ダーク・ラブ-歪んだ愛の結末-

第1話 奪われた自由

「ん・・・・」
鈍い頭痛と共に絵里奈は重たい瞼を開けた。
しかし、いつもの様に入ってくる光はなく、視界は真っ暗だった。

「な、なんで・・・?」
状況が解らなく混乱する。
その一方で、目隠しをされている感覚と両手をロープか何かで
縛られている感覚があるのに気づく。

何故、こんな事になっているのだろうか・・・。
必死になり意識を失う前の事を思い出す。

確か、仕事の帰りに誰かに後ろから襲われて、
薬か何かを嗅がされてそのまま意識を手放した事を思い出す。

と、言う事は自分は誘拐された・・・・?
ゾッと絵里奈の全身を嫌な悪寒が走った。
これは何かの間違いであって欲しい。
そう願う絵里奈の気持ちは次の瞬間に打ち砕かれた。

「やぁ、起きたかい?」
「!」
突然かけられた声。
驚いてそちらを振り向くが、目隠しをされている為、相手を確認できない。
そして、自分に掛けられたその声。
ボイスチェンジャーでも使っているのだろうか?
機械的に変えられた薄気味悪い声だった。

「フフ・・・可愛いね、そんなに怯えなくても良いよ」
「ひっ・・・・」
男が絵里奈に近寄り、彼女を抱きしめる。
何とも言えない恐怖と気持ちの悪さで鳥肌が立つ。

「ごめんね、腕は痛いだろうし、目隠しも嫌だろうけど我慢してね?」
そう言い絵里奈の手首を撫でる男。

「あ、貴方は一体誰?・・・なんで私をこんな所に・・・・」
震える声で男に問う。
するとクスクスと男が笑いながら返事を返す。

「それはね、君の事を愛しているからだよ」
「え?」
意味が解らない。
何故、知らず知らずの人に愛されて、しかも監禁なんかされているのかが
理解できない。

ビリビリビリ!!!
「っ!?」
男が絵里奈の着ているワンピースを破く。
その布を引き裂く音に絵里奈が再び悲鳴を上げる。

「いやあああああああああっっ!!」
悲鳴を上げ、助けを呼ぼうと叫ぶ絵里奈に男が笑いながら言う。

「大丈夫、抵抗しなければ痛い事はしないから」
「いやっ・・・誰か・・・・誰かぁっ!!」
「・・・・ねぇ、誰もこないよ?諦めなよ」
「いやっ・・・」
ぎゅっ、と、瞳を硬く閉じる。
涙が溢れ、目隠しを濡らし張りついてくる。

男は絵里奈の首筋に顔を埋めた。
彼女は男に触られたくない一心でがむしゃらに顔を横に振った。
そんな彼女の抵抗に少し苛立ちを感じたのか、
男が冷たい声で釘を刺すように言う。

「言ったよね?・・・・抵抗したら痛くするって・・・」
ゾワッと背筋が凍った。
”抵抗したら酷い目に遭う・・・”

そう思った瞬間、絵里奈の抵抗する力が弱まった。
そして、その後の事は思い出したくも無いおぞましい行為だった。


■□■□

「初めてだったんだね・・・・嬉しいよ」
涙を流す絵里奈にそう嬉しそうに言う男。

初めての行為だった。

今まで男性と付き合った経験がない絵里奈は、
初めて味わった痛みに唇を噛み締めた。


嘘だ・・・・信じたくない・・・・。

初めてだったのに、誰だかわからない男に奪われて、体を汚されてしまった。

信じたくないと、頭の中では拒否するが、
下半身にはしる痛みが事実だと訴える。


「可愛かったなぁ・・・絵里奈。しかも初めてが俺だなんて・・・・最高だよ」
そう言いながら抱きしめてくる男。
自分の名前を呼ばれ、何故この男が自分の名前を知っているのか
不思議に思い震える声で問う。

「え?なんで・・・・私の名前を・・・」
「俺は絵里奈のこと知ってるよ?だから名前なんて知って居て当たり前だろ」
「(私は知らない・・・・貴方のことなんか・・・・)」
ぎゅっ、と、再び唇を噛み締める。

