔を見つめた。男はちょっと照れたように、
「飯でも食わね?」と誘った。
「え。ダメなんだ。娘迎えにいかないと」
「結婚してんの!」と男はおどけたように、驚いた。
「いや、バツイチ」と圭子は両手の人差し指でバツ印を作った。
「俺と一緒だ」
「えー、あんたも」
「子供は向こうが育ててる」
「へー。あ、もう行かなきゃ。そうだ、ねー名前は?」
「俺。向井宏一」
「コーイチか。ね、いくつ?」
「21」
「あたしより年下だ。あたしはね圭子」
「いくつだよ」
「23。じゃ今度お礼するね」
「いいよ。今度ご飯食べに行くべよ」
「うん。分かった」
圭子は、ウキウキと車に乗り込んだ。窓を開けて手を振ると、まだ宏一は立って、笑顔で手を振っていた。
保育園は、もう電気が薄暗くなっており、また娘の晶菜が一人で待っているのかと思うと、心が傷んだ。2階に駆け上がり、保母さんに頭を下げて、晶菜の手を掴んだ。20分の遅れであった。
晶菜をチャイルドシートに乗せ、タイヤがパンクしたことを晶菜に話した。晶菜は、「お腹空いたー」と返事を返した。圭子は笑いながら「何が食べたい」と訊くと「ハンバーグ」と大きな声が聞こえた。
アパートの駐車場に車を停め、買い物袋を下げて圭子は、大家の大きな犬と遊んでいる晶菜を呼んだ。
帰りが遅くなったので、出来合いのエビフライとコロッケで夕飯を済ませ、一息ついていると圭子は今日の向井宏一ことを、思い出していた。晶菜は歌番組を見ながら、お尻を振って踊っている。晶菜は振り返って、
「ママ、今日一緒にお風呂入ろうね」
「ハイハイ」と答えると、
「返事は1回でしょママ」といつも圭子に言われているセリフを言った。
一日置いて、宏一が文具店が文してあった商品を持って、配達に来た。たまたま倉庫にいた圭子が
「この間は、ありがとう」と走り寄った。
「な、制服着ていつも来てたっぺ」
と宏一は得意そうに言った。
「ホントだね」と荷物の受け取りにサインしながら、圭子は顔を赤らめた。
「なあ、ご飯行くべよ」と宏一は駄々っ子のように訊いた。
「うーん。じゃあ、水曜日なら休みだけど」
「じゃあ、水曜日に休みとってみる。じゃあ電話番号教えてよ」と地団駄を踏みながらせがんだ。
「分かったわよ」と、圭子はにかみながら、電話番号を交換した。
その夜圭子は、終始上機嫌だった。
「ママどうしたの」
と晶菜に勘ぐられるくらいはしゃいでいた。
「今日は、ママと一緒にお風呂入ろうね」と笑顔で答え、
「アキー、今度のママのお休み、ママ用事あるからおばあちゃんのところに行っててくれる」
「いいよ。おばあちゃんにまた、お蕎麦作ってもらおう。おばあちゃん作ってくれるかな」
「作ってくれるよ。おばあちゃん晶菜のこと大好きだもん」
晶菜は、圭子の母の作るおそばが大好きで行くと、おねだりして作ってもらっている。
「お蕎麦はね、大変なんだよ」
「いつも、晶菜もお手伝いしてるもん」
「うん。偉いなアキは」
朝早くから、晶菜に持たせるおやつと、水筒を用意して、茨城県の水海道から、車で20分程度の石下町に圭子の実家がある。圭子の母、頼子は夫の茂を脳卒中で亡くし、長男は大学卒業後千葉県の柏市内に建売住宅を買い、都内に勤めている。
「さあさあアキちゃん行くど。おばあちゃんまってっと」
「分かったー」
晶菜は眠そうに、おもちゃを入れたリュックを背負った。チャイルドシートに座って、水筒を胸に抱いて目をしょぼしょぼさせていたが、そのうち眠ってしまった。
石下に着くと、大きくはないがもともと農家で、田んぼは人に貸し、畑だけはまだまだ母の頼子が一人で元気に野菜を作っている。
庭とも呼べない、家の前の広場の片隅の納屋の前で、母の頼子は低い椅子を出して、道具の手入れをしていた。
