夢の黛
二人でそっと描くのは、どこまでも続く、夢の黛。
夢の黛
線路がある。既に使用されていない廃線の様だ。
レールは赤く錆びれ、ひしゃげているところもある。雑草が、レールそのものを飲み込もうとしていた。
所詮、ヒトが創造したモノなど自然の前では無力なのだ。かつて世界を飲み込み浄化した大洪水時の様に、抗う術などなく、ただ逃げ、怯え、隠れる事だけしか我々には出来ないのだ。
「まーた難しいこと、考えてたっしょ??」
死んだ魚の様だとよく形容される僕の目がほんわか見つめる先に、揺れる細く小さな手が現れた。ついで、呆れてものも言えません、と暗示する声色で彼女は僕にそう言った。
「…あー、いや…難しくはないと思うよ」
漸く焦点のあった視界に、小柄な彼女の大きな瞳があった。肩の前で結わえた2本の黒く眩しく緩やかに流れる髪の束が揺れた。
実年齢よりも若く見られて然るべき背格好である。強いてあげるのならば、その尊厳な態度くらいは年相応なのだろうか。
「君は自分に訪れている危機を少しは察するべきだよ。一体どこまで歩きゃ、この見飽きた木々鬱蒼と生い茂る景色から脱出出来るんだい?」
僕の曖昧な解答に、彼女は更に嘆息を交えつつ続ける。
「はぁ…ホントに、君、死ぬかもしれないんだよ??こんな、なにもない…森だか山だかわからないけれど。頼みの綱の廃線も、きっと駅はずーっと先。ワタシ、何日も歩いてらんないよ?っていうか、もう歩きたくなーい。おんぶ。」
「ははは…じゃあ、ちょっとだけ、休憩しようか?」
柔らかい笑い声で流す。ずっと昔から今まで、駄々をこね始めた彼女からの唯一の回避手段。
何故、こんなところにいるのか。
そう、僕にはそれがわからない。
目の前にいる彼女がどうしてここにいるのかも。
僕は、一体どうして、こんな何もないところを、彼女と二人歩いているのだろう。それは、もしかすると彼女に聞けばわかるのかもしれないが、彼女を不安にさせたくはない。彼女からこの話題に触れても来ないし。よし、ここは黙っていることにしよう。
「はぁ~??きゅ~け~い??」
明らかな不服を訴える対応で内心ドキドキしていたが、僕は何か不味いことを言ったのだろうか。疲れていて、まぁそれなりに陽の光もあるのだ。日射病になってしまう恐れだってある。まして、僕らにはろくな装備がない。倒れた彼女をおぶって歩いていたら、今度は二人野垂れ死ぬ可能性だってある。……つまるところ、僕に間違いはない。筈。うん、無いだろう。え、無いよね?
「……賛成。そこの木陰に入りましょう。」
間違っていなかった。よかった。
気難しい人だなぁ。
辺りはずっと向こうまで伸びる線路。それを囲む森林。幸いにして雲ひとつない晴天で、雨が降る恐れはなさそうだ。お尻が汚れることも気にせずに、僕らは木陰になっている傍の枯れ木に並んで腰掛けた。
ふぅっと、息を吐いたタイミングが同時で顔を見合わせれば、僕は笑顔、君は嫌そうな顔をする。一本道を吹く風は心地よく木々を揺らし僕らを涼ませる。
僕らはそれからしばらくボーッと過ごした。何処か懐かしさを感じながら。
「…もしさ、この先に何もなかったらどーするよ?」
不意に、彼女が問う。んー、そうだねぇー。
少し考える。
……何もないなんて事がありえるのだろうか。陸が途切れている。これならばわかる。嘗ては全ての大陸は一つだったと聞くが、それは遥か古の話。若しくは遥か未来の話。なんでも、やがて離れ離れになった大陸は、再び一つになろうと年数センチずつ動いているのだそうだ。おっと、そうじゃなかった。つまり今、それは考えなくてよい。ここは線路の上。海底トンネルを廃線にした話等聞いたことがないので、遠かれ近かれ何処かにつくだろう。その可能性を考える必要はないのではないか。いや、そういうことでなく、ホームさえない可能性…いや、「誰もいなかったら」という意味だろうか。そうだ、よくよく考えれば、廃線のホーム付近が栄えているとは到底思えない。とすれば、仮にホームを見つけても、人がいるとは限らないわけだ。つまりこの場合、助かるとは限らないわけだが……
「だぁああああもう!!なっがいんだよ!!君にこんな質問を問うたワタシの落ち度だよもう!!」
突然叫び声をあげた彼女の声に、思考の海から浮き上がる。
あーびっくりした。いきなり叫ばないでほしい。
