ぼくは王さまになった
ぼくは王さまだ。このあいだ王さまだった父上が死んでしまったので「ケイショウシャ」であるぼくが王さまになった。
ぼくにはおにいさんいたけどぼくが生まれてすぐに死んでしまったらしい。きょうだいはいもうとが五人。おとこのぼくが「ケイショウシャ」だったからしぜんにそうなった。
王子だったぼくはとつぜん「子」がとれて王になっちゃった。まだ「子供」なのに。
王さまになったぼくは母上や妹たちとはなれてお城に住むことになった。お城はとても広くて大きくてすごくりっぱなのだけど、おとなばかりでたいくつだ。
ぼくは毎朝、きまったじかんに起こされて三人のおんなの人たちに朝のふくにきがえさせられておもたい王かんをあたまにのせて「太陽の間」というへやにいく。
家来たちから朝のあいさつをうけるためだ。
学門の先生や武道の先生やコック、兵隊、お医者さま、はては庭師や、トイレそうじかかり、とにかくお城でぼくにつかえるたくさんのえらい人たちがぼくにあいさつにくる。
ぼくは王さまのイスにすわってみんなからあいさつをうける。
「王様、おはようございます。今日は帝王学を御教授いたします。宜しくお願い致します」
「うむ」
「王様、おはようございます。今日は剣術を御指南致します。宜しくお願い致します」
「うむ」
「王様、おはようございます。今日は魚主体のお食事でございます。宜しくお願い致します」
「うむ」
と、まあこんなぐあいにみんなぼくにあたまをさげたままあいさつする。それをぼくは一言へんじをする。そのくりかえしだ。
ぼくだって「そう、がんばってね」や「そう、楽しみだな」とか言いたい。だけどそれはできないきまりになっているのだ。
ぼくが生まれたときからじいやで今もじいやのじいやがそう言っていた。
挨拶する者は王の顔を見てはいけないのです。王様のお返事は一言でよろしいのです。
なんでも王さまの「イゲン」をたもつためらしい。へんなきまりだ。
ようやくみんなからのあいさつが終わるとぼくは立ち上がり
「礼儀を重んじる家臣は我が誇りである。皆忠義を尽くし、各々励むがよい」
とあいさつが終わったあいさつをしてあいさつのじかんが終わる。これもきまりだ。
お城のせいかつはまいにちきめられたなにかのぎしきがあってかいぎがあってべんきょうがある。ぼくはきめられたじかんにその部屋に入ってきめられたじかんまですわって、さいごに「うむ」とか「ああ」ということばを言うのだ。
お城のなかはきまりごとだらけだ。ごはんやおふろ、トイレのしかたまできめられている。
ついでに言うとぼくのお嫁さんもきまっている。となりの国の三人目のお姫さまでさいきん生まれたそうだ。
どんなにへんなきまりでもまもるのがきまりできまりをやぶるとこんどはおしおきのきまりをまもらなくてはならない。
ぼくはおもう。
王さまはほんとうにたいへんなしごとなのだ。いちばんえらいのにぜんぜんいばれない。
ちなみにぼくんちが王さまになったのはぼくのおじいさまがこの国を「トーイツ」したからだ。敵をやっつけてやっつけて、やっつけつづけて気づいたら敵がいなくなっていて、それでおじいさまが王さまになった。
ずっと敵をやっつけつづけていたからすごく広い国になった。いちばん北のところは一年中冬だし、はんたいの南は一年中夏だ。
おかげでぼくは夏やさいと冬やさいをいっしょに食べている。
おじいさま、ありがとう。
お城のせいかつはとにかくたいくつでつまらなくてきゅうくつでいきぐるしくて、ほんとうにたいへんだ。なにしろくしゃみもおもいっきりできないのだ。王さまの「コケン」にかかわるからいけないとじいやが言っていた。よくわからない。「イゲン」と「コケン」は王さまよりもえらいのか。
くしゃみくらいおもいっきりしたいなあ、とおもっていたぼくにチャンスがやってきた。
きょうのかいぎで兵隊のたいちょうがぼくの「カゲムシャ」のていあんをしたのだ。
たいちょうが言うには
「西の大国が兵力を増強していると偵察者から報告を受けました。一切の外交を遮断している事から我が国に攻めいる可能性があります。西側の偵察者が城下に紛れている事は前回報告した通りです。偵察者が動き出す事を否定出来ません。万が一を考え、王の影武者の配置を提案します」だった。「カゲムシャ?」
そのあとのかいぎを聞いてわかった「カゲムシャ」はぼくのそっくりさんでぼくのかわりに死んでくれるありがたい人、なのだ。
ぼくはひそかにほくそえんだ。これだ。そっくりさんがいればぼくのかわりにめんどうなぎしきなんかに出てもらえばいい。どうせみんなぼくのかおを見れないんだからばれっこない。このていあんはぜったいさんせいだ。