車を玄関の傍につけ、晶菜を起こし、チャイルドシートを外してやっていると、頼子は晶菜に「アキちゃん来たか」と笑顔で迎えた。
晶菜は目をこすりながら、「おばあちゃん」
とすり寄って、手をつないだ。
圭子は、晶菜のリュックと水筒を頼子に手渡すと、「よろしくね」と車に乗り込んだ。
「バイバーイ」
「バイバーイ」と圭子は、車の窓を開けて手を振った。
「何時ごろ帰るんだ」頼子は覗き込むように圭子に訊いた。
「多分7時頃。ご飯食べておいてね」
「わかった。気をつけてな」
また、バイバイをし直して、圭子は宏一との待ち合わせ場所のファミリーレストランに急いだ。今日は、筑波学園都市まで映画を観に行く約束をしていた。
ファミリーレストランの駐車場に、圭子の軽自動車を停めて宏一の車で、約1時間かけて映画を観に初めてのデートの予定である。
歳は若いが、二人とも結婚歴があり、圭子も人並み以上に男と付き合ってはいたが、久しぶりのワクワク感からか、離婚して久しぶりに子育てから解放された解放感からか圭子は浮き浮きしていた。
車を待ち合わせのファミリーレストランの駐車場に入れると、約束の時間は11時だったが圭子は10時40分に着いた。駐車場を見渡したが、まだ宏一の改造車は来ていなかった。圭子は、1分おきに時計を見て、車が入って来るたびに駐車場の出入り口を見ていた。結局宏一は11時を5分遅れて入って来た。圭子の車の前に勢いよく車を停めると、すぐに車から降りてきて言い訳した。
「ごめん。ちょっと出がけにダチ来て遅くなちった。待った」
「あ、大丈夫。ちょっとだけ」
圭子は車のロックを確かめ、宏一が開けてくれた車の助手席に乗り込んだ。
車は、古いタイプのセルシオで、車高が落としてあり、マフラーも改造してありこもったような低い音がする。
車は大きい車らしく、年式は古いが乗り心地は良かった。圭子の車より楽であったが、宏一の運転は、前に遅い車がいると、「何トロトロ走ってんだよ」と口汚く罵り、後ろから遅い車を煽った。圭子は口汚く罵る宏一に少しひいたが、車に乗ると人が変わるタイプは多いので、納得することにした。
車での会話は、久しぶりに若い者同士で盛り上がった。聞いている音楽も圭子に合ったものであり、圭子は大笑いして楽しいひと時だった。
映画も大ヒットした続編を観て、学園都市のお洒落なイタリアンレストランで食事をしている時も映画の話で盛り上がった。楽しい時間は、あっという間に過ぎて行った。
「筑波山でも行く?」
と宏一は、帰りの字車の中で時間を気にする圭子の気も知らずに誘った。圭子はすまなそうに手を合わせて
「あ、ごめーん。本当は7時に帰るって言っちゃったから、もう帰んなきゃ」
「えー。もうかよ」と鼻に皺お寄せてがっかりしたような顔をした。
「ごめんね。娘を迎えにいかないと。実家の母親に預けてあるから、今日は早く帰んなきゃ」
「なんだよ。つまんねえなあ」
ビッビーとクラクションを鳴らし、前の車にパッシングした。前の車が左に寄ると、抜き去るかと思ったら、幅寄せして「バカヤロー!死ねコラッ」と罵声を浴びせ、前に出ると遅い車に急ブレーキを何度も繰り返した。
「ちょっと、やめてよ。危ないよ」
圭子は怖くなって、黙ってしまいそれかの帰り道ちょっと気まずくなった。ファミリーレストランの駐車場に着いて、宏一は困ったような顔をして「また会ってくれる」と訊いた。
「うん。また今度ね」
「今度、飲みにいかね。酒飲めんだべ」
「うん。少しだけど」
「また連絡する」
「わかった。じゃありがとね。今日は」
「じゃあ」と言いながら宏一は、圭子の手首を握って圭子を引き寄せた。
「ちょっと」
圭子は、手を引いたが強引にキスされた。
「ごめん・・・」
