愛しの都市伝説(4)
四 シンバルを叩くサル伝説
「知ってる?昔、おもちゃ屋があったよね」
「おもちゃ屋?ゲームセンターかなんか」
「違うよ。おもちゃ屋だよ。今時の、ゲームやトレーディングカードなんかを売ってるんじゃなく、プラモデルやリカちゃん人形やる人生ゲーム、サッカーゲームなんかを売っていたおもちゃ屋だよ」
「あっ、知ってる。昔、百貨店にもあったよね」
「セルロイドの怪獣や正義の味方のウルトラマンやウルトラセブンも売っていたよ」
「あたし、欲しかったんだ。この商店街に来ると、人ゴミをかき分けて、おもちゃ屋のおもちゃをじっと見ていた」
「そう、お母さんが、もう帰るわよ、というまでじっと見ていた」
「俺なんか、もう帰るって言っても、まだじっとしていたから、母さんが怒って、無理やり俺の手を引っ張る者だから、セルロイドの怪獣のように、俺の腕もはずれるんじゃないかと思ったよ」
「でも、本音を言えば、腕がはずれても、体だけが残って、じっとおもちゃを見ていたかったわ」
「言える。言える」
「スーパーマーケットから出てきた時、お母さんは両手にスーパーの袋、お父さんはティッシュペーパーとトイレットペーパーを持って、自由なあたしはおもちゃ屋の前に釘付けになったわ」
「そう、そう。あたしもそうだった」
「俺もそうだった」
「そこで、あたしを出迎えてくれるのが、招き猫じゃなく、シンバルを叩くチンパンジー」
「いたいた。時々、歯を剥いて、キーキーと騒いだっけ」
「バナナが欲しかったのかしら」
「おもちゃだろ。バナナなんか食べられないよ」
「遊んでもらいたかったのよ」
「遊びたかったのは、こっちだよ」
「懐かしいね」
「懐かしいよ」
「今は、あのスーパーも、おもちゃ屋さんも閉まっているわ」
「あのチンパンジー、どこに行ったのかしら」
「もう、シンバルを叩く音は聞こえないね」
「チンパンジーの鳴き声も」
「あの当時、夜中に、おもちゃ屋の前でチンパンジーが現れるという噂を聞いたことがない?」
「ある。ある」
「俺。一度だけど、夜中に、おもちゃ屋に行ったことがあるんだ」
「で、どうだった」
「いたよ。いた、いた」
「本当に、いたの?」
「シャッターの前で、チンパンジーがシンバルを叩いていたよ」
「何かの見間違いじゃないの?」
「いいや、この二つの目で、確かに見たよ」
「噂は本当だったんだ」
「俺たちの願望が形となったわけだよ」
「そうか。夢が叶ったんだ」
「でも、大人になったら、なりたいという夢は叶った?」
「叶わないね。平凡な日常が過ぎていくだけだよ」
「あたしもおんなじ。結婚して、子どもが生まれて、今では孫がいるわ」
「へえ、まだ、若いのに、孫がいるのか」
「若くはないわ。同級生じゃないの。同じ年齢よ」
「店が閉まってからは、チンパンジーが現れて、シンバルンを叩くという噂話を聞いたことがない?」
「聞かないな。飲み会の後。最終電車に乗るため、この商店街を通った時あるけど、元の店の前で、酔っ払いがゲロを吐いて、座りこんでいるのを見た時はあるけど」
「それ、全然、夢がないね」
「醜い現実だけだよ」
「チンパンジーが、再び現れないかしら」
「ほんとだね。チンパンジーに会いたいね。あの頃の俺たちにも」
おじさんやおばさんたちが立ち去った。後に残ったおしゃべりも消え去った。その中で、かすかだがシンバルを叩く音が聞えた。
「まだ、覚えていてくれていたんだ。キーキー」うっすらとした声だった。
声の主は、拍手の代わりにシンバルを叩いた。シャンシャン。うっすらとした音だった。
「ひょっとすると、また、現れることができるかもしれないなあ」
チンパンジーの姿は、まだ、うっすらとしたままで、形となっていなかった。
愛しの都市伝説(4)