「もう、気が済んだでしょ・・・?私を帰してください・・・・」
男の目的は自分を犯す事だけだと思っていた。
しかし・・・・。

「何言ってるんだい?帰さないよ、ずっとここで俺と暮らすんだよ」

当たり前のように言った男。
その言葉を信じたくなかった。
否、信じられなかった。

「な、何を言って・・・・」
「さっきも言ったじゃないか。愛してる、だから誘拐したのに帰したら意味がないじゃないか」
「私は、貴方の事など知りません!!こんな事をする人なんて知らない!」
「フフ・・・・馬鹿だなぁ・・・絵里奈は・・・あはははっ」

狂気に満ちた声で笑いだす男。
そんな男の笑い声に途轍もない恐怖が湧きあがった。


「人なんて心の奥に狂気を持ってるんだよ?持ってない人間なんていないよ」
「そんな事・・ないわ・・・・」
「フフッ・・・俺がその例だよ?・・・そして、今こうして君を誘拐して、
犯して、抱きしめてる」

「それが現実だよ?」そう付け加えながら男が更に強く抱きしめてきた。

「嫌っ・・・・私を帰して・・・自由にして・・・」
やっと絞り出した声。
頼めば返してくれるかもと云う極僅かな希望だった。

しかし――・・・・・。

「君は帰さないよ。ずっと・・・俺の傍に居るんだ・・・」
狂気を含んだ男の声と言葉。
その男の言葉に本当に帰してくれる気がないのだと絵里奈は思い知らされた。


<続く>

第2話 へし折られた希望

「絵里奈・・・愛しているよ」
そう言いながらベッドの上で絵里奈を抱きしめる男。
この男に監禁されて一体もう何日目になるのだろう――・・・・・?
目隠しをされている為、朝なのか昼なのかも解らない。
時間の感覚を見失い、正体も解らない見知らぬ男に抱かれ続け、
気が狂いそうだった。
しかし、絵里奈は少しだけ希望を持っていた。
友人や勤めている会社先が自分からの連絡が途絶えている事に疑問を抱き、
きっと警察へ捜索願などを出してくれるだろう・・・・。
そう、思っていた矢先だった。

「嗚呼、そうだった。言い忘れていたけどね」
「?」
「絵里奈が眠っている間に友達にメールしておいたよ。
“仕事の関係上、暫く忙しくなるから連絡が出来なくなるけど安心して”・・・って」
「え?」
言葉の意味が理解できなかった。
そして更に男が続ける。

「後ね、勤め先の会社にも連絡しておいたよ。
”急病の為、急遽長期入院が必要となったので仕事を辞めさせ下さい”ってね」
「・・・どう・・・言う・・・事・・・?」
「フフ・・・だって絵里奈が音信不通になったとなれば、
誰かが警察に捜索願を出しちゃうかもしれないだろ?」
そう言いながら笑う男。
そして、徐々に絵里奈の頭の中が冷静になり、
男の言葉の意味を理解したその瞬間、サーッと、血の気が引いた。

この男は何もかもを計算していたのだ・・・・。
絵里奈が「誰かが捜索願を出してくれる」と言う事に希望を持っていた事も、
全て解っていた上で計算して対策を取ったのだ。

「そ、そん・・・な・・・・」
「フフ、これで誰も助けには来ないし、君も絶対に逃げられない」
嬉しそうにそう言う男の言葉。

ずっとこの男と二人で一緒に狂った生活をしないといけない・・・?
監禁され、体を拘束されて、犯されて、どこの誰だかも解らないこの男にずっと・・・・?

一気に奈落へと落とされる様な絶望感が絵里奈を襲う。
同時に、無数の涙が流れた。

「いや・・・嫌よ・・・助けて・・・・誰か・・・夕鶴・・・静香・・・」
涙声でうわ言の様にそう口にした。
助けなど来ない友人たちの名を――・・・・・。

「そう泣かないでよ・・・・フフ、大丈夫、俺が永遠に君を愛してあげるよ」
そう言いながら更に男が絵里奈の身体を強く抱きしめた。

「嫌っ・・・・」
抱きしめてくる男の腕を払いたくて仕方が無かった。
仕舞いには殺してしまいたい程の殺意までも男に感じた。

へし折られた希望。
残るのは奈落の底へと落ちる絶望感。
今後、自分はどうなってしまうのだろう・・・?
絶望に塗れながら、絵里奈はそう思った。


<続く>

第3話 貴方に会いたい・・・・

「ほら、少しは食べないと・・・・」
そう言いながら男が絵里奈の口元に食べ物を掬ったスプーンを当てる。
しかし、絵里奈はそれを頑なに受け付けない。

外部からの助けが来ない事を知ってから、絵里奈は完全に無気力になった。
男に抱きしめられようが、犯されようが、もう何も感じなくなりつつある。
ただ、涙を流し、うわ言のように「もう、死なせて・・・」というだけ。
しかし、絵里奈が「死なせて」と言う度に男は激しく激怒するのだ。

