With You ~君と共に・・・~

私は、いつでも貴方の傍にいる。
其れが例え、悲しい別れが二人を引き離す事があっても・・・・
私は必ず、貴方の元へと必ず帰る――・・・・。


「ねぇ、透弥くんは、もしも自分が死ぬ時にたった一人の人に
自分の心を託せるとしたら、誰に託す?」
とある休日の午後、本を読んでいた絵里奈がフッと顔を上げて、
恋人である透弥にそう尋ねた。
当の透弥は突然の絵里奈の問いに驚きの表情を見せる。

「如何したんだよ?突然そんな事を言い出して・・・・」
「うん、前に読んだ本に書いてあった事を思い出してね・・・・
その本には、人は死を迎える際にたった一人の人に自分の心を託して
天国に逝けると言う事が書いてあったの・・・だから・・・」
「そうなのか・・・」
「でね、その託された心はその託された人の中でずっとその人と共に生き続けるんですって」
そう付け足す絵里奈に、相変わらず色々な話や知識を本から取り込んでいるのだと、
透弥は彼女に関心をした。

元々、絵里奈は読書が好きで色々な本を読んでいた事は透弥も知っていた。
ロマンチックな恋愛小説や童話などの物語は勿論の事、医学書やIT関連の資料や
その他様々なジャンルの参考書など幅広い書物を手に取っては目を通す。
それ程まで幅広いジャンルの書物を読む彼女は勿論、知識や感性はとても豊富だ。
先程、絵里奈が言っていた「人が死を迎える際にたった一人だけ自分の心を託せる」と言う話は勿論の事。
彼女が良く自分に話してくれる「伝説」なども本からの入れ知恵であろう。
しかし、そんな彼女の話を聞く事が透弥はとても好きだった。

まるで子供の様に目を輝かせながら楽しそうに本の内容を話してくれる絵里奈は、
「ただ内容を話すだけ」ではなく、その話の内容に関して彼女本人の意見や考えも
話してくれて、そして今度は、聞き手である自分にも意見を求めてくれて、
それに答えれば彼女もまた返事を返してくれる。

そんな絵里奈とのやり取りが透弥は好きだったのだ。
彼女とは話をしていると、物の捉え方や思案がとても広くなって行くのが解る。


「そうだな・・・そんな事考えた事も無いからな・・・じゃぁ、逆にお前は如何なんだ?」
「私?そうねぇ・・・・」
「もったいぶらずに教えろよ」
透弥の言葉に絵里奈は優しく微笑むと彼に言う。

「私はね、死ぬ時にたった一人だけに自分のこの心を託せるならば、
私にとって一番大切な人にこの心を託して天国に逝きたいわ」
「大切な人?」
「ええ」
「自分の人生の中で一番自分が愛した人で大切な人と
その心は生き続けるならば本望だと思わない?」そう言って絵里奈は微笑んだ。

「――でね、その大切な人とは・・・・」
「・・・絵里奈?」
言い掛けている途中で突然絵里奈が口を噤み、透弥は不思議そうに彼女を呼ぶ。
すると、「なんでも無いわ」と、彼女は笑って首を横に振った。

「なんだよ・・・・教えてくれたって良いじゃないか・・・」
「内緒よ」
何処か残念そうに言う透弥に、絵里奈はクスクスと笑いながらそう返事を返した。


他愛も無い何気ない二人の会話。
でも、それが二人には幸せだった。

大好きな人が隣にいて、一緒に話をして、時に喧嘩なんかもして、
一緒に泣いて、一緒に笑って、時に互いに愛を囁いたりもして――・・・・。

それが当然だし、いつもの事。
でも、それがとても幸せな事で・・・、
いつまでも、ずっと、長く続くと・・・・


そう、思っていた――・・・・。


二人に悲しい「別れの時」が来るまでは――・・・・。



■□■□

あれから数ヵ月後――・・・・。
絵里奈が風邪を拗らせて入院した二日後の事だった。
透弥の元に一本の電話が入った。


“絵里奈の病状が悪化してとても危険な状態になっている”と――・・・・。


透弥は急いで絵里奈の入院している大学病院へ向かった。
病院の廊下を走る自分に注意する看護士の言葉も耳に入らなかった。

「絵里奈っ!!?」
バンッ、と、勢い良く病室のドアを開ける。
すると、沢山の医者や看護士、絵里奈の両親と彼女の弟だろうと思われる人物が
透弥の方へ視線を向けた。

荒い呼吸を整えながら透弥はベッドの上に横たわる絵里奈に視線を向けた。

ベッドの上に横たわる彼女は、余りにも痩せ細り、弱りきっていて――・・・・。
透弥は余りの彼女の状態に涙が溢れた。


「・・・・とう・・や・・くん・・・」
「!」
呼吸器をつけ、苦しそうに息をしながら自分を呼ぶ絵里奈の声に、
透弥は彼女に近寄り彼女の手を握る。

「透弥くん・・・」
「何だ?」
「ねぇ、あの時の事・・・前に私が貴方に話した本のお話の事を覚えている?」
「嗚呼、覚えているさ」
“本のお話の事”とは、きっと数ヶ月前に絵里奈が自分に話してくれた
「人が死ぬ間際にたった一人の人に心を託して逝ける」と言う話の事を指しているのだろう。
それは、透弥も理解していた。
そして、彼女は苦しそうに息をしながらも、続けた。