宏一は下を向いて、叱られた子供の様な顔をしてゆっくりと握った手を離した。
「いいよ」圭子は逆に宏一の手を軽く握った。
「じゃあね」
軽く手を振って、圭子は車から降りた。車に乗ると母親の頼子に電話して様子を訊いた。晶菜はテレビに夢中だと教えてくれた。
しばらく宏一から連絡はなかった。晶菜が熱を出したりして、それどころではなかったのだが。1週間くらいたった日の夜、宏一から電話があった。
夜どうしても会いたいとのことで、圭子は晶菜の寝た後、夜の10時頃近くのファミレスで会うことにした。
宏一は、会うなり上機嫌で仕事が忙しかったこと。今の所長には認められ、ウマが合うこと。残業が多く給料がいいこと。などを一人で喋った。
「ずっと会いたかったんだけど、仕事が忙しくてなかなか電話できなかったんだよ」
「へー。大変だね。あたしも娘が熱出したりして連絡できなかった」
あの後、宏一の車で激怒して少し会うのを控えようかと思ったことは無かったわけではない。
「そうなんだ。もう大丈夫?」
「うん。もう平気」
「じゃあ、今日飲みに行くべか」
「飲みは無理だよ。晶菜部屋で一人で寝てるし」
「いつならいいんだよ。飲みに行きてえなあ」
「わかった。じゃ今度、お休みの前にでも晶菜預けて行こっか」
「ほんとに。わかった。絶対な」
無邪気な宏一を見てると、圭子は自然と心がなごみ微笑んでいた>
宏一に送ってもらい、アパートの近くに車を停め、車の中で午前1時くらいまで高校の頃の話で盛り上がってしまった。車を降りしなに今度は、当然のようにキスをした。
次の週の火曜日。圭子は、明日の水曜日は定休日なので宏一との約束通り、晶菜を実家に預け、学園都市まで宏一の車で飲みに行った。
若者たちで賑わう居酒屋で、二人は飲んだ。圭子はウーロンハイを3杯。宏一はレモンハイを圭子が「車だからもうやめな」。と止めるほど飲んだ。宏一は酒を飲んでも、顔は赤くならず、どちらかというと顔は蒼くなる方であった。普段の軽い調子から、酔うと少し暗くなるようであった。
宏一は、酒を飲んだにもかかわらず、平気で車を運転して帰った。運転しながら、圭子を引き寄せて、甘えるように抱いた。
「な。俺と付き合えよ。ずっと好きだったんだど。な」
「うーん」
宏一は、圭子をホテルに誘っていた。圭子の太腿に置いた手を握り、握って手を振りながら、駄々っ子のように「好きだ。行こうよ」
を繰り返した。
結局その夜、圭子は身体を許した。若い宏一の愛撫は、自分勝手で激しいものだったが、夫と離婚して2年振りの肌のぬくもりは、精神的に心地よく、宏一が眠るまで2度求められた。
それから、身体の付き合いを積み重ね、1ヶ月後に圭子の部屋に転がり込んだ。
あるとき、晶菜を圭子の母に預け、学園都市まで買い物に出かけた。帰りに食事をして帰る途中。黒い古い軽自動車が、2車線のバイパスの追い越し車線を、トラックと並走してゆっくりと走っていて追い抜けなかった。宏一は例によっていらいらし出した。最初は後ろにぴったりついて、左右に車を蛇行させて、煽る程度だったが、パッシング。クラクションとエスカレートしていった。
前の軽自動車が、いきなり急ブレーキで止まった。宏一は後ろにいっぱいについていたので、斜めになってやっと止まった。軽自動車がゆっくり走っていたため、後続車がかなり沢山ついていたから、何事が起ったのか、クラクションが聞こえた。圭子は追突ギリギリでやっと止まった瞬間に、心臓が喉から飛び出るほどドキドキしていた。
黒の軽自動車の、運転席のドアが開き凶悪そうな坊主の男が、降りてきて宏一の車のドアを開け宏一を引き摺り降ろした。
「おう、こらてめーは何後ろから煽ってんだ。バカヤロー。ふざけんなよ、てめこのやろ」