「俺はこんなにも君を愛しているのに・・・」と・・・・。
男が激怒し声を荒げる度に絵里奈は恐怖を抱く。
監禁生活が続くなら、いっそ死を・・・と、死を望んでいたとしても、
彼女の中でまだ僅かに残る生への意識が、「死にたくない」「殺されたくない」と思わせるのだ。

「食欲が無いなら、せめて水だけでも飲もう?
もう、随分と何も口にしていないから、喉もカラカラでしょ?」
そう言いながら絵里奈の口元に水の入ったコップを押し付ける。
それでも、絵里奈は頑なに拒む。
ついに苛立ちを感じた男が低い声で絵里奈に言う。

「・・・・そろそろいい加減にしないと、どうなるか解っているよね?」
「!」
男の低い声に絵里奈の身体がビクッと揺れる。
仕方がなく、コップの水を口に含む。

「よし、いい子だね」
そう言い優しく髪を撫でる。

「俺はそろそろ仕事に行くけど、いい子で待っているんだよ」
「・・・はい」
「フフ、いい子だ。・・・じゃぁ、行って来るね」
暫くすると扉の閉まる音が聞こえた。

どうやら男は何かの仕事をしているらしく、
ある一定時間になると必ず何処かへと出かける。
しかし、そちらの方が逆に都合が良いと絵里奈は思う。
ずっと一緒に居られたら本当に気が狂ってしまう・・・。


「んっ・・・取れない・・・」
拘束された腕を何とかしようと、拘束するロープを壁などに擦り付けてみるが、
びくともしない。

「うっ・・・・なんで・・・・なんでなの・・・・?」
涙が流れる。

何故、自分は愛されてしまったのだろう・・・・?
こんな異常者に・・・・何故・・・・?

“俺が永遠に君を愛してあげるよ”
狂った男の声が脳裏に蘇る。

そんなの嫌だ・・・・絶対に・・・。
自分は帰るのだ。
自由を取り戻し、絶対に帰ってみせる。
自分の家に。
友達が居るところへ・・・・。

そして――・・・・・。

「とう・・やくんに・・・・透弥くんに逢いたいよ・・・・」

朝霧透弥――・・・・・。
中学生のときに出会った絵里奈の初恋の人。
中学・高校と同じ学校に通っていたけれども、
結局、想いを告げる事は出来ずに高校を卒業してしまい、
彼とはそれっきりとなってしまった。

しかし、彼の事が好きである気持ちは高校卒業後も変わらず、今も好きだ。
初恋の人が忘れられないと言う話はよく耳にするが、
大体の人は気が付いたら吹っ切れている事が多い。
しかし、絵里奈の場合、高校を卒業し、短大を卒業して就職した今でも、
初恋の相手である透弥の事が忘れられずに居る。
夕鶴や静香など、周りの友人たちは「今時珍しいタイプだ」と口にするが、
それ程、絵里奈にとっての初恋は本気の物だった。


「たす・・けて・・・・・・助けて・・・透弥くん・・・・」
助けに来るはずなど無いとは解っていた。
しかし、絵里奈は何度も何度も彼の名前を呼んだ。
大好きだった、彼の名前を――・・・・・。


<続く>

第4話 夢の中での追憶

今から10年程前――・・・・・


「うわぁ、綺麗・・・」
中学校に上がって2年目の初夏。
夏休みも目の前になったこの季節、学校の裏庭の花壇に咲く色とりどりの花。
その中でも、真っ白で大きなユリの花を見つけた絵里奈は思わず声を漏らした。

きっと、この花を育てている人はとても優しい人なんだろうな・・・・。
そう、絵里奈は思いながらユリを見つめる。
手入れが行き届いた花壇に咲くそのユリは、本当に綺麗に咲いている。