たいちょうは影武者がいかにたいじかをねっしんにせつめいし、じいやもそのとおりとうなずいた。さいごにぼくは「うむ」と言った。こうしてぼくの影武者がきまった。
きまればじいやのうごきは早い。その日のうちに国中のぼくそっくりさんをしらべあげ、その中でいちばんそっくりなそっくりさんをお城につれてきた。
その「影武者」は身なりはきたなくボロボロで、体はあかだらけでひどくくさくて、どう見てもゴミのようなありさまだった。
とにかくくさい。これなら牛のほうがいいにおいだ。手をひくじいやのはなが曲がらないかしんぱいしたほどだ。
ところが体をあらってぼくのふくを着せるとなんと、ぼくそっくりになってすごくびっくりした。かがみがあるかとおもったくらいそっくりだ。そっくりすぎてこわくなった。
ぼくのおどろくかおをまんぞくそうに見たじいやはこう言った。
「王様。このような無二の影武者がきたからといって妙なお考えは持ちませぬよう。薬でこの者の声を潰しておきましたので御公務の身代わりは出来ません。声なくしては務まりませんでな」ヒヒッとじいやはわらった。
ムム。先手をとられた。クスリでノドをやくとはじいや、なかなかやるな。
ぼくはこんなことであきらめない。よくわからないが王さまの「コケン」にかかわる。じいやはまだまだ目がくろいと言っているし、せなかにも目がついていると言っているけどかんじんの目がもうモウロクしているから見えていないとおもう。「ロウガン」だとボヤいていたではないか。じいやの目をぬすむのはかんたんだ。
ぼくはあきらめない。じゆうを手にいれるのだ。
ぼくの影武者さんがお城にやってきて何日かすぎた。ぼくはあいかわらずぎしきとかいぎとべんきょうのくりかえしのまいにちだ。かいぎでは兵隊のたいちょうがくりかえし「西のキョウイ」についてかたり、じいやは「ザイセイのヒッパク」のカイカクをかたる。よくわからないがぼくは「うむ」という。きまりだからだ。
影武者さんのすがたはみていない。じいやにきくと「影武者は有事の際に必要なもの。今は不要でございます」だった。
よくわからないぼくにじいやはひらたくこう言った。
「パーティー用の正装とお考えください。普段は着ませんよね?パーティーに着るために大事にしまってありますよね?それと一緒です」
なるほど。パーティー用のあのジャラジャラしたおもたいふくをまいにちきたらぼくの体はつぶれちゃう。ただでさえ、あたまの王かんがおもくてたいへんなのだ。そうか、そういうことか。ぼくはなっとくした。
じいやはヒヒッとわらった。
それからまたなん日かすぎたある日じけんがおきた。
西の大国がせめてきたのだ。
ねていたぼくはじいやにおこされた。どうやら「西の大国」がこっきょうをこえたらしいのだ。これから「きんきゅうのかいぎ」をするとじいやが言った。こっきょうなんてここからずっとずっと遠くじゃないか。あしたにして。ねむたいぼくはむくれた。きまりです。とおこったじいやは三人のおんなの人たちをつれてきてぼくを「きんきゅうのかいぎ」用のふくにきがえさせてからぼくに「きんきゅうのかいぎ」用のへやにいくように言った。
まったくどっちが王さまかわかりゃしない。
三人のおんなの人たちがぼくの前をあるき、ながいながいろうかを三回右にまがったさきにある「きんきゅうかいぎ」のへやにつれていく。
ぼくはとちゅうでハッとおもいだした。
王かんをわすれた。どうりであたまがかるいわけだ。
王さまは王かんをのせるのがきまりだ。そして王かんは王さまがのせるのがきまりだ。ぼくはあせった。今からとりにいっても三人のおんなの人たちにおいつく。じいやがいなくてラッキーだった。
ぼくは三人のおんなの人たちに気づかれないようにそっとひきかえした。
ぼくはしんしつのドアをあけた。しんしつは月あかりがさしている。ベットにだれかねていた。のぞきこんでぼくはおどろいた。だれかわかってもう一どおどろいた。
ぼくだった。王かんをのせたぼくだ。王かんをのせたぼくがねている。むねになにかささっている。剣だ。ぼくはおどろきで木のようにうごけなくなった。ぼくはここにいるのになんで?
「影武者でございます」
ぼくはまたおどろいてふりむいた。
じいや、なにやっているの?
「城に忍び込んだ西の大国の間者の仕業でございます。間一髪でございましたな、王様」
え?そうなの?ぼくは目をしろくろさせて言った。
「左様でございます。影武者がいて助かりましたな。ですが王様、間者はまだ城内に潜んでおります。ここにいては危険です。ひとまず城外へお逃げください」じいやがまくしたてた。
気づくとドアに兵隊のたいちょうがたっていて「さあ、こちらへ。お早く」とぼくの手をひいた。
ん?ちょっとまってよきみたち。「きんきゅうかいぎ」はどうなったの?