宏一は、蒼い顔で「うるせー。トロトロ走ってっからだっぺ」と反論したが、路肩に引き摺られて、凶悪そうな男に、ひざ蹴りで腹を蹴られた。蹲ったところ髪の毛を掴まれて、上に引き立たされた途中に顔面にパンチをくらった。腹の蹴りで動けない上に、顔面から鼻血を出して宏一はのたうちまわった。圭子は、一瞬にして終ってしまった喧嘩に茫然としていたが、凶悪な顔の男の
「気をつけろ。バカヤロー」
の捨て台詞の声で、我に返って宏一に抱きついた。
「大丈夫。ねえ。大丈夫」
「痛え。痛えよ」と宏一は圭子の腰に抱きついた。
「何なんだよ、あいつは」
宏一は、自分の行為は棚に上げ、罵った。
「しょうがないよ。宏一も悪いんだから」
「トロトロ走ってるあいつが悪いんだろうが。うるせえな、この女は」
いつの間にか、後ろの車はいなくなっていた。結局圭子の運転でアパートに帰り、腫れかかった顔を冷やした。宏一は機嫌が戻らず、ふてくされていた。今日は晶菜を母のところに泊めることにした。母には宏一と一緒に暮らしていることは報告してある。
「あ、お母さん。今日晶菜泊めてくれる。明日の朝迎えに行くから」
「うん。いやちょっと、うん明日説明するから。うん。じゃあ」
母親を納得させ、
「宏一に何か飲む?」と訊いた。
「口から血出てんのに、飲めねえべ。考えろよ。馬鹿」
「なによ、あたしに当たらないでよ」
圭子は、宏一が自分で播いた種であると、口喧嘩になった。宏一は急に黙り込んで、のっそりと立ち上がると、無言で圭子に近寄り、いきなり平手打ちをかました。圭子は椅子に倒れ掛かったところを、腹部を蹴りあげられた。蹲って息も出来ないほどに、吐いているところ上から何度も何度も殴られ、気を失った。気がつくと、宏一は泣きながら
「ごめん。ごめん」
と、泣きながら圭子を、裸にして愛撫をしていた。圭子も血だらけの顔で、宏一にしがみついた。
次の日、圭子は晶菜を一日、圭子の母に預けた。顔が腫れ、唇が紫色になっていた。その為、説明するのに面倒だったため、電話で無理やり預けた。保育園はお休みした。
仕事は、パートなので休むわけの行かず、文具店に出勤した。主任の秋山早苗が、マスクをして眼鏡をかけ手も、痣や腫れが残っている圭子に
「どうしたの村田さん…。何があったの?」
と顔を覗き込み、心配顔で訊いた。
「何でもないんです。ちょっと転んじゃって」
「ちょっと転んだくらいで、そんなになる」
「・・・」
圭子の顔に手を当てて、腫れた目のまわりを撫でながら、詮索するようにな目をした。
圭子は、秋山早苗の手を振り払うようにし
「なんでもないんです。本当に」
「でも・・・。その顔じゃ今日はお店は無理ね。在庫の確認と、帳簿づけにまわって頂戴」
「はい。すいません」
圭子はほっとしたような顔をした。
「でも、村田さん。困ったことがあったら何でも言ってね」
性格は、おとなしめではあるが、面倒見がいい秋山早苗は、心配そうな顔をして売り場に向かった。
それから、1年後に圭子と宏一の息子が誕生した。宏一はたまにキレることはあっても、圭子に酷い暴力を振るうこともなく、晶菜と遊んだり、面倒をみるということはなかったが、生活は穏やかに過ぎて行った。
子供が生まれたことで、圭子と宏一は籍を入れて、正式に夫婦になった。子供は英人と名付けられた。3800㌘の健康であった。
圭子は、パートを3カ月休めた。宏一は、勤め先の宅配業の所長に可愛がられ、機嫌良く仕事に行っていた。たまに、圭子に仕事で褒められた話をした。そういうときの宏一は子供の様に得意げであった。
宏一が変わったのは、慕っていた宏一の勤める宅配会社の所長が、転勤で変わり、新しい所長と宏一は、反りが合わなかった。もともと宏一は、高校卒業後仕事が長続きせず、スーパーや建設業を転々としていた。
息子の英人も2歳半になり、可愛い盛りであった。宏一は、所長が変わってから酒を飲んで帰り、圭子に当たることが多くなった。以前、学園都市からの帰り道、他の車と宏一が喧嘩になった後の様に、酷く殴られたりしてはいないが、最近また蹴られたり、大きな声で脅されたり、最近は宏一に口答えもしなくなっていた。
所長が変わり、3か月もすると宏一は」、仕事をしょっちゅう休むようになった。圭子が仕事から帰って来ると、また今日も仕事を休んでいた。3日連続である。
「今日も休んだの?」
「ああ、もう辞めた」
「辞めたって。次決めたの?」
圭子は、刺激しないように訊いたつもりだったが、黙って宏一はゆっくり立ち上がり
「うるせえんだよ。てめえは」
言い終わるかいなや、いきなり宏一は圭子の顎を殴った。圭子は後ろに吹っ飛び、冷蔵庫に背中を打ちつけて倒れた。そのまま圭子は上から続けざまに蹴られた。髪を持って立たされ、腹を蹴られ蹲りそうになると顔を殴られた。
「何なんだよ。テメーはよ」バシッ
「俺が何しようと、オメーが俺に指図するな」バシッ。と殴られた。気をつけをさせられ、殴られるときに圭子が顔の前に手を持ってくると、
「俺の話を聞くときは、直立不動で聞け」
ガンッ。と膝を蹴った。蹲る圭子の髪を掴み、顔を平手打ちし
「直立不動だって言っただろうが」
と怒鳴った。アルコールの強い匂いがした。
その日、宏一は酒を飲みながら圭子を夜中まで立たせたまま嬲った。そして、必ず返事を「はい」と言わせた。子供たちは泣き喚く英人を7歳になった晶菜がなだめ、二人とも食事もとらず寝かしつけた。圭子は、宏一が酔って眠った後倒れ伏した。
宏一は、毎日のように圭子を嬲るようになった。食事はインスタントが多くなり、部屋の中はゴミだらけになっていった。
宏一は、圭子を直立不動にさせ、顔に平手打ちをしながら「口答えをするな」「なんだその目は」と理不尽な暴力を繰り返した。
久し振りに圭子は、カレーを作った。子供たちは宏一を避けるように、奥の部屋で食べていた。食卓で宏一と二人で食べてい途中、宏一は何が気に食わないのか、急にカレーをひっくり返し、圭子をいきなり殴った。
「なんだこのカレーはよっ」
立ち上り、倒れた圭子が鼻血を出したのを見て、ティッシュを投げつけた。
「きたねえな。おめ」
と捨て台詞を投げ、部屋を出て行った。
それから宏一は、英人に対して嬲るような虐めをするようになった。圭子が仕事に行って、英人と二人でいると、英人をサッカーボールにして英人を蹴った。ドリブルをしたり
「シュートしたら突っ込め、馬鹿」
英人が泣き叫ぶと、うるさいと言って殴った。
そして、「邪魔だ」「どけっ」「死ねっ」と、言葉でのいじめが始まった。
宏一は、子供の頃おばあちゃん子で育った。聞こえはいいが、母親がネグレストで児童福祉施設からの要請で、祖母に預けられた。
だが、祖母は自分の子供も宏一のことも食事の世話や、身の回りの世話は、完璧なほどによく見るが、トイレや食事の時の粗相は許さず、1時間正座させたり怒る言葉も、「汚い」「臭い」「死ね」と罵られ育てられた。
中学を卒業して、自動車工場に就職し、寮に入った時祖母から解放された。しかし、1年足らずで自動車工場を辞め、建設会社に勤めたとき前の妻である浩美と結婚した。
結婚して1年くらいで、宏一は浩美に暴力を振るうようになった。子供ができ、妊娠6カ月のときに飲んで帰った宏一が、浩美に暴力を振るい入院するという事件があり、宏一は浩美の父親に半殺しの目にあい、離婚した。
その時に建設会社を辞め、ガソリンスタンドでバイトをした。それから宅配会社に就職し、圭子と知り合った。
英とは、宏一に嬲られた後、ぐずぐずと泣いた。「うるせえ」と宏一は、また殴るうちに英人はあまり泣かなくなり、顔つきは無表情に変わっていった。
英人を躾と称するいじめの無い時は、宏一は英人を晶菜の勉強机の下にいるように命じた。そこが英人の居場所というより、英人はそこにしか居ることができなかった。
宏一は、英人の目つき、態度、返事について必ず「躾」という言葉を使って圭子の躾がなってないと、圭子を責めた。
虐待はエスカレートし、洗濯機に入れてスイッチを入れたり、風呂場で熱湯のシャワーを浴びせたり、掃除機で吸ったりと、そのたびに動くなという命令をしたりして、動くなと言ったのに動いたと、理不尽な暴力を繰り返した。
いわれのない暴力と、ルールを課せられても、4歳の子供には理解できるはずもなく、部屋の中では庇う大人もいなかった。
宏一は、自分は仕事もせず部屋にいることが多くなり、昼間から酒を飲むようになった。
食事は、宏一の起きている間は英人に食べさせなくなった。英人の食事は、圭子が宏一が寝てから密かに食べさせていた。食事中、英人を立たせ空腹の英人に見せつけるように食べるのが好きだった。立っている間も微動だにすることを許さず、動くと折檻を繰り返した。
虐待が始まって、1年半もたつと宏一は、英人に煙草の煙を吹きつけ、煙たそうな顔をすると、その嫌そうな顔が気に入らないと、煙草の火を押し付けるようになった。それがエスカレートしていき、宏一は煙草を吸いだすと「おい、灰皿出て来い」と、英人を机の下から呼び出し、裸にして煙草の火を押し付けた。英人はもうこの頃には、泣かず。ただ痛みに耐えるだけであった。あまりにしつこい宏一の行為に、「熱いっ」と口走ったことがあった。
その「熱い」に、宏一は激怒し
「何が熱いだ。コノヤロー、親に向かって」
と風呂に引き摺って行って、風呂桶の中に叩き込んでそのまま水を溜め、水風呂に2時間も浸けたことがあった。
冬になると、裸でベランダに出し寒くて震えていると、風呂場に立たせ高温のシャワーを浴びせるのも宏一のお気に入りだった。
圭子が部屋にいる時も、さまざまな虐めが行われたが、圭子は台所の片隅にじっとしているだけであった。
宏一は、子供たちが起きている間も、酔って圭子を押し倒すことがあった。晶菜は、行為が始まると布団の中でじっと耳を塞いでいた。
晶菜が学校から帰ると、宏一はおらず英人が机の下で、手で人形遊びをしていた。英人を呼び出して、学校での給食のパンを英人に食べさせていた。そこへ、パチンコから宏一が帰って来た。
「何やってんだよ。え、勝手によ」
晶菜は震えながら「ごめんなさい」と繰り返した。英人は、無表情のままパンを握りしめ真っ直ぐ前を見ていた。
宏一は晶菜の肩を掴んで立ち上らせ、
「何勝手なことやってんだって訊いてんだよ。お前もヤキ入れたやっか。こら」
と床に転がした。スカートが捲れ上がるのを見て、宏一は晶菜の上に覆い被さった。晶菜は何が起こったのか分からずに、じっとしていたが服を脱がされ、宏一のモノが晶菜の小さい身体に中に無理やり挿入されると、痛みで気が狂いそうになり大声をあげ、暴れた。叩かれ抑えつけられて宏一が果てたとき、晶菜は気を失っていた。
その日から、まだ陰毛も生えそろわない晶菜を宏一は、毎晩のように性的虐待を繰り返すようになった。
部屋の中は、ゴミだらけになっても掃除する者もおらず、宏一の暴力はエスカレートするばかりで、誰も介入することのできない宏一のための空間であった。
正月も終わって、寒い日の夜。宏一はたまに行くパチンコで負け、苛々しながら帰って来た。家で食事をしているとき、英人を呼びつけパンツ1枚の姿にさせ食卓の前に立たせた。食卓には圭子が買ってきた天婦羅があったが、宏一は刺身が食いたいと圭子を買いに行かせた。