「それにしても凄い・・・大きくて真っ白なユリ・・・」
「カサブランカって言うんだよ。その花」
「え?」
背後から透き通った声がして、驚いた絵里奈は後ろを振り向く。
ふわっと柔らかそうな蒼い髪ときめ細かい白い肌。
そして、メガネの奥の切れ長の瞳が印象的な美少年の姿。
同じクラスの朝霧透弥だった。

彼はバスケ部のエースで、容姿端麗である事もあり、
学校中の女子には大変人気の存在だ。
そんな彼が自分に声を掛けて来た事に絵里奈は少しばかりか驚いた。

「朝霧くん・・・」
「神橋さんがこんな所に居るなんて珍しいね」
「うん・・・花を見てたの。偶々見つけたんだけど、凄く綺麗だったから・・・
手入れも行き届いているし、きっと育ててる人も心が綺麗人なんだろうなって思って・・・」
「え?」
絵里奈の言葉にビックリとした表情を見せる透弥。
そんな彼に絵里奈は不思議そうに声をかける。

「あ、あの・・・・私、何か変なこと言ったかしら?」
「あ、いや・・・そう言う事じゃないんだけど・・・・
実は、その花を育てているのは俺なんだ」
「え!?」
「フフ、褒めて貰っちゃって嬉しいな」
そう微笑む透弥は本当に綺麗で・・・・。
絵里奈は自分の顔がどんどん熱くなっていくのを感じた。
しかし、予想通りだと絵里奈は同時に思った。


「そ、そういえば、さっき朝霧くん、この花の事をカサブランカって、言ってたわよね?」
「うん、そうだよ。この花はカサブランカって言って、花言葉は無垢と純潔」
「君にとても似合う花言葉だよね」そう付け加える透弥に絵里奈は顔を赤らめる。

「や、やだ・・・朝霧くんったら・・・私はそんなんじゃないわよ」
「そうかい?フフ、俺は本音を言っただけなんだけどね」
「もう・・・朝霧くんったら口が上手いんだから・・・」
クスクスと笑いながらそう言う絵里奈だが、照れ隠しに必死だった事を
今でも鮮明に覚えている。

それからと言うもの、絵里奈と透弥は何度か言葉を交わす様になり、
高校も同じ学校に上がったこともあり、後にとても親しい友人とまでになった。
しかし、絵里奈は自分が透弥の事が好きである事を彼に告げる事無く、
高校を卒業し、大学もお互いに離れてしまった為、高校卒業以来、
それっきりとなってしまったのだ。


□■□■

「ん・・・」
夢から覚め、ゆっくりと瞼を開ける。
しかし、視界は相変わらず真っ暗。

幸せな夢だった・・・・そう、絵里奈は思った。
今現在、絵里奈は見知らぬ男に監禁されている。
そんな状況下の中、あの夢は幸せ過ぎる夢だと、彼女は思った。


「やぁ、起きたかい?」
「!」
近くで男の声が聞こえた。

「フフ、随分と長い間眠っていたみたいだね」
「・・・・」
「君、好きな人が居るでしょ?・・・ずっと寝言を言っていたよ」
「!」
男の言葉に絵里奈の身体が揺れる。
大変だ・・・自分が寝言で透弥の名前を言っていたなら、
彼の身に危険が及ぶかもしれない・・・・狂ったこの男ならやりかねない・・・。
そう思うと、絵里奈の顔から血の気が引く。

「まぁ、安心しなよ。名前は言ってなかったから・・・・」
「・・・・」
男の言葉に絵里奈は一先ずホッとした。
しかし――・・・・・。

「何を安心しているのかな?」
「!」
「君がそいつの名前を言っていたら確実にそいつを殺しに行っていたよ。
・・・・それに、君の事は絶対に逃がさないよ・・・覚えておいてね」
低く冷酷な声でそう言われ、絵里奈はガタガタと恐怖で震える。