「実はね・・・あの時、私が言い掛けた事・・・それは、私の一番大切な人の事なの・・・
そして、その大切な人とは・・・・透弥くん・・・貴方の事なのよ・・・?」
「え?」

絵里奈の言葉に透弥は驚いた。
まさか、彼女がそんなにまで自分を想っていてくれていたなんて――・・・・。

ギュッと、絵里奈の手を握る手の力が強くなる。
すると、彼女は透弥に言った。

「ねぇ、最後に・・・わがままを・・・言わせて?」
「何だ?」
「私の心を貴方に託させて――・・・?」
「絵里奈・・・」
苦しそうに息をしながらも、絵里奈は優しく微笑むと、続けた。

「私ね、貴方と一緒に居られてとても幸せだったよ・・・・。
――透弥くん・・・今まで有り難う・・・」

それだけを言い残すと、絵里奈はその瞳を閉じ、まるで眠ったかのようだった。

「え・・・・?えり・・絵里奈?」
不思議に思い、透弥が絵里奈に声を掛ける。
が、その直後だった・・・。
煩い位に大きな電子音が病室中に鳴り響き、
同時に、医師の一人が「ご臨終です」とだけ告げた。
その言葉に絵里奈の家族は崩れ落ちた。
しかし、透弥にはその医師の言葉や絵里奈の家族の嘆く声でさえ耳に届かず、
ただ、ひたすら彼女を必死になって呼んだ。


しかし、透弥の抵抗を嘲笑うかの様に、絵里奈は綺麗に眠っている・・・・。
まるで、糸が切れた人形のように――・・・・・。

「絵里奈っ!・・・嘘だろ?嘘だと・・・・嘘だと言ってくれよっ!!・・・・絵里奈ぁ・・・」


「っ・・・・・うわぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁっ!!」
透弥は絵里奈の躯を抱いて大声を上げて泣いた。


余りにも突然で、速過ぎる絵里奈の死・・・・。

彼女との別れがこんなにも早く訪れるなんて想いも寄らなかった――・・・・。

誰よりも大切な存在である彼女を・・・絵里奈を失ったこの世界で・・・。
此処の先どうやって生きていけば良いのだろうか――・・・・?

ポッカリと穴が開いた様な心が鈍く痛んでいる・・・・そんな気がした――・・・。



■□■□

絵里奈の死因は免疫不全による肺炎だった・・・・。

最初は唯の風邪だと・・・誰もがそう思った。
だが、そう思った時には既に時は遅く――・・・・。
彼女は肺炎を引き起こしてしまっていた。
更に、彼女は元々身体が丈夫ではなく、
発見も遅かったが故に、絵里奈はこの世を去ったのだ・・・・。


絵里奈の葬儀はそれから2日後に行われた。

「透弥くん、今まで有り難うね・・・貴方に出会えて、天国のあの子も喜んでいるわ」
絵里奈の母親が泣きながら透弥にそう伝えた。

「いえ、僕は絵里奈に何一つしてあげられませんでした・・・・
ただ、彼女の傍に居させてもらって居ただけで・・・」
「お礼を言うのは逆に僕の方なんです・・・」そう付け足して言った透弥の頬に
一筋の涙が滑り落ちた。


真っ赤に染まった美しい夕焼けの空に
火葬場の煙突から白い煙が上がっていくのを透弥は見つめた。
それはまるで・・・・絵里奈が天に昇っていくような・・・・そんな気がした――・・・・。



■□■□

それから約6年後――・・・・。
桜が満開になった4月。

最愛の恋人である絵里奈を喪い、暫くの間、途方に呉れていた透弥だったが、
友人達の手助けなどにより、次第に落ち着きを取り戻し、
当時通っていた高校も無事に卒業し、一年遅れて大学にも入学できて、
大学も無事に卒業する事が出来た。
そして、この日は新社会人となった透弥の初めての出勤の日だった。


初めての出勤を終えた仕事の帰り道、
透弥はとある思い出の場所をお通り掛かった。

桜並木の小さな丘――・・・・。
その丘は、中学生の頃に透弥と絵里奈が始めて出会った思い出の場所。

当時中学に入学したばかりの二人は、偶然にもその丘でぶつかり合ってしまい、
それが切っ掛けで、二人は出会った。

『ご、ごめんなさい・・・大丈夫ですか!?』
『いや、俺は大丈夫・・・君の方こそ大丈夫かい?』
突然の出来事に二人ともあたふたとして居た事は今でも鮮明に覚えている。