驚いた勢いで君を見ると、少し顔を紅潮させ、ぜぇぜぇと肩で息をしていた。とても大袈裟だ。が、それが彼女らしいとも思った。耳がキーンとする。
やがて、呼吸が落ち着いた頃、彼女が口を開く。
「……そうじゃなくってさぁ…あぁ、言わなくていいよ。どうせ君が今峻巡していたのは、廃線とはいえ、レールのある先が途切れているというのは、天変地異でもなければありえないのだけれど、ここがワタシ達の知っている日本ならばそんなことはありえないよなぁ、くらいのことでしょ??」
お見事。85点の解答だ。
彼女は顎に人差し指を当てて顎をすりすりする。真剣に考える時によくやる仕草だ。漸く本腰をいれたらしい。死ぬかもしれないーっとか、言ってたくせに。他力本願だなぁ全く。
唸るように、彼女が呟く。
「ワタシが聞きたかったのは……うーん、そうだぁねぇ…。そう!もしもこのまま、誰もいない、何もないこの世界に二人で生きていくことになったとしたら、どうしようか?って話。あぁ、例えばだからね!?」
念押しする彼女の言葉を聞いてから、うーんそーだなぁ、とまた暫し考え込む。
二人で…となると、もうすでに生きることが困難な状況だろう。そういえば、現在の地球は過去の周期を鑑みると丁度氷河期になる頃合いだそうだ。それがそうならず、気温が上がっていっているのは温暖化現象と太陽の寿命が関係しているそうだが、その辺りを危惧…はしていないだろう。例えば…そう、戦争があったとして、たまたま僕らだけが被害を受けずここにいて、その他の人間が死に絶えていたとする…のは難しいな。あんなに空が明るいわけがない。爆風と爆炎で砂埃が巻き上がり、あの青を拝むことができなくなる筈だ。うーん、そうだな。もっとシンプルに。ふむ、もっと単純に、二人だけになってしまった時か……
「だぁああああかぁああああらぁああ!!なげーーってんだよもぅ!!」
「ぐっふ!!??」
叫び声と鋭いツッコミを頬喰らう。不意打ち過ぎて奇妙な声が口から飛び出た。頬を撫でる。熱い。痛い。酷いよぅ。
彼女はその勢いでザッと立ち上がり、僕の前に仁王立ちする。小柄で幼く見える背格好の彼女には、とても不似合いだ。
バッと威勢良く、彼女は僕を指差し、見下した。心なし…いや、耳までガッツリだ。赤く染まっていた。珍しいものを見た。若干、おいてけぼりではあるが。そんなにカンカンになって起こることもないだろうに。人には性分と言うものがあって……
「そ、そ、その…っ!!あぁああ、あたしをぉおおおうっ!!」
思考を、叫び声で遮断された。
目を合わせる。彼女は更に言い淀む。
言葉にならない呻きの後、漸く発せられた言葉は。
「ひひひっ、ひ、……一人にしないでねって、いい言ってんのよ!!理解したっ!?理解しなさい!!考えない!!ストレートに受け止めて!!さぁほら今すぐにっ!!!」
「あ、あぁ……勿論だよ。まかせて。」
その鬼気迫る言葉に、また曖昧な返事を返してしまった。
彼女はその場で俯いて、やっぱり呻いていた。
一体どうしたのだろうか。
……良くわからないが、もしかしたら心細いのかも知れない。先の見えない恐怖もあるのだろう。僕はそこまで考えていなかった。様々な可能性を考慮し、彼女を気づかい行動していた筈が、そんな簡単な思考さえも、見落としてしまっていたのだ。
僕は立ち上がり、彼女の手を両手で包む。
豆鉄砲を喰らった顔で僕を見上げる彼女。
「な、なんだい突然。」
お互い様だろう。それは。口には出さないが。僕はそのまま、言葉を放つ。
「この先もずっと二人でいよう。二人でいれば、きっと平気だよ。大丈夫。」
「~っ!?」
大きく息を吸い込んで、彼女はそのまま硬直し動かなくなった。
一体、彼女はどうしたのだろうか。
そろそろ休憩もいいだろう。
動かなくなった彼女から視線を外し、もう一度来た道とこれから進む道を見る。
変わらない景色の中、とうとう動くものは僕だけになったのだった。
-了-
夢の黛
どーも。せいのです。
まずはここまで、お付き合いくださりありがとうございました。拙い文章で読みにくかったかと思います。すいません。
精進して参ります。
僕はよく、夢の中で冒険をします。
そしてその夢を、よく文章で書き出したりするのですが、早く形にしないと忘れてしまいそうで大変です。大急ぎです。
夜更かしは、ほどほどに。
それでは、また。