「返事は?」
「・・・・・・はい」
「うん、いい子だ」
絵里奈の返事に男は彼女の髪を撫でる。

「食事を用意してくるから待ってて」
そう言い、男は部屋を出た。

「・・・・・っ!・・・・透弥くん」
一人っきりの部屋の中、小さな絵里奈の声だけがこだました。


<続く>

第5話 死を覚悟した瞬間

「はぁ・・・はぁ・・・・絵里奈・・・愛しているよ」
「・・・・っ」
男との穢れた行為。
もう数え切れない程、この穢れた行為をこの男と交わした。
行為を交わす度に、男は「愛している」と愛を囁いてくるが、
絵里奈にとっては少しも愛など感じない。
寧ろ、汚らしく、気持ちの悪い行為としか感じられない。
そして何よりも、この行為の度に心が酷く痛む。
好きでもない、何処の誰かも解らない男に監禁され、身体の自由を奪われ、
挙句の果てには、無理やり犯され続けられる毎日・・・・。
正直、絵里奈の心は本当の意味で限界を感じていた。

もしも、自分もこの男の様に狂ってしまえば・・・・
狂気の中での錯覚でも良いから、この男を愛せれば・・・・
自分も幸せになれるだろうか?
この苦しみから解放されるだろうか?
そう、絵里奈は思い始めてきてしまう。

しかし、自分が狂った所で、狂気から来る錯覚による愛など、所詮は偽り。
偽りの愛なんかでは、決して幸せには成れないし、
自由だって取り戻すことなど無い。
それが解っているからこそ、絵里奈は尚の事、正気を失う事でさえ出来ない。
ただ、辛く悲しい現実だけが絵里奈を締め付けるだけ。

「ねぇ、絵里奈?」
「はい?」
「愛しているよ・・・」
そっと男が絵里奈に口付ける。
しかし、その口付けでさえ絵里奈にとっては気持ち悪いだけだ。

「絵里奈は何時になったら俺を愛してくれるのかな・・・・?」
少し寂しそうな男の声。

「(何を言っているの?・・・・私は貴方の事など愛せる訳がないじゃない・・・)」
ギュッと唇を噛み締める。

「ねぇ?絵里奈・・・?」
「わ、私は・・・・」
「ん?」
「私は、貴方の事など愛せないわ!」
絵里奈から強い口調でそう言われ、男の体がビクッとした。
そして、更に絵里奈は続けた。

「私は貴方に攫われたの!監禁されているのよっ!?貴方は犯罪者なのよっ!
・・・そんな貴方の事を愛せるわけ無いじゃないっ!!
どんなに閉じ込められたって、貴方の事など一生愛せないわよっっ!!」
悲痛に叫ぶ絵里奈。
そして男は・・・・。

「・・・・絵里奈」
悲しそうな男の声が聞こえたと思った瞬間だった。

「っ!うっ・・・ぐっ・・・・っ!」
男の両手が絵里奈の首を強く締め付ける。

殺される――・・・・・。
そう、死を覚悟した瞬間だった。

「何でだよ・・・何故なんだっ!!?俺は、君をのこんなにも愛しているのにっ!
・・・何故、俺を愛してくれないんだっ!!?」
彼女の首を絞めながらそう叫ぶ男。

「(・・・・何故・・・貴方が泣くの・・・?)」
首を絞められ、死を覚悟した苦しみの中、そう絵里奈は思った。
目隠しをされているから、男の表情は解らないけれど、叫ぶ男の声は泣き声で、
泣いているかのように絵里奈は感じた。

「・・・・ぐっ・・・うっ・・・たす・・・けて・・・・と・・・や・・・くん・・・」
「!」
苦しみの中で搾り出した、聞こえるか聞こえないか位に小さな絵里奈の声。
その瞬間、男の手が一気に緩み、絵里奈を開放した。

「っげほっ・・・・げほっ・・・・ごほっ・・・」
首を開放され、酷く咳き込む絵里奈。
そして、暫く咳き込むと彼女の意識が遠のき、そのまま絵里奈は意識を失った。

「・・・!?絵里奈っ!?」
意識を失った絵里奈に冷静さを取り戻したのか、男が慌てて彼女を抱きしめた。

「ごめん・・・・俺・・・こんなこと・・・するはずじゃ・・・・」
そう言う男の瞳からは涙が溢れ出ていた。
しかし、その男の言葉も、その涙も、意識の無い絵里奈には届いてはいない・・・。

<続く>

第6話 見えない真実

もう、本当に死ぬんだと・・・・生まれて初めてそう思った。
怖くて、何も考えられなかった。
ただ、私は止まらない震えの中、泣き続けるしかなかった・・・・。
そして、いつの間にか気を失っていた――・・・・。


「んっ・・・・」
鈍い頭痛と共に絵里奈は目を覚ます。
いつもなら、目隠しをされているから光が目の中に入らず、
視界は暗闇の・・・筈だった。

「え?」
霞む視界・・・しかし、それは確実に絵里奈の目に光が入り、
徐々に視界がはっきりとしてくる。
そんな自分の視界に、目隠しをされていない事に絵里奈は気づく。
そして、手を拘束していたロープ・・・。
これも、いつの間にか無くなり、手が自由になっていた。

「(目隠しがされてない・・・手の拘束も無い・・・・)」
自由になった視界と手に絵里奈は驚くばかりだ。
しかし、驚いている暇など無い。

部屋を見渡すと、部屋は薄暗いが何があるのかも解る。
そして、何よりも、男がこの部屋に居ない。
これは、逃げ出すチャンスだと絵里奈は思った。

とりあえず、ベッドから降りようと、足を動かしたそのときだった。


ジャラッ――・・・・


「・・・・え?」
足元から金属音が聞こえ、驚いて足元に視線を向ける。

「・・・・・なに・・・これ・・・?」
思わず声を漏らす絵里奈の左足首には鎖で繋がれた足枷が・・・・。
足枷を繋ぐ鎖は床に繋がれているが、かなりの長さがある。
しかし、これでは行動範囲に限度がある。

そう、視界と両手が自由になった変わりに、今度は足の自由が奪われていた。

これでは逃げられない――・・・・・。
そう、絵里奈が思ったときだった。

「絵里奈?やっと目が覚めたのかい」
「!」
部屋のドアが開く音と共に男が入ってくる。
絵里奈は男の声がする方に視線を向けたが、男は仮面を被っており顔は解らず、
声もいつもの様にボイスチェンジャーで変えられた声だった。

「首、痛かったよね・・・・ごめんね」
「っ!」
そっと絵里奈の首を撫でる男の手。
その瞬間、彼女の体が恐怖の余りに硬直した。

「大丈夫、もう首は絞めないから・・・・安心して?」
「・・・・」
「それより、お風呂に入るかい?」
男の言葉に絵里奈は黙ったまま。

「どうしたんだい?ボーっとして・・・絵里奈もお風呂に入りなよ?
俺もさっきお風呂に入ったところなんだ。サッパリして気持ち良いよ」
そう言い、男が足枷の鎖を床から外し、絵里奈を風呂場へと連れて行く。

風呂場の脱衣所で服を脱がされ、足枷を外される。
「やっぱり、何度見ても綺麗だね・・・絵里奈の身体・・・とても魅力的だ」
うっとりとした声でそう言う男。

男に監禁されてから、風呂に入ることは何度もあり、
その風呂に入る時だけは、目隠しや両手を拘束するロープは外され、
身体全身が自由になれる。

全身が自由になれるこのチャンスを使い、なんとか逃げ出す方法を何度も考えたが、
結局、脱衣所の近くで男が見張っているため、逃げ出すことは不可能だった。


「じゃぁ、着替えは置いておくから、お風呂から上がったら声をかけてね」
「・・・はい」
男はそう言い残すと脱衣所から出て行った。
男が出て行ったのを確認すると、絵里奈も浴室へ入った。

「(綺麗な浴室・・・)」
風呂場に入る度に絵里奈はそう思う。
広めに作られた部屋に寛げられる様にと広めに作られたバスタブ。
浴室を見る限り、男はかなり裕福である事が伺える。

湯船に漬かり身体を温める。
「(気持ちいい・・・)」
丁度良い温度に設定された湯船は、とても気持ち良い。
しかし、同時に絵里奈は思う。

そんな裕福な人なんか自分の近くに居ただろうか・・・・?
それに、何故そんな裕福な人が、自分を誘拐して監禁など異常な事をするのだろうか?
そして、男が自分の首を絞め損なってから、突然緩くなった身体の拘束・・・。
一体何故、男は突然、拘束を緩くしたのだろうか?
何よりも、あの男は一体誰なのだろうか・・・?

とても不思議に思う事ばかりだ。
同時に考えても真実が見えない・・・・。


「・・・・あ」
身体を洗おうと、湯船から上がり鏡の前に立った時、
思わず絵里奈は声を漏らした。
鏡に映る自分の肌には無数の赤い痕が――・・・・。
あの男が自分につけたものだった。

「(嫌だ・・・汚い・・・早く消えて・・・)」
近くにあった石鹸とスポンジを手に取ると、肌が赤く成るまで力強く擦った。

こみ上げて来る男への憎悪。
そして、自分がその男に汚されたと言う真実が、押し寄せてきて・・・。
絵里奈の瞳から流れる無数の涙が、シャワーから出るお湯と共に流れていった。

それから何度も身体と髪を洗ってから、浴室を出た。
脱衣所には、男の言う通り着替えも用意してあり、
髪を乾かす為のドライヤーも用意されてあった。
ドライヤーで髪を乾かし、男が用意した服に着替える。
丁度良く、浴室のドアがノックされ、扉が開かれる。

「随分と遅かったね・・・」
「・・・・」
「それにしても、やっぱり似合うね。絵里奈は白がとても似合う」
そう、嬉しそうに男。
男が絵里奈に用意した服は、真っ白な下着に真っ白なスリップ丈のワンピース。
確かに、綺麗でセンスの良い服ではあるが、風呂に入る前にも着ていた服も
真っ白で綺麗なワンピースだった。
何故そこまで白に拘るのだろうか?
少し絵里奈は疑問を抱く。
しかし、たぶん恐らく、この男の趣味なのだろう・・・そう、絵里奈は思い、
深く考えないようにした。

「じゃぁ、足枷をつけるから動かないでね」
「・・・はい」
この自分の身体が自由なこのチャンスを使って、逃げられるかもしれない・・・。
しかし、もしも失敗したら――・・・?
そう思うと、どうしても恐怖の方が勝り、絵里奈は大人しく足枷を嵌められてしまった。

「じゃぁ、部屋に戻ろうか?」
「・・・はい」
男に連れられ、再び部屋に戻る。

「じゃぁ、食事の準備をしてくるから待っててね?」
男は絵里奈をベッドの上に座らせると、そう、彼女に告げて、
部屋を出て行った。

部屋の扉が閉まる音。
同時に絵里奈は唇を噛み締めた。

拘束が少し緩くなったからと言って、油断は出来ない・・・。
下手に抵抗すれば、もしかすると、今度こそ殺されるかもしれない・・・。
それでも、自分は諦めない。
必ず、ここから逃げ出して自由を取り戻すんだ。
そう、絵里奈は思うばかりだった。


<続く>

第7話 仮面の下の素顔

苦しめるつもりなど無かった。
本当は、ただ一緒に居て欲しかった。
隣に居て欲しかった・・・・。
ただ、それだけの筈だったんだ・・・・。



「・・・・絵里奈」
薄暗い部屋の中、男が眠る彼女の名を呼ぶ。
名前を呼ばれた本人は完全に眠っている様で、そう簡単には起きそうにも無い。
今までなら、いつ何をされるか解らないと言う警戒心に神経を張り詰め、
眠っている時でさえ、少し髪や体に触れた瞬間に目を覚ます彼女だったが、
今は珍しく熟睡している。
きっと、永延と続く監禁生活で心身ともに疲れ切ってしまったのだろう。
それは男も理解していた。


「絵里奈・・・」
愛しそうに再び彼女の名を呼び、サラサラとした長い黒髪を優しく撫で、
彼女の寝顔を見つめる。

眠っている絵里奈は、何処か悲しそうで、今にでも泣きそうな顔をしている。
いつもそうだった。
男に監禁されて以来、彼女は眠るたびに今にでも泣きそうな、
そんな悲しそうな顔で顔して眠る。
それは、明らかに自分の所為だと・・・男は理解していた。

絵里奈が、そんな風に悲しい顔をして眠るようになったのも、
彼女を監禁して苦しめ、彼女から笑顔を奪ったのも、全て自分がした事。

「許して欲しい」など、決して言わない・・・言えない。
かと言って、今更彼女を解放する事も出来ない・・・したく無い。
今更後悔したってもう遅い・・・もう、後戻りは出来ないのだと・・・。
ジレンマが男の中で渦巻く。

「本当は・・・君が傍に居て欲しかった・・・ただ、だけだったのに・・・。
どうしてこんな事に成ってしまったんだろう・・・」
自分がやった事のはずなのに、「何故こんな事に?」と自分自身に問いかける
己のその姿は余りにも滑稽だと、男は思った。