たいちょうはなにも言わずぼくの手をひいていた。
ぼくはあれよあれよというまに外に出されてそこにいた白いウマにのせられた。たいちょうがムチでウマのおしりをはたくとウマはいきおいよくはしり出した。ぼくはあわててウマにしがみついた。ちょっとウマ、はやすぎるよ。
お城のもんはあいていたからぼくはすんなりお城の外に出ることができた。
いけないな、よるはお城のもんはしめておくきまりなのに。ぼくはもんくを言った。
するともんはギイイとしまっていった。そう、それでいいんだよ。
ウマはグングンはしる。ぼくはそらをみあげた。
まんてんのほしぞらにポッカリとうかぶきいろくまるいお月さま。
キレイだ。
ぼくはすっかりみせられた。
よくわからないけどとにかくぼくはひとりになりじゆうになった。「西の大国」と影武者さんのおかげだ。ゆめにみたあこがれのじゆうをぼくは手にいれた。もうお城のきまりをまもらなくていいのだ。ぼくはうれしくなっていてもたってもいられずお月さまにむかって大声で「キャッホー」とさけんだ。
ぼくはそのときふとおもったんだ。
あれ?ところでこのウマ、だれがとめてくれるの?
「うまくいきましたね」
「ええ。うまくいきました」
「長い年月がかかりました」
「そうですね。政権の交代は法に則り行わなくては近隣諸国や民衆が納得しませんから」
「敵の凶刃に倒れた王、ですか。考えましたね。これで民衆は想いを一つにするでしょう」
「ええ。そしてそれは西の大国への敵意に変わるでしょう」
「そうですね。西の大国へ、ですね」
「ええ。西の大国、です」
「何処にしますか?西の大国は」
「そうですね。西の国境付近の山に手頃な山賊の集団がいます。それでいいでしょう」
「わかりました。国葬後、あなたの暫定王位の戴冠式が終わり次第出兵します」
「お願いします。私はその間に法整備と改正を行います。間者は誰にしましたか?」
「王の侍女にしました。三人まとめてという事で」
「いいでしょう。刑の執行はどうしますか?」
「四肢引き抜きです。王暗殺は大罪ですから」
「しかたないですね」
「ええ。我が国の財政の立て直しには抜本的な改革が必要です。膿を出すには痛みもあり血も出ます。犠牲は改革に不可欠です。」
「王家の御家族はどちらに?」
「南の島で静養されています。島に船は出港しませんのでそこに住んでもらう事になります」
「わかりました。国葬の来賓等はあとで詰めましょう。では緊急会議の召集をお願いします」
「わかりました。ですがよろしかったんですか?」
「何がですか?」
「王の処遇です。影武者を使わなくても良かったのでは?」
「先代の時とは事情が違います。継承者を彼だけにしましたから彼が死んだら太祖公の血が途絶えます。彼が王位に就く事は金輪際ありませんが太祖公の血脈は時に金に匹敵する価値を生みます。殺すのは損失です」
「ですが太祖公の血脈は驚異にもなりうるのでは?」
「太祖公でしたらそうだったでしょう。しかし彼には太祖公のような攻撃的な主体性も積極性もカリスマ性もありません。彼個人には従う事以外何の才能もありません。心配は杞憂です」
「あなたがそう言うなら間違いないでしょう。彼を捕まえに行きますか?」
「大丈夫です。自由を満喫した彼はもうすぐ帰ってきますよ。一人では何ひとつ出来ない坊やなのですから」
「わかりました。予定通りという訳ですね。では乾杯しましょう」
「ありがとうございます」
「私達の新しい国とあなたの王位に」
乾杯。
おわり
ぼくは王さまになった
私達の生活の中には数多くのルールが存在します。正しいものやちょっとおかしなものまで色々です。
私達はそのルールに守られ、助けられ、時に足をすくわれ、不自由になりながらも生活を続け、社会を形成しています。そして社会には多くの事情があり、思惑があり、それぞれの立場があります。それをおとぎ話のようにしてみようかな、と思ったのがはじまりでした。
何度も何度も書き直す試行錯誤の中で出来るだけシンプルに読みやすくしたい、との思いから登場人物を限定して余計な説明や描写等は省いて書きました。けれど逆に読みづらくなったように感じてしまいます。
文章に息吹を吹き込む事は何と難しいものか。
小説家の皆さんに敬意と尊敬を抱かずにいられません。
ともかくこれが私の人生初の小説です。具体的に言えば小説風の作文です。ですが私は小説として掲載しました。足を前に出さなければ一歩も先に進めないからです。
稚拙で不備だらけのものを御一読いただいた心優しい皆様、ありがとうございました。