それから、お互いが同じ中学の同じクラスだった事を知り、
二人は徐々に言葉を交わすようになり、一緒に居て楽しいと思う様になって、
次第にお互いを意識し始めて・・・・。
中学卒業後、同じ高校に入学してもお互いへの気持ちが更に強くなって・・・・。
高校二年生の終わり頃に、恋人同士として付き合うようになった。

それからも絵里奈が亡くなるまでの日々の中で色々な事があった。

他愛の無い話をして、一緒に笑って、一緒に泣いて、時に喧嘩なんかもして、
そして、互いに愛を囁いた――・・・・・。

彼女・絵里奈の存在が透弥にとって、どれ程までに大きな存在だったのか・・・・。
痛い程に解る――・・・・。

絵里奈を喪った事は未だに透弥にとってとても辛い出来事で、
時に彼女の事を思い出すと涙が止まらなく嘆く事もある。


「なぁ、絵里奈・・・・君の心を俺に託すって、俺は君に何も出来なかったよ・・・・?」

“君はそれでも良かったのかい――・・・?”


透弥の心の声が天に届いたのだろうか・・・・?
暖かい春風が吹き、桜の花びらが天へと舞う。
そして、その次に透弥が見たものは――・・・・・。


『透弥くん――・・・・』
「!え、えり・・な・・・・?」

あの幸せだった頃と同じ優しい笑顔の絵里奈の姿――・・・・。

『透弥くん、私ね・・・貴方と一緒に居られてとても幸せだったよ。
だって、私は貴方の事が大好きだから』

「絵里奈・・・俺もだよ・・・俺も君と一緒居られて凄く幸せだった・・・」

透弥の言葉に絵里奈は再び優しく微笑むと彼に言う。

『ねぇ、透弥くん・・・?』

「?」

『これからもずっと、ずーっと大好きだよ!だから、泣かないで・・・?悲しいよ・・・』

「ばっ、馬鹿っ!俺は泣いてなんか・・・・」

『透弥くん・・・私ね、貴方には何時までも笑顔で居て欲しいの。
だから、約束して?どんな時でも笑って、笑顔で居るって!
私は空の上から見ているから・・・ね?』

「・・・嗚呼、約束する」

『有り難う。・・・・私は何時までも透弥くんの傍に居るよ』

そう絵里奈が言い終えると、再び強い春風が吹いた。
余りの風の強さに透弥は目を閉じる。
そして、次に透弥が目を開けた時には、絵里奈の姿は無かった。
透弥の視界には先程と変わらない桜並木の丘だけ――・・・・。


今の彼女は桜や春風がみせた幻影だったのだろうか――・・・・?
否、あれは――・・・・。


絵里奈が以前言っていた。
「死ぬ間際に託された心はずっとその託された人の中で生き続ける」と――・・・・。
きっと、先程自分の目の前に居た絵里奈も、彼女が最期に自分へ託してくれた
”彼女の心”だったのだろう・・・。
絵里奈の言っていた事は本当だったのだ――・・・・。
そう、透弥は思う。

『私は、いつまでも貴方の傍に居るよ――・・・・』

「ああ、俺も君を忘れない・・・・俺はいつでも君の心と共にいる――・・・」



透弥は再び歩き出した。

絵里奈の心が透弥の中で生き続ける様に・・・・。
透弥の心も絵里奈の心と共に生き続けるのだから――・・・・。

                         <END>

With You ~君と共に・・・~

最後までお付き合い誠に有難う御座います。
今回、死ねたでシリアスですが、
「ホッと出来るラスト」を目指してチャレンジしました。
元ネタはとある友人との会話からのもので、随分と前に当方が読んだ本に
「人は死んでもその人を知っている人がいる限り記憶の中で生き続ける」と
言うフレーズがあり、その事についてを友人と話をしていた事が
このお話を書く切っ掛けとなりました。

まだまだ未熟な当方ではありますが、
少しでも楽しんで頂けるような物語が書ける様、
これからも努力していきたいと思います・・・!

お話の感想やご意見など、随時募集しております。
宜しければ是非、ご意見・ご感想等頂けたら幸いに存じます。

With You ~君と共に・・・~

大好きな人が隣にいて、一緒に話をして、時に喧嘩なんかもして、 一緒に泣いて、一緒に笑って、時に互いに愛を囁いたりもして――・・・・。 それが当然だし、いつもの事。 でも、それがとても幸せな事で・・・、 いつまでも、ずっと、長く続くと・・・・ そう、思っていた・・・・。 二人に悲しい「別れの時」が来るまでは――・・・・。 二人の高校生の切ない恋物語。

  • 小説
  • 短編
  • 青春
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2012-01-08

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted