永遠(とわ)の眠り
死を控えた主人公が不思議な体験をする話です。
よろしくお願いします。
森にひっそりと佇む教会。
周辺は雑草が伸び放題で、人々に忘れられた場所。
カサカサ
雑草の中を歩いてくる1人の女性がいる。
白い膝下のノースリープワンピース、透き通る程の白い肌。
漆黒の瞳。漆黒の髪が背中を覆い、白いヒールを履く。
ギ―――ッ
軋む音。何年も開ける事のなかった扉を開ける。
重い。両手で前に押す。
左右に長椅子が整然と並び、中心には赤絨毯が敷かれている。
埃まみれで掃除されていない。
シスターも神父もいない。
女性、ただ一人。
目の前には、華麗なステンドグラスが存在感を示している。
白き光が天へと昇る様が描かれている。
ステンドグラスの側で膝を付く。
両手の指を絡ませ、目を閉じ、祈りを捧ぐ。
私は牧瀬亜莉主(まきせありす)。19歳。
末期のガン患者。全身にガン細胞が転移している。
主治医に余命3日と宣告を受けた。
驚く事もなく、静かに受け止める事が出来た。
何か言おうとした主治医を遮り、延命治療を放棄した。
幼き頃、小児ガンを発症し、今日(こんにち)まで、転移→再発の繰り返し。
心身共に疲れ果ててしまったのだ。
今日がその3日目。
幼き日、病気が発症する前に訪れた思い出の場所に。
今、私はいる。
目を開ける。
神に祈りを捧げていたのではない。
残された時間を有意義に過ごしたいと願っただけ。
立ち上がり、もう一度、ステンドグラスを見る。
踵を返し、外へと向かう。
もう振り返る事はない。
外へ出た私は、迷わず、教会の後ろへ向かう。
記憶が確かならば、花畑が広がっていたはず。
枯れてないといいな。願いを込める。
雑草を掻き分けながら、自然と早足になる。
辿り着くと、目を見張る光景が広がる。一面の花畑。
枯れてなどいなかった。
思い出と変わらない。
嬉しくて、笑みが零(こぼ)れる。
花を散らさぬよう、慎重に歩き、花畑の中心へ。
ゆっくりと深呼吸する。二度三度と繰り返す。
落ち着く。雲1つない青空。
ここだけ時間が止まってるみたい。
花を踏まぬよう、横座りをする。
何もかも忘れてしまいそうな居心地の良さがある。
花の匂いが辺り一帯を覆う。
不思議な気持ちになる。
すると、花の上を光り輝く珠(たま)が飛ぶ。
太陽光が反射してるかと思ったが、にしては、範囲が狭すぎる。
見つめていると、徐々にはっきり見えてくる。
人の人差し指サイズの身体。金髪碧眼。
申し訳程度の白き布を見に纏う。
背に蝶のような桜色の羽が4枚ある。
太陽光を受け、なお一層、煌めく羽。
妖精?
悲しい笑みを浮かべる。
迫っている証拠かな。
本来見えないはずの者が見える。
妖精?が私の方を向き、目が合う。
何の音も聞こえない。時間(とき)が止まった。
妖精?は私に見つかった事を気にするまでもなく、問いかける。
「あなたはだれ?」
「私は亜莉主」
「私、スイートピーの妖精」
やはり、妖精だ。見えたのは嬉しいな。
「オーラが見えない人は初めて」
無邪気に答える妖精さん。私にはもう時間(とき)がないという事か。
妖精が見えただけで満足かな。もう何も望まない。
感謝を伝える。
「妖精さん、ありがとう」
更に笑顔になる妖精さん。その場でくるくると回る。
「もっといい物見せてあげる」
そのまま上昇していく。太陽目指して。
太陽光の反射で見えなくなる。眩しい。
それとも、私の目に映らなくなったのか。分からない。
しばらくした後。
陽が傾き、夕闇に染まる。
数10メートル上空から薄紫色の円形状の波紋が現れる。
花畑一帯を覆っているようだ。
花畑が光り輝き、色とりどりの四季の花が一斉に咲く。
スイートピー、ひまわり、コスモス、スノードロップ・・・などなど。
言葉が出ない。
感情が溢れ出す。
涙が頬をつたう。幾度も幾度も。
「なぜ、泣いているの?」
いつのまにか妖精さんが戻ってきていた。
可愛らしく左に首をかしげる。
右手で頬に触れる。
初めて気付く。自分が泣いている事に。
お礼を言いたいのに、涙が止めどなく流れ落ち、言えない。
全身の力が抜け、その場に倒れ込む。
残り時間(じかん)はほんの僅か。
いきなり倒れた私を心配して、妖精さん、私の周辺を飛び回る。
目が霞んでくる。
言葉が出ない代わりに精一杯の笑顔で答える。
ありがとう
最後に最高の贈り物をくれて
静かに目を閉じる。
四季の花が一斉に散る。
スイートピーの花言葉―――――「旅立ち」。
永遠(とわ)の眠り
読んで頂き有り難うございました。
如何だったでしょうか。
亜莉主に心安らかな眠りを。