自分の顔を隠す仮面を外す。
絵里奈が眠っている時だけ、彼女の前で曝すことが出来る自分の素顔。
仮面の下から現れたその素顔は、蒼い髪と切れ長の青い瞳。


「絵里奈は俺の事を憎んでいるよね・・・・でもごめんね・・・
俺は君を此処から出したくない・・・・俺の傍に居て欲しいんだ・・・」
再び優しく彼女の黒髪に触れながら、そう男は眠る絵里奈に言う。

その言葉はまるで懺悔の様にも聞こえる言葉。


彼女の首を絞め損なった時、物凄い後悔が押し寄せてきたのを男は覚えている。
「こんな事をするはすじゃなかったのに・・・」と・・・。
その後悔から逃れるための罪滅ぼし・・・とまでは言えないが、
せめて彼女への負担を少しでも軽く出来れば・・・と、
今まで絵里奈にしていた目隠しと両手を縛るロープを切り、
彼女の視界と両手を解放した。
しかし、かと言って、彼女を逃がしたくないと言う気持ちもあり、
彼女に足枷をつけた。
その結果、どの道、絵里奈を苦しめている事には変わりは無いのだ。
それは、男自身が一番良く理解している事だろう・・・・。



「・・・・ん」
「!」
絵里奈が目を覚まし、うっすらと瞳を開く。
彼女が目を覚ましたことに焦る男。
このままでは、自分の正体がばれてしまう・・・。
そう、男は心底焦りを感じたが、当の絵里奈は寝ぼけているのか、
暫くボーっとしていると思えば、再び深い眠りについた。
そんな彼女に、男はホッとする。

「・・・そうだ」
男は何かを思い出し、一度部屋を出て、ある物を持って部屋へ戻ってくる。
それは、花瓶に入れられたカサブランカの花。
男は部屋にある机の上に、その花瓶を置いた。

このカサブランカの花は、男にとって一番大切な思い出の花。
「絵里奈はこの花の事を覚えているかな・・・?」
そう、呟く男の声は少しばかりか寂しそうな声色。
そして、男は気が付いていなかった・・・。
自分の瞳から零れ落ちる涙の存在に――・・・・。


全ては自分の欲求を満たすために行った事。
それが歪んだ愛の形に成ってしまったとしても・・・、
彼女を、絵里奈を愛している事には変わりは無い。
だから、後悔なんてしていない・・・・。
そう、男は思い込もうとした。
しかし、優しく綺麗な笑顔で笑っていた頃の絵里奈を思い出す度に、男の心は痛むばかりだ。


「・・・・本当は絵里奈に俺の傍で・・・俺の隣で笑っていて欲しかった・・・・
俺はただ・・・君のその優しく綺麗な笑顔を見たかった・・・それだけの筈だったのに・・・」
そう呟いた男の声も言葉も、眠っている絵里奈には届いていない。

<続く>

ダーク・ラブ-歪んだ愛の結末-

ダーク・ラブ-歪んだ愛の結末-

"例え、その愛が歪なものだとしても・・・俺は君を愛している――・・・。" 仕事の帰り道、突然見知らぬ男に襲われ、監禁されてしまった絵里奈。 「私を帰して!自由にして!」そう訴える絵里奈。 しかし、男の口からは信じられない言葉が・・・。 「何言ってるんだい?帰さないよ、君はずっとここで俺と暮らすんだ」 その言葉と共に、彼女は男と共に狂った監禁生活を強要されてしまう。 "何故、私はこんな異常者に愛されてしまったの―・・・・? お願い、誰か助けて――・・・・・。" 歪んだ愛の結末・・・・その先にあるのは? 絶望?それとも――・・・・。 この物語は、愛故に狂ってしまった一人の男と、 その男に監禁されてしまった女性の結末を辿る物語。 ※内容がダークな為、R-18指定になっておりますが、 露骨な性的描写は完全に省いております。

  • 小説
  • 短編
  • 恋愛
  • 成人向け
  • 強い暴力的表現
  • 強い性的表現
更新日
登録日
2012-01-08

Copyrighted
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  1. 第1話 奪われた自由
  2. 第2話 へし折られた希望
  3. 第3話 貴方に会いたい・・・・
  4. 第4話 夢の中での追憶
  5. 第5話 死を覚悟した瞬間
  6. 第6話 見えない真実
  7. 第7話 仮面の下の素顔