あたし君あした

あたし君あした

1人で缶ビール片手に夜の街を眺める。
人はいつか死ぬ。
必ず死ぬ。
その時までに自分がどう生きなにを残せるのか。
私の人生の目標はそこにある。
小皿に取り分けて持ってきた柿の種をぼりぼりと結美は食べる。
炭酸のぬけきったぬるいビールを一口飲む。
言いようのない後悔の念ばかりが胸に押し寄せるのは、
もう引き戻せないからだ。
さっき親友、玲の彼氏と寝た。
酔った勢いもあったと思うけれど、
私は冷静だった。
なにかを、大切ななにかを失うことを自分の中では了承の上で、
行為に及んだ。
結論から言うと悪くはなかった。
だけど憧れの対象が実像を持ってしまったこの、なんというか
がっかり感は否めない。
やるんじゃなかった。
煙草に火を点けながら結美はそう思う。
午前3時。
ベッドの中では果てた親友の彼氏がいびきをかいて眠っている。
どうせ死ぬんだったら好きなことをして死にたいという人もいて、
昨日は私もそれに倣ってみたんだけれど、
やってみたらやってみたで押し寄せてくるのは後悔ばかりだ。
玲を失ったら自動的に今いるグループから私は出ないといけない。
大学生活はあと3年。
早まった。
絶対に早まった。
でももう遅い。
人は口が堅い人もいればそうでない人もいる。
ケンは口は堅いとは思うけれど、
絶対に言わないという保証はどこにもない。
酒が入ればどうなるかわからないし、
私がいつ彼の導火線に火を点けてしまうのか、
わからないではないか。
柿の種をぼりぼりぼりと食べる。
なんでこんなことをしてしまったのか。
どうしてそうなってしまったのか。
「そう」なってから人は気づくものだと母に言われてきたのに、
どうしてこんな過ちを私は犯してしまったのだろう。
怖い。
1人になるのが怖い。
パーーーーン
どこかでクラクションの音が鳴る。
そんないつもの音にさえびくびくしている自分が情けない。
私はこんな人間ではなかったはずだ。
考えろ。
やってしまったことはもう取り返しはつかない。
これからいかにこのことを隠して玲と付き合っていくかを。
目を閉じる。
「中イキしたことなかったんだぁ。嬉しい」
ほんの数時間前の自分が殺したいほど幼い。
今はまだこのことは私とケンしか知らないけど、
これからの展開次第では私はあの大学で独りぼっちになってしまう。
怖い。
でも・・・もう引き返せない。
じゃあ最初からそんなことやらなきゃいいと言われそうだけど、
勉強も容姿も、なにをとっても玲に負けている自分にできることはこれだった。
この方法だった。
幼稚だと言われようが、あのグループで権力を握っている玲に、
一泡ふかせてやりたいといつも思っていた。
それがこんな夜になった。
どうしよう。
ビールを飲み干す。
空全体が青白くなってくる。
夜が明けたら私は学校へ行かないといけない。
いつもと同じ電車に乗って、バスに乗って、
キャンパスを歩いて、いつものグループに会って、
講義がかぶっていればその子たちと一緒に授業を受けて。
掲示板の前で待ち合わせをしてお昼ご飯を一緒に食べて、
明日は夕方からバイトが入っているからそこへ行って。
そして一人でこの部屋に帰って今ケンが寝ているベッドに横になる。
そうしたらまた空が青白くなってきて夜が明ける。
永久にこのサイクルが続くなんてことはないけれど、
少なくともあと何年かは同じことの繰り返し。
そういった繰り返しの中で私はこの秘密を隠し通せるだろうか。
目を閉じる。
後悔とこの先のこととで胸は不安なままこのままきっと夜は明ける。
こんな私の気持ちなんておかまいもしないで、
いつものように。



あたし君あした

あたし君あした

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-08-30

CC BY-NC-ND
原著作者の表示・非営利・改変禁止の条件で、作品の利用を許可します。

CC BY-NC-ND