英人を前に立たせ、ビールを飲みながらテレビを見ていると、急に腹の調子が悪くなりトイレに入った。
英人は昨日から、ほとんど食べてなく、大好物の天婦羅を見てお腹が痛むほど空いていた。宏一がなかなか戻って来ないのでついカボチャの天婦羅を食べてしまった。宏一が戻って来た時にはもう食べ終わっていたが、口のまわりに油が付いており、英人はそわそわしていた。
宏一は席に戻って、ビールを飲み始めたが、英人の様子をなんか変だと思い、じっと見た。英人の口の周りは光っており目を反らした。
「お前、口開けろ」
宏一は、黙って下を向いている英人の口を手でわし掴みにして、英人の口を無理やり開かせた。
「テメー、俺に黙ってなにか食いやがったな。手見してみろ。こら」
宏一は、低い声で睨みつけた。英人の手はカボチャの天婦羅の油で濡れていた。
「このガキャ、父親を舐めてんのか。誰が食っていいと言った」
宏一は、英人の頭部を繰り返し殴った。
「どういう躾されてんだ、このくそガキ」
宏一は、英人の髪を掴み蹴りあげた。蹴られた勢いで後ろの壁に頭を打ち付けた。宏一は顔から血を出している英人を引き摺って、風呂桶に叩き込んで水を出した。水を出しっ放しにし
「しばらくその中に入ってろ、バカ」
英人は2月の寒空に、水の中に浸けられた。
宏一は食卓に戻ってビールを飲み始めたところに、圭子が帰ってきて刺身を机の上に並べた。風呂から水の音が聞こえていたが、もう圭子は子に部屋では、何かが起こっても黙っている癖がついているので、そのまま自分の居場所に戻った。
宏一はテレビのお笑い番組を見ながら、刺身でビールを飲み大きな欠伸をして、長いゲップをした。思い出したように、風呂場に行って水の中に浸かっている英人を引き摺りだした。英人は唇が紫色になってがたがたと震えていた。そのまま居間に入るドアノブに英人の手を縛りつけた。英人のあばらが浮き出て痛々しかった。
「このガキは、勝手な真似しやがって、この紐ほどくなよ。圭子、お前どういう躾してんだ」
黙って下を向いている圭子を7睨みつけ、宏一は敷きっぱなしの蒲団にもぐって寝てしまった。
圭子が朝起きると、英人はぐったりとして、縛られた手にも力が入っていなかった。一旦、トイレに行ってから不安になり、英人の顔を触ってみると冷たかった。
圭子は、あわてて英人の手をほどき、英人を寝かせつけると、英人の頬を叩いて英人の名を呼んだ。しかし、英人は2度と答えることはなかった。宏一は物音に、不機嫌そうに起きてきた。
「何だよ、うるせえな」
「英人が息してないのよ」
冷やかな顔をして、宏一は圭子を見下ろして抑揚のない声で
「病院に連れて行けよ。生き返るかもしんねえべ」
「・・・」
「病院に行ってなんか聞かれたら、躾でおめえがやったと言えよな。おれの名前だしたらぶっ殺すからな」
英人に服を着せ、圭子は病院に行った。病院では、救急で診察室に入ったが、死因の特定だけで治療されることはなかった。
当然、英人の死には不審な点が多く、病院から警察に通報され、圭子は事情聴取で身柄を拘束された。警察は虐待と断定した。
圭子は、しばらくは宏一から受けたDVによるものか、マインドコントロールされているように『私がやりました』と繰り返していたが、取り調べが進むにつれ宏一が虐待をしていたことが判明してくると、圭子は事実を警察に話し始めた。
宏一が逮捕され、晶菜に対する性的虐待も明らかになった。弁護士との協議で離婚も成立した。
晶菜は、圭子の祖母に預けられ、メンタルケアを受けながら学校にも通えるようになった。
宏一は精神鑑定を受け、正常と診断され刑が確定した。宏一に弁護士以外の面会があったのは、刑が確定した後だった。宏一の祖母が面会に訪れ、2度と会いたくない旨を一方的に告げ帰って行った。
部屋
どうでしたか?